幕間 雪子と彼女とテスト勉強と
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雪子の髪が整って、2人はふたたび帰路につく。何気なく、道路側を歩いていた瑞月に雪子はいまさら気が付いた。短い付き合いだが、瑞月は誠実だ。それは文化祭を成功させた実績からも伺える。雪子はぽつりと憧憬の混じりに呟いた。
「……瑞月ちゃんってすごいよね。勉強もできるし、他の事もそつなくこなしてしまうもの」
そういえば、瑞月は成績が良かった。雪子と共にテスト上位の常連であったことを思い出す。文化祭の準備と並行した中間試験でも、瑞月の順位は落ちることがなかった。その他にも多趣味らしい。初めて話したとき、勉強のほかに合気道や家庭菜園など様々な日課をこなしていると瑞月は特に自慢もなく明かしたのだ。
だが、瑞月は特に凄いとは思ってないらしい。羨む雪子の発言に、少し困ったように答えた。
「……すごくは、ない。何事も積み重ねだ。ならば、雪子さんだって成績では負けていないだろう」
「それこそ、すごくないよ。わたしはそれだけだからってだけ」
雪子自身、自分の価値は頭がいいことと、旅館の跡取りであることだけだと思っている。雪子は、俯いて自嘲気味に笑った。
隣の瑞月が沈黙する。遅れて、雪子は瑞月を困惑させてしまった可能性に思い至った。だが急いで謝ろうとすると、瑞月が鋭い光を宿した瞳で雪子を制する。彼女の碧い目は澄みきっていて、困惑といった感情はない。
「雪子さん、私の言葉が足りなかったようだ」
「え?」
「成績の良さとは、元々の頭の良さも関わってくるだろうが……勉強を続ける根気と、自分の弱点を知る分析力、成績を出すための計画性が備わって現れるものだ」
「……ッ」
「根気・分析力・計画性は、何事を習得するにも必要となってくる。雪子さんにはそれが備わっていると、私は伝えたかった。以上だ」
言い終えると、瑞月は再び前を向く。雪子は、瑞月の姿がどこか遠くに見えた。同じ道を同じ歩幅で歩いているはずなのに。
雪子は、瑞月に親近感を抱いていた。八十稲羽で育ち、雪子と同じくらいに頭が良くて、親が地元と関わる仕事をしている。けれど、似ているようで、全然違う。
彼女の心根は非常に真っすぐだ。卑屈な雪子にとっては眩しいほどに。所詮、旅館の跡継ぎという立場に縛られている自分と違って、掴める可能性も未来もたくさんある。
だからこそ、ふと、瑞月は何になりたいんだろうと雪子は思う。まっすぐな彼女の行く道はきっと明るいのだろうと思うから。
「あの、瑞月ちゃんは……進路の事、もう考えているの? 就職とか、進学とか」
「私か? 私は大学への進学を希望している。雪子さんは?」
雪子はその言葉にショックを受けた。やはり、彼女と雪子は違う。雑談の1つと捉えたのか瑞月は話を続けるつもりらしい。雪子に、じっと澄んだ紺碧の瞳を向けていた。その瞳には何もなかった。ただ、全てを受け入れる凪いだ清水の静けさがある。
「……わたしは、ちょっとよく分からなくって……順当にいけば、実家の旅館を継ぐってことになるんだろうけど」
「迷っているのか?」
びっくりして、雪子は口元を抑えた。分からない。なんて誰にも――親友である千枝にさえも――告げた記憶はなかった。弾かれるように、雪子は顔を上げる。瑞月はただ、静かだった。
「ならば、私の意見だが、進学も視野に入れてはどうだろうか?」
「え?」
言いよどむ雪子に、瑞月は「嫌なのか?」とは聞かなかった。親友の千枝や他の同級生のように、瑞月は雪子の将来を決めつけない。率直な疑問が雪子の口から落ちる。瑞月は瞼を閉じた。考えがまとまったのか、おもむろに瞳を開く。
「商業や経済を扱う大学がある。お金の流れというのは、どこの業界でも重要だ。旅館を継ぐにしても、別の職業を選ぶにしても、学んでおいて損はないだろう。働きながら学びたいというのなら、通信制の大学やテレビ、ネット媒体を用いた大学もある。こちらは大学に通わずとも、好きな場所で自分のペースで学べるという特徴がある」
「すごい……。すいぶん詳しいんだね。大学がそんなにあるなんて知らなかった」
感心する雪子の横で、瑞月は曖昧に目をさ迷わせる。雪子は彼女が照れるところを初めて見た。
「……まぁ、どこに行くかメドを立てておけば勉強も捗るからな。学びが、好きなんだ」
「そうなんだ。だから瑞月ちゃん、学校のテストでも成績いいんだね。すごいよ」
「……すごくは、ない。自分が、何かできるようになるのが好きなだけだ。さっき、雪子さんが数学の問題を解けたのと同じだ」
「あぁ、それはちょっと分かるかも。解けると、パズルみたいで楽しいもんね。結果もどんどんついてくるし」
「うん。だから雪子さんも、学びが好きなんだよ。私と同じで」
暗がりの中に、光が差して道が見えたみたいだった。雪子は雲間から出た太陽を見るように、瑞月を仰ぐ。瑞月は雪子より若干身長が低いけれど、雪子の心は確かに瑞月を仰いでいた。けれど、瑞月は穏やかに微笑んでいた。対等な友達に向ける、親しみがこもった情と共に。
「わたしは、雪子さんの将来にどうこう口を出す権利はない。雪子さんの将来は、雪子さんが決めることだと思うから」
「ああ、うん。そう、だよね……」
カシャンと檻の閉まる音がする。雪子の目の前が軽く陰った。やはり瑞月といえど、雪子の運命を——旅館の跡取りであるという未来を変えることはできないのだ。けれど瑞月が次に放った言葉は。卑屈に閉じた雪子の世界をまっすぐ突き抜けてきた。
「けれど、どんな場所に行っても、学ぶ力は財産だと思うから。それがもたらす知識はきっと雪子さんを照らし続けてくれるはずだから、学びが好きな雪子さんでいて欲しいと思う」
「どんな、場所にも……?」
「うん。ご実家を継いだとしても、ほかのどこかへ就職するとしても、進学したとしても」
つまり、瑞月は雪子の進路を旅館に絞らず、もっと別の選択肢もあると伝えてくれているのだろう。瑞月は、雪子の将来を開けたものと、自分で選べるものだと、見てくれている。その理由が分からない。疑問が抑えきれなくて、雪子はついに問いかけた。
「あの……瑞月ちゃんは、私が、旅館を継ぐと思ってないの? 旅館の娘だよ、私」
「どうして生まれによって、将来を決められなければならない」
「え……」
真に迫るように張った言葉と、冴え冴えとした瞳を瑞月は雪子に向ける。寒色の瞳の奥に、静かな炎が燃えるようにゆらゆらと光が揺れた。まるで、見えない敵に挑むかのごとく、彼女は言い放った。同時に、切実な響きが瑞月の言葉には籠っていた。
言葉の圧に、雪子はたじろぐ。瑞月はハッとして、申し訳なさそうに、笑ってみせた。相手を安心させるような、親しみを感じさせる笑み。瑞月の笑みが、誰かと――彼女の一番の友達である男の子と──同じ優しさを持っているように、雪子は感じた。
「言葉が悪かったな。私はそういう、押し付けのようなしがらみが好きではないだけだ。家の経済状態で進学を諦めたり、出身地で扱いを軽んじられたりするような、な。そういうものから逃れたいから、一人で立てるようになりたいと努めている」
「……お勉強も、もしかしてそのために? 一人でも大丈夫なように」
「そうだな」
雪子は意外だった。一見、強い彼女にも、逃れたいものを抱えていると事実が。そうして、それから逃れるために、必死で今も努力を続けているという。
もしかして、と雪子は思う。瑞月は、自分と近い人間なのではないかと。逃れたいものを抱える、雪子と同じ弱さをもった人間なのではないかと。
しかし、雪子と違って瑞月は一人で生きるようとする勇気を持っている。雪子との決定的な相違点。雪子は一人が怖い。
「一人って怖く、ない? 何でも自分で決めなきゃいけないんだよ」
だから瑞月に問いかけた。すると、瑞月はこともなげに雪子へと答える。
「人生を道路だとするのなら、他人の運転する車にのって、断崖に投げ出されるか、壁にぶつかる方が私は恐ろしいが」
「!」
雪子は、頭に殴られたような衝撃が受けた。考えれば当たり前だ。誰かが敷いたレールの行き先が、安全とは限らない。今まで思い浮かべていた旅館の跡取りという将来がぼやけて失せ、暗闇のなかに雪子だけが取り残された気分になる。何を選ぼうと、安全な未来が必ず約束される保証などないのだから。
ならば、いっそ、瑞月のいう通り自分で車を運転すべきではないか。何かから逃れたいと思うなら、誰かに頼るのではなく、自分から逃げるべきではないか。目の前にいる、雪子と似た、逃れたい何かを抱える瑞月のように、そんな考えが雪子のなかに浮かぶ。
「……帰ろうか。日が暮れてはいけないから」
瑞月の号令に、雪子は従う。そうして2人で落ちる日の中を急いだ。先を歩いてくれるマウンテンパーカーの白に大きく覆われた瑞月の背中を眺めながら、雪子は瑞月に憧憬を抱いた。逃れたいものを抱えながら、努力を続けてきた、自分よりも先の場所にいる彼女に。
「ねぇ。瑞月ちゃんは、今までどんなお勉強をしてきたの?」
同時に、瑞月についてもっと知りたいと、雪子は望む。
雪子の問いかけに、瑞月が振り返る。瞬間、雪子は息を飲んだ。夕日の橙と補色となって、紺碧の瞳が果てのない青空の色に輝く。
瑞月は姿も心根も、夕焼けが似合う人だった。昼に登る太陽のように熱すぎず、明るすぎず、瑞月は誰かを照らして、温めてくれるから。
「……瑞月ちゃんってすごいよね。勉強もできるし、他の事もそつなくこなしてしまうもの」
そういえば、瑞月は成績が良かった。雪子と共にテスト上位の常連であったことを思い出す。文化祭の準備と並行した中間試験でも、瑞月の順位は落ちることがなかった。その他にも多趣味らしい。初めて話したとき、勉強のほかに合気道や家庭菜園など様々な日課をこなしていると瑞月は特に自慢もなく明かしたのだ。
だが、瑞月は特に凄いとは思ってないらしい。羨む雪子の発言に、少し困ったように答えた。
「……すごくは、ない。何事も積み重ねだ。ならば、雪子さんだって成績では負けていないだろう」
「それこそ、すごくないよ。わたしはそれだけだからってだけ」
雪子自身、自分の価値は頭がいいことと、旅館の跡取りであることだけだと思っている。雪子は、俯いて自嘲気味に笑った。
隣の瑞月が沈黙する。遅れて、雪子は瑞月を困惑させてしまった可能性に思い至った。だが急いで謝ろうとすると、瑞月が鋭い光を宿した瞳で雪子を制する。彼女の碧い目は澄みきっていて、困惑といった感情はない。
「雪子さん、私の言葉が足りなかったようだ」
「え?」
「成績の良さとは、元々の頭の良さも関わってくるだろうが……勉強を続ける根気と、自分の弱点を知る分析力、成績を出すための計画性が備わって現れるものだ」
「……ッ」
「根気・分析力・計画性は、何事を習得するにも必要となってくる。雪子さんにはそれが備わっていると、私は伝えたかった。以上だ」
言い終えると、瑞月は再び前を向く。雪子は、瑞月の姿がどこか遠くに見えた。同じ道を同じ歩幅で歩いているはずなのに。
雪子は、瑞月に親近感を抱いていた。八十稲羽で育ち、雪子と同じくらいに頭が良くて、親が地元と関わる仕事をしている。けれど、似ているようで、全然違う。
彼女の心根は非常に真っすぐだ。卑屈な雪子にとっては眩しいほどに。所詮、旅館の跡継ぎという立場に縛られている自分と違って、掴める可能性も未来もたくさんある。
だからこそ、ふと、瑞月は何になりたいんだろうと雪子は思う。まっすぐな彼女の行く道はきっと明るいのだろうと思うから。
「あの、瑞月ちゃんは……進路の事、もう考えているの? 就職とか、進学とか」
「私か? 私は大学への進学を希望している。雪子さんは?」
雪子はその言葉にショックを受けた。やはり、彼女と雪子は違う。雑談の1つと捉えたのか瑞月は話を続けるつもりらしい。雪子に、じっと澄んだ紺碧の瞳を向けていた。その瞳には何もなかった。ただ、全てを受け入れる凪いだ清水の静けさがある。
「……わたしは、ちょっとよく分からなくって……順当にいけば、実家の旅館を継ぐってことになるんだろうけど」
「迷っているのか?」
びっくりして、雪子は口元を抑えた。分からない。なんて誰にも――親友である千枝にさえも――告げた記憶はなかった。弾かれるように、雪子は顔を上げる。瑞月はただ、静かだった。
「ならば、私の意見だが、進学も視野に入れてはどうだろうか?」
「え?」
言いよどむ雪子に、瑞月は「嫌なのか?」とは聞かなかった。親友の千枝や他の同級生のように、瑞月は雪子の将来を決めつけない。率直な疑問が雪子の口から落ちる。瑞月は瞼を閉じた。考えがまとまったのか、おもむろに瞳を開く。
「商業や経済を扱う大学がある。お金の流れというのは、どこの業界でも重要だ。旅館を継ぐにしても、別の職業を選ぶにしても、学んでおいて損はないだろう。働きながら学びたいというのなら、通信制の大学やテレビ、ネット媒体を用いた大学もある。こちらは大学に通わずとも、好きな場所で自分のペースで学べるという特徴がある」
「すごい……。すいぶん詳しいんだね。大学がそんなにあるなんて知らなかった」
感心する雪子の横で、瑞月は曖昧に目をさ迷わせる。雪子は彼女が照れるところを初めて見た。
「……まぁ、どこに行くかメドを立てておけば勉強も捗るからな。学びが、好きなんだ」
「そうなんだ。だから瑞月ちゃん、学校のテストでも成績いいんだね。すごいよ」
「……すごくは、ない。自分が、何かできるようになるのが好きなだけだ。さっき、雪子さんが数学の問題を解けたのと同じだ」
「あぁ、それはちょっと分かるかも。解けると、パズルみたいで楽しいもんね。結果もどんどんついてくるし」
「うん。だから雪子さんも、学びが好きなんだよ。私と同じで」
暗がりの中に、光が差して道が見えたみたいだった。雪子は雲間から出た太陽を見るように、瑞月を仰ぐ。瑞月は雪子より若干身長が低いけれど、雪子の心は確かに瑞月を仰いでいた。けれど、瑞月は穏やかに微笑んでいた。対等な友達に向ける、親しみがこもった情と共に。
「わたしは、雪子さんの将来にどうこう口を出す権利はない。雪子さんの将来は、雪子さんが決めることだと思うから」
「ああ、うん。そう、だよね……」
カシャンと檻の閉まる音がする。雪子の目の前が軽く陰った。やはり瑞月といえど、雪子の運命を——旅館の跡取りであるという未来を変えることはできないのだ。けれど瑞月が次に放った言葉は。卑屈に閉じた雪子の世界をまっすぐ突き抜けてきた。
「けれど、どんな場所に行っても、学ぶ力は財産だと思うから。それがもたらす知識はきっと雪子さんを照らし続けてくれるはずだから、学びが好きな雪子さんでいて欲しいと思う」
「どんな、場所にも……?」
「うん。ご実家を継いだとしても、ほかのどこかへ就職するとしても、進学したとしても」
つまり、瑞月は雪子の進路を旅館に絞らず、もっと別の選択肢もあると伝えてくれているのだろう。瑞月は、雪子の将来を開けたものと、自分で選べるものだと、見てくれている。その理由が分からない。疑問が抑えきれなくて、雪子はついに問いかけた。
「あの……瑞月ちゃんは、私が、旅館を継ぐと思ってないの? 旅館の娘だよ、私」
「どうして生まれによって、将来を決められなければならない」
「え……」
真に迫るように張った言葉と、冴え冴えとした瞳を瑞月は雪子に向ける。寒色の瞳の奥に、静かな炎が燃えるようにゆらゆらと光が揺れた。まるで、見えない敵に挑むかのごとく、彼女は言い放った。同時に、切実な響きが瑞月の言葉には籠っていた。
言葉の圧に、雪子はたじろぐ。瑞月はハッとして、申し訳なさそうに、笑ってみせた。相手を安心させるような、親しみを感じさせる笑み。瑞月の笑みが、誰かと――彼女の一番の友達である男の子と──同じ優しさを持っているように、雪子は感じた。
「言葉が悪かったな。私はそういう、押し付けのようなしがらみが好きではないだけだ。家の経済状態で進学を諦めたり、出身地で扱いを軽んじられたりするような、な。そういうものから逃れたいから、一人で立てるようになりたいと努めている」
「……お勉強も、もしかしてそのために? 一人でも大丈夫なように」
「そうだな」
雪子は意外だった。一見、強い彼女にも、逃れたいものを抱えていると事実が。そうして、それから逃れるために、必死で今も努力を続けているという。
もしかして、と雪子は思う。瑞月は、自分と近い人間なのではないかと。逃れたいものを抱える、雪子と同じ弱さをもった人間なのではないかと。
しかし、雪子と違って瑞月は一人で生きるようとする勇気を持っている。雪子との決定的な相違点。雪子は一人が怖い。
「一人って怖く、ない? 何でも自分で決めなきゃいけないんだよ」
だから瑞月に問いかけた。すると、瑞月はこともなげに雪子へと答える。
「人生を道路だとするのなら、他人の運転する車にのって、断崖に投げ出されるか、壁にぶつかる方が私は恐ろしいが」
「!」
雪子は、頭に殴られたような衝撃が受けた。考えれば当たり前だ。誰かが敷いたレールの行き先が、安全とは限らない。今まで思い浮かべていた旅館の跡取りという将来がぼやけて失せ、暗闇のなかに雪子だけが取り残された気分になる。何を選ぼうと、安全な未来が必ず約束される保証などないのだから。
ならば、いっそ、瑞月のいう通り自分で車を運転すべきではないか。何かから逃れたいと思うなら、誰かに頼るのではなく、自分から逃げるべきではないか。目の前にいる、雪子と似た、逃れたい何かを抱える瑞月のように、そんな考えが雪子のなかに浮かぶ。
「……帰ろうか。日が暮れてはいけないから」
瑞月の号令に、雪子は従う。そうして2人で落ちる日の中を急いだ。先を歩いてくれるマウンテンパーカーの白に大きく覆われた瑞月の背中を眺めながら、雪子は瑞月に憧憬を抱いた。逃れたいものを抱えながら、努力を続けてきた、自分よりも先の場所にいる彼女に。
「ねぇ。瑞月ちゃんは、今までどんなお勉強をしてきたの?」
同時に、瑞月についてもっと知りたいと、雪子は望む。
雪子の問いかけに、瑞月が振り返る。瞬間、雪子は息を飲んだ。夕日の橙と補色となって、紺碧の瞳が果てのない青空の色に輝く。
瑞月は姿も心根も、夕焼けが似合う人だった。昼に登る太陽のように熱すぎず、明るすぎず、瑞月は誰かを照らして、温めてくれるから。