歩み、寄る
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「花村、顔をあげてくれないか」
落ち着いた、しかし柔らかい声が降ってくる。穏やかな呼びかけには、陽介を責めるような刺々しさは一切ない。それどころか、不甲斐なささえ滲んだ響きに陽介は顔を上げる。
「私が花村に忠告した理由は、生物学上で、私の両親であった人達について思い出したからだ」
「それは、お前が八十稲羽 に来る前の?」
こくりと、瑞月は頷く。陽介は身を固くする。水奈子によれば、瑞月の元両親は彼女の養育を放棄したという。その人間と、陽介の恋心と何が重なるというのだろう。陽介の疑問を見透かしたように、彼女は続けた。
「もともと、仲は良くなかったがな。ただ、それによって生じた問題を、必要な支援を得られず、どころか親族や近隣住民から囃し立てられ、騒ぎ立てられ、泥沼になって、離れた」
瑞月は眉間にしわを寄せる。内容をぼかしてもなお、彼女にとっては思い出したくない記憶なのだろう。陽介はゾッとする。水奈子から聞いてはいたが、想像以上に、幼い瑞月を取り巻く環境は地獄だった。
「結果、私は誰からも縁を切られた。問題となった両親の血を引いた"忌 み子"としてね」
「なんだよそれ……」
陽介の腹がムカムカする。人の家庭を弄び、友人であった瑞月をあまつさえ放置し傍観に徹していたという身勝手な大人たちに。瑞月はなにも悪くない。
ポンと柔らかく陽介は肩を叩かれる。瑞月はふるふると首を振り、落ち着くように陽介を諭す。
「大丈夫だ。花村。もう終わったことだから、気にしなくていい」
「でも、でもっ……! お前は、なにも悪くないじゃんか。忌 み子でも、何でもない、タダの女の子なのにっ……! なのに、なんで、そんな……」
「花村……」
友人を弄んだ理不尽に、陽介は臍を噛む。瑞月は、ふっと強ばっていたはずの口元を緩めた。
「もう昔のことを、嘆いていても仕方がない。私はこの話で君を怒らせたい訳じゃない」
そう言って、瑞月は陽介をじっと見つめた。ぐずった子供を落ち着かせるように、辛抱強く。たしかに、陽介が怒ってもなにもならないのは事実だ。どころか、瑞月の話を邪魔しかねない。陽介は深呼吸する。落ち着いた頃を見計らって、瑞月は再び語りかけた。
「花村の心に、留めておいてほしいんだ。私が伝えたいのは、ある2人の人間関係は、外野とのしがらみに影響を受ける。ゆえに気を配るべきという教訓だ。……小西先輩その人は、視野が広く、人のフォローができるしっかりした人だ。父親の粗相を私へ直接謝りに来てくれたのは、彼女だったからな。……ただ、花村と小西先輩を取り巻く周囲は、お世辞にも良いものとは言えない。だから、花村の周りを踏まえた上で、慎重になるよう忠告したかった」
ひとつ瑞月がまばたきをする。再び開いた眦は下がり、陽介を心から案じる憂いに満ちていた。
「花村が抱いている想いは、それが望む未来は、いつか花村自身の重荷になるかもしれない。私を生んだ、周りの人間にいいようにされた、2人のようにな。少なくとも、稲羽 に身を置く以上はそうなるリスクが高い」
「瀬名は、俺が周りからイロイロ言われるのを気にしてくれたってことか?」
瑞月は頷いた。そして、まっすぐに鏡のように澄んだ瞳で、陽介を見据えた。わずかに細められた瞳は、心配そうに揺らいでいる。
「花村が、お父様を始めとする人たちのために、複雑な立場に縛られながらも、心を砕いているのは知っている。だが、小西先輩への想いを貫くなら、花村はいっそう複雑なしがらみに捕らわれるだろうと思ったんだ」
陽介はハッとした。瑞月は「ジュネスの息子」という立場が、これ以上陽介の負担にならないか懸念したのだ。
「ジュネスの息子」というレッテルを免罪符に、陽介を傷つけ、束縛する人々のような意図はなかった。瑞月は陽介を心から心配してくれていた。陽介は頭を抱える。誤解して突っ走った自分が心の底から情けなかった。
「じゃ、瀬名は周りに迷惑かけるとか言いたかったんじゃなくて──」
「君はよくやっているだろう。迷惑どころか、困った人間に手を差し伸べられる人の好さに、助けられた人間は私を含め多いと思うが」
「気持ちを押し殺すとかじゃなくって──」
「慎重になるべきと言ったまでだ。そもそもきみ、かなり溜め込むタイプだろう。鬱々となる前に、信頼できる相手に話して発散した方がいいのではないか?」
「………………」
「花村?」
ガクンッ!
「はなむらッ!?」
突如として、陽介は項垂れた。糸の切れた人形のようにつっぷした陽介に向かって、瑞月は驚きの声をあげる。対する陽介は、早とちりで感情を爆発させた自身に対して失望していた。あわあわとまごついた様子で、瑞月が声をかけてくる。
「どうしたんだッ!? どこか調子が悪いのか?」
「いや、勝手にキレた自分のショーもなさに呆れてるだけです。ほっといてくだせぇ」
「いや、元々は私が君を傷つけるような言葉選びをだな……」
「瀬名はなにも悪くねぇーよぉぉ……。ちくしょう、わりと御用聞きしてたのに伝達力の自信なくなってきた。うぅ……」
「……花村は働きすぎだと思う。まぁ、その疲労も溜まって今回爆発したんだろう」
諭しながら、瑞月は丸まった陽介の背中を撫でる。その優しさが、今の陽介には辛かった。だが抵抗することもできず、陽介はされるがままになる。しばらく、瑞月は何も言わず、優しく陽介の背中を撫でてくれた。
落ち着いた、しかし柔らかい声が降ってくる。穏やかな呼びかけには、陽介を責めるような刺々しさは一切ない。それどころか、不甲斐なささえ滲んだ響きに陽介は顔を上げる。
「私が花村に忠告した理由は、生物学上で、私の両親であった人達について思い出したからだ」
「それは、お前が
こくりと、瑞月は頷く。陽介は身を固くする。水奈子によれば、瑞月の元両親は彼女の養育を放棄したという。その人間と、陽介の恋心と何が重なるというのだろう。陽介の疑問を見透かしたように、彼女は続けた。
「もともと、仲は良くなかったがな。ただ、それによって生じた問題を、必要な支援を得られず、どころか親族や近隣住民から囃し立てられ、騒ぎ立てられ、泥沼になって、離れた」
瑞月は眉間にしわを寄せる。内容をぼかしてもなお、彼女にとっては思い出したくない記憶なのだろう。陽介はゾッとする。水奈子から聞いてはいたが、想像以上に、幼い瑞月を取り巻く環境は地獄だった。
「結果、私は誰からも縁を切られた。問題となった両親の血を引いた"
「なんだよそれ……」
陽介の腹がムカムカする。人の家庭を弄び、友人であった瑞月をあまつさえ放置し傍観に徹していたという身勝手な大人たちに。瑞月はなにも悪くない。
ポンと柔らかく陽介は肩を叩かれる。瑞月はふるふると首を振り、落ち着くように陽介を諭す。
「大丈夫だ。花村。もう終わったことだから、気にしなくていい」
「でも、でもっ……! お前は、なにも悪くないじゃんか。
「花村……」
友人を弄んだ理不尽に、陽介は臍を噛む。瑞月は、ふっと強ばっていたはずの口元を緩めた。
「もう昔のことを、嘆いていても仕方がない。私はこの話で君を怒らせたい訳じゃない」
そう言って、瑞月は陽介をじっと見つめた。ぐずった子供を落ち着かせるように、辛抱強く。たしかに、陽介が怒ってもなにもならないのは事実だ。どころか、瑞月の話を邪魔しかねない。陽介は深呼吸する。落ち着いた頃を見計らって、瑞月は再び語りかけた。
「花村の心に、留めておいてほしいんだ。私が伝えたいのは、ある2人の人間関係は、外野とのしがらみに影響を受ける。ゆえに気を配るべきという教訓だ。……小西先輩その人は、視野が広く、人のフォローができるしっかりした人だ。父親の粗相を私へ直接謝りに来てくれたのは、彼女だったからな。……ただ、花村と小西先輩を取り巻く周囲は、お世辞にも良いものとは言えない。だから、花村の周りを踏まえた上で、慎重になるよう忠告したかった」
ひとつ瑞月がまばたきをする。再び開いた眦は下がり、陽介を心から案じる憂いに満ちていた。
「花村が抱いている想いは、それが望む未来は、いつか花村自身の重荷になるかもしれない。私を生んだ、周りの人間にいいようにされた、2人のようにな。少なくとも、
「瀬名は、俺が周りからイロイロ言われるのを気にしてくれたってことか?」
瑞月は頷いた。そして、まっすぐに鏡のように澄んだ瞳で、陽介を見据えた。わずかに細められた瞳は、心配そうに揺らいでいる。
「花村が、お父様を始めとする人たちのために、複雑な立場に縛られながらも、心を砕いているのは知っている。だが、小西先輩への想いを貫くなら、花村はいっそう複雑なしがらみに捕らわれるだろうと思ったんだ」
陽介はハッとした。瑞月は「ジュネスの息子」という立場が、これ以上陽介の負担にならないか懸念したのだ。
「ジュネスの息子」というレッテルを免罪符に、陽介を傷つけ、束縛する人々のような意図はなかった。瑞月は陽介を心から心配してくれていた。陽介は頭を抱える。誤解して突っ走った自分が心の底から情けなかった。
「じゃ、瀬名は周りに迷惑かけるとか言いたかったんじゃなくて──」
「君はよくやっているだろう。迷惑どころか、困った人間に手を差し伸べられる人の好さに、助けられた人間は私を含め多いと思うが」
「気持ちを押し殺すとかじゃなくって──」
「慎重になるべきと言ったまでだ。そもそもきみ、かなり溜め込むタイプだろう。鬱々となる前に、信頼できる相手に話して発散した方がいいのではないか?」
「………………」
「花村?」
ガクンッ!
「はなむらッ!?」
突如として、陽介は項垂れた。糸の切れた人形のようにつっぷした陽介に向かって、瑞月は驚きの声をあげる。対する陽介は、早とちりで感情を爆発させた自身に対して失望していた。あわあわとまごついた様子で、瑞月が声をかけてくる。
「どうしたんだッ!? どこか調子が悪いのか?」
「いや、勝手にキレた自分のショーもなさに呆れてるだけです。ほっといてくだせぇ」
「いや、元々は私が君を傷つけるような言葉選びをだな……」
「瀬名はなにも悪くねぇーよぉぉ……。ちくしょう、わりと御用聞きしてたのに伝達力の自信なくなってきた。うぅ……」
「……花村は働きすぎだと思う。まぁ、その疲労も溜まって今回爆発したんだろう」
諭しながら、瑞月は丸まった陽介の背中を撫でる。その優しさが、今の陽介には辛かった。だが抵抗することもできず、陽介はされるがままになる。しばらく、瑞月は何も言わず、優しく陽介の背中を撫でてくれた。