歩み、寄る
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色づいた紅葉やイチョウが、ひらりひらりと樹から落ちる。朱、橙、くちなしが、刻一刻と神社の敷地に積もる様子を眺めながら、陽介は盛大にため息を吐き出した。
「はーーーーー、帰りたくねぇーーーーーーー」
「日が暮れて寒くなるからおすすめしない。どうして帰りたくないんだ」
隣に座る瑞月が、真面目に問いかける。陽介と瑞月の、いつものやり取りだ。彼女が言うとおり、境内はすこし肌寒くなっている。
紅葉を見ながら、おだやかに瑞月と過ごせる時間もあと少し。なごりおしさを覚えながら、陽介は手の中のスチール缶を握りしめた。最寄りの自販機で買ったばかりの『やそぜんざい』はあたたかい。瑞月も同じようにスチール缶を両手で包んでいた。
「もーすぐ期末テストだろ。ウチ帰ると、お袋がうるさくてさぁ」
「では、口出しされない、いい方法を教えてやろう。しかも、誰でもできるものだ」
「え、そんな魔法みたいな方法あんの? なになに?」
「だまって机に向かうことだ。誰も話しかけないし、テスト勉強もできる。一石二鳥だ」
「正論で殴んな! 息の音をとめるんじゃねぇ!」
「ぐぅの音もでないと」
「……お前のその余裕が羨ましいよ。ハアーァ、結局はペンか。やる気とか湧いてでないもんかね」
観念して、陽介はぐいっと『やそぜんざい』をあおる。陽介とて成績が大事だというのは分かっている。八十神高校では赤点の場合、冬休みの補修もありえる。とはいっても、義務感だけでモチベーションが上がらないのだ。すると気落ちする陽介を見かねたのか、瑞月がアイデアを切り出した。
「テスト終わりの楽しみを用意したらどうだ? 楽しい予定があれば、テスト期間中も頑張れるからな」
「ああ、それナイスアイデア!」
なかなかの名案である。陽介は楽しみを想像した。しかし、すればするほど、陽介の気分はしぼんでいく。八十稲羽 にはウィンドウショッピングを楽しめるようなモールも(ジュネスは論外)、カラオケも、ゲーセンもない。
「……瀬名は、ちなみにどこ行くつもりなん?」
「沖奈だが?」
「沖奈……その手があったか! あそこシネマとかあるもんな!」
喜色満面、パチンと陽介は指を鳴らす。八十稲羽からもっとも近い都会、それが沖奈だ。駅前のモールには流行のショップも揃えられ、映画館やカラオケといった若者向けの娯楽も一通り揃っている。
たしか、陽介が気に入っていた映画シリーズの新作が公開されていたはずだ。若者に熱狂的な人気を誇るシリーズだから、沖奈でも上映される可能性は高い。
陽介は早速、自前のスマホで上映スケジュールを確認した。結果、ガッツポーズである。
「瀬名ぁ、あんがとな! 『アラネアヒーロー』新作、沖奈でやってる!」
「……楽しみができた、のか?」
「うん。うん! これで俺、今回のテスト乗りきれそうだわ」
楽しみが見つかって、陽介は肩をうきうきさせる。息のつまるテストも乗り越えられそうだ。瑞月はというと、喜ぶ陽介に向かって不思議そうに首をかしげている。
「花村。『アラネアヒーロー』とはなんだ?」
「………………は?」
喜びが、それに勝る衝撃で消し飛ぶ。あまりのショックに陽介は言葉を失ってしまった。あの有名な『アラネアヒーロー』シリーズを知らないだと……!? フリではないか? だが、疑いは間違いと知れた。瑞月の顔にはありありと「知らない」と書かれている。
「うっそ。見たことねーの!? 公開すれば、満員御礼、大人気アクションなのに?」
「ない。そもそも映画館に行ったことがない」
陽介は絶句した。対する瑞月はことの重大さを理解していないらしく、引き続きキョトンと黙りこむ陽介を見つめている。しばらくすると、はーっと陽介は息を吐き出した。
「おまえ……ほんっとエンタメ疎いな。あんなに面白いのを知らないなんて、人生の半分損してるぞ」
「そういうものか? 映画なんてただ画面が大きいだけだろう? テレビで十分ではないのか?」
「そうゆうのじゃねーんだよ……。なんでそこまで枯れてんだ」
瑞月は知らないのだ。映画館の大スクリーンによって生み出される映像の迫力を。テレビなどよりも、ずっと密度の濃いBGMが心揺さぶる快感を。無知な瑞月になんだか陽介は憐れみを覚えた。
「なんなら、俺と一緒に見に行くか。行き先は同じだしさ」
だから、つい口が滑った。いつものお調子者ポジの誘い文句だ。もちろん、断られる前提の。対する瑞月は、淡々と答える。
「分かった。行こう」
「だよなー。こんな面白い映画見なきゃ損…………って、え?」
思わず、陽介は目を丸くする。瑞月はたしかに「行こう」と答えたのだ。
「瀬名さん? ホントに俺とでかけるつもりなんスか?」
「きみはそのつもりも考えていたのではないのか? なぜ驚いている?」
「いや、その……まさかノッてくれるなんて思わなくってさ」
「花村は一人がいいのか?」
「いや、そうじゃなくて! そりゃ、いたらたのしいだろーなとか考えてたけど……」
まさか承諾されるとは思わなかった。などとは言えない。返答にまごつく陽介に、瑞月が問いかける。だが、その声は責める気配が一切なかった。陽介の答えを待って、瑞月は静かに待っている。沈黙を選ぶのは、不誠実だ。
「……その、お前に悪いかなって。行きたいとこ、あるだろうし」
「どうして悪いと決める? 私は楽しそうだと思ったが」
え? と疑問の声が陽介の口から漏れる。すると、瑞月は唇を弾ませて笑った。さやさやと秋風が吹く。密かだけれどにぎやかな秋に似つかわしい、楽しそうな笑顔だ。笑顔で陽介が見たことのない、新しい笑顔のまま、彼女は続ける。
「花村が、楽しそうに話していたから。私一人で過ごすときとは、違った楽しさがあると思った。きみが楽しいと思うものは、私も興味がある」
きみはどうだ。と瑞月が問う。陽介はそれに、一も二もなく頷いた。
日が暮れてそろそろ帰ろうとなったころ、瑞月がお参りがしたいと言った。なんでという問いかけに、「……次のテストの願掛け」と答えた彼女につられて、陽介も横に並ぶ。
「きみもか」
「でかける約束したからな。……それならちゃんと、頑張りたいだろ」
「ふふっ、そうか」
以外と真面目な陽介を、彼女は微笑ましく受け入れた。からかわれているわけではないので陽介も悪い気はしない。
「ならきっと、ここの神様は味方になってくれるよ。ただ、お賽銭は必要らしいが」
過去形ということは、瑞月はここでなにかを願ったことがあるのだろうか。こころなしか、投げ入れる賽銭も(偶然見てしまった)もすこし多かった気がする。現実主義な彼女が入れ込むとは物珍しい。
「ふーん。瀬名は、ここでなんか願ったりしたんか?」
「……したよ。私にとって、とても大切なことを叶えてもらった」
確固たる根拠に基づいた、自信に満ちた声で瑞月は言う。つられて陽介も、すこし多めに賽銭を投げ込んだ。テストがうまく行きますようにと願って、手を合わせる。
隣り合った瑞月と陽介は社を後にした。階段に足をかけたところで、コーンッと謎の鳴き声が静かな境内に響き渡る。それは、なんだかとても嬉しそうだ。
思わず後ろを振りかえったとき、秋風が落ち葉を巻き上げて吹き抜ける。
「追い風だな」
なるほど背中を押す風は力強く、本当に神社の神様が起こしたのかもしれなかった。夕暮れと巻き上がった燃えるような落葉を背景に、なびく黒髪を押さえて瑞月が微笑む。彼女の笑みはとても柔らかくて、陽介は暖かい気持ちになる。そしてテストが終れば、彼女と共に笑いあえるかも知れなかった。
(テスト、マジで頑張ろうかな)
どうせなら、思いっきり晴れやかな気分で友人である彼女と出掛けて笑いあいたい。歩き始めた瑞月の横で、陽介は密かに決意するのだった。
「はーーーーー、帰りたくねぇーーーーーーー」
「日が暮れて寒くなるからおすすめしない。どうして帰りたくないんだ」
隣に座る瑞月が、真面目に問いかける。陽介と瑞月の、いつものやり取りだ。彼女が言うとおり、境内はすこし肌寒くなっている。
紅葉を見ながら、おだやかに瑞月と過ごせる時間もあと少し。なごりおしさを覚えながら、陽介は手の中のスチール缶を握りしめた。最寄りの自販機で買ったばかりの『やそぜんざい』はあたたかい。瑞月も同じようにスチール缶を両手で包んでいた。
「もーすぐ期末テストだろ。ウチ帰ると、お袋がうるさくてさぁ」
「では、口出しされない、いい方法を教えてやろう。しかも、誰でもできるものだ」
「え、そんな魔法みたいな方法あんの? なになに?」
「だまって机に向かうことだ。誰も話しかけないし、テスト勉強もできる。一石二鳥だ」
「正論で殴んな! 息の音をとめるんじゃねぇ!」
「ぐぅの音もでないと」
「……お前のその余裕が羨ましいよ。ハアーァ、結局はペンか。やる気とか湧いてでないもんかね」
観念して、陽介はぐいっと『やそぜんざい』をあおる。陽介とて成績が大事だというのは分かっている。八十神高校では赤点の場合、冬休みの補修もありえる。とはいっても、義務感だけでモチベーションが上がらないのだ。すると気落ちする陽介を見かねたのか、瑞月がアイデアを切り出した。
「テスト終わりの楽しみを用意したらどうだ? 楽しい予定があれば、テスト期間中も頑張れるからな」
「ああ、それナイスアイデア!」
なかなかの名案である。陽介は楽しみを想像した。しかし、すればするほど、陽介の気分はしぼんでいく。
「……瀬名は、ちなみにどこ行くつもりなん?」
「沖奈だが?」
「沖奈……その手があったか! あそこシネマとかあるもんな!」
喜色満面、パチンと陽介は指を鳴らす。八十稲羽からもっとも近い都会、それが沖奈だ。駅前のモールには流行のショップも揃えられ、映画館やカラオケといった若者向けの娯楽も一通り揃っている。
たしか、陽介が気に入っていた映画シリーズの新作が公開されていたはずだ。若者に熱狂的な人気を誇るシリーズだから、沖奈でも上映される可能性は高い。
陽介は早速、自前のスマホで上映スケジュールを確認した。結果、ガッツポーズである。
「瀬名ぁ、あんがとな! 『アラネアヒーロー』新作、沖奈でやってる!」
「……楽しみができた、のか?」
「うん。うん! これで俺、今回のテスト乗りきれそうだわ」
楽しみが見つかって、陽介は肩をうきうきさせる。息のつまるテストも乗り越えられそうだ。瑞月はというと、喜ぶ陽介に向かって不思議そうに首をかしげている。
「花村。『アラネアヒーロー』とはなんだ?」
「………………は?」
喜びが、それに勝る衝撃で消し飛ぶ。あまりのショックに陽介は言葉を失ってしまった。あの有名な『アラネアヒーロー』シリーズを知らないだと……!? フリではないか? だが、疑いは間違いと知れた。瑞月の顔にはありありと「知らない」と書かれている。
「うっそ。見たことねーの!? 公開すれば、満員御礼、大人気アクションなのに?」
「ない。そもそも映画館に行ったことがない」
陽介は絶句した。対する瑞月はことの重大さを理解していないらしく、引き続きキョトンと黙りこむ陽介を見つめている。しばらくすると、はーっと陽介は息を吐き出した。
「おまえ……ほんっとエンタメ疎いな。あんなに面白いのを知らないなんて、人生の半分損してるぞ」
「そういうものか? 映画なんてただ画面が大きいだけだろう? テレビで十分ではないのか?」
「そうゆうのじゃねーんだよ……。なんでそこまで枯れてんだ」
瑞月は知らないのだ。映画館の大スクリーンによって生み出される映像の迫力を。テレビなどよりも、ずっと密度の濃いBGMが心揺さぶる快感を。無知な瑞月になんだか陽介は憐れみを覚えた。
「なんなら、俺と一緒に見に行くか。行き先は同じだしさ」
だから、つい口が滑った。いつものお調子者ポジの誘い文句だ。もちろん、断られる前提の。対する瑞月は、淡々と答える。
「分かった。行こう」
「だよなー。こんな面白い映画見なきゃ損…………って、え?」
思わず、陽介は目を丸くする。瑞月はたしかに「行こう」と答えたのだ。
「瀬名さん? ホントに俺とでかけるつもりなんスか?」
「きみはそのつもりも考えていたのではないのか? なぜ驚いている?」
「いや、その……まさかノッてくれるなんて思わなくってさ」
「花村は一人がいいのか?」
「いや、そうじゃなくて! そりゃ、いたらたのしいだろーなとか考えてたけど……」
まさか承諾されるとは思わなかった。などとは言えない。返答にまごつく陽介に、瑞月が問いかける。だが、その声は責める気配が一切なかった。陽介の答えを待って、瑞月は静かに待っている。沈黙を選ぶのは、不誠実だ。
「……その、お前に悪いかなって。行きたいとこ、あるだろうし」
「どうして悪いと決める? 私は楽しそうだと思ったが」
え? と疑問の声が陽介の口から漏れる。すると、瑞月は唇を弾ませて笑った。さやさやと秋風が吹く。密かだけれどにぎやかな秋に似つかわしい、楽しそうな笑顔だ。笑顔で陽介が見たことのない、新しい笑顔のまま、彼女は続ける。
「花村が、楽しそうに話していたから。私一人で過ごすときとは、違った楽しさがあると思った。きみが楽しいと思うものは、私も興味がある」
きみはどうだ。と瑞月が問う。陽介はそれに、一も二もなく頷いた。
日が暮れてそろそろ帰ろうとなったころ、瑞月がお参りがしたいと言った。なんでという問いかけに、「……次のテストの願掛け」と答えた彼女につられて、陽介も横に並ぶ。
「きみもか」
「でかける約束したからな。……それならちゃんと、頑張りたいだろ」
「ふふっ、そうか」
以外と真面目な陽介を、彼女は微笑ましく受け入れた。からかわれているわけではないので陽介も悪い気はしない。
「ならきっと、ここの神様は味方になってくれるよ。ただ、お賽銭は必要らしいが」
過去形ということは、瑞月はここでなにかを願ったことがあるのだろうか。こころなしか、投げ入れる賽銭も(偶然見てしまった)もすこし多かった気がする。現実主義な彼女が入れ込むとは物珍しい。
「ふーん。瀬名は、ここでなんか願ったりしたんか?」
「……したよ。私にとって、とても大切なことを叶えてもらった」
確固たる根拠に基づいた、自信に満ちた声で瑞月は言う。つられて陽介も、すこし多めに賽銭を投げ込んだ。テストがうまく行きますようにと願って、手を合わせる。
隣り合った瑞月と陽介は社を後にした。階段に足をかけたところで、コーンッと謎の鳴き声が静かな境内に響き渡る。それは、なんだかとても嬉しそうだ。
思わず後ろを振りかえったとき、秋風が落ち葉を巻き上げて吹き抜ける。
「追い風だな」
なるほど背中を押す風は力強く、本当に神社の神様が起こしたのかもしれなかった。夕暮れと巻き上がった燃えるような落葉を背景に、なびく黒髪を押さえて瑞月が微笑む。彼女の笑みはとても柔らかくて、陽介は暖かい気持ちになる。そしてテストが終れば、彼女と共に笑いあえるかも知れなかった。
(テスト、マジで頑張ろうかな)
どうせなら、思いっきり晴れやかな気分で友人である彼女と出掛けて笑いあいたい。歩き始めた瑞月の横で、陽介は密かに決意するのだった。