歩み、寄る
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陽介は瑞月をまっすぐと見返す。瑞月はただ「そうか」と凪いだ表情で頷いた。陽介の背中に添えられていた瑞月の手が離れていく。
「それだけ大切にしているのなら、私もこれ以上、なにも言わない」
慎重にな。と、瑞月がいい募る。熱くなりやすい陽介を、彼女はいつも嗜めてくれる。
「……あんがとな。俺だけだったら、突っ走って先輩に迷惑かけてた気がする」
「礼を貰うことでない。隣で悩まれると、私の気が散る。それだけからな」
陽介が礼を言うと、「気にするな」と軽い調子で、瑞月は手を振った。いつもの瑞月だ。そっけない振りをしながらも、友達をよく見て、助けてくれる。
「ハァ……瀬名は本当にイイヤツだよ。俺なんかにはもったいないくらいの」
「…………そうか? 私にとっては、花村のほうがもったいないくらいのイイヤツだが」
「へッ?」
すっとんきょうな声を上げ、陽介は瑞月を仰ぎ見る。視線の先の瑞月は、不思議そうに首を傾げていた。陽介としても首をかしげたくなる。どうしてこんな情けない男の友達でいてくれるのか。
察したのか、瑞月が姿勢を正す。照れたように腕をもじもじさせ、彼女は口をゆっくりと開いた。
「私は、人付き合いなんてどうでもいいと思っていた。瀬名の家族以外の他人なんて、こちらを悪し様に言う敵か、日和見主義者くらいにしか見えていなかったからな。下手にかかわり合いになると、家族にも飛び火がいく」
「……ああ、なんとなく分かるわ」
八十稲羽はとかく田舎の封鎖的な社会だ。新参者には好奇の視線が容赦なく突き立てられるし、ありもしない噂話が誇張されて吹聴される。
ひどいときには、友人や家族すら槍玉に上げられる。都会から越してきた陽介には、その息苦しさが想像できた。同じく外部からやって来た瑞月も似たような体験をしたのだろう。
「私にとって他人 は、私の『平穏』を乱すゆえに、極力避ける対象だった。だから最低限の交流を除いて、人を遠ざける術を身に付けた」
瑞月は肩を竦める。姿勢は相変わらず凛としているが、いつもの堂々とした──ともすら威圧感すら覚えるような存在感はない。なぜかと観察した陽介は気がつく。視界のなかで、白い幻が翻った。
(あぁ、パーカーのせいか)
愛用のマウンテンパーカーを、彼女は着ていなかった。圧迫感のあるパールホワイトの存在感をアクアブルーが引き立たせ、小さい瑞月の体を丈の長さで覆い隠し、大きく見せていたのだ。つまりは、人を威嚇する効果に秀でていたのである。
(それだけじゃねーな。きっちりした髪とか、妙に堅苦しい喋りとかも多分同じだ)
恐らく人を遠ざける方向に特化した、彼女なりの処世術なのだろう。他者を避け、瑞月と、彼女が大切にするものたちが過ごす『平穏』を守るための。社交性を身に付けている陽介からすれば、彼女のような処世術には寂しさを覚える。しかし、そうなってしまうのも瑞月の境遇を踏まえれば仕方のないように思えた。
実の親に捨てられ、排他的なコミュニティに放り込まれたのなら、他者との関係構築に異常をきたしてもおかしくない。幼い瑞月には、他者が訳もなく攻撃を仕掛けてくる敵に見えていただろうから。
それでも他者と折り合いを付けるため、人付き合いを避ける道を選びとったのだろう。
「けれどね、最近はそう頑なにならなくともいいのではと思えてきたんだ」
ふっと、瑞月が柔らかに眉を開いた。彼女は静かに、しかし楽しそうに、頬を緩める。陽介は目を見張る。頑なに他者を避けていた彼女が、どうして考えを変えたのか。それは、彼女が笑った理由と繋がる気がした。
「それは……なんで?」
「花村に、会えたから」
沈黙が降りる。
秋の爽やかな風が吹いて、境内に植わったカエデやいちょうの葉をさらっていく。吹き散らされた橙や深黄色の朽ち葉が地面に落ちて、地面に描かれたモザイク画は刻一刻と模様を変えていく。
穏やかに過ぎる時間のなかで、陽介は瑞月を見つめていた。
瑞月の声も、組まれた両手も、照れてうつむいた瞳も、落ち着きがない。幼い子供のようにもじもじとする瑞月に、しみじみと陽介は思い知らされる。
(やっぱ、普通の女の子なんだよなぁ)
はじめて出会ったときは、年齢にそぐわないほど大人びて取っつきにくい女子だった。
けれど、落ち葉で描かれるモザイク画のように、陽介の知る瑞月は更新されていく。一緒に過ごしていくうちに年相応な部分や幼い部分が明かされていく。
瑞月は陽介をまっすぐに見つめる。紺碧の瞳が、まるで憧れの人に向けるような輝きを宿していたから、陽介は息が詰まった。
「尊敬しているよ、花村。私と似た境遇でありながら、人と関わりあって助ける道を選んだきみを」
陽介の心がざわつく。信じられない心地だった。陽介からすれば何でも持っている瑞月が、陽介を尊敬しているなんて。かぁと顔が熱くなって、陽介は慌てて顔をそらす。
「んな、買い被りすぎだって……。俺、俺は、一人じゃなんもできないから、誰かとつるむことしかできないだけで」
「何も? 与えられた仕事をきちんとこなす誠実さは? 友人として私は好ましく思っているがな。それに、集団のなかで調和が取れるよう働きかける器用さは一つの個性と言っても差し支えないのではないか?」
「はぁ!? おま、なにいきなりっ」
どうして自分は、いきなり褒め千切られているのだろう。陽介は聞き苦しい悲鳴をあげる。照れ臭さで、オーバーヒートを起こしそうだ。だというのに、当事者である瑞月は、不思議そうに首をかしげていた。なぜ、陽介が照れるのか理解できていない様子で。
「どうした? なぜ赤くなっている。私は事実を述べたのみなのだが」
「こっちゃ褒められなれてねーんだよ! いきなり照れさすのやめろ。寒暖差で風邪引きそうになるわ!」
「なんと。ならばカイロと風邪薬を──」
「比喩だよ! ホントに風邪引くわけじゃないから! つか持ってんのかよ!」
本当にポケットに手を突っ込んだ瑞月を、陽介は慌てて止めにかかる。すると瑞月はホッとして手を止めた。
瑞月は怪我や体調不良となると、冗談が通じないらしい。心臓が止まりそうと言ったら、まっさきにAEDを取りに走りそうだ。陽介は心に決めた。瑞月相手に心配をかけるような、タチの悪い冗談はやめようと。
誤解が解けると、瑞月は「そうか」と姿勢を正した。澄んだ紺碧の瞳が、陽介をまっすぐに写し出す。
「花村のおかげで分かってきたんだ。千枝さんや、雪子さん。遠巻きに指さす人ばかりではなくて、暖かい手を伸ばしてくれる優しい人もいるんだと」
瑞月は迷いなく、手を差しのべた。少し緊張した面持ちで、彼女は陽介に呼び掛ける。
「だから、私は長く友達でいたいよ。私に手を伸ばしてくれたきみと」
人を遠ざけていた瑞月が、勇気を振りしぼって手を差し出したのだ。陽介はそれが嬉しくて――眩しいと思った。
瑞月はまっすぐだ。自分の中に芯を持っていて、そのためなら迷いなく動ける。たとえ、自分がどう見られていようがお構いなしに。周りの目を気にしてばかりで、ヘラヘラと上っ面を取り繕っている陽介とは大違いだ。
まっすぐで強い、瑞月という女性に陽介は多分、惹かれていた。友人としてではなく、異性として。
けれど今、その想いを封じると決めた。
陽介にとって、瑞月は月のような人だった。彼女の優しさは、月が天から降り注ぐ安らかな光に似ている。
あるいは、泥のなかに咲く蓮のように清らかな人。泥の中でも凜とした白で輝く蓮のような高潔さを彼女は持っている。
どちらにせよ、美しい人だ。そんな瑞月に陽介は焦がれた。
(──だからこそ、コレは俺なんかが瀬名に抱いていい感情じゃない)
夜空の月が遠いように、泥中の蓮が眩しいように、瑞月は手を伸ばすにはあまりにも高嶺にいる。平凡な陽介が瑞月を恋人に望むのは、あまりにも分不相応だ。彼女に、陽介がふさわしくない。恋人としてより、友人としての関係が妥当だと思ってしまっている自分がいた。
そして、陽介は小西先輩に恋心を抱いてしまっている。2人の異性を好きになるのは、女性に対して──ひいては小西先輩と瑞月に不誠実だ。陽介は友人に誠実でありたい。
「ふはっ、何だよ。おおげさだな」
だから陽介は、わざとらしく吹き出す仮面の下で、感情を押さえ込む。恋になる前の淡い想いを『憧れ』という箱の中に詰める。
「するに決まってるだろ。俺たち、『大事な友達同士』なんだから」
瑞月が差しだした右手をぐっと強く握り返した。同時に、瑞月に抱いていた、ふわふわと心浮き立つ感情にふたをする。
瑞月は、しぱしぱと目をまたたかせた。しばらく何が起こったのか、握られた手をじっと見つめて――陽介が握った手をおだやかな力をこめて握りかえした。
「ありがとう」
心から安堵とともに、瑞月はやわく微笑む。自分は間違っていなかったのだと、陽介はふにゃりと、情けなく笑った。
「それだけ大切にしているのなら、私もこれ以上、なにも言わない」
慎重にな。と、瑞月がいい募る。熱くなりやすい陽介を、彼女はいつも嗜めてくれる。
「……あんがとな。俺だけだったら、突っ走って先輩に迷惑かけてた気がする」
「礼を貰うことでない。隣で悩まれると、私の気が散る。それだけからな」
陽介が礼を言うと、「気にするな」と軽い調子で、瑞月は手を振った。いつもの瑞月だ。そっけない振りをしながらも、友達をよく見て、助けてくれる。
「ハァ……瀬名は本当にイイヤツだよ。俺なんかにはもったいないくらいの」
「…………そうか? 私にとっては、花村のほうがもったいないくらいのイイヤツだが」
「へッ?」
すっとんきょうな声を上げ、陽介は瑞月を仰ぎ見る。視線の先の瑞月は、不思議そうに首を傾げていた。陽介としても首をかしげたくなる。どうしてこんな情けない男の友達でいてくれるのか。
察したのか、瑞月が姿勢を正す。照れたように腕をもじもじさせ、彼女は口をゆっくりと開いた。
「私は、人付き合いなんてどうでもいいと思っていた。瀬名の家族以外の他人なんて、こちらを悪し様に言う敵か、日和見主義者くらいにしか見えていなかったからな。下手にかかわり合いになると、家族にも飛び火がいく」
「……ああ、なんとなく分かるわ」
八十稲羽はとかく田舎の封鎖的な社会だ。新参者には好奇の視線が容赦なく突き立てられるし、ありもしない噂話が誇張されて吹聴される。
ひどいときには、友人や家族すら槍玉に上げられる。都会から越してきた陽介には、その息苦しさが想像できた。同じく外部からやって来た瑞月も似たような体験をしたのだろう。
「私にとって
瑞月は肩を竦める。姿勢は相変わらず凛としているが、いつもの堂々とした──ともすら威圧感すら覚えるような存在感はない。なぜかと観察した陽介は気がつく。視界のなかで、白い幻が翻った。
(あぁ、パーカーのせいか)
愛用のマウンテンパーカーを、彼女は着ていなかった。圧迫感のあるパールホワイトの存在感をアクアブルーが引き立たせ、小さい瑞月の体を丈の長さで覆い隠し、大きく見せていたのだ。つまりは、人を威嚇する効果に秀でていたのである。
(それだけじゃねーな。きっちりした髪とか、妙に堅苦しい喋りとかも多分同じだ)
恐らく人を遠ざける方向に特化した、彼女なりの処世術なのだろう。他者を避け、瑞月と、彼女が大切にするものたちが過ごす『平穏』を守るための。社交性を身に付けている陽介からすれば、彼女のような処世術には寂しさを覚える。しかし、そうなってしまうのも瑞月の境遇を踏まえれば仕方のないように思えた。
実の親に捨てられ、排他的なコミュニティに放り込まれたのなら、他者との関係構築に異常をきたしてもおかしくない。幼い瑞月には、他者が訳もなく攻撃を仕掛けてくる敵に見えていただろうから。
それでも他者と折り合いを付けるため、人付き合いを避ける道を選びとったのだろう。
「けれどね、最近はそう頑なにならなくともいいのではと思えてきたんだ」
ふっと、瑞月が柔らかに眉を開いた。彼女は静かに、しかし楽しそうに、頬を緩める。陽介は目を見張る。頑なに他者を避けていた彼女が、どうして考えを変えたのか。それは、彼女が笑った理由と繋がる気がした。
「それは……なんで?」
「花村に、会えたから」
沈黙が降りる。
秋の爽やかな風が吹いて、境内に植わったカエデやいちょうの葉をさらっていく。吹き散らされた橙や深黄色の朽ち葉が地面に落ちて、地面に描かれたモザイク画は刻一刻と模様を変えていく。
穏やかに過ぎる時間のなかで、陽介は瑞月を見つめていた。
瑞月の声も、組まれた両手も、照れてうつむいた瞳も、落ち着きがない。幼い子供のようにもじもじとする瑞月に、しみじみと陽介は思い知らされる。
(やっぱ、普通の女の子なんだよなぁ)
はじめて出会ったときは、年齢にそぐわないほど大人びて取っつきにくい女子だった。
けれど、落ち葉で描かれるモザイク画のように、陽介の知る瑞月は更新されていく。一緒に過ごしていくうちに年相応な部分や幼い部分が明かされていく。
瑞月は陽介をまっすぐに見つめる。紺碧の瞳が、まるで憧れの人に向けるような輝きを宿していたから、陽介は息が詰まった。
「尊敬しているよ、花村。私と似た境遇でありながら、人と関わりあって助ける道を選んだきみを」
陽介の心がざわつく。信じられない心地だった。陽介からすれば何でも持っている瑞月が、陽介を尊敬しているなんて。かぁと顔が熱くなって、陽介は慌てて顔をそらす。
「んな、買い被りすぎだって……。俺、俺は、一人じゃなんもできないから、誰かとつるむことしかできないだけで」
「何も? 与えられた仕事をきちんとこなす誠実さは? 友人として私は好ましく思っているがな。それに、集団のなかで調和が取れるよう働きかける器用さは一つの個性と言っても差し支えないのではないか?」
「はぁ!? おま、なにいきなりっ」
どうして自分は、いきなり褒め千切られているのだろう。陽介は聞き苦しい悲鳴をあげる。照れ臭さで、オーバーヒートを起こしそうだ。だというのに、当事者である瑞月は、不思議そうに首をかしげていた。なぜ、陽介が照れるのか理解できていない様子で。
「どうした? なぜ赤くなっている。私は事実を述べたのみなのだが」
「こっちゃ褒められなれてねーんだよ! いきなり照れさすのやめろ。寒暖差で風邪引きそうになるわ!」
「なんと。ならばカイロと風邪薬を──」
「比喩だよ! ホントに風邪引くわけじゃないから! つか持ってんのかよ!」
本当にポケットに手を突っ込んだ瑞月を、陽介は慌てて止めにかかる。すると瑞月はホッとして手を止めた。
瑞月は怪我や体調不良となると、冗談が通じないらしい。心臓が止まりそうと言ったら、まっさきにAEDを取りに走りそうだ。陽介は心に決めた。瑞月相手に心配をかけるような、タチの悪い冗談はやめようと。
誤解が解けると、瑞月は「そうか」と姿勢を正した。澄んだ紺碧の瞳が、陽介をまっすぐに写し出す。
「花村のおかげで分かってきたんだ。千枝さんや、雪子さん。遠巻きに指さす人ばかりではなくて、暖かい手を伸ばしてくれる優しい人もいるんだと」
瑞月は迷いなく、手を差しのべた。少し緊張した面持ちで、彼女は陽介に呼び掛ける。
「だから、私は長く友達でいたいよ。私に手を伸ばしてくれたきみと」
人を遠ざけていた瑞月が、勇気を振りしぼって手を差し出したのだ。陽介はそれが嬉しくて――眩しいと思った。
瑞月はまっすぐだ。自分の中に芯を持っていて、そのためなら迷いなく動ける。たとえ、自分がどう見られていようがお構いなしに。周りの目を気にしてばかりで、ヘラヘラと上っ面を取り繕っている陽介とは大違いだ。
まっすぐで強い、瑞月という女性に陽介は多分、惹かれていた。友人としてではなく、異性として。
けれど今、その想いを封じると決めた。
陽介にとって、瑞月は月のような人だった。彼女の優しさは、月が天から降り注ぐ安らかな光に似ている。
あるいは、泥のなかに咲く蓮のように清らかな人。泥の中でも凜とした白で輝く蓮のような高潔さを彼女は持っている。
どちらにせよ、美しい人だ。そんな瑞月に陽介は焦がれた。
(──だからこそ、コレは俺なんかが瀬名に抱いていい感情じゃない)
夜空の月が遠いように、泥中の蓮が眩しいように、瑞月は手を伸ばすにはあまりにも高嶺にいる。平凡な陽介が瑞月を恋人に望むのは、あまりにも分不相応だ。彼女に、陽介がふさわしくない。恋人としてより、友人としての関係が妥当だと思ってしまっている自分がいた。
そして、陽介は小西先輩に恋心を抱いてしまっている。2人の異性を好きになるのは、女性に対して──ひいては小西先輩と瑞月に不誠実だ。陽介は友人に誠実でありたい。
「ふはっ、何だよ。おおげさだな」
だから陽介は、わざとらしく吹き出す仮面の下で、感情を押さえ込む。恋になる前の淡い想いを『憧れ』という箱の中に詰める。
「するに決まってるだろ。俺たち、『大事な友達同士』なんだから」
瑞月が差しだした右手をぐっと強く握り返した。同時に、瑞月に抱いていた、ふわふわと心浮き立つ感情にふたをする。
瑞月は、しぱしぱと目をまたたかせた。しばらく何が起こったのか、握られた手をじっと見つめて――陽介が握った手をおだやかな力をこめて握りかえした。
「ありがとう」
心から安堵とともに、瑞月はやわく微笑む。自分は間違っていなかったのだと、陽介はふにゃりと、情けなく笑った。