歩み、寄る
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ほこりを払った上着(寝ている陽介の背中が痛むといけないからと、布団がわりにしてくれた)に袖を通して、瑞月は辰姫神社の賽銭箱へ続く石段に腰かけた。渋い顔で、陽介は謝罪を口にする。
「ごめんな、上着。汚しちまったみたいで」
「いい。私が好きでやったことだ」
「でも……」
言い募ろうとして、陽介は黙った。隣に座った瑞月が、不服そうに口を曲げていたからだ。
「謝りすぎだ、きみは。どうせ働きを評価されるなら、申し訳なく思うより、感謝してくれた方が嬉しいのだが?」
「…………ありがとう?」
「ん、よろしい」
満足そうに、瑞月は口角を上げた。それだけで、2人の間に流れていた微妙な空気が気安いものに変わっていく。つられて陽介も目を細めた。
「花村」
一転して、空気が変わる。 瑞月は真剣に唇を引き結んで、陽介は身体を向かい合わせる。そして──
「この前はすまなかった。君への配慮が足りない物言いをした」
──瑞月が陽介にむかって深々と頭を下げた。唐突な謝罪に、陽介は困惑する。
「いや、お前は悪くないだろっ? 俺が勝手にキレたようなもんだし」
「私にだって非はある」
瑞月は膝につきそうだった頭を上げる。吊りがちの眦は下がり、弱々しい印象になっていた。それは、陽介が知らない表情だ。いつも堂々としている瑞月がこんな風に弱っているところを陽介は見たことがない。
「私の言葉が足りなかった上に、動揺してきみとの接触を避けた。すまなかった」
「それは、俺が早とちりしてカッとなったのが悪いし……」
力なく、瑞月は首を横に振った。自分も悪かったという意見を曲げる気はないらしい。このままではお互いに謝るばかりで話が進みそうにない。陽介は瑞月に確認する。
「心配、してくれたんだよな?」
こくりと瑞月は頷く。そして普段の凛々しさが失われた、張りのない内省的な声で続ける。
「もしきみが小西先輩に好意を向けるのなら、慎重になるべきだと告げておきたかったんだ。八十稲羽の人間は、外部の人間に対して口サガないからな。場合によっては、君が苦労を背負う恐れがあると」
やはり瑞月の発言は、陽介を案じての意図だった。
「ごめん。俺……トチッて八つ当たりみたいなこと言って」
「君があのとき取り乱したのは、『ジュネスの関係者』であることを理由に、私が行動を制限するよう求めていると思ったからで違いないか?」
「……うん。えっと……」
陽介は頷く。他人から怒った理由を分析されると、自分の底が知れるようで陽介は恥ずかしい。瑞月は陽介が話しやすいように促してくれたのだろうが、あまり人に自分の弱みを打ち明けたことのない陽介は言いよどんでしまう。
それでも、辛抱強く瑞月は待っていた。陽介に傷つけられて、言いたいことだってあるだろうに。陽介に自分の都合を押し付けてくる人間たちと違って、陽介との対話を望んでいる。
「正直さ……『ジュネスの息子』って言われるの、あんまいい気分じゃない。そうゆうレッテルを掲げて、みんな結局俺のこと自分のいいように扱おうとするから」
「うん」
瑞月は短く相槌を打つ。そこに同情の色はなかった。ただ事実を淡々と受け止めている、そんな感じだ。同情といった自分の感情を挟まず、瑞月は陽介の話に真剣に耳を傾けてくれていた。陽介は続ける。
「でも、瀬名は俺のこと、一度だって『ジュネスの息子』とか言ったりしなかった。ただの同級生とか友達として扱ってくれてさ。それがすごく……居心地良かったんだよ」
「……そうか」
今まで平坦だった瑞月の声が、少しだけ柔らかくなる。まるで「居心地がいい」との陽介の気持ちを嬉しく感じているように。不意にどうして嬉しそうなのか、と陽介は尋ねたくなる。しかし、その問いは投げない。今は陽介が怒った理由について話しているのだから。
「だから、あんとき裏切られたって気持ちになったんだな。小西先輩の気持ちについて、慎重になれって言われたとき、意味取り違えて。そんで、カッとなって爆発した。お前への羨ましさとか、普段抑えてるものとかごちゃ混ぜになって」
「羨ましい……、私が?」
「瀬名が、俺にはないもんばっか持ってるって、思ったから」
瑞月は首をかしげる。分かってない様子の彼女に、陽介は吐き出す。もう情けないところを見せているから半ばヤケになっていたのだ。
「自分の気持ちに振り回されないところとか、一度決めたらやり遂げようとするまっすぐさとか、一人でもしゃんとしてるところとかさ」
周りに流されて生きる陽介とは違って、
瑞月は芯を持って生きている。
陽介が持ち得ない強さを持つ瑞月が、陽介はどうしようもなくうらやましかったのだ。
「……花村が、私を周りに振り回されない人間だと思ってくれていることは分かった」
瑞月がぽつりと言葉をこぼす。その声は、後ろぐらい秘密を明かすように小さい。
「けれどね、私は、君が思うように強い人間ではない。ただ、人とかかわり合いたくないから、居丈高な見栄を張っているだけだ」
「そうやって、瀬名は家族を守りたかったんだよな?」
陽介の言葉に、瑞月は紺碧の瞳を丸くする。「どうしてそれを」と彼女が問いを重ねる前に陽介は続けた。
「瀬名のお袋さん──水奈子 さんに会ったよ。お前が、自分のこと全然話してくれなくて、心配してた」
「そう、か……」
瑞月は申し訳なさそうに、顔を伏せる。申し訳なさそうにしているのならば、心配をかけている自覚はあるのだろう。一人で抱え込んでしまう瑞月の不器用さを、陽介は間近に見た気がした。
「その時に、瀬名と水奈子さんの関係についても聞いた。お前が八十稲羽 の生まれじゃないってことも」
陽介は腰を折る。そうして一直線に下げた頭を瑞月へ向けた。吸い込んだ一息に精一杯の謝意を込め、陽介は声を吐き出す。
「だから、改めてごめん。見当違いなこと言った。知らなかったとはいえ、お前の過ごしてきた時間とか、積み上げてきたものとか、そういうのを軽く見るみたいなこと言って」
自分が持ち得ない瑞月の強さに嫉妬するだけで、彼女がそれを手に入れるために費やした努力と時間の重さを想像できなかった浅ましさが、陽介は恥ずかしかった。瑞月と陽介の境遇が近いというのなら、なおさらだ。
「ごめんな、上着。汚しちまったみたいで」
「いい。私が好きでやったことだ」
「でも……」
言い募ろうとして、陽介は黙った。隣に座った瑞月が、不服そうに口を曲げていたからだ。
「謝りすぎだ、きみは。どうせ働きを評価されるなら、申し訳なく思うより、感謝してくれた方が嬉しいのだが?」
「…………ありがとう?」
「ん、よろしい」
満足そうに、瑞月は口角を上げた。それだけで、2人の間に流れていた微妙な空気が気安いものに変わっていく。つられて陽介も目を細めた。
「花村」
一転して、空気が変わる。 瑞月は真剣に唇を引き結んで、陽介は身体を向かい合わせる。そして──
「この前はすまなかった。君への配慮が足りない物言いをした」
──瑞月が陽介にむかって深々と頭を下げた。唐突な謝罪に、陽介は困惑する。
「いや、お前は悪くないだろっ? 俺が勝手にキレたようなもんだし」
「私にだって非はある」
瑞月は膝につきそうだった頭を上げる。吊りがちの眦は下がり、弱々しい印象になっていた。それは、陽介が知らない表情だ。いつも堂々としている瑞月がこんな風に弱っているところを陽介は見たことがない。
「私の言葉が足りなかった上に、動揺してきみとの接触を避けた。すまなかった」
「それは、俺が早とちりしてカッとなったのが悪いし……」
力なく、瑞月は首を横に振った。自分も悪かったという意見を曲げる気はないらしい。このままではお互いに謝るばかりで話が進みそうにない。陽介は瑞月に確認する。
「心配、してくれたんだよな?」
こくりと瑞月は頷く。そして普段の凛々しさが失われた、張りのない内省的な声で続ける。
「もしきみが小西先輩に好意を向けるのなら、慎重になるべきだと告げておきたかったんだ。八十稲羽の人間は、外部の人間に対して口サガないからな。場合によっては、君が苦労を背負う恐れがあると」
やはり瑞月の発言は、陽介を案じての意図だった。
「ごめん。俺……トチッて八つ当たりみたいなこと言って」
「君があのとき取り乱したのは、『ジュネスの関係者』であることを理由に、私が行動を制限するよう求めていると思ったからで違いないか?」
「……うん。えっと……」
陽介は頷く。他人から怒った理由を分析されると、自分の底が知れるようで陽介は恥ずかしい。瑞月は陽介が話しやすいように促してくれたのだろうが、あまり人に自分の弱みを打ち明けたことのない陽介は言いよどんでしまう。
それでも、辛抱強く瑞月は待っていた。陽介に傷つけられて、言いたいことだってあるだろうに。陽介に自分の都合を押し付けてくる人間たちと違って、陽介との対話を望んでいる。
「正直さ……『ジュネスの息子』って言われるの、あんまいい気分じゃない。そうゆうレッテルを掲げて、みんな結局俺のこと自分のいいように扱おうとするから」
「うん」
瑞月は短く相槌を打つ。そこに同情の色はなかった。ただ事実を淡々と受け止めている、そんな感じだ。同情といった自分の感情を挟まず、瑞月は陽介の話に真剣に耳を傾けてくれていた。陽介は続ける。
「でも、瀬名は俺のこと、一度だって『ジュネスの息子』とか言ったりしなかった。ただの同級生とか友達として扱ってくれてさ。それがすごく……居心地良かったんだよ」
「……そうか」
今まで平坦だった瑞月の声が、少しだけ柔らかくなる。まるで「居心地がいい」との陽介の気持ちを嬉しく感じているように。不意にどうして嬉しそうなのか、と陽介は尋ねたくなる。しかし、その問いは投げない。今は陽介が怒った理由について話しているのだから。
「だから、あんとき裏切られたって気持ちになったんだな。小西先輩の気持ちについて、慎重になれって言われたとき、意味取り違えて。そんで、カッとなって爆発した。お前への羨ましさとか、普段抑えてるものとかごちゃ混ぜになって」
「羨ましい……、私が?」
「瀬名が、俺にはないもんばっか持ってるって、思ったから」
瑞月は首をかしげる。分かってない様子の彼女に、陽介は吐き出す。もう情けないところを見せているから半ばヤケになっていたのだ。
「自分の気持ちに振り回されないところとか、一度決めたらやり遂げようとするまっすぐさとか、一人でもしゃんとしてるところとかさ」
周りに流されて生きる陽介とは違って、
瑞月は芯を持って生きている。
陽介が持ち得ない強さを持つ瑞月が、陽介はどうしようもなくうらやましかったのだ。
「……花村が、私を周りに振り回されない人間だと思ってくれていることは分かった」
瑞月がぽつりと言葉をこぼす。その声は、後ろぐらい秘密を明かすように小さい。
「けれどね、私は、君が思うように強い人間ではない。ただ、人とかかわり合いたくないから、居丈高な見栄を張っているだけだ」
「そうやって、瀬名は家族を守りたかったんだよな?」
陽介の言葉に、瑞月は紺碧の瞳を丸くする。「どうしてそれを」と彼女が問いを重ねる前に陽介は続けた。
「瀬名のお袋さん──
「そう、か……」
瑞月は申し訳なさそうに、顔を伏せる。申し訳なさそうにしているのならば、心配をかけている自覚はあるのだろう。一人で抱え込んでしまう瑞月の不器用さを、陽介は間近に見た気がした。
「その時に、瀬名と水奈子さんの関係についても聞いた。お前が
陽介は腰を折る。そうして一直線に下げた頭を瑞月へ向けた。吸い込んだ一息に精一杯の謝意を込め、陽介は声を吐き出す。
「だから、改めてごめん。見当違いなこと言った。知らなかったとはいえ、お前の過ごしてきた時間とか、積み上げてきたものとか、そういうのを軽く見るみたいなこと言って」
自分が持ち得ない瑞月の強さに嫉妬するだけで、彼女がそれを手に入れるために費やした努力と時間の重さを想像できなかった浅ましさが、陽介は恥ずかしかった。瑞月と陽介の境遇が近いというのなら、なおさらだ。