初恋と相談
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話を聞き終えた小西先輩は、瞳を閉じて頬に片指を当てていた。降ろされた瞼は重く、難色を示している。
「花ちゃんはその子から、ケンカして避けられてるってことね? ちゃんと謝ることもできてないと」
小西先輩の指摘は耳に痛いが、事実だ。口にすると不甲斐なさが浮き彫りになって落ち込む。けれど、相談を持ち掛けている以上話さなければ始まらない。おとなしく首を縦に振った。
「避けられるヤラカシをしたのは、変えられない事実なんすけどね。でもそれにホッとしてる自分がいて。それがまた情けなくて」
「……なんて謝ればいいのか、分かんない?」
おそるおそる、陽介は頷く。
「ただ『ゴメン』って謝るだけじゃ、アイツに対してちゃんと謝ったことにはならないと思って。あいつがなんで傷ついたのか、ソコを踏まえてないと」
瑞月の、悲しそうに歪んだ面差しが陽介の脳裏をかすめる。陽介の不用意な発言で、瑞月を傷つけた。ならば謝らなければならない。けれど、生半可な謝罪では、傷ついた瑞月の心にはきっと届かないだろう。陽介だって、大切な友人である瑞月に対して軽率な謝罪で済ませたくはない。
陽介はきっと、瑞月が大切にする価値観を軽い言葉で踏みつけてしまったのだ。けれども、瑞月が何に傷ついたのか見当もつかない。
陽介はそれまで当たり障りのない人付き合いしかしてこなかった。多少のやらかしはゴメンと告げれば許してもらえるような、浅い人間関係しか経験してこなかった自分が腹立たしく、情けない。
陽介は片手で乱暴に頭を引っ掻きまわす。謝り方すら満足に思いつかない自分に、不甲斐なさが積もってため息が出そうだ。
目の前にいた小西先輩は、自身の髪の毛を指先に巻き付け始めた。長々とした陽介の愚痴に飽きてしまったのも知れない。
「わたしね、癖っ毛なんだ」
「は?」
唐突に、小西先輩は自身の髪について語りだす。虚を突かれた陽介を、にこりと笑顔で制して小西先輩は先を続けた。
「幼い頃とかはもっとひどくて、伸ばしたくても絡まっちゃって整えるのが大変で……、梳かすの苦労したっけな」
キレイな亜麻色の髪を、小西先輩はピンピンと引っ張る。細やかなウェーブがかかったそれは、強制されたにも関わらず元の形を取り戻した。
「でも、先輩の髪、俺はいいと思うけどな。ふわふわしててカワイーっつか」
素直に陽介の本心である。長い髪は女性らしく、綿毛のようにふわふわとして質感が儚くて、嫋やかで守ってあげたくなるような印象がある。
自身の髪を褒められたというのに、早紀の表情に変化はなく、フラットな笑顔のままだ。
「はは、ありがと。でも、その『カワイー』を維持するために、いろいろと手間がかかってるのよ。ブラシ毎日かけなきゃいけないし、シャンプーとか髪に塗るものだってちゃんと選ばなきゃいけないんだから」
「そ、そうなんすか。女の人って大変ですね」
小西先輩の並々ならぬ勢いで語られる、髪への地道な努力に陽介は気圧される。すると、早紀は一転して真剣な眼差しで、陽介の発言に食い下がった。
「そうよ。女の子は大変なの。ちゃんと変に見られたりしないように、いろいろ地道な努力を重ねてるの。花ちゃんがケンカしちゃったっていう、友達だってそうなんじゃない?」
「え?」
「花ちゃん、友達に『何でもできる』なんて言ったんでしょ? 『何でもできる』ように見えて、本当は裏でイロイロ頑張ってるのかもしれないよ。本当にその子は『何でもできる』の?」
思いきり肩を揺さぶられたような心地がした。衝撃を受けた脳からポロポロと瑞月と過ごした記憶のピースがこぼれて弾ける。
文化祭の前、無理やりパンフの作成を手伝ったとき、人を頼りにするのが下手だという陽介の指摘に瑞月はバツの悪い顔をした。屋上で話すようになった彼女は、テレビに疎かった。迷子になった妹の佳菜を心配しすぎて、佳菜をシオシオにするまで叱って(?)いた。千枝や雪子と話したとき、2人の勢いにのまれかけて戸惑っていた。
『なんでもできる子』ではなかった。瑞月は、得意もあれば不得意もある、陽介と変わらない、同年代の女の子だった。
思い返せば、彼女は他人に自分が負った苦労を見せたがらない人間だった。山のようにある文化祭のパンフを作ろうするときも、文化祭で出た膨大な量のゴミを捨てようとするときも、瑞月は隠れて一人で済ませようとしていた。
瑞月に関する単純な事実を、陽介は見失っていたのだ。
「先輩」
「どしたの、神妙な顔になっちゃって」
「話、聞いてくれてありがとうございました。俺、ちゃんとアイツに謝れそうです」
陽介は小西先輩に向って頭を下げる。顔を上げると、小西先輩は明るくさっぱりとした笑みを浮かべた。
「うんうん。いつもの花ちゃんだ。辛気臭いツラで仕事されたら、私だってクサクサするしね」
「いや、ホント。俺だけで悩んでたら、絶対何にもわかんなかっただろうから先輩にアドバイス貰えてよかったっす」
「そ。花ちゃんって私の弟に性格が似てるからさ。軽いように見えて、真面目でウジウジ色々考えちゃうところとか」
「……それ、褒めてる?」
「ふふふ」
微妙な物言いで半目になった陽介に、小西先輩は本心の分からない笑みで答えた。だが、次の瞬間、早紀は頬杖をつきながら、はっきりと通る声で告げた。
「だから、落ち込んでると余計に気になるんだよね。弟みたいでさ」
小西先輩のつぶらな瞳には、それこそ弟に向けるような親しみの情が浮かんでいる。それを見た陽介は気が付いた。
小西先輩は、陽介を意識していないと。
気が付いたとき、陽介の胸の中が切なく締め付けられて、陽介は戸惑う。小西先輩が恋愛対象として陽介を捉えていない。その事実がどうしてこんなにも切ないのだろう。
陽介の心中などいざ知らず、小西先輩は長椅子の中央にあった焼き菓子の詰め合わせに手を伸ばす。その中から取り出したものを陽介の目の前に滑らせる。
「まぁ、甘いものでも食べてガッツつけなよ。ほれ、バームクーヘン」
「せ、先輩それ数少ないレアなヤツじゃんか。他の人に恨まれるって!」
「これから友達に謝るっていう大仕事に挑むヤツが遠慮しない。早い者勝ちだしね」
バームクーヘンを押し付けながら、小西先輩はいたずらっぽく笑った。親しみが込められた笑顔に、悩んでいた陽介を励まそうとする何気ない面倒見の良さに、陽介の中にある記憶がシャボン玉のようにきらきらと弾けた。
「花ちゃんはその子から、ケンカして避けられてるってことね? ちゃんと謝ることもできてないと」
小西先輩の指摘は耳に痛いが、事実だ。口にすると不甲斐なさが浮き彫りになって落ち込む。けれど、相談を持ち掛けている以上話さなければ始まらない。おとなしく首を縦に振った。
「避けられるヤラカシをしたのは、変えられない事実なんすけどね。でもそれにホッとしてる自分がいて。それがまた情けなくて」
「……なんて謝ればいいのか、分かんない?」
おそるおそる、陽介は頷く。
「ただ『ゴメン』って謝るだけじゃ、アイツに対してちゃんと謝ったことにはならないと思って。あいつがなんで傷ついたのか、ソコを踏まえてないと」
瑞月の、悲しそうに歪んだ面差しが陽介の脳裏をかすめる。陽介の不用意な発言で、瑞月を傷つけた。ならば謝らなければならない。けれど、生半可な謝罪では、傷ついた瑞月の心にはきっと届かないだろう。陽介だって、大切な友人である瑞月に対して軽率な謝罪で済ませたくはない。
陽介はきっと、瑞月が大切にする価値観を軽い言葉で踏みつけてしまったのだ。けれども、瑞月が何に傷ついたのか見当もつかない。
陽介はそれまで当たり障りのない人付き合いしかしてこなかった。多少のやらかしはゴメンと告げれば許してもらえるような、浅い人間関係しか経験してこなかった自分が腹立たしく、情けない。
陽介は片手で乱暴に頭を引っ掻きまわす。謝り方すら満足に思いつかない自分に、不甲斐なさが積もってため息が出そうだ。
目の前にいた小西先輩は、自身の髪の毛を指先に巻き付け始めた。長々とした陽介の愚痴に飽きてしまったのも知れない。
「わたしね、癖っ毛なんだ」
「は?」
唐突に、小西先輩は自身の髪について語りだす。虚を突かれた陽介を、にこりと笑顔で制して小西先輩は先を続けた。
「幼い頃とかはもっとひどくて、伸ばしたくても絡まっちゃって整えるのが大変で……、梳かすの苦労したっけな」
キレイな亜麻色の髪を、小西先輩はピンピンと引っ張る。細やかなウェーブがかかったそれは、強制されたにも関わらず元の形を取り戻した。
「でも、先輩の髪、俺はいいと思うけどな。ふわふわしててカワイーっつか」
素直に陽介の本心である。長い髪は女性らしく、綿毛のようにふわふわとして質感が儚くて、嫋やかで守ってあげたくなるような印象がある。
自身の髪を褒められたというのに、早紀の表情に変化はなく、フラットな笑顔のままだ。
「はは、ありがと。でも、その『カワイー』を維持するために、いろいろと手間がかかってるのよ。ブラシ毎日かけなきゃいけないし、シャンプーとか髪に塗るものだってちゃんと選ばなきゃいけないんだから」
「そ、そうなんすか。女の人って大変ですね」
小西先輩の並々ならぬ勢いで語られる、髪への地道な努力に陽介は気圧される。すると、早紀は一転して真剣な眼差しで、陽介の発言に食い下がった。
「そうよ。女の子は大変なの。ちゃんと変に見られたりしないように、いろいろ地道な努力を重ねてるの。花ちゃんがケンカしちゃったっていう、友達だってそうなんじゃない?」
「え?」
「花ちゃん、友達に『何でもできる』なんて言ったんでしょ? 『何でもできる』ように見えて、本当は裏でイロイロ頑張ってるのかもしれないよ。本当にその子は『何でもできる』の?」
思いきり肩を揺さぶられたような心地がした。衝撃を受けた脳からポロポロと瑞月と過ごした記憶のピースがこぼれて弾ける。
文化祭の前、無理やりパンフの作成を手伝ったとき、人を頼りにするのが下手だという陽介の指摘に瑞月はバツの悪い顔をした。屋上で話すようになった彼女は、テレビに疎かった。迷子になった妹の佳菜を心配しすぎて、佳菜をシオシオにするまで叱って(?)いた。千枝や雪子と話したとき、2人の勢いにのまれかけて戸惑っていた。
『なんでもできる子』ではなかった。瑞月は、得意もあれば不得意もある、陽介と変わらない、同年代の女の子だった。
思い返せば、彼女は他人に自分が負った苦労を見せたがらない人間だった。山のようにある文化祭のパンフを作ろうするときも、文化祭で出た膨大な量のゴミを捨てようとするときも、瑞月は隠れて一人で済ませようとしていた。
瑞月に関する単純な事実を、陽介は見失っていたのだ。
「先輩」
「どしたの、神妙な顔になっちゃって」
「話、聞いてくれてありがとうございました。俺、ちゃんとアイツに謝れそうです」
陽介は小西先輩に向って頭を下げる。顔を上げると、小西先輩は明るくさっぱりとした笑みを浮かべた。
「うんうん。いつもの花ちゃんだ。辛気臭いツラで仕事されたら、私だってクサクサするしね」
「いや、ホント。俺だけで悩んでたら、絶対何にもわかんなかっただろうから先輩にアドバイス貰えてよかったっす」
「そ。花ちゃんって私の弟に性格が似てるからさ。軽いように見えて、真面目でウジウジ色々考えちゃうところとか」
「……それ、褒めてる?」
「ふふふ」
微妙な物言いで半目になった陽介に、小西先輩は本心の分からない笑みで答えた。だが、次の瞬間、早紀は頬杖をつきながら、はっきりと通る声で告げた。
「だから、落ち込んでると余計に気になるんだよね。弟みたいでさ」
小西先輩のつぶらな瞳には、それこそ弟に向けるような親しみの情が浮かんでいる。それを見た陽介は気が付いた。
小西先輩は、陽介を意識していないと。
気が付いたとき、陽介の胸の中が切なく締め付けられて、陽介は戸惑う。小西先輩が恋愛対象として陽介を捉えていない。その事実がどうしてこんなにも切ないのだろう。
陽介の心中などいざ知らず、小西先輩は長椅子の中央にあった焼き菓子の詰め合わせに手を伸ばす。その中から取り出したものを陽介の目の前に滑らせる。
「まぁ、甘いものでも食べてガッツつけなよ。ほれ、バームクーヘン」
「せ、先輩それ数少ないレアなヤツじゃんか。他の人に恨まれるって!」
「これから友達に謝るっていう大仕事に挑むヤツが遠慮しない。早い者勝ちだしね」
バームクーヘンを押し付けながら、小西先輩はいたずらっぽく笑った。親しみが込められた笑顔に、悩んでいた陽介を励まそうとする何気ない面倒見の良さに、陽介の中にある記憶がシャボン玉のようにきらきらと弾けた。