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陽介は、レジ袋から取り出したパンを静かに脇に置いた。澄んだ紺碧の瞳と、朗らかなヘーゼルの瞳が対峙した。
「もったいないなって思ったから」
「もったいない?」
「うん。そりゃもちろん、里中と天城の友達2人の頼みを引き受けて退けないってのもあるぜ。けどそれより、自分に好意を向けてくれる相手からのアプローチを、自分から絶っちゃってるお前がもったいねーなって思ったんだよ。文化祭のこと、覚えてるか?」
怪訝そうな様子で、瑞月は頷く。良かったと、陽介ははにかんだ。心の中の大切な思い出を撫でるような音で、陽介は語る。きっと瑞月は、文化祭と千枝と雪子の2人組がどんな関係にあるのか疑問を抱いているのだろうから。
「俺はさ、瀬名と一緒に文化祭に関われて、良かったと思ってる。いろいろトラブったりもしたけど……すげー楽しかったよ。瀬名は?」
「充実した時間だったと思っている」
「……そか。いい思い出だったっつーことだな」
瑞月の表情は凪いでいた。瑞月は、嫌なことにははっきりノーと言う人間だ。その瑞月が、陽介の言葉を否定しなかった。陽介の心はほわりと温かくなる。瑞月にとっても、あの文化祭は思い出深いものだったと知れたからだ。
「つまり、人付き合いって文化祭みたいなもんなんじゃねーかな。面倒なこともあるけど、『楽しいこと』もある。そんで、『その楽しいこと』は一人で何かやってるときには得られないものでさ。それをみすみす見逃してる瀬名のこと、もったいねーって思ったわけよ」
「……お人よしだな、花村は」
「お前の友達だからな、俺は」
瑞月の人付き合いを好まない性質を陽介は知ってる。けれど、それを理由に人と全く交流を絶つというのは、誰であろうとできない。だったら、不器用でも瑞月をよく思ってくれる人と付き合ったほうがいいだろうという、陽介のお節介だ。
陽介は、瑞月の瞳をまっすぐに見据えた。怜悧な紺碧の瞳から逃げはしない。
「里中と天城がいい奴だってことは、あいつらと、お前と友達の俺が保証する。だから、一回会ってみちゃくれねーか? お前が話すの億劫だって言うんなら、俺だってフォロー入るからさ」
「花村」
「ん?」
「近い」
陽介はパチクリと瞼を開閉し——急激に頬を染め上げた。瑞月の指摘通り、陽介は彼女と肩が触れ合いそうな距離まで近づいてしまっている。清潔感のある石鹸の香りと、何とも言えないいい香りに、陽介は完全に我に返った。
「なっ、おわわわわわわわっ」
「大丈夫か、花村。手にしたパン、潰れてしまっているが」
いたたまれなさと湧き上がる恥ずかしさに、陽介は急速に後ずさる。熱弁しすぎて、パーソナルスペースの概念がきれいに抜け落ちていた。ついでに脇に寄せていたお気に入りの総菜パンを思いっきり握ってしまっていた。ふわふわのパンがぺしゃんこである。
「わ、わりーな。俺としては瀬名に頷いてほしいけど、瀬名がイヤってんなら、俺から2人には伝えとくからっ。はむっ、あー、このパンうめー、めっちゃうめー!」
「あまり急いで食べないほうがいい。体に差し障る」
陽介は乱暴に総菜パンの包装を破き、中身にかぶりついた。味がよくわからないモサモサした食物を、湧き上がる照れ臭さとともに飲み下す。お気に入りのパンなのに、味覚が機能しない舌が陽介は憎い。
対する瑞月は特に気にする様子もなく、陽介が手渡しておいた『胡椒博士NEO』に口をつけた。
陽介は交友を持って知ったが、瑞月は香りよい香辛料の風味が効いた食品や家庭料理が好きなのだそうだ。『胡椒博士NEO』を飲みながら、瑞月はどこか遠くを見つめて、ぱち、ぱちとゆっくり目を瞬いた。どうやら陽介の提案を熟考しているらしい。
散々陽介は説得に尽くしたが、結局は瑞月の一存に限る。口をつけた胡椒博士NEOを脇に置いた、瑞月の表情は若干険しい。真一文字の口の端が若干、下方修正されている。これはダメそうかなと、陽介はため息をごまかそうと、総菜パンを口に運んだ。
「分かった。2人に会おう」
陽介は食べかけの総菜パンを取り落とした。すかさず、瑞月がパンの包装部分を箸で受け止める。ぷらーんと所在なげに包装に入った総菜パンが揺れている。
「食べ物を落とすな。もったいない」
「は……いいのぉ!?」
一拍遅れて、陽介が叫んだ。人との関わりを避けている瑞月が、意外な方向に舵を切ったのだ。一体、どういう風のふきまわしなのか。陽介の心中を察してか、瑞月が答えた。
「里中さんと天城さん。2人には、文化祭でかなり助けられた。それに——」
「それに?」
「実は、里中さんたちに一回話しかけられたことがあるんだ。八十神高校に入学してすぐのころ、交友を持たないか? とね。もちろん断ったけれど。にも関わらず、私との接触を花村を通じてもう一度試みたんだろう? よこしまな好奇心ではそこまでできない」
ずいずいと、箸で掴んだ総菜パンを陽介に押し付ける。『よこしまな好奇心』とのワードが陽介には引っかかり、眉をわずかに上げた。しかし、瑞月は気にも止めずに話を続ける。
「相手の厚意を無下にしては角が立つ。平穏が遠のく。一度会うのが最善だろう」
なるほど、瑞月らしい理由だった。何にしても、千枝と雪子の要求が通ったのは、間違いなく陽介にとって幸運に違いない。2人から湿度の高い目を向けられずに済む。
「おっしゃ! 言ったな。んじゃ空いてる時間あるか?」
善は急げと、陽介はアポを取りに入る。瑞月の予定を把握した陽介は、残りの総菜パンを詰め込むと立ち上がった。
「じゃ、俺は里中と天城にアポとってくるわ。話聞いてくれて、あんがとな」
「ああ、予定が決まったら教えてほしい」
瑞月は再び、弁当の中身に箸をつけ始める。もくもくと食べる姿は予想にたがわず、背筋が伸びてきれいだ。瑞月に礼を告げ、陽介は屋上を去った。教室に戻って、陽介は千枝と雪子に瑞月の意を伝えなければならない。
「もったいないなって思ったから」
「もったいない?」
「うん。そりゃもちろん、里中と天城の友達2人の頼みを引き受けて退けないってのもあるぜ。けどそれより、自分に好意を向けてくれる相手からのアプローチを、自分から絶っちゃってるお前がもったいねーなって思ったんだよ。文化祭のこと、覚えてるか?」
怪訝そうな様子で、瑞月は頷く。良かったと、陽介ははにかんだ。心の中の大切な思い出を撫でるような音で、陽介は語る。きっと瑞月は、文化祭と千枝と雪子の2人組がどんな関係にあるのか疑問を抱いているのだろうから。
「俺はさ、瀬名と一緒に文化祭に関われて、良かったと思ってる。いろいろトラブったりもしたけど……すげー楽しかったよ。瀬名は?」
「充実した時間だったと思っている」
「……そか。いい思い出だったっつーことだな」
瑞月の表情は凪いでいた。瑞月は、嫌なことにははっきりノーと言う人間だ。その瑞月が、陽介の言葉を否定しなかった。陽介の心はほわりと温かくなる。瑞月にとっても、あの文化祭は思い出深いものだったと知れたからだ。
「つまり、人付き合いって文化祭みたいなもんなんじゃねーかな。面倒なこともあるけど、『楽しいこと』もある。そんで、『その楽しいこと』は一人で何かやってるときには得られないものでさ。それをみすみす見逃してる瀬名のこと、もったいねーって思ったわけよ」
「……お人よしだな、花村は」
「お前の友達だからな、俺は」
瑞月の人付き合いを好まない性質を陽介は知ってる。けれど、それを理由に人と全く交流を絶つというのは、誰であろうとできない。だったら、不器用でも瑞月をよく思ってくれる人と付き合ったほうがいいだろうという、陽介のお節介だ。
陽介は、瑞月の瞳をまっすぐに見据えた。怜悧な紺碧の瞳から逃げはしない。
「里中と天城がいい奴だってことは、あいつらと、お前と友達の俺が保証する。だから、一回会ってみちゃくれねーか? お前が話すの億劫だって言うんなら、俺だってフォロー入るからさ」
「花村」
「ん?」
「近い」
陽介はパチクリと瞼を開閉し——急激に頬を染め上げた。瑞月の指摘通り、陽介は彼女と肩が触れ合いそうな距離まで近づいてしまっている。清潔感のある石鹸の香りと、何とも言えないいい香りに、陽介は完全に我に返った。
「なっ、おわわわわわわわっ」
「大丈夫か、花村。手にしたパン、潰れてしまっているが」
いたたまれなさと湧き上がる恥ずかしさに、陽介は急速に後ずさる。熱弁しすぎて、パーソナルスペースの概念がきれいに抜け落ちていた。ついでに脇に寄せていたお気に入りの総菜パンを思いっきり握ってしまっていた。ふわふわのパンがぺしゃんこである。
「わ、わりーな。俺としては瀬名に頷いてほしいけど、瀬名がイヤってんなら、俺から2人には伝えとくからっ。はむっ、あー、このパンうめー、めっちゃうめー!」
「あまり急いで食べないほうがいい。体に差し障る」
陽介は乱暴に総菜パンの包装を破き、中身にかぶりついた。味がよくわからないモサモサした食物を、湧き上がる照れ臭さとともに飲み下す。お気に入りのパンなのに、味覚が機能しない舌が陽介は憎い。
対する瑞月は特に気にする様子もなく、陽介が手渡しておいた『胡椒博士NEO』に口をつけた。
陽介は交友を持って知ったが、瑞月は香りよい香辛料の風味が効いた食品や家庭料理が好きなのだそうだ。『胡椒博士NEO』を飲みながら、瑞月はどこか遠くを見つめて、ぱち、ぱちとゆっくり目を瞬いた。どうやら陽介の提案を熟考しているらしい。
散々陽介は説得に尽くしたが、結局は瑞月の一存に限る。口をつけた胡椒博士NEOを脇に置いた、瑞月の表情は若干険しい。真一文字の口の端が若干、下方修正されている。これはダメそうかなと、陽介はため息をごまかそうと、総菜パンを口に運んだ。
「分かった。2人に会おう」
陽介は食べかけの総菜パンを取り落とした。すかさず、瑞月がパンの包装部分を箸で受け止める。ぷらーんと所在なげに包装に入った総菜パンが揺れている。
「食べ物を落とすな。もったいない」
「は……いいのぉ!?」
一拍遅れて、陽介が叫んだ。人との関わりを避けている瑞月が、意外な方向に舵を切ったのだ。一体、どういう風のふきまわしなのか。陽介の心中を察してか、瑞月が答えた。
「里中さんと天城さん。2人には、文化祭でかなり助けられた。それに——」
「それに?」
「実は、里中さんたちに一回話しかけられたことがあるんだ。八十神高校に入学してすぐのころ、交友を持たないか? とね。もちろん断ったけれど。にも関わらず、私との接触を花村を通じてもう一度試みたんだろう? よこしまな好奇心ではそこまでできない」
ずいずいと、箸で掴んだ総菜パンを陽介に押し付ける。『よこしまな好奇心』とのワードが陽介には引っかかり、眉をわずかに上げた。しかし、瑞月は気にも止めずに話を続ける。
「相手の厚意を無下にしては角が立つ。平穏が遠のく。一度会うのが最善だろう」
なるほど、瑞月らしい理由だった。何にしても、千枝と雪子の要求が通ったのは、間違いなく陽介にとって幸運に違いない。2人から湿度の高い目を向けられずに済む。
「おっしゃ! 言ったな。んじゃ空いてる時間あるか?」
善は急げと、陽介はアポを取りに入る。瑞月の予定を把握した陽介は、残りの総菜パンを詰め込むと立ち上がった。
「じゃ、俺は里中と天城にアポとってくるわ。話聞いてくれて、あんがとな」
「ああ、予定が決まったら教えてほしい」
瑞月は再び、弁当の中身に箸をつけ始める。もくもくと食べる姿は予想にたがわず、背筋が伸びてきれいだ。瑞月に礼を告げ、陽介は屋上を去った。教室に戻って、陽介は千枝と雪子に瑞月の意を伝えなければならない。