迷子と姉と店員さんと
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佳菜の興味は、ばね仕掛けの遊具へシフトしたらしい。遊具が前後するたびに、若草色の瞳がキラキラと輝く。ぱっさっぱっさと栗色の髪が揺れて、突然陽介は気がついた。
「佳菜ちゃんの目って天然? 緑色できれいな眼してるけど」
佳菜のしっかりとした口ぶりと、天真爛漫さに気をとられていたが、佳菜の瞳は日本人離れした色彩だった。晴れた日の野原を連想させる若草色である。
「天然だ。母親がクオーターでな、佳菜には少しだけ異国の血が混ざっている」
「へぇ、綺麗なもんだな。カラコンとかじゃ絶対でない色だし……宝石みたいで、なんかいいな」
「……驚かないんだな、花村」
「外国の血がはいってるっつーのは驚きだけど……。瞳が珍しいこと以外、そこらへんの子供たちと変わらないし」
都会育ちの花村にとって、街で外人やその血を引く人たちは珍しくなかった。また、引っ越し前のバイト先で、見た目と言うコンプレックスやハンデを抱えながら一生懸命働く外国人労働者を見てききたのも、一因だったかもしれない。
今では、なんとなく親近感さえ覚える。見も知らない土地で頑張って生きていく異国の人々に。
「……そう言ってもらえると、嬉しい。佳菜の瞳を気味悪がって、邪険に扱う人もいるから」
「そんなことがあんのか……」
「ああ、だから、好奇心旺盛な佳菜をちゃんと見て、守ってくれる人がいるのは嬉しいよ」
瑞月は紺碧の目の端をほどく。どこか、苦労が滲んだ言葉だ。陽介は佳菜に目を向ける。
瑞月の言葉にした苦労など表にも出さず、佳菜は無邪気に笑っていた。彼女の強さか、それとも瑞月や両親の庇護と教育による賜物か──どちらにせよ稀有な明るさで、その輝くようなあどけない笑顔は守りたくなる魅力がある。だから陽介は佳菜に優しくしようと決めた。
そういえば、瑞月も日本人離れした色の瞳をしている。ふと、陽介の頭に疑問が浮かんだ。
「そういや、佳菜ちゃんって母親似? 瀬名と全然似てないけど」
佳菜と瑞月は恐ろしいほど似つかない。佳菜は栗色の髪に、若草色の瞳がくりくりと垂れ目がちになっていて優しい印象をうける。対する瑞月は、黒髪に吊り上がった紺碧の瞳で、凛とした印象を与える顔立ちだ。
2人の違いはどこに由来するのか、陽介の疑問に、瑞月は一瞬口を引き結んだ。
「……私と似ていないことは気にしないでくれ。佳菜は母親似だよ。中身の活発さも、小さなころの母にそっくりらしい」
――へぇ、じゃあ父親似なのか?
そう問いを投げようとすると、瑞月が持っていたエコバックから、チョコレートのお菓子を取り出した。瑞月は大袋であるそれを、ズイッと陽介の目の前に滑らせる。
「今あるものですまないが、佳菜が世話になった礼だ。受け取ってくれ」
「え。んな、いいっつのに」
「どうか受け取ってほしい。君にとっては些細な親切かもしれないが、私にとっては身内を守ってくれた恩義なんだ」
瑞月に気圧されて、陽介はしぶしぶと菓子を受け取る。陽介が父親の話をもちかけようとした瞬間に、彼女は話を打ち切った。心なしか、彼女の表情は硬く、あまり家族の話を続けたくないように見えた。
素直な瑞月が隠し事をした事実に陽介は少なからず驚く。だが同時に、もしや、と瑞月が起こした行動の意図を推察する。反抗期的な嫌悪を、瑞月は父親に対して抱いているのかもしれない。
父親へ向かう思春期特有の反抗的な態度には陽介も少なからず覚えがあった。しかも女の子のそれは、男の場合よりもずっと強いと聞く。大人びてはいるが、瑞月も陽介と同い年の女の子だ。ならばそういうこともあるかもしれないと、陽介はひとり結論付けた。
「そっか。じゃあ、ありがたく貰っとくわ」
陽介がはにかんで菓子を受け取ると、瑞月の険しい雰囲気が霧散した。物を奢られるのは、陽介としては少し抵抗がある。けれども、瑞月が嬉しそうにするならば、受け取るのもなんとなく悪くない。後日お返しに菓子を買って返そうと、陽介は脳内にメモを残す。
家族思いだけれども、父親は嫌い。今どきの女子高生と変わらない瑞月の一面を、陽介は意外な心持で見つめていた。だいぶ大人びている瑞月だが、やはり陽介と同年代の少女でもあるようだ。
「あーー! 陽介おにいちゃんいいなぁ……。おねえちゃんから おかしもらってる!」
佳菜が遊具からぴょんと飛び降りて、陽介の下へ走ってきた。お菓子に目を輝かせる姿は、甘え盛りの子犬に似ていてつい優しくしたくなってしまう。陽介は軽やかに立ち上がった。
「うっし! じゃあこのお菓子、3人で食べよーぜ。俺、飲み物買ってくっからさ!」
「な! 花村、代金は支払わせてくれ」
「残念もう走っちゃってますー。瀬名ははちみつジンジャーレモネードな! 佳菜ちゃんは何がいいー?」
「佳菜もいく! ジュースくれるなら、おてつだいする! 佳菜、オレンジジュースがいい!」
ドリンクを扱うコーナーにむかって走り出した陽介に合わせて、佳菜が雛よろしく付いてくる。止まらない二人を、瑞月は呆れたような、しかし見守るような温かい微笑で見つめていた。
その後。
談笑しながら菓子と飲み物を食べたあと、陽介は瀬名姉妹と一緒にジュネスの児童スペースで遊んで家に帰った。
佳菜は幼子の無垢ゆえか、陽介に懐いてくれたらしい。陽介は、頻繁に町民からの厳しい視線を向けられる機会が多いため、佳菜のような純粋な好意にバイトの疲れが吹き飛んだ。
瑞月の家は幹線道路沿いに近かった。ジュネスからも、陽介の家からも、行こうと思えば行ける距離である。
陽介が彼女らを送っていくと、瑞月は一つ会釈をしてから穏やかに、佳菜は満面の笑みと共に、玄関先から陽介の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
「ようすけおにいちゃん! じゃあねーーーー!」
そういって手を振ってくれた屈託のない佳菜の笑顔は、曇り空を晴らして光る太陽のように輝いていた。
「佳菜ちゃんの目って天然? 緑色できれいな眼してるけど」
佳菜のしっかりとした口ぶりと、天真爛漫さに気をとられていたが、佳菜の瞳は日本人離れした色彩だった。晴れた日の野原を連想させる若草色である。
「天然だ。母親がクオーターでな、佳菜には少しだけ異国の血が混ざっている」
「へぇ、綺麗なもんだな。カラコンとかじゃ絶対でない色だし……宝石みたいで、なんかいいな」
「……驚かないんだな、花村」
「外国の血がはいってるっつーのは驚きだけど……。瞳が珍しいこと以外、そこらへんの子供たちと変わらないし」
都会育ちの花村にとって、街で外人やその血を引く人たちは珍しくなかった。また、引っ越し前のバイト先で、見た目と言うコンプレックスやハンデを抱えながら一生懸命働く外国人労働者を見てききたのも、一因だったかもしれない。
今では、なんとなく親近感さえ覚える。見も知らない土地で頑張って生きていく異国の人々に。
「……そう言ってもらえると、嬉しい。佳菜の瞳を気味悪がって、邪険に扱う人もいるから」
「そんなことがあんのか……」
「ああ、だから、好奇心旺盛な佳菜をちゃんと見て、守ってくれる人がいるのは嬉しいよ」
瑞月は紺碧の目の端をほどく。どこか、苦労が滲んだ言葉だ。陽介は佳菜に目を向ける。
瑞月の言葉にした苦労など表にも出さず、佳菜は無邪気に笑っていた。彼女の強さか、それとも瑞月や両親の庇護と教育による賜物か──どちらにせよ稀有な明るさで、その輝くようなあどけない笑顔は守りたくなる魅力がある。だから陽介は佳菜に優しくしようと決めた。
そういえば、瑞月も日本人離れした色の瞳をしている。ふと、陽介の頭に疑問が浮かんだ。
「そういや、佳菜ちゃんって母親似? 瀬名と全然似てないけど」
佳菜と瑞月は恐ろしいほど似つかない。佳菜は栗色の髪に、若草色の瞳がくりくりと垂れ目がちになっていて優しい印象をうける。対する瑞月は、黒髪に吊り上がった紺碧の瞳で、凛とした印象を与える顔立ちだ。
2人の違いはどこに由来するのか、陽介の疑問に、瑞月は一瞬口を引き結んだ。
「……私と似ていないことは気にしないでくれ。佳菜は母親似だよ。中身の活発さも、小さなころの母にそっくりらしい」
――へぇ、じゃあ父親似なのか?
そう問いを投げようとすると、瑞月が持っていたエコバックから、チョコレートのお菓子を取り出した。瑞月は大袋であるそれを、ズイッと陽介の目の前に滑らせる。
「今あるものですまないが、佳菜が世話になった礼だ。受け取ってくれ」
「え。んな、いいっつのに」
「どうか受け取ってほしい。君にとっては些細な親切かもしれないが、私にとっては身内を守ってくれた恩義なんだ」
瑞月に気圧されて、陽介はしぶしぶと菓子を受け取る。陽介が父親の話をもちかけようとした瞬間に、彼女は話を打ち切った。心なしか、彼女の表情は硬く、あまり家族の話を続けたくないように見えた。
素直な瑞月が隠し事をした事実に陽介は少なからず驚く。だが同時に、もしや、と瑞月が起こした行動の意図を推察する。反抗期的な嫌悪を、瑞月は父親に対して抱いているのかもしれない。
父親へ向かう思春期特有の反抗的な態度には陽介も少なからず覚えがあった。しかも女の子のそれは、男の場合よりもずっと強いと聞く。大人びてはいるが、瑞月も陽介と同い年の女の子だ。ならばそういうこともあるかもしれないと、陽介はひとり結論付けた。
「そっか。じゃあ、ありがたく貰っとくわ」
陽介がはにかんで菓子を受け取ると、瑞月の険しい雰囲気が霧散した。物を奢られるのは、陽介としては少し抵抗がある。けれども、瑞月が嬉しそうにするならば、受け取るのもなんとなく悪くない。後日お返しに菓子を買って返そうと、陽介は脳内にメモを残す。
家族思いだけれども、父親は嫌い。今どきの女子高生と変わらない瑞月の一面を、陽介は意外な心持で見つめていた。だいぶ大人びている瑞月だが、やはり陽介と同年代の少女でもあるようだ。
「あーー! 陽介おにいちゃんいいなぁ……。おねえちゃんから おかしもらってる!」
佳菜が遊具からぴょんと飛び降りて、陽介の下へ走ってきた。お菓子に目を輝かせる姿は、甘え盛りの子犬に似ていてつい優しくしたくなってしまう。陽介は軽やかに立ち上がった。
「うっし! じゃあこのお菓子、3人で食べよーぜ。俺、飲み物買ってくっからさ!」
「な! 花村、代金は支払わせてくれ」
「残念もう走っちゃってますー。瀬名ははちみつジンジャーレモネードな! 佳菜ちゃんは何がいいー?」
「佳菜もいく! ジュースくれるなら、おてつだいする! 佳菜、オレンジジュースがいい!」
ドリンクを扱うコーナーにむかって走り出した陽介に合わせて、佳菜が雛よろしく付いてくる。止まらない二人を、瑞月は呆れたような、しかし見守るような温かい微笑で見つめていた。
その後。
談笑しながら菓子と飲み物を食べたあと、陽介は瀬名姉妹と一緒にジュネスの児童スペースで遊んで家に帰った。
佳菜は幼子の無垢ゆえか、陽介に懐いてくれたらしい。陽介は、頻繁に町民からの厳しい視線を向けられる機会が多いため、佳菜のような純粋な好意にバイトの疲れが吹き飛んだ。
瑞月の家は幹線道路沿いに近かった。ジュネスからも、陽介の家からも、行こうと思えば行ける距離である。
陽介が彼女らを送っていくと、瑞月は一つ会釈をしてから穏やかに、佳菜は満面の笑みと共に、玄関先から陽介の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
「ようすけおにいちゃん! じゃあねーーーー!」
そういって手を振ってくれた屈託のない佳菜の笑顔は、曇り空を晴らして光る太陽のように輝いていた。