昼休みの友達
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「それが学校の人間ならば、昼休みくらいこちらに来たらどうだ。匿うくらいなら、私とてできる」
頭の中が、晴れたような心地がした。
瑞月が何と言ったのかは分からない。けれどそれは、少なくとも陽介を貶す意図の発言ではなかった。
「え……?」
陽介はおそるおそる顔を上げる。瑞月はレジャーシートの上に正座して、陽介に身体を向けていた。いつもと変わらず澄んだ紺碧の瞳は——心なしか、心配の色を宿している。
陽介は遅れて、瑞月の言葉を理解した。彼女は、陽介を案じてくれたのだ。
「さすがに、花村のバイト先に関しては私ができることはないが。過度なものでなければ愚痴も聞く。話したくないのなら、ここで昼寝をして休んだっていい。……睡眠不足は恐ろしいからな」
呆ける陽介をよそに、瑞月はわなわなと体を震わせた。寝不足が堪える体質なのか、人付き合いで常に冷静な頭の一部が捉える一方、陽介は瑞月について分りかねていた。
「邪魔じゃ、ないのか?」
「何が」
「俺がこうして、お前のところに来ること」
ずるりと、棘のある言葉が、陽介の喉を突き刺しながら吐き出される。すると瑞月は、それをどこかに払うように、即座に片腕を胸の前で振った。
「邪魔ではない。もし君の行動が鬱陶しいと思ったのなら、私はどこが不快なのか指摘する」
「で、でも、俺はお前の昼寝の時間、邪魔してるし」
「『必ず20分は寝かせてくれ』との約束を、君は破ったのか? 私はそれだけ眠れば十分だ。 あまり寝すぎても体調に差し障るのでな」
「会話とかも、俺がしゃべってばっかだし」
「それの何が悪い? むしろ、野暮で気の利いた返答もできない私と10分以上も会話を続けられる花村に、私は新鮮味と驚きを感じている。私が知らない事柄についても、面倒がらずに説明してくれるではないか」
卑下に走る陽介の道筋を、ことごとく瑞月は潰していく。じわじわと温かいものが胸に満ちていって陽介は押し黙ってしまう。
打って変わって静かになった陽介を、瑞月は口元に指をあてて観察していた。
「それとも君は……流行に疎い私との会話が退屈か? それなら——」
「そ、そんなことねぇ!」
謝罪がつづくであろう瑞月の言葉を封じ込めるように、陽介は大声で答えた。瑞月といる時間が退屈だなどと陽介は思ったことがない。
本当に、思ったことはないのだ。
「おれのくっだらねー失敗談を笑わずに真剣に心配してくれたの意外だった! 知らなかったのに、わざわざ俺が気になってるアイドルのこと調べて話してくれたこと嬉しかった! なんなら何も喋んねーで昼寝したサッキだって楽しかったよ! 昼寝があんな気持ちいいなんて知らなかった!」
「お、落ち着こう花村。声が大きい人が来る」
驚きに上ずった声で、まくし立てた陽介を瑞月はなだめようとする。あっと、陽介は片手で口をふさいだ。思ったよりも興奮していた自分が意外だった。
落ち着いた陽介を確認すると、瑞月は再び穏やかに口を開く。
「ならば、ここにいるときは、花村の好きにすればいいだろう。昼寝をするもよし、私に話しかけるもよし」
ただし、と彼女の口調が真剣みを帯びた。一体何事かと、陽介は背筋をただした。
「『必ず20分は寝かせてくれ』。この約束と、対人マナーを守ってくれれば私は何もいわない。私もマナーを守るように心がける」
「…………ブフッ、おま、おま……そ、そんな、こと、どんだけ寝たいんだコアラかよ」
「私はいたって本気なのだが」
さも、破れば不幸が起こるとでも言いたげに、彼女は人差し指を立てて神妙な顔をしている。こらえきれず、陽介は噴き出してしまった。大声を立てないようにしているだけ、評価してほしい。
「とにかく、花村がどこにいたいか、誰と過ごしたいかは、花村が決めればいい。花村の行動が私を害するようであれば、私も遠慮なく抗議する。逆もしかり。それだけのことだ」
「……なんか、そうゆうとこすげーよなぁ。瀬名って、まっすぐっつーか。自分で決めたいこと、決められて」
「何を言っているんだ。花村」
瑞月が凛と、陽介を見つめる。そして、手練れの兵士のように鋭い眼光で陽介を射抜いた。
「決められないことなんて数多とあるからこそ、せめて選べるものを大切にし、手にできる選択肢を増やすよう努めるのだろう」
それは笑い飛ばせないほどに。
あまりにも、実感のこもった言葉だった。
凛と澄んだ瞳を前に、陽介は返す言葉を持たなかった。瑞月に返せるだけの対等な言葉を、陽介が持っていないような、そんな気がしたのだ。
「なぁ、瀬名」
「どうした、花村」
「俺、また、ここに来てもいい?」
許しを請うような心地で、陽介は問うた。それなのに、瑞月は友人の気軽さで答える。またねと手を振りあう、親しい友人に答える調子で。
「来たいかどうかは、花村が決めることだ。君の友人である私は、構わないとも」