昼休みの友達
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11月4日 木曜日
本日の天気は快晴だ。午前の授業が終わった昼休みの始め、さっさと昼食を済ませた花村陽介は誰と話すこともなく、教室をさっさと後にした。彼にはこの後、誰にも邪魔されたくない、大切な予定があったからだ。
廊下を早足で通り過ぎた陽介は、校舎の階段を上りきると、揚々と、屋上に通じる扉を開け放つ。
そして、めぼしい場所——死角になって人から見つけにくい、とあるスペースを訪ねると、女生徒——陽介にとってはクラスメイトであり、新しくできた友人でもある──瀬名瑞月がいた。彼女こそが陽介の会いたかった人物に他ならない。
瑞月は、屋上を区画するアスファルト台に腰かけていた。制服を汚さないためにか、きちんとレジャーシートを敷いている。その上に人一人が座れるほどのスペースを空けて座った彼女は、陽介の来訪にさして驚いた様子もなく、まっすぐに彼を見つめた。
「よぉ、瀬名、もう寝てんのかと思った」
「花村が来ると思ったのでな。話をするんだろう」
晴れの昼休み、彼女は必ず屋上にいる。なぜかというと、昼食後の、短い睡眠を楽しむためらしい。そのために、寝転がっても余裕がある大きさのレジャーシートまで持参していた。恐ろしい執念である。
***
文化祭後、振替休日を挟んで通常授業が再開された日。陽介は友達になった瑞月を探して、昼休みには教室を離れてしまう瑞月を探し回った。せっかく交友を結んだのだから、陽介は瑞月のことが知りたくて、話してみたかったのだ。
そうして、屋上を訪れてようやっと瑞月を発見したとき、彼女はレジャーシートの上で眠っていた。
そのときのことを、陽介は今でも覚えている。瑞月は寝相がすこぶるよかった。手を腹の上で組み、仰向けで横たわったまま微動だにしなかったのである。いつも凛としている瑞月の寝姿は、童話に登場する乙女のごとく静謐だった。陽介が近づくとすぐに起きてしまったので、寝顔は遠目でしか見られなかったけれど。
「話をするのは問題ないが、必ず20分は寝かせてくれ」
眠りから覚め、軽く体を伸ばした瑞月は、自身の領域に初めて踏み込んだ陽介にそう告げた。以降の昼休み、陽介が訪れるたびに瑞月は眠りから覚めては、陽介のたあいない話に応じてくれる。
***
今日もまたそうだった。階段をかけ上った陽介に示すように、瑞月の手がポンポンと、レジャーシートの余ったスペースを示してくる。陽介は「サンキュ」とごく気楽な礼を告げて、隣に座った。これは陽介が初めて屋上を訪れた日から続いているやり取りだ。
ちなみに、初めてのときは異性の隣に座るのが気まずくて、陽介は瑞月の誘いを断ろうとした。しかし、瑞月が口を真一文字にして
「君は、制服を汚す気か?」
と低い声でおっしゃったので、圧に負けた陽介は素直に従った。陽介としては、瑞月に場所を用意させているようで申し訳ない気がするが、隣に腰を下ろしたとき瑞月が、うむ。と満足そうに頷いたので、良いことにしている。
「やーっと授業終わったなー。ハナシ聴いてる最中は退屈だけど、終わった後の開放感はサイコーだぜ」
「そうだな。しかし今日は幾分かマシだったのではないか? 諸岡先生の授業はなかったし、政経の山田先生の授業は面白かったと思うが」
「あー、それもそうだな。たしかにソレはちょっとオモロかったな。なんだっけ……今放送してる大河ドラマのうんちくとかだったっけ」
「ああ。あの口ぶりからすると、恐らくテストに出るだろうな」
「マジでっ!? うっわ、おぼろげに覚えてるだけで詳細が思い出せないんだけどッ!」
「落ち着け。私は覚えている。たしか──」
いつもの流れで、瑞月と陽介の雑談が始まった。もう日常の一部となってしまった、陽介が会話の発端を作って、そこから話を広げていくパターンだ。
友達になる前から予感はしていたが、瑞月はやはり、普通の女子高生とは離れた性質の持ち主だった。格好よく言えば浮世離れ、悪く言えば世間を知らない。
クラスにて評判だったお笑い番組の話題を出せば首を傾げ、流行の音楽については知らないと首をふる。陽介が最近追っかけている──お茶の間で人気急上昇中の──新人アイドル『りせちー』について話せば、「……『おせち』の亜種か何かか?」と本気で尋ねてくる始末だ。
「あまりテレビは見ないんだ」
その理由について、あっけらかんと明かした瑞月に、陽介は宇宙人を発見した気分を味わった。同時に内心で頭を抱えた。世間一般の女子高生と感覚が乖離した瑞月と、どうやって会話を続ければいいのか。
しかし、悩みは翌日、杞憂に終わる。
「花村、昨日言っていた『久慈川りせ』というアイドルだが、とても華やかで可愛らしいお嬢さんなのだな」
なんと、陽介が話題に出した『りせちー』の曲をネットで調べて視聴してくれたらしい。ここに陽介はコミュニケーションの糸口を得た。
瑞月との会話では、瑞月と陽介の身の回りの出来事を中心とし、時たま陽介自身の関心がある事柄を取り上げていこう、と。
ゆえに瑞月と陽介の会話内容は、陽介自身が好きなものや興味のある話題や、学校内で起こった出来事で構成されている。ときたま授業の内容について聞くことも珍しくなかった。陽介が分からないことがあると、瀬名は真摯に答えてくれるので、あんがい立派な雑談の種になるのだ。
そうして対話を続けているうちに、2人の口調は次第に崩れていった。瑞月は陽介の軽口にも的確なツッコミを入れるし、親しげに瑞月を『お前』と呼ぶことも許してくれた。
本日の天気は快晴だ。午前の授業が終わった昼休みの始め、さっさと昼食を済ませた花村陽介は誰と話すこともなく、教室をさっさと後にした。彼にはこの後、誰にも邪魔されたくない、大切な予定があったからだ。
廊下を早足で通り過ぎた陽介は、校舎の階段を上りきると、揚々と、屋上に通じる扉を開け放つ。
そして、めぼしい場所——死角になって人から見つけにくい、とあるスペースを訪ねると、女生徒——陽介にとってはクラスメイトであり、新しくできた友人でもある──瀬名瑞月がいた。彼女こそが陽介の会いたかった人物に他ならない。
瑞月は、屋上を区画するアスファルト台に腰かけていた。制服を汚さないためにか、きちんとレジャーシートを敷いている。その上に人一人が座れるほどのスペースを空けて座った彼女は、陽介の来訪にさして驚いた様子もなく、まっすぐに彼を見つめた。
「よぉ、瀬名、もう寝てんのかと思った」
「花村が来ると思ったのでな。話をするんだろう」
晴れの昼休み、彼女は必ず屋上にいる。なぜかというと、昼食後の、短い睡眠を楽しむためらしい。そのために、寝転がっても余裕がある大きさのレジャーシートまで持参していた。恐ろしい執念である。
***
文化祭後、振替休日を挟んで通常授業が再開された日。陽介は友達になった瑞月を探して、昼休みには教室を離れてしまう瑞月を探し回った。せっかく交友を結んだのだから、陽介は瑞月のことが知りたくて、話してみたかったのだ。
そうして、屋上を訪れてようやっと瑞月を発見したとき、彼女はレジャーシートの上で眠っていた。
そのときのことを、陽介は今でも覚えている。瑞月は寝相がすこぶるよかった。手を腹の上で組み、仰向けで横たわったまま微動だにしなかったのである。いつも凛としている瑞月の寝姿は、童話に登場する乙女のごとく静謐だった。陽介が近づくとすぐに起きてしまったので、寝顔は遠目でしか見られなかったけれど。
「話をするのは問題ないが、必ず20分は寝かせてくれ」
眠りから覚め、軽く体を伸ばした瑞月は、自身の領域に初めて踏み込んだ陽介にそう告げた。以降の昼休み、陽介が訪れるたびに瑞月は眠りから覚めては、陽介のたあいない話に応じてくれる。
***
今日もまたそうだった。階段をかけ上った陽介に示すように、瑞月の手がポンポンと、レジャーシートの余ったスペースを示してくる。陽介は「サンキュ」とごく気楽な礼を告げて、隣に座った。これは陽介が初めて屋上を訪れた日から続いているやり取りだ。
ちなみに、初めてのときは異性の隣に座るのが気まずくて、陽介は瑞月の誘いを断ろうとした。しかし、瑞月が口を真一文字にして
「君は、制服を汚す気か?」
と低い声でおっしゃったので、圧に負けた陽介は素直に従った。陽介としては、瑞月に場所を用意させているようで申し訳ない気がするが、隣に腰を下ろしたとき瑞月が、うむ。と満足そうに頷いたので、良いことにしている。
「やーっと授業終わったなー。ハナシ聴いてる最中は退屈だけど、終わった後の開放感はサイコーだぜ」
「そうだな。しかし今日は幾分かマシだったのではないか? 諸岡先生の授業はなかったし、政経の山田先生の授業は面白かったと思うが」
「あー、それもそうだな。たしかにソレはちょっとオモロかったな。なんだっけ……今放送してる大河ドラマのうんちくとかだったっけ」
「ああ。あの口ぶりからすると、恐らくテストに出るだろうな」
「マジでっ!? うっわ、おぼろげに覚えてるだけで詳細が思い出せないんだけどッ!」
「落ち着け。私は覚えている。たしか──」
いつもの流れで、瑞月と陽介の雑談が始まった。もう日常の一部となってしまった、陽介が会話の発端を作って、そこから話を広げていくパターンだ。
友達になる前から予感はしていたが、瑞月はやはり、普通の女子高生とは離れた性質の持ち主だった。格好よく言えば浮世離れ、悪く言えば世間を知らない。
クラスにて評判だったお笑い番組の話題を出せば首を傾げ、流行の音楽については知らないと首をふる。陽介が最近追っかけている──お茶の間で人気急上昇中の──新人アイドル『りせちー』について話せば、「……『おせち』の亜種か何かか?」と本気で尋ねてくる始末だ。
「あまりテレビは見ないんだ」
その理由について、あっけらかんと明かした瑞月に、陽介は宇宙人を発見した気分を味わった。同時に内心で頭を抱えた。世間一般の女子高生と感覚が乖離した瑞月と、どうやって会話を続ければいいのか。
しかし、悩みは翌日、杞憂に終わる。
「花村、昨日言っていた『久慈川りせ』というアイドルだが、とても華やかで可愛らしいお嬢さんなのだな」
なんと、陽介が話題に出した『りせちー』の曲をネットで調べて視聴してくれたらしい。ここに陽介はコミュニケーションの糸口を得た。
瑞月との会話では、瑞月と陽介の身の回りの出来事を中心とし、時たま陽介自身の関心がある事柄を取り上げていこう、と。
ゆえに瑞月と陽介の会話内容は、陽介自身が好きなものや興味のある話題や、学校内で起こった出来事で構成されている。ときたま授業の内容について聞くことも珍しくなかった。陽介が分からないことがあると、瀬名は真摯に答えてくれるので、あんがい立派な雑談の種になるのだ。
そうして対話を続けているうちに、2人の口調は次第に崩れていった。瑞月は陽介の軽口にも的確なツッコミを入れるし、親しげに瑞月を『お前』と呼ぶことも許してくれた。