文化祭当日
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短くも思い出深い文化祭が終わった。色とりどりの装飾は早々にはがされ、いつも授業を受けている1年生の教室に戻ってしまった。下校時間が近いため、教室には誰もいない。
陽介は『いなば食堂』の内装を思い出す。活気にあふれた——陽介も含めたクラスで作り出した雰囲気が恋しい。最初は田舎臭いと、冷たい目で見ていたはずなのに。
突然、音をたてて教室の扉が開かれた。入ってきた人物は、陽介を発見して瞳を丸くする。陽介は意図してフランクに声をかけた。
「よぉ、瀬名さん。お疲れさん」
「花村くん。まだ残っていたのか」
粗暴な男を打ち負かしたのち、瑞月と陽介は話す機会がなかった。文化祭実行委員として、事後処理のために各所を飛び回っていたのである。
なので陽介は待ち伏せを決めた。瑞月はカバンを教室に置いていったのだから、必ず戻ってくると踏んで。
「事後処理、終わったみたいだな。どーだったよ、ウチの売り上げは」
「目標をはるかに上回った。上出来だ」
「そっか。終盤はなんかトラブったみたいだけど、ダイジョブだったんか?」
「別に。クラスに落ち度はなかったから、諸岡先生に対処してもらったよ。あの人は良くも悪くも支配的だ。自分の城の規律を乱す人間には容赦がなくて助かる」
やおら瑞月は瞼を閉じる。穏やかな表情からは確かな満足感が見てとれた。
「感謝しているよ、花村くん。君がいてくれて、私はとても助かった」
言葉は澄んだ響きを伴った。しっかりと、瑞月は陽介の瞳を捉える。
「模擬店の設営を担ったとき、君はクラスメイトの適性を考えて、割り振りをいくつか見直したろう? 配置替えの交渉も一手に担って、クラスの作業を効率的にできるよう、取りまとめていたおかげで、設営が予定より早く進んだ」
滔々と告げる瑞月の口ぶりは、まるで見てきたかのようで、陽介はびっくりしてしまう。彼女は実行委員として忙しかったはずだ。なのになぜ、彼女はそんなにも自分の働きを知っていたのか。すると瑞月は、陽介の驚きを見透かしたように答えを口にした。
「実行委員の松坂くんから、君の働きぶりは聞いていたよ。ホールでも大活躍だったらしいじゃないか。私には、とてもできない」
瑞月が笑う。陽介が出会って、瑞月は初めて心から笑った。彼女がつくる笑顔のあたたかさに、陽介は目を奪われる。
雪解けを告げる春の風の雰囲気をまとって、彼女は暖かに頬をゆるめた。
「ありがとう」
彼女は陽介に純粋な感謝を示した。夕焼け色の教室と相まって、きらきらと澄みきった青空のごとき紺碧の瞳は、とても美しく、綺麗だ。そんな、とても尊い色彩が一心に己へと向けられている事実に、陽介は照れ臭くなって目を逸らす。
「……んなの、俺だってそうだよ」
えー、うーと意味のない言葉でお茶を濁す。察したのか、瑞月は小首をかしげながらも陽介の言葉を待ってくれていた。
「瀬名さんにとってはいやな事かもしれないけどさ。マナー悪い客いたろ? ソイツに対して怒ってくれたこと、嬉しかった」
「怒るべきだったから、怒ったまでだ。『いなば食堂』に関わったクラスメイトへ失礼よ。それに、私も苦労を踏みにじられてたまらなかった。自分のため、エゴだ」
「それでも、だよ」
自分のためだとしても、嬉しかった。陽介はぽつぽつと口を開きはじめる。瑞月なら、嗤わずに聞いてくれる気がした。自転車事故に巻き込まれても、感情的に怒りをぶつけたり、頭ごなしに軽蔑したりしなかった。
一番情けない出会い方をしても、はねつけることなく、彼女は陽介と話してくれる。
「俺が席の配置とか考えたこと、ちゃんと気がついてくれて、すげー嬉しくってさ。瀬名さんは色眼鏡なしで俺のやったこと、見てくれんだなって思ったんだよ。だから、ありがとうって言いたいの」
口走らないように、慎重に言葉を選んだ。今示せる感謝を、てらいのない、陽介の言葉でまっすぐに伝える。
今日、初めて八十稲羽に来て良かったと思えた。『早紀』と呼ばれた儚い女生徒や瑞月のように、『ジュネスの息子』としてではなく、陽介自身を見てくれる人はいる。
そして、陽介の本題はここからだった。
「なあ、瀬名さん」
「どうした、花村くん」
「俺、瀬名さんとの協力関係、文化祭で終わりにしたくない」
瑞月が瞳を開く。陽介は、相手を安心させるように笑った。瑞月はゆっくりと首を横に振り、何かに耐えるように瞼を伏せた。
「……最初に、言ったはずだ。協力関係は文化祭で終わりだと」
「なら、改めて友達になろーぜ、俺こう見えても友達少なくってさ」
「今、付き合ってる友人を大切にしろ。友情は数ではないだろう」
「……ごめん。その通りだわ、同情を引くにしてもダメだな」
おどけて、瑞月の同情を誘う作戦は失敗となった。軽薄の仮面は彼女に通用しない。ならば、と陽介は腹を決める。
「んじゃ、ストレートに行くぜ。このまま瀬名さんと話さなくなったら、俺、絶対、後悔すると思ったんだよ」
瑞月が伏せていた瞼を跳ね上げた。何かが彼女の琴線に触れたのかは分からない。けれど、彼女が見せた動揺に、陽介はありがたくつけ入る。
「瀬名さんといるの、すげー楽しいんだよ。話すればちゃんと答えてくれるし、人のことよく見てるし、猪突猛進っつーの? 一度決めたら、すげぇ勢いで突っ走るし。一緒にいて飽きなくて……。もし、このまま、瀬名さんと話せなくなったら、俺はそのことを思い出して、あんとき話せたらよかったのにって、後悔すると思う」
「……その後悔は君のものだろう。私は関係ない。それに私はクラスの誰とも関わらず、平穏に過ごしたい」
「いーや、関係あるね。……関わっちまった以上、もう無かったことにはできねーんだよ。少なくとも、俺はそう思ってる。もし、断り続けるなら──最終手段をとる」
「……最終手段?」
瑞月が剣呑に瞳をすがめる。だが、陽介にとっては想定内だ。臆さずに、陽介は続けた。
「友達だって認めてもらうまで、声かける。クラスにいないみたいだけど、なんとか探して、そのたびに友達になろうってモーションかけてやるよ」
陽介は本気だ。物騒な言葉に、瑞月は身を固くする。
彼女は分かっているのだろう。陽介が声をかけ続ければ、それはそれは変な話題が立つはずだ。仮に、教師に話そうにも、話題となって彼女の平穏は失われる。
加えて、なんだかんだで瑞月は他人想いだ。自分のせいで変な噂が立って、誰かに迷惑が及ぶのを彼女は快く思わないだろう。
「平穏に過ごしたいんだろ? 変な噂が立つか、それとも、俺と友達になるか」
「わりと本気で脅迫ではないか。花村くん。君はすごく、諦めが悪い人なのか?」
陽介は沈黙する。ときとして、沈黙は強い肯定の意を示すことがある。
陽介の発言はつまり、瑞月の平穏に陽介を含めるか? そういうことだ。
陽介だって、普段はここまで諦めが悪くはない。普通に拒絶を示されたら遠ざかる。けれど、瑞月は人間嫌いというわけではなくて、何か事情があって人との接触を避けているようにみえた。
それから、ここまで関わり合ってしまった人を、無関係な目で見続けるのは難しかった。
だからこそ、友人になろうと陽介は強引に持ち掛けたのだ。
瑞月は静かに瞼を閉じる。数分の——瑞月が思考に費やしている——沈黙を、陽介は息をひそめて待った。
「……分かった。君と友達になろう。私自身は野暮天で、気が利かないだろうがな」
とてもとても長い溜息のあと、瑞月は陽介の提案を承諾した。呆れたような、感心したような微笑みとともに。
瑞月に、陽介の内でふつふつと喜びが沸き上がった。思わず拳を突き上げて、陽介は笑う。
「よっしゃー! 瀬名さんってばやさしーーー!!」
「優しさではない。君は対人関係が得意だろう。友達になれば、私もクラスと関わり合いになったときに助かると思っただけだ。自分のためだとも」
そう御託を並べ立てる瑞月の口調は早い。多分、彼女なりの照れ隠しなのだろう。瑞月が自分のためだというのなら、自分もおあいこだと、陽介は思う。
自分だって瑞月と過ごすのが面白いから友達になろうと持ち掛けたのだ。
「じゃあさ、じゃあさ、友情記念ってことで、握手しない?するよなぁ!?」
「握手だけ、だからな」
「へー、瀬名さんってば、握手以外に何すると思ったの~?」
瑞月と友達になれるということで陽介の心は浮足立っていた。すると彼女は半目で悪い顔をする。いつもより感情が多く乗ったその仕草はきっと、祭りの余韻が、彼女の気分を浮足立たせているのだろう。
「友情のハグ。花村くんはカナダ人みたいだからやりそうだなと」
「じゅ、純正の日本人だっつの! 女子に抱き着くなんて、恥ずかしくてできるかッ!」
「おや、案外ウブなのだなぁ」
照れて突っ込んだ花村に、瑞月の頬が若干震えている。冷たい表情の多い彼女だが、本当は、喜怒哀楽がはっきりしているのかもしれない。
「んじゃ、ついでに「さん」付けなしで瀬名って呼んでいいか?俺のことも呼び捨てでいーからさ」
「好きにすればいい。では、私も君を『花村』と呼んだほうがいいのか?」
「うん、そっちの方がなんかいいな。ほんじゃー、瀬名? よろしくな」
陽介が右手を差し出す。
文化祭のため、協力関係を結んだときは携帯のメールアドレスを交換した。友達として関係を作るなら、目に見えない赤外線では物足りない。だから、陽介は握手を求める。
瑞月が陽介へと歩みを進める。凛と背筋をのばした瑞月は、陽介の差し出した手を取った。
「ああ、こちらこそ。花村」
瑞月の瞳が穏やかに、陽介を映す。紺碧の瞳に、陽介の姿がはっきりと浮かんだ。 その像に、初めて瑞月に自分の言葉が届いたと、陽介は思った。
陽介は、己の右手に力をこめる。瑞月も、陽介の手を、縄を結わえるような強さで握った。
視線と手が重なって、2人は絆を再び結ぶ。
陽介は『いなば食堂』の内装を思い出す。活気にあふれた——陽介も含めたクラスで作り出した雰囲気が恋しい。最初は田舎臭いと、冷たい目で見ていたはずなのに。
突然、音をたてて教室の扉が開かれた。入ってきた人物は、陽介を発見して瞳を丸くする。陽介は意図してフランクに声をかけた。
「よぉ、瀬名さん。お疲れさん」
「花村くん。まだ残っていたのか」
粗暴な男を打ち負かしたのち、瑞月と陽介は話す機会がなかった。文化祭実行委員として、事後処理のために各所を飛び回っていたのである。
なので陽介は待ち伏せを決めた。瑞月はカバンを教室に置いていったのだから、必ず戻ってくると踏んで。
「事後処理、終わったみたいだな。どーだったよ、ウチの売り上げは」
「目標をはるかに上回った。上出来だ」
「そっか。終盤はなんかトラブったみたいだけど、ダイジョブだったんか?」
「別に。クラスに落ち度はなかったから、諸岡先生に対処してもらったよ。あの人は良くも悪くも支配的だ。自分の城の規律を乱す人間には容赦がなくて助かる」
やおら瑞月は瞼を閉じる。穏やかな表情からは確かな満足感が見てとれた。
「感謝しているよ、花村くん。君がいてくれて、私はとても助かった」
言葉は澄んだ響きを伴った。しっかりと、瑞月は陽介の瞳を捉える。
「模擬店の設営を担ったとき、君はクラスメイトの適性を考えて、割り振りをいくつか見直したろう? 配置替えの交渉も一手に担って、クラスの作業を効率的にできるよう、取りまとめていたおかげで、設営が予定より早く進んだ」
滔々と告げる瑞月の口ぶりは、まるで見てきたかのようで、陽介はびっくりしてしまう。彼女は実行委員として忙しかったはずだ。なのになぜ、彼女はそんなにも自分の働きを知っていたのか。すると瑞月は、陽介の驚きを見透かしたように答えを口にした。
「実行委員の松坂くんから、君の働きぶりは聞いていたよ。ホールでも大活躍だったらしいじゃないか。私には、とてもできない」
瑞月が笑う。陽介が出会って、瑞月は初めて心から笑った。彼女がつくる笑顔のあたたかさに、陽介は目を奪われる。
雪解けを告げる春の風の雰囲気をまとって、彼女は暖かに頬をゆるめた。
「ありがとう」
彼女は陽介に純粋な感謝を示した。夕焼け色の教室と相まって、きらきらと澄みきった青空のごとき紺碧の瞳は、とても美しく、綺麗だ。そんな、とても尊い色彩が一心に己へと向けられている事実に、陽介は照れ臭くなって目を逸らす。
「……んなの、俺だってそうだよ」
えー、うーと意味のない言葉でお茶を濁す。察したのか、瑞月は小首をかしげながらも陽介の言葉を待ってくれていた。
「瀬名さんにとってはいやな事かもしれないけどさ。マナー悪い客いたろ? ソイツに対して怒ってくれたこと、嬉しかった」
「怒るべきだったから、怒ったまでだ。『いなば食堂』に関わったクラスメイトへ失礼よ。それに、私も苦労を踏みにじられてたまらなかった。自分のため、エゴだ」
「それでも、だよ」
自分のためだとしても、嬉しかった。陽介はぽつぽつと口を開きはじめる。瑞月なら、嗤わずに聞いてくれる気がした。自転車事故に巻き込まれても、感情的に怒りをぶつけたり、頭ごなしに軽蔑したりしなかった。
一番情けない出会い方をしても、はねつけることなく、彼女は陽介と話してくれる。
「俺が席の配置とか考えたこと、ちゃんと気がついてくれて、すげー嬉しくってさ。瀬名さんは色眼鏡なしで俺のやったこと、見てくれんだなって思ったんだよ。だから、ありがとうって言いたいの」
口走らないように、慎重に言葉を選んだ。今示せる感謝を、てらいのない、陽介の言葉でまっすぐに伝える。
今日、初めて八十稲羽に来て良かったと思えた。『早紀』と呼ばれた儚い女生徒や瑞月のように、『ジュネスの息子』としてではなく、陽介自身を見てくれる人はいる。
そして、陽介の本題はここからだった。
「なあ、瀬名さん」
「どうした、花村くん」
「俺、瀬名さんとの協力関係、文化祭で終わりにしたくない」
瑞月が瞳を開く。陽介は、相手を安心させるように笑った。瑞月はゆっくりと首を横に振り、何かに耐えるように瞼を伏せた。
「……最初に、言ったはずだ。協力関係は文化祭で終わりだと」
「なら、改めて友達になろーぜ、俺こう見えても友達少なくってさ」
「今、付き合ってる友人を大切にしろ。友情は数ではないだろう」
「……ごめん。その通りだわ、同情を引くにしてもダメだな」
おどけて、瑞月の同情を誘う作戦は失敗となった。軽薄の仮面は彼女に通用しない。ならば、と陽介は腹を決める。
「んじゃ、ストレートに行くぜ。このまま瀬名さんと話さなくなったら、俺、絶対、後悔すると思ったんだよ」
瑞月が伏せていた瞼を跳ね上げた。何かが彼女の琴線に触れたのかは分からない。けれど、彼女が見せた動揺に、陽介はありがたくつけ入る。
「瀬名さんといるの、すげー楽しいんだよ。話すればちゃんと答えてくれるし、人のことよく見てるし、猪突猛進っつーの? 一度決めたら、すげぇ勢いで突っ走るし。一緒にいて飽きなくて……。もし、このまま、瀬名さんと話せなくなったら、俺はそのことを思い出して、あんとき話せたらよかったのにって、後悔すると思う」
「……その後悔は君のものだろう。私は関係ない。それに私はクラスの誰とも関わらず、平穏に過ごしたい」
「いーや、関係あるね。……関わっちまった以上、もう無かったことにはできねーんだよ。少なくとも、俺はそう思ってる。もし、断り続けるなら──最終手段をとる」
「……最終手段?」
瑞月が剣呑に瞳をすがめる。だが、陽介にとっては想定内だ。臆さずに、陽介は続けた。
「友達だって認めてもらうまで、声かける。クラスにいないみたいだけど、なんとか探して、そのたびに友達になろうってモーションかけてやるよ」
陽介は本気だ。物騒な言葉に、瑞月は身を固くする。
彼女は分かっているのだろう。陽介が声をかけ続ければ、それはそれは変な話題が立つはずだ。仮に、教師に話そうにも、話題となって彼女の平穏は失われる。
加えて、なんだかんだで瑞月は他人想いだ。自分のせいで変な噂が立って、誰かに迷惑が及ぶのを彼女は快く思わないだろう。
「平穏に過ごしたいんだろ? 変な噂が立つか、それとも、俺と友達になるか」
「わりと本気で脅迫ではないか。花村くん。君はすごく、諦めが悪い人なのか?」
陽介は沈黙する。ときとして、沈黙は強い肯定の意を示すことがある。
陽介の発言はつまり、瑞月の平穏に陽介を含めるか? そういうことだ。
陽介だって、普段はここまで諦めが悪くはない。普通に拒絶を示されたら遠ざかる。けれど、瑞月は人間嫌いというわけではなくて、何か事情があって人との接触を避けているようにみえた。
それから、ここまで関わり合ってしまった人を、無関係な目で見続けるのは難しかった。
だからこそ、友人になろうと陽介は強引に持ち掛けたのだ。
瑞月は静かに瞼を閉じる。数分の——瑞月が思考に費やしている——沈黙を、陽介は息をひそめて待った。
「……分かった。君と友達になろう。私自身は野暮天で、気が利かないだろうがな」
とてもとても長い溜息のあと、瑞月は陽介の提案を承諾した。呆れたような、感心したような微笑みとともに。
瑞月に、陽介の内でふつふつと喜びが沸き上がった。思わず拳を突き上げて、陽介は笑う。
「よっしゃー! 瀬名さんってばやさしーーー!!」
「優しさではない。君は対人関係が得意だろう。友達になれば、私もクラスと関わり合いになったときに助かると思っただけだ。自分のためだとも」
そう御託を並べ立てる瑞月の口調は早い。多分、彼女なりの照れ隠しなのだろう。瑞月が自分のためだというのなら、自分もおあいこだと、陽介は思う。
自分だって瑞月と過ごすのが面白いから友達になろうと持ち掛けたのだ。
「じゃあさ、じゃあさ、友情記念ってことで、握手しない?するよなぁ!?」
「握手だけ、だからな」
「へー、瀬名さんってば、握手以外に何すると思ったの~?」
瑞月と友達になれるということで陽介の心は浮足立っていた。すると彼女は半目で悪い顔をする。いつもより感情が多く乗ったその仕草はきっと、祭りの余韻が、彼女の気分を浮足立たせているのだろう。
「友情のハグ。花村くんはカナダ人みたいだからやりそうだなと」
「じゅ、純正の日本人だっつの! 女子に抱き着くなんて、恥ずかしくてできるかッ!」
「おや、案外ウブなのだなぁ」
照れて突っ込んだ花村に、瑞月の頬が若干震えている。冷たい表情の多い彼女だが、本当は、喜怒哀楽がはっきりしているのかもしれない。
「んじゃ、ついでに「さん」付けなしで瀬名って呼んでいいか?俺のことも呼び捨てでいーからさ」
「好きにすればいい。では、私も君を『花村』と呼んだほうがいいのか?」
「うん、そっちの方がなんかいいな。ほんじゃー、瀬名? よろしくな」
陽介が右手を差し出す。
文化祭のため、協力関係を結んだときは携帯のメールアドレスを交換した。友達として関係を作るなら、目に見えない赤外線では物足りない。だから、陽介は握手を求める。
瑞月が陽介へと歩みを進める。凛と背筋をのばした瑞月は、陽介の差し出した手を取った。
「ああ、こちらこそ。花村」
瑞月の瞳が穏やかに、陽介を映す。紺碧の瞳に、陽介の姿がはっきりと浮かんだ。 その像に、初めて瑞月に自分の言葉が届いたと、陽介は思った。
陽介は、己の右手に力をこめる。瑞月も、陽介の手を、縄を結わえるような強さで握った。
視線と手が重なって、2人は絆を再び結ぶ。