文化祭当日
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昼は売上の掻き入れ時だ。『いなば食堂』も例に漏れず、怒涛のお客を迎えていた。しかし、客足が滞ることはない。身体のキレが格段に良くなった花村が、気分上々でお客をさばいている。朗々と響く声で客を案内し、不要となったゴミたちをうず高くまとめては大道芸人のような身軽さで片付けた。
細い体を席の間を颯爽と潜り抜け、優雅な動作で料理を提供する。『いなば食堂』はもはや陽介の独壇場のサーカスだった。
雪子と千枝は陽介の気持ちのいい働きっぷりに感心する。
「すごい……ジュネスでバイトしてるだけのことはあるね」
「陽気なテンションに花まで見えてきた。やっぱ、アイツの接客能力すごいわ」
気付けば、あっという間にピークタイムは過ぎ去った。またシフトが交代となり、陽介は屋上へと向かう。
ほどよい疲労が眠気を誘った。陽介は昼の暖かな陽光に包まれて眠りに落ちた。
「花村! 起きてよ花村!」
千枝の必死な呼びかけに、陽介は目を覚ました。あからさまに、千枝はほっとした様子で息を吐く。しかしすぐに顔が固まった。
「な、なんだよ里中。まさか……俺、また寝過ごした!?」
「違う! なんか、厄介なお客さんが来てるの! クラスのみんな、どうすればいいか分かんなくって」
混乱して千枝は禿をふる。その目は今にも泣きだしそうに水の膜が張っていた。
厄介な客が、店に居ついたらしい。先行する千枝から、道中かいつまんで事情の説明を受けた。席に居座るばかりで、一向に注文をしない。態度が粗暴で、入ってくる客を睨んで委縮させるために、どうも客の入りが悪くなってしまっているという。どうしたらよいのか分からず、接客に慣れている陽介に相談することにしたという。
「先生たちは他の出店とかの巡回とか、トラブル対応でなかなか捕まんなくて」
「くそっ、せっかく上手く回ってたはずなのに、なんでそんなことになってんだよ!」
陽介たちは模擬店にたどり着いた。しかし、野次馬の壁が厚く、中の様子はうかがえない。
「すみません!関係者なんです。通らせてください」
人の間を縫って、陽介たちは人並みの最前列に向かう。教室と廊下の間にあるガラス窓から、内部の様子をうかがうことができる。模擬店の中には、机の上に頬杖を突いた、平凡ないで立ちの太った中年男性が座っている。応対のために立ちあった生徒を、頬杖が支えた頭でねめつけている。椅子に乱暴に投げ出された身体といい、見るからにマナーがなっていない、粗暴な男。
応対に立っているのは——瀬名瑞月だ。彼女は調理班のリーダーを務めていて『いなば食堂』の模擬店にあまり顔を出さない。しかし今、瑞月は店を訪れている。
彼女は着用していたエプロンを脇に丁寧に折りたたみ、折り目正しく頭を下げていた。きっと、クラスメイトが調理実習室から呼び寄せたのだ。敬礼を続ける、その背筋はピンと張っている。野次馬やクラスの憐憫の姿勢に動じることなく、彼女は敬礼を貫く。
頑なな姿勢に、粗暴な男は飽きたかのように黙っている。ふいに、粗暴な男が野次馬へと目を向けた。そして、陽介を見た瞬間、口の端が歪に歪んだ。嫌な予感がした。男は妬みと嫉みで膿んだ目で、陽介を見たから。
「ポッとでのガキが、我が物顔で商売してんじゃねえぞ」
男が、瑞月に向って暴言を吐く。瑞月に向けられたようで、きっと本当は違う。それはジュネス店長の息子である、陽介に向けたものだ。衝撃と嫌悪と怒りで、陽介の息が詰まる。
隣の千枝はいっそう、狼狽を深めて口元を抑えている。周りの野次馬が音もなくざわめいた気配がする。暗い空気に場が飲まれかけた。
細い体を席の間を颯爽と潜り抜け、優雅な動作で料理を提供する。『いなば食堂』はもはや陽介の独壇場のサーカスだった。
雪子と千枝は陽介の気持ちのいい働きっぷりに感心する。
「すごい……ジュネスでバイトしてるだけのことはあるね」
「陽気なテンションに花まで見えてきた。やっぱ、アイツの接客能力すごいわ」
気付けば、あっという間にピークタイムは過ぎ去った。またシフトが交代となり、陽介は屋上へと向かう。
ほどよい疲労が眠気を誘った。陽介は昼の暖かな陽光に包まれて眠りに落ちた。
「花村! 起きてよ花村!」
千枝の必死な呼びかけに、陽介は目を覚ました。あからさまに、千枝はほっとした様子で息を吐く。しかしすぐに顔が固まった。
「な、なんだよ里中。まさか……俺、また寝過ごした!?」
「違う! なんか、厄介なお客さんが来てるの! クラスのみんな、どうすればいいか分かんなくって」
混乱して千枝は禿をふる。その目は今にも泣きだしそうに水の膜が張っていた。
厄介な客が、店に居ついたらしい。先行する千枝から、道中かいつまんで事情の説明を受けた。席に居座るばかりで、一向に注文をしない。態度が粗暴で、入ってくる客を睨んで委縮させるために、どうも客の入りが悪くなってしまっているという。どうしたらよいのか分からず、接客に慣れている陽介に相談することにしたという。
「先生たちは他の出店とかの巡回とか、トラブル対応でなかなか捕まんなくて」
「くそっ、せっかく上手く回ってたはずなのに、なんでそんなことになってんだよ!」
陽介たちは模擬店にたどり着いた。しかし、野次馬の壁が厚く、中の様子はうかがえない。
「すみません!関係者なんです。通らせてください」
人の間を縫って、陽介たちは人並みの最前列に向かう。教室と廊下の間にあるガラス窓から、内部の様子をうかがうことができる。模擬店の中には、机の上に頬杖を突いた、平凡ないで立ちの太った中年男性が座っている。応対のために立ちあった生徒を、頬杖が支えた頭でねめつけている。椅子に乱暴に投げ出された身体といい、見るからにマナーがなっていない、粗暴な男。
応対に立っているのは——瀬名瑞月だ。彼女は調理班のリーダーを務めていて『いなば食堂』の模擬店にあまり顔を出さない。しかし今、瑞月は店を訪れている。
彼女は着用していたエプロンを脇に丁寧に折りたたみ、折り目正しく頭を下げていた。きっと、クラスメイトが調理実習室から呼び寄せたのだ。敬礼を続ける、その背筋はピンと張っている。野次馬やクラスの憐憫の姿勢に動じることなく、彼女は敬礼を貫く。
頑なな姿勢に、粗暴な男は飽きたかのように黙っている。ふいに、粗暴な男が野次馬へと目を向けた。そして、陽介を見た瞬間、口の端が歪に歪んだ。嫌な予感がした。男は妬みと嫉みで膿んだ目で、陽介を見たから。
「ポッとでのガキが、我が物顔で商売してんじゃねえぞ」
男が、瑞月に向って暴言を吐く。瑞月に向けられたようで、きっと本当は違う。それはジュネス店長の息子である、陽介に向けたものだ。衝撃と嫌悪と怒りで、陽介の息が詰まる。
隣の千枝はいっそう、狼狽を深めて口元を抑えている。周りの野次馬が音もなくざわめいた気配がする。暗い空気に場が飲まれかけた。