文化祭当日
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言葉を濁し、陽介は一条たちと別れる。
見世物を徒然に見ていくが、校舎の雰囲気が古いせいか、装飾が段ボール中心で野暮ったいせいなのか、どうもパッとしない。
——すげえ田舎だよなぁ。
アクリル板が使われたポップなデザインの看板、チェーン店の人気商品を取り扱った出店——都会の友人から送られた写メを思い出すと、八十神高校の文化祭は一層みすぼらしく見えてくる。冷めた目で、陽介は展示を眺めた。
『あれが……ジュネスの……』
『まあ……』
ふと、ジュネスという馴染み深い言葉に振り返る。
『ジュネス』とは、今月の初めに八十稲羽にオープンした郊外型の大型ショッピングセンターだ。そこの店長を務めるのが陽介の父親で、陽介は彼に追随して八十稲羽へと引っ越してきた。だが、その待遇はお世辞にもいいとは言えない。
チェーン店ならではの圧倒的な品揃えと利便性を兼ね備えたジュネスは、瞬く間に八十稲羽の流通に影響を及ぼし、地元の商売人たちから仕事とお金を根こそぎ奪ってしまったのだから。そのせいで、『ジュネス』の店長が大黒柱を務める花村家は、稲羽の地元民────特に地元の商店街の関係者からは白い目を向けられ、ときにバッシングの標的とされる。
ゆえに陽介と『ジュネス』が結びつけられた場合は大抵悪いことが起こる。どうやら今回もそのたぐいらしい。陽介は顔をわずかにしかめた。
中年の女性2人組が、口元を抑えて何かを話す。だが、振り返った陽介に気がつくと、そそくさと嫌な視線を残して逃げていった。ひがむような、ねたむような、とにかく身にまとわりつくような粘つく視線だった。
膿んだ視線を陽介に向けてくるのは、去った2人だけではなかった。腰が曲がった老人から、皺が刻まれた中年の男性、白髪が目立つ女性、年かさの大人が一様に陽介をまとわりつくような視線でねめつけている。大人たちはもごもごと、明瞭でない音を口の中で転がした。
『ジュネスって大型スーパーの息子だって』
『クラスは地元の野菜を使った食堂らしいわよ』
『ジュネスやってるのに地元アピールか』
『ジュネスのせいでどれだけの店が苦しんでいるのか』
それらは全て、ジュネス店長の息子である、陽介に対するありもしない誹謗だった。
陽介はグッと、唇をかみしめて屋上へと向かう。屋上は人が少ない。今は文化祭だから、何の出し物もない屋上には誰もいないはずだ。案の定、屋上に人の気配はなく、快晴の清々しい青空が広がっている。風が吹き抜けるばかりで、人はいない。陽介のことをあしざまにいう人も、いない。
陽介は日の光で温かくなった腰掛スペースにちょうどいいでっぱりに寝転がった。
「……やっぱ、直に聞くとちょっとショックだよなー」
乾いた笑いが陽介の口からこぼれた。笑ってごまかさなければ、胸に受けたもやもやとした気持ちは晴れないような気がする。
陽介の家が八十稲羽の住民から手放しで歓迎されていないことは気づいていた。
移動のために出た学校の廊下で、ねたむような視線がチクチクと刺さることもあった。
ふと陽介は最近の母の様子を思い出す。いつも快活笑う人なのに、洗面所で隠れてため息をついていた。どうやら地元の人とうまくやれていないことは、少し見ただけで分かった。
そんなこともあってか、陽介は八十稲羽に馴染めていなかった。一条と長瀬の誘いを断ったのも、2人の仲に割って入るのが申し訳ない気持ちもある。けれど本当は、花村陽介という都会育ちのアイデンティティが浸食される恐れと、地元民へ抱いた密かな戸惑いがあった。
1つ嫌な記憶を思い出すと、別の嫌な想像が頭をかすめた。
——このまま、俺はつまらない田舎で2年半も過ごすのだろうか。
正直、陽介はこんな田舎にはいたくない。刺激を満たすものもなくて、陽介たちを真綿で首を締めるかのように、じわじわと悪意を垂らしこむ田舎になんて。
――だいたい、ここの出し物だってどうよ。どれもこれもが田舎臭い。だいたい、なんで俺がそんな事言われなきゃなんねーんだよ!
「俺だって、やりたくてやってるわけじゃないっつーの!!」
鬱積した本音を抑えて、誰かに聞かれても当たり障りのない形で愚痴をこぼす。
「——気にすることないと思う。群れて噂話するしかできない人たちのことなんて」
スッと落ち着いた女性の声が、陽介の心の声に答えた。自分の本音が漏れていたのかと驚いて、陽介は反射的に上半身を起こす。視線の先には大人びた八十神高校の女生徒が立っている。亜麻色のロングヘアが、風にふわりとなびく。その様子はどこか儚げだ。
「誰……?同じクラスの女子じゃ、ないよな」
本心を見透かされたような感覚が気まずい。儚げな女生徒は同じクラスの人間ではなかったので、とりあえず安堵する。陽介は記憶力がいいので、人違いではないはずだ。
「花村くんでしょ。さっきそう呼ばれてた」
「ああ、うちの出し物に来てくれた人?俺に何か用——!」
『お前目当てで来るやつもいるらしいぞ』
突如として一条の言葉を思い出し、陽介の心は湧き上がる。まさか、ココで、青春のキャッキャウフフな瞬間が訪れ——
「用があったわけじゃないけど」
——なかった。陽介は心の中でずっこける。影響で少し、身体の力が抜けた。しかし次の瞬間、はっとする。儚げな女生徒が一歩近づき、陽介の顔を覗き込んだ。
「キミに興味があったんだ」
じゃ、またね。と意味深な言葉と愉快そうな含み笑いを残して、女生徒は去っていった。「早紀―」と呼ばれたのは、儚げな女生徒の名前なのだろうか。
『キミに興味があった』
女生徒が去り際に残した、意味深な言葉と、楽しそうな含み笑いが忘れられない。心なしか、陽介の心は温かい余韻に浸っている。
「あ、雪子!花村発見!」
屋上口から現れた千枝が、陽介を勢いよく指さす。陽介はまだ夢の中にいるような心地で、千枝の糾弾を遠くに見ていた。
「ちょっと探しちゃったじゃん。早く戻ってよ」
「花村くん、休憩時間過ぎてるよ」
雪子が手持ちの腕時計を差し出した。確かに休憩時刻を大幅に過ぎている。しかし、浮き立った心のせいで陽介は他人事のように感じられた。
「あ……はい、そう、デスネ」
「花村くん、かお赤いよ?」
「いえ、別に……普通ですよ?」
赤くなった顔を手のひらで隠そうとする花村に、雪子と千枝は首をひねった。
見世物を徒然に見ていくが、校舎の雰囲気が古いせいか、装飾が段ボール中心で野暮ったいせいなのか、どうもパッとしない。
——すげえ田舎だよなぁ。
アクリル板が使われたポップなデザインの看板、チェーン店の人気商品を取り扱った出店——都会の友人から送られた写メを思い出すと、八十神高校の文化祭は一層みすぼらしく見えてくる。冷めた目で、陽介は展示を眺めた。
『あれが……ジュネスの……』
『まあ……』
ふと、ジュネスという馴染み深い言葉に振り返る。
『ジュネス』とは、今月の初めに八十稲羽にオープンした郊外型の大型ショッピングセンターだ。そこの店長を務めるのが陽介の父親で、陽介は彼に追随して八十稲羽へと引っ越してきた。だが、その待遇はお世辞にもいいとは言えない。
チェーン店ならではの圧倒的な品揃えと利便性を兼ね備えたジュネスは、瞬く間に八十稲羽の流通に影響を及ぼし、地元の商売人たちから仕事とお金を根こそぎ奪ってしまったのだから。そのせいで、『ジュネス』の店長が大黒柱を務める花村家は、稲羽の地元民────特に地元の商店街の関係者からは白い目を向けられ、ときにバッシングの標的とされる。
ゆえに陽介と『ジュネス』が結びつけられた場合は大抵悪いことが起こる。どうやら今回もそのたぐいらしい。陽介は顔をわずかにしかめた。
中年の女性2人組が、口元を抑えて何かを話す。だが、振り返った陽介に気がつくと、そそくさと嫌な視線を残して逃げていった。ひがむような、ねたむような、とにかく身にまとわりつくような粘つく視線だった。
膿んだ視線を陽介に向けてくるのは、去った2人だけではなかった。腰が曲がった老人から、皺が刻まれた中年の男性、白髪が目立つ女性、年かさの大人が一様に陽介をまとわりつくような視線でねめつけている。大人たちはもごもごと、明瞭でない音を口の中で転がした。
『ジュネスって大型スーパーの息子だって』
『クラスは地元の野菜を使った食堂らしいわよ』
『ジュネスやってるのに地元アピールか』
『ジュネスのせいでどれだけの店が苦しんでいるのか』
それらは全て、ジュネス店長の息子である、陽介に対するありもしない誹謗だった。
陽介はグッと、唇をかみしめて屋上へと向かう。屋上は人が少ない。今は文化祭だから、何の出し物もない屋上には誰もいないはずだ。案の定、屋上に人の気配はなく、快晴の清々しい青空が広がっている。風が吹き抜けるばかりで、人はいない。陽介のことをあしざまにいう人も、いない。
陽介は日の光で温かくなった腰掛スペースにちょうどいいでっぱりに寝転がった。
「……やっぱ、直に聞くとちょっとショックだよなー」
乾いた笑いが陽介の口からこぼれた。笑ってごまかさなければ、胸に受けたもやもやとした気持ちは晴れないような気がする。
陽介の家が八十稲羽の住民から手放しで歓迎されていないことは気づいていた。
移動のために出た学校の廊下で、ねたむような視線がチクチクと刺さることもあった。
ふと陽介は最近の母の様子を思い出す。いつも快活笑う人なのに、洗面所で隠れてため息をついていた。どうやら地元の人とうまくやれていないことは、少し見ただけで分かった。
そんなこともあってか、陽介は八十稲羽に馴染めていなかった。一条と長瀬の誘いを断ったのも、2人の仲に割って入るのが申し訳ない気持ちもある。けれど本当は、花村陽介という都会育ちのアイデンティティが浸食される恐れと、地元民へ抱いた密かな戸惑いがあった。
1つ嫌な記憶を思い出すと、別の嫌な想像が頭をかすめた。
——このまま、俺はつまらない田舎で2年半も過ごすのだろうか。
正直、陽介はこんな田舎にはいたくない。刺激を満たすものもなくて、陽介たちを真綿で首を締めるかのように、じわじわと悪意を垂らしこむ田舎になんて。
――だいたい、ここの出し物だってどうよ。どれもこれもが田舎臭い。だいたい、なんで俺がそんな事言われなきゃなんねーんだよ!
「俺だって、やりたくてやってるわけじゃないっつーの!!」
鬱積した本音を抑えて、誰かに聞かれても当たり障りのない形で愚痴をこぼす。
「——気にすることないと思う。群れて噂話するしかできない人たちのことなんて」
スッと落ち着いた女性の声が、陽介の心の声に答えた。自分の本音が漏れていたのかと驚いて、陽介は反射的に上半身を起こす。視線の先には大人びた八十神高校の女生徒が立っている。亜麻色のロングヘアが、風にふわりとなびく。その様子はどこか儚げだ。
「誰……?同じクラスの女子じゃ、ないよな」
本心を見透かされたような感覚が気まずい。儚げな女生徒は同じクラスの人間ではなかったので、とりあえず安堵する。陽介は記憶力がいいので、人違いではないはずだ。
「花村くんでしょ。さっきそう呼ばれてた」
「ああ、うちの出し物に来てくれた人?俺に何か用——!」
『お前目当てで来るやつもいるらしいぞ』
突如として一条の言葉を思い出し、陽介の心は湧き上がる。まさか、ココで、青春のキャッキャウフフな瞬間が訪れ——
「用があったわけじゃないけど」
——なかった。陽介は心の中でずっこける。影響で少し、身体の力が抜けた。しかし次の瞬間、はっとする。儚げな女生徒が一歩近づき、陽介の顔を覗き込んだ。
「キミに興味があったんだ」
じゃ、またね。と意味深な言葉と愉快そうな含み笑いを残して、女生徒は去っていった。「早紀―」と呼ばれたのは、儚げな女生徒の名前なのだろうか。
『キミに興味があった』
女生徒が去り際に残した、意味深な言葉と、楽しそうな含み笑いが忘れられない。心なしか、陽介の心は温かい余韻に浸っている。
「あ、雪子!花村発見!」
屋上口から現れた千枝が、陽介を勢いよく指さす。陽介はまだ夢の中にいるような心地で、千枝の糾弾を遠くに見ていた。
「ちょっと探しちゃったじゃん。早く戻ってよ」
「花村くん、休憩時間過ぎてるよ」
雪子が手持ちの腕時計を差し出した。確かに休憩時刻を大幅に過ぎている。しかし、浮き立った心のせいで陽介は他人事のように感じられた。
「あ……はい、そう、デスネ」
「花村くん、かお赤いよ?」
「いえ、別に……普通ですよ?」
赤くなった顔を手のひらで隠そうとする花村に、雪子と千枝は首をひねった。