Winter always turns to spring.
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はらはらと桜が舞う。
それは絶え間なく、雨のように、雪のように降り続く。だが、それらとはまったく異なった。
桜は、やさしい。はらりと落ちたひとひらが陽介の頬をやわらかく撫でた。
その質感は雨と雪にはない、開花の温度とにおいを伴う。桜は、冷たくなかった。
幾万という花の雨が、薄紅のぬくい白に宙を、地を染めていく。
「こんな場所があったんだね」
知らなかったと、雪子が夢みるように花の舞う空を見上げた。
「すごい……桜に包まれてるみたい……」
がらにもなく、千枝が詩的な呟きとともに、キョロキョロとあたりを見回す。彼女の動きに合わせて、地面に積もった花びらが波飛沫のように浮き立った
「…………」
陽介はというと、圧倒されて声すらでない。大地に根を張り、天を穿ち、数多の花を咲かせる桜は生命力に満ち満ちていた。恐ろしいほどに、うつくしい桜たちだった。都会の閉じた世界しか知らなかった陽介は、生命の奔流に圧倒され、畏敬さえ覚えて、桜たちが咲き乱れる広場から、陽介は後ずさる。
すると不意に、手のひらを握られた。脈をともなう熱が、陽介の左手をじわじわと伝う。
「怖がらないで」
────さくらは、やさしいはなだから。
穏やかに、瑞月が告げる。陽介の隣で、彼女は冬を越えて芽吹いた花のように笑った。
陽介は思い出す。どうしてか、瑞月に出会ったあの秋の日を。痛みすら覚える冷たい秋雨のなかで、互いに雨ざらしになりながら、泥まみれになりながら、瑞月と出会った、あの日を。
瑞月の手は変わらなかった。やわらかくて、やさしい。泥に汚れてすっかり冷えきった陽介の頬に触れた手は、なに一つとして変わりがなかった。
瑞月が歩む。そうして桜たちをまえに、陽介に向けて振りむく。
ふっと、瑞月が笑った。心から幸せそうに陽介を見つめて彼女は笑う。
その周りを祝福の紙吹雪のように、桜が舞った。
奇妙な感覚があった。すべてが報われたような、何かが芽吹いたような、奇妙な感覚が。
八十稲羽に来た空虚な苦しみが、泥にまみれた秋の日が、そこに端を発して得たすべてが、
この春の日の──桜の下で幸福として芽吹いたような感覚が。
それは一生忘れないだろうと思えるほどに、
陽介にとってうつくしい、春の思い出だった。
「────一緒にいこう」
瑞月が手を引く。そうして陽介は薄ぐらい獣道から、友たちが待つ、いっとう巨大な桜の大木の下へと歩く。
それは絶え間なく、雨のように、雪のように降り続く。だが、それらとはまったく異なった。
桜は、やさしい。はらりと落ちたひとひらが陽介の頬をやわらかく撫でた。
その質感は雨と雪にはない、開花の温度とにおいを伴う。桜は、冷たくなかった。
幾万という花の雨が、薄紅のぬくい白に宙を、地を染めていく。
「こんな場所があったんだね」
知らなかったと、雪子が夢みるように花の舞う空を見上げた。
「すごい……桜に包まれてるみたい……」
がらにもなく、千枝が詩的な呟きとともに、キョロキョロとあたりを見回す。彼女の動きに合わせて、地面に積もった花びらが波飛沫のように浮き立った
「…………」
陽介はというと、圧倒されて声すらでない。大地に根を張り、天を穿ち、数多の花を咲かせる桜は生命力に満ち満ちていた。恐ろしいほどに、うつくしい桜たちだった。都会の閉じた世界しか知らなかった陽介は、生命の奔流に圧倒され、畏敬さえ覚えて、桜たちが咲き乱れる広場から、陽介は後ずさる。
すると不意に、手のひらを握られた。脈をともなう熱が、陽介の左手をじわじわと伝う。
「怖がらないで」
────さくらは、やさしいはなだから。
穏やかに、瑞月が告げる。陽介の隣で、彼女は冬を越えて芽吹いた花のように笑った。
陽介は思い出す。どうしてか、瑞月に出会ったあの秋の日を。痛みすら覚える冷たい秋雨のなかで、互いに雨ざらしになりながら、泥まみれになりながら、瑞月と出会った、あの日を。
瑞月の手は変わらなかった。やわらかくて、やさしい。泥に汚れてすっかり冷えきった陽介の頬に触れた手は、なに一つとして変わりがなかった。
瑞月が歩む。そうして桜たちをまえに、陽介に向けて振りむく。
ふっと、瑞月が笑った。心から幸せそうに陽介を見つめて彼女は笑う。
その周りを祝福の紙吹雪のように、桜が舞った。
奇妙な感覚があった。すべてが報われたような、何かが芽吹いたような、奇妙な感覚が。
八十稲羽に来た空虚な苦しみが、泥にまみれた秋の日が、そこに端を発して得たすべてが、
この春の日の──桜の下で幸福として芽吹いたような感覚が。
それは一生忘れないだろうと思えるほどに、
陽介にとってうつくしい、春の思い出だった。
「────一緒にいこう」
瑞月が手を引く。そうして陽介は薄ぐらい獣道から、友たちが待つ、いっとう巨大な桜の大木の下へと歩く。