Winter always turns to spring.
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食品係の役割は、花見に向けた食品の調達と、目的地までの運搬だ。
ゆえに花見当日も、瑞月が用意する弁当を運ぶために、陽介は瑞月の家に顔を出した。(その直前、自宅にて髪をいじっていたら父・陽一に「デートか?」とニヤつかれて誤解を解くのに苦労した。閑話休題)
すると、事情を知っていたらしい水奈子と佳菜が軒先で出迎えてくれたのである。彼女たちは、瑞月が荷物を運んでくると、弁当を用意する瑞月の様子を嬉々として語った。
『瑞月ちゃんってば、お弁当作りにとってもはしゃいでたんですよ』
『別段、はしゃいだりは……』
『あら。一週間前くらいからレシピ本にしおりペタペタくっつけて、楽しそうに眺めていたのに?』
『おかあさん』
『作ったことのないレシピのお料理を、ちゃんと作れるか練習していたのに?』
『おかあさんっ』
『昨日から仕込みをして、朝早くからキッチンで鼻歌を歌いながらお料理していたのに?』
『おかあさんっ、赤裸々にしないでくださいっ!』
『おかずね、たくさん あって おいしかったよ!』
『佳菜……もうやめて……追い討ちをかけないで……』
その場にいて、トマトみたいに真っ赤になった顔を両手で覆った瑞月は、とても新鮮で可愛らしかった。同時に、じゃれあいのような言い合いは、花村家での家族漫才を端から見ているようで、陽介は安心した。
義母と養子の関係である水奈子と瑞月のやりとりは、陽介と陽一の気兼ねない、けれども親しみがあるものと似ていたからだ。そして、水奈子は瑞月に対して嘘偽りのない、心の底からの笑みを浮かべていた。初めて会ったときの、寂しそうな陰を背負った笑顔ではない。
瑞月も、水奈子も変わった。ぎこちなかったはずの関係性の角が削れて、歯車が合わさったかのように。それは水奈子のある発言からも明らかだった。
『良かったです』
頬を赤らめた瑞月が、弁当を取ると自宅に引っ込んだときに水奈子がふと呟いたのだ。
『え?』
『あの子が、誰かのためにあんなに嬉しそうにしているところを──年相応にはしゃいでいるところを初めてみました』
陽介の疑問に、水奈子は目を細めて答えた。まぶたの縁に水を溜めながらも、若草色の瞳は新緑のように明るい。
『あなたが──陽介くんが瑞月ちゃんの友達で良かった』
花のように微笑みながら、水奈子は告げる。途端に陽介も真っ赤になった。
『お花見、めいっぱい楽しんできてくださいね』
『でね!』
水奈子と佳菜はそういって、弁当を持った2名が道の角を曲がって見えなくなるまで、ずっと手を振って見送ってくれた。
◇◇◇
(はしゃいでいた……か)
水奈子の言葉を思い出しながら、陽介は前方を見やる。そこには、地面がむき出しになっただけの獣道を踏みしめて歩く瑞月の背中があった。その背はいつもと変わらず真っ直ぐに伸びているけれど、飛び石を飛ぶような勢いで進んでいく。
顔を見ずとも分かった。きっと瑞月ははしゃいでいる。陽介は瑞月がはしゃいでいる様子を何回か目撃したことがある。見ているこちらも心が弾むような、とても無邪気な笑顔を浮かべるのだ。だからこそ、見たいなと思った。陽介たちとの花見に心を踊らせている瑞月を。
「花村ー。後ろつっかえてる。はよ進んでー」
「花村くん、瑞月ちゃんとはぐれちゃうよ?」
「うわっ、すまん」
後ろに続く千枝と雪子に促され、陽介は緩やかに続く獣道を踏みしめた。
現在、陽介たちは高台の一角にいる。花見の目的地に向かって行軍しているのだが、その場所は瑞月いわく、「地元の人間にもあまり知られていない場所」なのだそうだ。
彼女の言葉通り、後ろからは感心の息を漏らす、地元育ちの雪子と千枝の声が上がった。
「高台にこんな隠し道があるなんて知らなかったなぁ。ねぇ、千枝」
「ね! なんか、雪子んちの秘密基地みたいでドキドキする」
彼女たちはもの珍しそうに、鬱蒼とした緑に囲まれた獣道をキョロキョロと見回している。秘密基地というおよそ女子らしからぬ言葉に耳敏く陽介は反応した。
「秘密基地ぃ? んな特撮好きの男子みたいなコトしてたのかよ里中。昔から変わらず女子らしさ皆無なお転婆だな」
「特撮と違うっつの! カンフー映画の修行場みたいなもんだもん。お転婆じゃなくて修行よ修行!」
「やっぱお転婆じゃんか。 カンフーってコトは、木でも蹴り倒して──」
「花村、会話にかまけて転ぶなよ」
「なんで俺だけなん瀬名!? 里中だって騒いでたのに」
「さきにからかい始めたのはきみだろう? それと、きみはお弁当を持ってるんだから、転んだら一大事だ。足元には気をつけて歩くこと」
「はいはい、花村。そーいうわけだからキビキビ歩く! あ、ただし転んじゃダメだかんね」
「花村くん。転んで瑞月ちゃんのお弁当台無しにしたら、お昼なくなっちゃうんだから気を付けてね」
「お前ら転ぶ転ぶゆーなや!? フリになんだろがっ!」
和やかな(?)会話とともに、陽介たち一行は獣道を行く。そうしてしばらく歩いたあたりで、鬱蒼と生い茂る木々に覆われた隠し通路に、まばゆいばかりの光が降り注いだ。
「みんな、お疲れさま。目的地に着いたよ」
微笑んで、瑞月が後ろを振り返る。彼女の背後には、固く蔦と緑が絡まりあった城壁じみた茂みがある。そこにただひとつだけ、人ひとりが通れそうな空洞が空いていた。
そこから垣間見える光景に、陽介たちは息を飲んだ。
桜があった。
大空の青を薄紅色の雲で覆わんばかりに、満開に乱れ咲いた見事な桜の群れが。
ゆえに花見当日も、瑞月が用意する弁当を運ぶために、陽介は瑞月の家に顔を出した。(その直前、自宅にて髪をいじっていたら父・陽一に「デートか?」とニヤつかれて誤解を解くのに苦労した。閑話休題)
すると、事情を知っていたらしい水奈子と佳菜が軒先で出迎えてくれたのである。彼女たちは、瑞月が荷物を運んでくると、弁当を用意する瑞月の様子を嬉々として語った。
『瑞月ちゃんってば、お弁当作りにとってもはしゃいでたんですよ』
『別段、はしゃいだりは……』
『あら。一週間前くらいからレシピ本にしおりペタペタくっつけて、楽しそうに眺めていたのに?』
『おかあさん』
『作ったことのないレシピのお料理を、ちゃんと作れるか練習していたのに?』
『おかあさんっ』
『昨日から仕込みをして、朝早くからキッチンで鼻歌を歌いながらお料理していたのに?』
『おかあさんっ、赤裸々にしないでくださいっ!』
『おかずね、たくさん あって おいしかったよ!』
『佳菜……もうやめて……追い討ちをかけないで……』
その場にいて、トマトみたいに真っ赤になった顔を両手で覆った瑞月は、とても新鮮で可愛らしかった。同時に、じゃれあいのような言い合いは、花村家での家族漫才を端から見ているようで、陽介は安心した。
義母と養子の関係である水奈子と瑞月のやりとりは、陽介と陽一の気兼ねない、けれども親しみがあるものと似ていたからだ。そして、水奈子は瑞月に対して嘘偽りのない、心の底からの笑みを浮かべていた。初めて会ったときの、寂しそうな陰を背負った笑顔ではない。
瑞月も、水奈子も変わった。ぎこちなかったはずの関係性の角が削れて、歯車が合わさったかのように。それは水奈子のある発言からも明らかだった。
『良かったです』
頬を赤らめた瑞月が、弁当を取ると自宅に引っ込んだときに水奈子がふと呟いたのだ。
『え?』
『あの子が、誰かのためにあんなに嬉しそうにしているところを──年相応にはしゃいでいるところを初めてみました』
陽介の疑問に、水奈子は目を細めて答えた。まぶたの縁に水を溜めながらも、若草色の瞳は新緑のように明るい。
『あなたが──陽介くんが瑞月ちゃんの友達で良かった』
花のように微笑みながら、水奈子は告げる。途端に陽介も真っ赤になった。
『お花見、めいっぱい楽しんできてくださいね』
『でね!』
水奈子と佳菜はそういって、弁当を持った2名が道の角を曲がって見えなくなるまで、ずっと手を振って見送ってくれた。
◇◇◇
(はしゃいでいた……か)
水奈子の言葉を思い出しながら、陽介は前方を見やる。そこには、地面がむき出しになっただけの獣道を踏みしめて歩く瑞月の背中があった。その背はいつもと変わらず真っ直ぐに伸びているけれど、飛び石を飛ぶような勢いで進んでいく。
顔を見ずとも分かった。きっと瑞月ははしゃいでいる。陽介は瑞月がはしゃいでいる様子を何回か目撃したことがある。見ているこちらも心が弾むような、とても無邪気な笑顔を浮かべるのだ。だからこそ、見たいなと思った。陽介たちとの花見に心を踊らせている瑞月を。
「花村ー。後ろつっかえてる。はよ進んでー」
「花村くん、瑞月ちゃんとはぐれちゃうよ?」
「うわっ、すまん」
後ろに続く千枝と雪子に促され、陽介は緩やかに続く獣道を踏みしめた。
現在、陽介たちは高台の一角にいる。花見の目的地に向かって行軍しているのだが、その場所は瑞月いわく、「地元の人間にもあまり知られていない場所」なのだそうだ。
彼女の言葉通り、後ろからは感心の息を漏らす、地元育ちの雪子と千枝の声が上がった。
「高台にこんな隠し道があるなんて知らなかったなぁ。ねぇ、千枝」
「ね! なんか、雪子んちの秘密基地みたいでドキドキする」
彼女たちはもの珍しそうに、鬱蒼とした緑に囲まれた獣道をキョロキョロと見回している。秘密基地というおよそ女子らしからぬ言葉に耳敏く陽介は反応した。
「秘密基地ぃ? んな特撮好きの男子みたいなコトしてたのかよ里中。昔から変わらず女子らしさ皆無なお転婆だな」
「特撮と違うっつの! カンフー映画の修行場みたいなもんだもん。お転婆じゃなくて修行よ修行!」
「やっぱお転婆じゃんか。 カンフーってコトは、木でも蹴り倒して──」
「花村、会話にかまけて転ぶなよ」
「なんで俺だけなん瀬名!? 里中だって騒いでたのに」
「さきにからかい始めたのはきみだろう? それと、きみはお弁当を持ってるんだから、転んだら一大事だ。足元には気をつけて歩くこと」
「はいはい、花村。そーいうわけだからキビキビ歩く! あ、ただし転んじゃダメだかんね」
「花村くん。転んで瑞月ちゃんのお弁当台無しにしたら、お昼なくなっちゃうんだから気を付けてね」
「お前ら転ぶ転ぶゆーなや!? フリになんだろがっ!」
和やかな(?)会話とともに、陽介たち一行は獣道を行く。そうしてしばらく歩いたあたりで、鬱蒼と生い茂る木々に覆われた隠し通路に、まばゆいばかりの光が降り注いだ。
「みんな、お疲れさま。目的地に着いたよ」
微笑んで、瑞月が後ろを振り返る。彼女の背後には、固く蔦と緑が絡まりあった城壁じみた茂みがある。そこにただひとつだけ、人ひとりが通れそうな空洞が空いていた。
そこから垣間見える光景に、陽介たちは息を飲んだ。
桜があった。
大空の青を薄紅色の雲で覆わんばかりに、満開に乱れ咲いた見事な桜の群れが。