Winter always turns to spring.

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 ***

 きっかけは、八十神高校3学期が終業式を迎えた日のことだ。

「あーあー、あしたっから春休みかー……」
「どうした花村、休みだというのに複雑そうな物言いだな」

 快晴の昼休み。学校の屋上にて、陽介と瑞月はいつも通り一緒に過ごしていた。瑞月が用意した大きなレジャーシートに寝ころがり、スマホのカレンダーをしかめっ面で眺める。それから盛大にため息をついた

「どうしたもこうしたもあるかよ。春休みのクセにまったく華がねーんだよ。華が」
「華……? 華やぎにかけるということか?」
「そ~だよ~~。スケジュール眺めてもバイトバイトバイト、家でやるコトといやぁ諸岡にイヤミたっぷりに押しつけられた課題くらいで、華がねーんだよコンチキショー」
「それは華がないというより、楽しみに目がいかないくらい『切羽詰まっている』と言った方が適切では?」
「グホァッ、的確にマト射たコトいうのヤメテッ!?」

 わりとショックな──そして核心をついた瑞月の指摘に、陽介は胸を押さえて大げさに撃沈する。瑞月はというと、陽介のおふざけが分かっているので、なに食わぬ顔をして『胡椒博士NEO』(陽介の差し入れ)を仰いでいた。「うえー、瀬名が冷たい」「本当に冷たいアルミ缶を押しつけてみようか?」「やめーや」などとじゃれあってふざけあっているうちに、心地のいい、凪いだ沈黙が降りてきた。

 瑞月のとなりは、何をしてなくとも心地がいい。存在を、無条件に許されているたしかな感触を持った安心感に支えられる中、陽介はぽかぽかと肌を撫でていく日だまりの熱を心の底から楽しんでいた。何をしなくとも、にまりとだらしなく口角が緩んでしまうけれど、瑞月は何も言わない。

「よし、では寝るか」

 陽介が日向ぼっこを楽しんでいるうちに、瑞月は『胡椒博士NEO』を飲み終わったらしい。ごろりと瑞月がレジャーシートへ仰向けに寝転がった。重力にしたがって、艶のある黒髪がはらりとカラフルなレジャーシートに広がる。陽介の横に、彫刻を思わせる瑞月の美しい横顔が並んだ。太陽の光で照らされた雪のように白い面差しは、どこか楽しそうに微笑んでいる。
 その顔を見て、陽介はなんとなく寂しさを覚えた。

「どうした花村。寝ないのか」
「いや……なんか、寝たくねーなって」
「寝たくない? それはどうして」

 こんなにのどかな昼寝日和なのに。と瑞月が不思議がる。仰向けのまま、陽介はレジャーシートにぺったりと頬をくっつけた。ビニール越しにコンクリートの固い感触がかえってくる。お世辞にも良い寝心地とは言えないけれど、陽介にとって、なくなってしまうのはもの寂しかった。

「えっとさ、お前とこんな風に昼寝できるの、しばらくないじゃん」
「…………」

 宝石にも似た紺碧の瞳を、瑞月は陽介へと向けた。雲ひとつない青空か、あるいは静まり返った泉のように凪いだあおが、陽介を歪みなく映す。その瞳は静かで、すべてを受け入れてくれる包容力があった。

「したら寝るの、もったいないなって……」

 だから、陽介は告げた。おのれの中に抱えた、幼いとも言える寂しさを。
 瑞月が隣にいる屋上は平和だ。抜けるような青空にさんさんと光る太陽が輝いて、身体をぽかぽかと照らしてくれる。春の風はあたたかく、緑と花の匂いを運んで、遠くでは小鳥たちがじゃれあって、隣には親友の瑞月がいる。

 まるで、夢のような幸福と安らぎに満たされた世界。そんな場所に陽介はいる。
 けれど、夢とは必ず終わるものだ。いつか醒めるときがくる。

 いま、陽介がいるのは、現実で見る夢の中。ならば陽介が起きていれば、ずっと終わることなんてない。そんな子供のワガママじみた思いつきを手放せず、陽介は眠りを拒んでいたのだ。

 恥ずかしげに陽介は瞳を伏せる。すると、瑞月がふっと笑ったような気がした。

「……新学期になれば、また会えるよ」
「……分かってんよ。ガキじゃねーんだから」
「別に子供でなくとも、寂しいことはあるだろう」

 正論をぶつけられて、陽介は言葉につまる。その隙に瑞月は言葉を続けた。
 
「これまでのお休みと同じだ。連絡すれば、一緒に遊ぶことだってできるだろう? 沖奈でも、八十稲羽でも」
「……うん」

 納得のいかない様子で、陽介は頷く。頭では、たしかに分かっている。これまでだって、休日の予定を合わせて沖奈に出掛けたり、放課後八十稲羽で遊んだり、顔を会わせたことは何度だってあった。春休みだって、予定が合えば瑞月もきっと応じてきれるだろう。そんなことは分かっている。

 けれど、理屈ではなく、陽介のなかの幼い心がさみしいさみしいと声をあげているのだ。
 親に置いていかれて、泣きじゃくっている子供みたいに。

 感傷に浸る陽介の横でガサリと物音がした。瑞月が身体を起こしたのだ。陽介もビックリして身体を起こしかける。けれど、あるもののせいで立ち上がれなかった。
 瑞月が、陽介の頭を撫でたのだ。

「ッ」

 その手つきは、どうしようもなく優しい。泣きじゃくる子供に寄り添う、母か、年の離れた姉のように、彼女は陽介の髪を梳く。さらに陽介は目を見開いた。冷たい印象の強い瑞月のかんばせは、春めいた慈愛の色を宿した微笑みを浮かべて、陽介を見つめている。仕草に込められた、言葉を通り越した優しさに、陽介の不安がみるみるうちに溶かされていく。

「…………お花見でもしようか」
「え?」

 唐突に、瑞月は陽介にそう告げた。レジャーシートに転がっていた陽介は今度こそ、身体を跳ね起こす。いきなり身体を起こした陽介にも動じずに、瑞月はにこりと微笑んだ。

「華がないなら、見にいけばいいと思ってな。というわけで花村。春休み中、お花見に行こうではないか」
「花見!? 桜とか眺めて、和歌読んだりする格調高い風流なヤツ?」
「平安貴族か。きみはどうして、ヘンなところで古めかしい発想が混ざるんだ? ただのピクニックとさして変わりないものなのだが」
「いや、瀬名を見てるとそういう『花見』やっててもおかしくねーなって……」
「私は君と同じ1995年生まれだ。忘れないでもらいたい」

 陽介のジョークをさばいたのち、彼女はきれいに笑った。細まったまぶたの間から、紺碧の瞳がまるで桜を散らした青空のように輝く。

「どうせなら、思いきり賑やかにしようか。千枝さんも雪子さんも誘って。お弁当も作って」

 瑞月が小指を差し出す。そのときに、陽介は気がついた。きっと瑞月は、短い別れを惜しむ陽介のために、花見に誘ってくれたのだ。
 春休みでも、会えると、寂しがる必要などないのだと、伝えるためだけに。
 ならば陽介が拒む理由などなに一つとしてない。自然と喜びが溢れでて、陽介は笑った。

「おう、そうだな。すっげー楽しい花見にしようぜ!」

 そうして2人は、小指を絡めあう。

 その日の放課後、約束を交わした2人は、共通の友人である里中千枝と天城雪子に声をかけた。結果、2人とも手を打ち合わせて賛同し、日程を調整したのだ。
 日取りを決めたほか、各々準備を請け負う運びとなった。千枝は遊び道具を、雪子はレジャー用品を、瑞月と陽介は食品類を用意すると、担当が決まったのである。

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