1章
夢小説設定
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***
「行ってらっしゃいませ、ご主人さま。お帰りを楽しみにお待ちしております♪」
そういって、とびきりの笑顔とともにいらしていたお客さまのお見送りをさせてもらう。スカートの縁を彩る純白のフリルをつまみ、淑やかに、それでいて女の子らしい花の咲くような明るさで。
ここは沖奈に軒を構えお店『メイドカフェ twin☆kle』の出入り口。アンティークなカフェ風の出入り口にて、私が接客を担当させていただいたお客様は、まるで夢の国で過ごしたかのようにホコホコとした笑みを浮かべて手を振ってくれる。
良かった、元気になってくれたみたいだ。ここに入ったときは少しだけ暗い表情をなさっていたから。お金と引き換えに一時の楽しさを提供するのが私たちのお仕事だけれど、その一夜の夢があの人の現実を生きる原動力になってくれたらと、切に願う。
「『ステラ』~! お疲れさま、もう上がっていいわよ~」
「え、ほんとうですか! ありがとうございます!」
お客さまの見送りを終えて戻ると、マスター──この店の店長からありがたいお言葉をもらった。正直、今日は帰り道でいくつか寄りたいところがあるから、ちょっとでも早上がりできるのは嬉しい。すると激動のキッチンを征するオーナーシェフでもあるマスターは、武骨な筋肉に包まれた身体からは想像ができないほどチャーミングな仕草でピースを決めた。
「んも~、ありがとうはこっちのセ・リ・フ。平日だってのにご主人さまとお嬢さまがビンビン帰られるじゃない? 正直おもてなしできるかどうか不安だったけど、アンタがビシビシ応対してくれるからアタシすっごく助かっちゃった」
「あはは! マスターったら光栄です。それではお先に失礼いたします!」
べつにいつもどおり仕事をこなしただけだというのに、とんでもないお褒めの言葉をいただけて、ほわりと胸の内が温まる。私は跳ねる心のままに、優雅な一礼を披露した。このお店で徹底的に仕込まれたメイドの作法だ。見惚れたオーナーの口笛をBGMに、私は白とパステルカラーで愛らしく彩られたホールを後にした。
◇◇◇
「うっす、おはこんばんちわー」
「南雲さん! お疲れさまです。先輩は今からですか?」
「お、『ステラ』じゃん。おつかれ~~、そっちはいまアガリ?」
お仕事を終えて、着替えに戻ったロッカー室。制服から着替えたタイミングで訪れた人は、バイト先の先輩——南雲さんだった。面倒見がいい人なのだが、こういうちょっとノリが軽いところがある。
脱色してるのにトリートメントとかでちゃんとケアしてるサラサラの髪をなびかせて、いつものごとく源氏名で揶揄ってくる先輩。もう、その名前は恥ずかしいのに……!
「もう、先輩。お仕事終わったんだから、そっちの名前で呼ばないでくださいよ」
「ははっ、ごめんごめん。だってホントに似合ってるからさ」
揶揄っているのは分かっているはずなのに。ついつい反応してしまう私に、先輩はカラカラと笑った。この反応だと、また言ってくるんだろうなぁと分かってしまっているから、ムっと頬を膨らませた。源氏名が似合うなんて、バイト以外ではそんなこと絶対ないのに。
ちょっと不服だけど、これ以上反論しても先輩を面白がらせるだけだ。「はいはい、誉め言葉として受け取っておきます」と軽く流すと、「つれないなぁ」と先輩はニマニマ笑ってロッカーに手をかけた。
「にしても珍しいね。遠野がこの時間のシフトに入るなんて。平日だけど、学校とかダイジョブなん?」
「はい。ちゃんと出席日数とかは考えているので大丈夫ですよ」
「さっすが『ステラ』。抜け目ないなー。でも、慣れない時間帯は大変だったっしょ? おつかれ、そんなアンタにはビタミンCの飴ちゃんあげる」
「わぁ、ありがとうございます! って……は!」
しまった……! ひけらかされた飴を前に、ビンボー症のサガが発動してしまった。だがしかし、反省してももう遅い。反射で手を組んで飴を受け取ってしまう私を、南雲さんはしてやったりという顔で見つめた。
「ふふふ。やっぱ大人ぶってるけど、そういう素直なところはやっぱコドモね」
「あっ、ちがいます。これはその……お礼のために合わせようとした手が、変形してしまっただけでして……」
「ふふっ、いいよ。そういう素直な反応、他の人には見せないもんねー。かわいいもんよ、チョクのコーハイが甘えてくんのは」
「……ありがとう、ございます」
うう、悔しい……。先輩って一見軽そうなのに人のことしっかり見てるから侮れない……。猫みたいな、くりっとして油断ならない目をしてるからかな……。おとなしく飴を受け取ると先輩は「まいど~♪」と軽くヒラヒラ手を振った。
「で、この後はどっか行く予定? もし時間あんなら、商店街とか行ってみれば? あそこの古着屋、新しい服ドドッと入荷してたみたいだし」
「えっ、ホントですか!?」
「ホントホント。なんにしろあーしが昨日見に行ったばっかだしね。流行りの服とかもあった気がするよ? ジユーとかアースとかさ」
「先輩女神です! さすが『スピカ』! ちょうど夏服新しいの用意しなきゃって思ってたんですよ!」
「はは、調子のイイやつめ。まぁいいや……いいのが見つかるといいね、洋服」
「はい! さっそく行ってきます。先輩ありがとう! お疲れさまです!」
やった! 古着屋さんに、もしかしたら私が普段憧れても着られない、オシャレな服があるかもしれない。そう思うと、仕事の疲れも吹き飛んでしまった。期待に胸を高鳴らせたまま元気に退勤の挨拶を済ませると、先輩は「きぃつけなよ~」と手をヒラヒラ振って見送ってくれた。感謝を込めて、私も手を振り返してからお店を──『メイドカフェ twin☆kle』──を後にした。万が一でもお客様に正体がバレないように、目深にキャスケット帽を被った私は急ぎ足で古着屋さんに直行する。
「行ってらっしゃいませ、ご主人さま。お帰りを楽しみにお待ちしております♪」
そういって、とびきりの笑顔とともにいらしていたお客さまのお見送りをさせてもらう。スカートの縁を彩る純白のフリルをつまみ、淑やかに、それでいて女の子らしい花の咲くような明るさで。
ここは沖奈に軒を構えお店『メイドカフェ twin☆kle』の出入り口。アンティークなカフェ風の出入り口にて、私が接客を担当させていただいたお客様は、まるで夢の国で過ごしたかのようにホコホコとした笑みを浮かべて手を振ってくれる。
良かった、元気になってくれたみたいだ。ここに入ったときは少しだけ暗い表情をなさっていたから。お金と引き換えに一時の楽しさを提供するのが私たちのお仕事だけれど、その一夜の夢があの人の現実を生きる原動力になってくれたらと、切に願う。
「『ステラ』~! お疲れさま、もう上がっていいわよ~」
「え、ほんとうですか! ありがとうございます!」
お客さまの見送りを終えて戻ると、マスター──この店の店長からありがたいお言葉をもらった。正直、今日は帰り道でいくつか寄りたいところがあるから、ちょっとでも早上がりできるのは嬉しい。すると激動のキッチンを征するオーナーシェフでもあるマスターは、武骨な筋肉に包まれた身体からは想像ができないほどチャーミングな仕草でピースを決めた。
「んも~、ありがとうはこっちのセ・リ・フ。平日だってのにご主人さまとお嬢さまがビンビン帰られるじゃない? 正直おもてなしできるかどうか不安だったけど、アンタがビシビシ応対してくれるからアタシすっごく助かっちゃった」
「あはは! マスターったら光栄です。それではお先に失礼いたします!」
べつにいつもどおり仕事をこなしただけだというのに、とんでもないお褒めの言葉をいただけて、ほわりと胸の内が温まる。私は跳ねる心のままに、優雅な一礼を披露した。このお店で徹底的に仕込まれたメイドの作法だ。見惚れたオーナーの口笛をBGMに、私は白とパステルカラーで愛らしく彩られたホールを後にした。
◇◇◇
「うっす、おはこんばんちわー」
「南雲さん! お疲れさまです。先輩は今からですか?」
「お、『ステラ』じゃん。おつかれ~~、そっちはいまアガリ?」
お仕事を終えて、着替えに戻ったロッカー室。制服から着替えたタイミングで訪れた人は、バイト先の先輩——南雲さんだった。面倒見がいい人なのだが、こういうちょっとノリが軽いところがある。
脱色してるのにトリートメントとかでちゃんとケアしてるサラサラの髪をなびかせて、いつものごとく源氏名で揶揄ってくる先輩。もう、その名前は恥ずかしいのに……!
「もう、先輩。お仕事終わったんだから、そっちの名前で呼ばないでくださいよ」
「ははっ、ごめんごめん。だってホントに似合ってるからさ」
揶揄っているのは分かっているはずなのに。ついつい反応してしまう私に、先輩はカラカラと笑った。この反応だと、また言ってくるんだろうなぁと分かってしまっているから、ムっと頬を膨らませた。源氏名が似合うなんて、バイト以外ではそんなこと絶対ないのに。
ちょっと不服だけど、これ以上反論しても先輩を面白がらせるだけだ。「はいはい、誉め言葉として受け取っておきます」と軽く流すと、「つれないなぁ」と先輩はニマニマ笑ってロッカーに手をかけた。
「にしても珍しいね。遠野がこの時間のシフトに入るなんて。平日だけど、学校とかダイジョブなん?」
「はい。ちゃんと出席日数とかは考えているので大丈夫ですよ」
「さっすが『ステラ』。抜け目ないなー。でも、慣れない時間帯は大変だったっしょ? おつかれ、そんなアンタにはビタミンCの飴ちゃんあげる」
「わぁ、ありがとうございます! って……は!」
しまった……! ひけらかされた飴を前に、ビンボー症のサガが発動してしまった。だがしかし、反省してももう遅い。反射で手を組んで飴を受け取ってしまう私を、南雲さんはしてやったりという顔で見つめた。
「ふふふ。やっぱ大人ぶってるけど、そういう素直なところはやっぱコドモね」
「あっ、ちがいます。これはその……お礼のために合わせようとした手が、変形してしまっただけでして……」
「ふふっ、いいよ。そういう素直な反応、他の人には見せないもんねー。かわいいもんよ、チョクのコーハイが甘えてくんのは」
「……ありがとう、ございます」
うう、悔しい……。先輩って一見軽そうなのに人のことしっかり見てるから侮れない……。猫みたいな、くりっとして油断ならない目をしてるからかな……。おとなしく飴を受け取ると先輩は「まいど~♪」と軽くヒラヒラ手を振った。
「で、この後はどっか行く予定? もし時間あんなら、商店街とか行ってみれば? あそこの古着屋、新しい服ドドッと入荷してたみたいだし」
「えっ、ホントですか!?」
「ホントホント。なんにしろあーしが昨日見に行ったばっかだしね。流行りの服とかもあった気がするよ? ジユーとかアースとかさ」
「先輩女神です! さすが『スピカ』! ちょうど夏服新しいの用意しなきゃって思ってたんですよ!」
「はは、調子のイイやつめ。まぁいいや……いいのが見つかるといいね、洋服」
「はい! さっそく行ってきます。先輩ありがとう! お疲れさまです!」
やった! 古着屋さんに、もしかしたら私が普段憧れても着られない、オシャレな服があるかもしれない。そう思うと、仕事の疲れも吹き飛んでしまった。期待に胸を高鳴らせたまま元気に退勤の挨拶を済ませると、先輩は「きぃつけなよ~」と手をヒラヒラ振って見送ってくれた。感謝を込めて、私も手を振り返してからお店を──『メイドカフェ twin☆kle』──を後にした。万が一でもお客様に正体がバレないように、目深にキャスケット帽を被った私は急ぎ足で古着屋さんに直行する。