1章
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6月15日(水)
幼い頃、お父さんの朗読が大好きだった。
仕事がお休みで時間があるとき、色々な本を読んでくれた優しい声は、今も褪せることなく記憶の底で響き続けている。子供向けの科学誌だったり、歴史の漫画だったり、有名な絵本だったり、お父さんは声優さんなんじゃないかと思うくらい、それぞれの本を実に臨場感溢れる抑揚とともに読んでくれた。
特に好きだったのは、ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』。あまりに好きすぎて、もう夜も遅いのに朗読をせがんで、やれやれとお父さんを困らせた(けれども結局は読んでくれた)ことは、今でも大切な思い出だ。孤児だった主人公ジュディが一縷の才能と幸運を糧に入学した大学で才能を伸ばし、一人の社会人として自立した末に意中の男性と結婚するというシンデレラストーリー。
ジュディのマメで才気あふれる努力家な人柄も大好きだけれど、私が一番好きなのは彼女が過ごした大学での、瑞々しい思い出の数々だ。
学友たちと一緒に溌溂とスポーツに打ち込むジュディ。孤児院では食べられなかったスイーツに舌鼓を打つジュディ。色とりどりのドレスに目を輝かせ、おしゃれに勤しむジュディ。好きな人とのデートにときめくかわいらしいジュディ。
夢と、心躍るような青春の日々。ジュディの学生生活は、ひとつひとつが映画のワンシーンのように輝いて、いつか私もこんな学生生活を過ごせたらなぁ……なんて瞳を輝かせて憧れたものだ。
でも、現実は厳しい。少なくとも、私にとっては。
ジュディは将来の夢と華やかな青春、そのどちらも選べたけど、私は違った。
私は、片方──将来の夢しか、華やかな青春は選べない。片方を選ぶには、片方を捨てるしかない現実に生きているのだと。
悲しいけれど──物語はしょせん物語でしかないのだと、私はそう現実を生きて知っていた。
……なのに、どういう状況なんだろう。いま現在、私は物語の中でしか起こりえないような出来事を目の当たりにしている。
「遠野さん……? その、大丈夫……?」
倒れこんだ私の目の前に跪いて手を差し伸べてくれる、整った鼻梁と、甘く垂れた紅茶色の瞳が王子様みたいにカッコいいクラスメイト──花村陽介くん。見るからに野暮ったい古着に身を包んだ私は、さしずめ王子に見出されたシンデレラといったところか。
「あの……これ、遠野さんの……だよな?」
だけど私がうっかり落としたのは、ガラスの靴みたいにロマンチックなものじゃない。あきらかに困惑する彼の表情を前にして、混乱と羞恥で私の頭はいっぱいになる。
花村くんが拾い上げたのは──『遠野 灯里』。 私の本名が刻字された定期券と、それから顔写真付きの一枚のカード。そこには学校では目立たない女学生として過ごしているはずの私からは考えられない、女の子らしい薄紅のチークを施し、二重の瞳をぱっちりとメイクで強調し、若さゆえの輝きを存分に押し出して笑う、メイド服の女の子──バイト先での私の姿。と、そして──
【『メイドカフェ twin☆kle』 専属メイド 『ステラ』】
──言い逃れできないほど残酷に、隠したい私の秘密を丸々と暴く一文が載った名刺だった。
「ば、ばれちゃったぁ……」
秘密がバレた。絶対に、特に同じ学校の人には誰であっても知られたくなかった秘密が。悔しさと恥ずかしさをこらえきれなくて力なくこぼれた呟きに、花村くんがぎょっと目を丸くした。
どうしてこんなことになってしまったんだろう? じわりとこみ上げる涙をこらえながら、私は記憶の糸を手繰り寄せる。
幼い頃、お父さんの朗読が大好きだった。
仕事がお休みで時間があるとき、色々な本を読んでくれた優しい声は、今も褪せることなく記憶の底で響き続けている。子供向けの科学誌だったり、歴史の漫画だったり、有名な絵本だったり、お父さんは声優さんなんじゃないかと思うくらい、それぞれの本を実に臨場感溢れる抑揚とともに読んでくれた。
特に好きだったのは、ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』。あまりに好きすぎて、もう夜も遅いのに朗読をせがんで、やれやれとお父さんを困らせた(けれども結局は読んでくれた)ことは、今でも大切な思い出だ。孤児だった主人公ジュディが一縷の才能と幸運を糧に入学した大学で才能を伸ばし、一人の社会人として自立した末に意中の男性と結婚するというシンデレラストーリー。
ジュディのマメで才気あふれる努力家な人柄も大好きだけれど、私が一番好きなのは彼女が過ごした大学での、瑞々しい思い出の数々だ。
学友たちと一緒に溌溂とスポーツに打ち込むジュディ。孤児院では食べられなかったスイーツに舌鼓を打つジュディ。色とりどりのドレスに目を輝かせ、おしゃれに勤しむジュディ。好きな人とのデートにときめくかわいらしいジュディ。
夢と、心躍るような青春の日々。ジュディの学生生活は、ひとつひとつが映画のワンシーンのように輝いて、いつか私もこんな学生生活を過ごせたらなぁ……なんて瞳を輝かせて憧れたものだ。
でも、現実は厳しい。少なくとも、私にとっては。
ジュディは将来の夢と華やかな青春、そのどちらも選べたけど、私は違った。
私は、片方──将来の夢しか、華やかな青春は選べない。片方を選ぶには、片方を捨てるしかない現実に生きているのだと。
悲しいけれど──物語はしょせん物語でしかないのだと、私はそう現実を生きて知っていた。
……なのに、どういう状況なんだろう。いま現在、私は物語の中でしか起こりえないような出来事を目の当たりにしている。
「遠野さん……? その、大丈夫……?」
倒れこんだ私の目の前に跪いて手を差し伸べてくれる、整った鼻梁と、甘く垂れた紅茶色の瞳が王子様みたいにカッコいいクラスメイト──花村陽介くん。見るからに野暮ったい古着に身を包んだ私は、さしずめ王子に見出されたシンデレラといったところか。
「あの……これ、遠野さんの……だよな?」
だけど私がうっかり落としたのは、ガラスの靴みたいにロマンチックなものじゃない。あきらかに困惑する彼の表情を前にして、混乱と羞恥で私の頭はいっぱいになる。
花村くんが拾い上げたのは──『遠野 灯里』。 私の本名が刻字された定期券と、それから顔写真付きの一枚のカード。そこには学校では目立たない女学生として過ごしているはずの私からは考えられない、女の子らしい薄紅のチークを施し、二重の瞳をぱっちりとメイクで強調し、若さゆえの輝きを存分に押し出して笑う、メイド服の女の子──バイト先での私の姿。と、そして──
【『メイドカフェ twin☆kle』 専属メイド 『ステラ』】
──言い逃れできないほど残酷に、隠したい私の秘密を丸々と暴く一文が載った名刺だった。
「ば、ばれちゃったぁ……」
秘密がバレた。絶対に、特に同じ学校の人には誰であっても知られたくなかった秘密が。悔しさと恥ずかしさをこらえきれなくて力なくこぼれた呟きに、花村くんがぎょっと目を丸くした。
どうしてこんなことになってしまったんだろう? じわりとこみ上げる涙をこらえながら、私は記憶の糸を手繰り寄せる。
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