客人〈マレビト〉来たりき
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八十神高校、一学期初日。2-2組の扉がガララッと勢いよく開く。
その下を潜り抜けて、赤いカーディガンを着付けた少女と緑のジャージに袖を通した少女が入室した。長くなよやかな黒髪に、活発そうな茶色の短髪。大和撫子にスポーツ少女と正反対な2人だが、肩が触れあう近しい距離は心を許した間柄のものだ。それもそのはず、彼女たちは学内でも有名な親友コンビなのだから。
近づいてくる2人に気がついて、花村 陽介 と瀬名 瑞月は会話を止める。緑の少女────里中 千枝 が手を振るので、瑞月も振り返してみせた。人懐こいボブカットを揺らしながら、千枝は瑞月の元に駆けよってきた。
「瑞月ちゃん、おはよーっ。お久しぶりー、元気してたー?」
「おはよう千枝さん、この通り、変わりないよ。千枝さんもね」
「おはよう、瑞月ちゃん。これから一年も、よろしくね」
「おはよう、雪子さん。こちらこそよろしく」
千枝の後ろに続いて、赤の少女────天城 雪子 が控えめに笑う。進級しても変わらない2人の笑顔に、瑞月は安心した。それは2人も同じであったらしい。千枝がほっと息をつく。
「いやー。クラス替えどーなるかと思ったけど良かったわー。3人とも同じクラスだもんね」
「うん。みんな離ればなれにならなくて良かったよね」
「ホントだよー。1人とかだったら、絶対昼休みに突撃かけてたもん」
「ちょっとー、里中、天城。俺もいるんだけど」
不服そうに、隣席にいた陽介が自身を指す。千枝は一応という感じで手を振った。
「あーうん、あんたもいたのね。ハイハイよろしくよろしく」
「ちょっ、新学期早々扱いが雑!」
「あ、花村くん、おはよう。いつもと変わらず元気だね」
「あざっす天城! ほーら、里中だってこれくらい──」
「ちょっとうるさいから、静かにしてほしいくらい」
「上げて落とされたッ!?」
手厳しい雪子の指摘に、陽介が撃沈して机につっぷす。その様子が、瑞月にとっては懐かしくて口許を抑えた。
「ふっ、ふふ」
「どったの瑞月ちゃん? 今のそんな面白かった?」
「待ってくれ~瀬名~。これ以上俺を貶めねーでくれー」
「ああ、違うよ。花村を笑ったんじゃないんだ」
「じゃあ、どうしたの?」
雪子が不思議がる。瑞月は3人を視界に納めながら、柔らかく笑った。
「友人が同じクラスにいるというのは、心強くて嬉しいことなのだなぁ、と」
その言葉に、瑞月を除く3人が目を丸くした。
瑞月と陽介・千枝・雪子の4人は去年──つまり一年の頃からの友達だ。クラスメイトとして学校行事をこなし、成りゆきで一緒に過ごすうちに打ち解けて仲良くなった。
そして瑞月にとっては、人生で初めてできた友人たちでもある。ゆえに、今年のクラス替えは柄にもなく不安だったのだ。せっかく、仲良くなった友人たちと離れてしまわないか。
だからこそ、気の許せる友人たちが揃っていて、瑞月は胸を撫で下ろした。目の前で他愛ない会話をする友人たちが、何度も見ても色褪せない写真のように微笑ましいものに見えた。
突然、瑞月はポンと肩を叩かれる。隣にいた陽介がポンポンと軽く、元気づけるように何回も肩を叩く。瑞月は彼の意図を図りかねた。
「ど、どうした。花村」
「いや、なんか……分かるなぁって」
陽介の垂れた優しげな瞳が瑞月を写す。親しみのこもった声で、彼は告げた。
(そういえば……)
陽介の父親は転勤が多かったという。ゆえに、表面上の交遊はあっても親しい友達はいなかったという話を陽介自身が口にしていた。
親しい友達と再び同じクラスになれた。そんな、普通の人たちからすれば当たり前の出来事を体験できなかった人間として、瑞月の心情に共感して、寄り添ってくれたのかもしれない。彼はそういう、優しい人なのだ。
「ま、せっかく一緒のクラスになれたんだ。イロイロ遊んだりとかしよーぜ」
「────うん」
ポンと彼は再び瑞月の肩を叩く。彼の大きな掌とあたたかい体温が瑞月には頼もしい。彼女はふわりと笑って頷く。
「相変わらず、仲がいいね」
「……あんたらは、ホントに」
2人の様子を雪子は微笑ましげに、千枝は渋そうな顔で見つめていた。
千枝は瑞月の前、雪子はその一つ前と、早速席を決めたらしい。「ねね」と座る場所を得た千枝は、嬉々として話し始める。
「このクラス、さっき聞いたんだけど、転校生が入ってくるんだって。ね、雪子」
「うん、さっき廊下で色々な人が話してたもんね」
「ほー、だから教室なんか騒がしかったのか」
納得する陽介に、瑞月は内心で同意する。新学期という理由があるにしても、どうも教室が騒がしかったのだ。今も聞き耳をたてると、『担任モロキンかよー』という八十神高校教師・諸岡金四郎に対する愚痴や、『俺の運命の人はニュースキャスターの『山野真由美』だー』といった訳のわからない自慢話のほか、『転校生』という言葉がちらほら混ざっていた。
陽介はため息をつく。
「転校生って、飽きねーな八十稲羽 は。去年だって俺が来たときすごかったもんなー」
「娯楽の少ない田舎だからな。高校どころか、町単位で顔ぶれの変化がないから、外部から来た新参者は嫌が応にも注目されるのよな。……まぁ、どこの出身かにもよるが」
「おっ、いいとこに注目するねお二方 。なんと、その転校生、都会出身だって!」
「「あ~~」」
瑞月が遠い目をした。陽介も同情ぎみに頬を歪める。時期は違えど、2人は八十稲羽の外部から転校してきた人間である。それこそ瑞月はまだ見ぬ転校生の受難というのが、自身の経験から想像できた。気の毒だが、感想はそれぐらいだ。別段、瑞月が何を思ったとして、転校生の受難が変えられるわけでもないからだ。関わることもないだろう。
しかし、陽介はそうではなかったらしい。
「んで? そのテンコーセーっつのは男? 女?」
「うっわ。やっぱそれ聞くかアンタ」
「なんでそんな『予想どおりー』みたいな顔してヒくんだよ!? だって、都会から来たっつんなら気になんだろ!?」
「あー、そういや花村も都会出身だったね」
千枝が思い出したように指を立てる。そう。陽介も半年前──去年の秋に都会から引っ越してきた人間だ。ゆえに、似た境遇の転校生への興味は湧いて当然と言えた。
「八高 来てばっかの頃は『イケメン王子ー』とか騒がれてたよね。雪子に告白したりして、すぐボロ出て『ガッカリ王子』にジョブチェンジしたけど」
「おい待て里中。なんで俺の恥ずいエピソード暴露大会になってやがる」
「……告白なんてされてないよ?」
「嘘だろ天城サン!? あれワリと勇気振り絞って告白したんスよ?」
「……ごめん。全然、まったく覚えてない」
あまりにも残酷なトドメであった。渾身の告白をキレイさっぱり忘却された陽介は、「ガッ」と呻き声を上げる。そのまま、ヨロヨロと机の上に顔を押し当てた。「花村?」と瑞月は彼の背中に手を添える。とっくとっくと、規則正しい脈が触れる。それから、すぅと静かな寝息を立てた。
「あ、あれ? 花村くん。大丈夫?」
「大丈夫だ。寝たふりのはずが、本当に寝てしまったらしい。昨日のバイトで疲れが溜まっていたのかもしれないな」
「えぇ……爆速じゃん。新学期だってのにくたびれて、ソレっぽさないなぁ」
心配した2人に向かって、瑞月は報告する。しかしあまりにも早い入眠速度である。労るように、瑞月は彼の背をひと撫でした。そうして、千枝が呆れて何かを言いかけた矢先。2-2組の教室、その古ぼけたドアが乱暴に開かれたのだ。
その下を潜り抜けて、赤いカーディガンを着付けた少女と緑のジャージに袖を通した少女が入室した。長くなよやかな黒髪に、活発そうな茶色の短髪。大和撫子にスポーツ少女と正反対な2人だが、肩が触れあう近しい距離は心を許した間柄のものだ。それもそのはず、彼女たちは学内でも有名な親友コンビなのだから。
近づいてくる2人に気がついて、
「瑞月ちゃん、おはよーっ。お久しぶりー、元気してたー?」
「おはよう千枝さん、この通り、変わりないよ。千枝さんもね」
「おはよう、瑞月ちゃん。これから一年も、よろしくね」
「おはよう、雪子さん。こちらこそよろしく」
千枝の後ろに続いて、赤の少女────
「いやー。クラス替えどーなるかと思ったけど良かったわー。3人とも同じクラスだもんね」
「うん。みんな離ればなれにならなくて良かったよね」
「ホントだよー。1人とかだったら、絶対昼休みに突撃かけてたもん」
「ちょっとー、里中、天城。俺もいるんだけど」
不服そうに、隣席にいた陽介が自身を指す。千枝は一応という感じで手を振った。
「あーうん、あんたもいたのね。ハイハイよろしくよろしく」
「ちょっ、新学期早々扱いが雑!」
「あ、花村くん、おはよう。いつもと変わらず元気だね」
「あざっす天城! ほーら、里中だってこれくらい──」
「ちょっとうるさいから、静かにしてほしいくらい」
「上げて落とされたッ!?」
手厳しい雪子の指摘に、陽介が撃沈して机につっぷす。その様子が、瑞月にとっては懐かしくて口許を抑えた。
「ふっ、ふふ」
「どったの瑞月ちゃん? 今のそんな面白かった?」
「待ってくれ~瀬名~。これ以上俺を貶めねーでくれー」
「ああ、違うよ。花村を笑ったんじゃないんだ」
「じゃあ、どうしたの?」
雪子が不思議がる。瑞月は3人を視界に納めながら、柔らかく笑った。
「友人が同じクラスにいるというのは、心強くて嬉しいことなのだなぁ、と」
その言葉に、瑞月を除く3人が目を丸くした。
瑞月と陽介・千枝・雪子の4人は去年──つまり一年の頃からの友達だ。クラスメイトとして学校行事をこなし、成りゆきで一緒に過ごすうちに打ち解けて仲良くなった。
そして瑞月にとっては、人生で初めてできた友人たちでもある。ゆえに、今年のクラス替えは柄にもなく不安だったのだ。せっかく、仲良くなった友人たちと離れてしまわないか。
だからこそ、気の許せる友人たちが揃っていて、瑞月は胸を撫で下ろした。目の前で他愛ない会話をする友人たちが、何度も見ても色褪せない写真のように微笑ましいものに見えた。
突然、瑞月はポンと肩を叩かれる。隣にいた陽介がポンポンと軽く、元気づけるように何回も肩を叩く。瑞月は彼の意図を図りかねた。
「ど、どうした。花村」
「いや、なんか……分かるなぁって」
陽介の垂れた優しげな瞳が瑞月を写す。親しみのこもった声で、彼は告げた。
(そういえば……)
陽介の父親は転勤が多かったという。ゆえに、表面上の交遊はあっても親しい友達はいなかったという話を陽介自身が口にしていた。
親しい友達と再び同じクラスになれた。そんな、普通の人たちからすれば当たり前の出来事を体験できなかった人間として、瑞月の心情に共感して、寄り添ってくれたのかもしれない。彼はそういう、優しい人なのだ。
「ま、せっかく一緒のクラスになれたんだ。イロイロ遊んだりとかしよーぜ」
「────うん」
ポンと彼は再び瑞月の肩を叩く。彼の大きな掌とあたたかい体温が瑞月には頼もしい。彼女はふわりと笑って頷く。
「相変わらず、仲がいいね」
「……あんたらは、ホントに」
2人の様子を雪子は微笑ましげに、千枝は渋そうな顔で見つめていた。
千枝は瑞月の前、雪子はその一つ前と、早速席を決めたらしい。「ねね」と座る場所を得た千枝は、嬉々として話し始める。
「このクラス、さっき聞いたんだけど、転校生が入ってくるんだって。ね、雪子」
「うん、さっき廊下で色々な人が話してたもんね」
「ほー、だから教室なんか騒がしかったのか」
納得する陽介に、瑞月は内心で同意する。新学期という理由があるにしても、どうも教室が騒がしかったのだ。今も聞き耳をたてると、『担任モロキンかよー』という八十神高校教師・諸岡金四郎に対する愚痴や、『俺の運命の人はニュースキャスターの『山野真由美』だー』といった訳のわからない自慢話のほか、『転校生』という言葉がちらほら混ざっていた。
陽介はため息をつく。
「転校生って、飽きねーな
「娯楽の少ない田舎だからな。高校どころか、町単位で顔ぶれの変化がないから、外部から来た新参者は嫌が応にも注目されるのよな。……まぁ、どこの出身かにもよるが」
「おっ、いいとこに注目するねお
「「あ~~」」
瑞月が遠い目をした。陽介も同情ぎみに頬を歪める。時期は違えど、2人は八十稲羽の外部から転校してきた人間である。それこそ瑞月はまだ見ぬ転校生の受難というのが、自身の経験から想像できた。気の毒だが、感想はそれぐらいだ。別段、瑞月が何を思ったとして、転校生の受難が変えられるわけでもないからだ。関わることもないだろう。
しかし、陽介はそうではなかったらしい。
「んで? そのテンコーセーっつのは男? 女?」
「うっわ。やっぱそれ聞くかアンタ」
「なんでそんな『予想どおりー』みたいな顔してヒくんだよ!? だって、都会から来たっつんなら気になんだろ!?」
「あー、そういや花村も都会出身だったね」
千枝が思い出したように指を立てる。そう。陽介も半年前──去年の秋に都会から引っ越してきた人間だ。ゆえに、似た境遇の転校生への興味は湧いて当然と言えた。
「
「おい待て里中。なんで俺の恥ずいエピソード暴露大会になってやがる」
「……告白なんてされてないよ?」
「嘘だろ天城サン!? あれワリと勇気振り絞って告白したんスよ?」
「……ごめん。全然、まったく覚えてない」
あまりにも残酷なトドメであった。渾身の告白をキレイさっぱり忘却された陽介は、「ガッ」と呻き声を上げる。そのまま、ヨロヨロと机の上に顔を押し当てた。「花村?」と瑞月は彼の背中に手を添える。とっくとっくと、規則正しい脈が触れる。それから、すぅと静かな寝息を立てた。
「あ、あれ? 花村くん。大丈夫?」
「大丈夫だ。寝たふりのはずが、本当に寝てしまったらしい。昨日のバイトで疲れが溜まっていたのかもしれないな」
「えぇ……爆速じゃん。新学期だってのにくたびれて、ソレっぽさないなぁ」
心配した2人に向かって、瑞月は報告する。しかしあまりにも早い入眠速度である。労るように、瑞月は彼の背をひと撫でした。そうして、千枝が呆れて何かを言いかけた矢先。2-2組の教室、その古ぼけたドアが乱暴に開かれたのだ。