決意
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「え……?」
『花村は、去年のクリスマスあたりを覚えてるか? 私がきみに、絹手袋を贈った日だ』
去年のクリスマスといえば、覚えている。日直を終えて、屋上にいる瑞月に会いにいったところ、偶然にもそこへ来ていた小西先輩と遭遇したのだ。当時の陽介は瑞月に小西先輩への想いを打ち明けたあとだったから、彼女が小西先輩に不都合な話をしていないか焦ったものだ。
「ああ、でもそれが……?」
『小西先輩はね、君を心配していたよ』
陽介は目を見開く。瑞月の告白に、陽介は信じられない思いだった。だって小西先輩は、陽介をウザイと思っていたはずだ。だが疑問を挟む隙もなく、瑞月は小西先輩との思い出を語り続ける。
『『お人好しで、イロイロ抱え込みすぎるから無理してないか見てやって』って……あの日ね、きみを前にして何を話したか誤魔化してしまったけど……ほんとうは、きみが来る前、私は小西先輩と花村について話していたんだよ』
「う、うそとかじゃないんだよな……」
『私が嘘をついていると? 私は嘘は面倒で嫌いなのだがな。誠実でないし、いつか必ずボロが出るくせに、積み重ねる労力が無駄に高いだろう?』
にわかには受け入れられない陽介に対し、瑞月はやんわりと疑ったことを窘めてみせる。陽介ははっとした。たしかに今の発言は瑞月に失礼だった。陽介はあわてて謝罪を挟む。
「ご、ごめん。ちょっと……信じらんなくて」
『いい。きみとしても、混乱しているんだろう。だが、私が嘘をついていないことは分かってくれ』
「ああ。でもさ、俺が瀬名の友達だったから、俺のメンツを立てて瀬名に自分の印象を良くしようと思ったとか、そういうんじゃね? 社交辞令的な」
『……それを私相手にやる意味は薄いがな。私はジュネスのアルバイターではないのだから、私に花村のフォローを頼んだといって、バイトの効率が直接上がるわけでもないだろう』
たしかにそうだ。陽介と小西先輩の主な繋がりはアルバイトだった。そこに瑞月は入っておらず、瑞月にフォローを頼み込んだとして、ジュネスのアルバイトに直接役立つ訳ではない。はっと、陽介が息を呑む隙に『それに』と瑞月は畳みかけた。
『それに私は、正直小西先輩との仲は良好とは言えなかった人間だ。彼女がそうするしかなかったとはいえ、私は彼女に頭を下げさせたのだから。……そんな人間にわざわざ自分を売り込むためだけに、後輩の世話を頼み込むとは思わんがな』
「……!」
なのにどうして、小西先輩は瑞月に陽介を頼む旨の伝言を伝えたのか。湧きあがった陽介の疑問を、瑞月は汲み取って答える。
『きみが人づてで、小西先輩に悪く思われていたと知ってしまったのは分かった。……ただ、私はそれだけではない……と思うよ。あの人は、花村をたしかに心配していた。お人好しで、なにかと背負い込むことの多い……今も、小西先輩について何かしてあげられなかったって真剣に悩んでいる、花村のことを』
「そう、なのかなぁ……」
力なく、陽介は溢す。瑞月はそう言ってくれるが、霧にまみれた世界で聞いた辛辣な本音は、生々しいほどに小西先輩の声だった。末期の恨み節にも等しい言葉を聞いてしまった身としては、とても信じられない。
『今となっては、分からないがな……。ただ、人に抱く感情が良いもの一つではないときみは知っているだろう? 私がきみを気にかける理由が、親しさだけではないように』
「!」
滲んだ視界が、少しだけ晴れたような心地がした。
陽介もそうだった。小西先輩が死んだ理由が知りたいとテレビの中に向かったときに、理由が知りたいとがむしゃらに叫んだ心と、八十稲羽への退屈に辟易する心があったように。
養子として八十稲羽にやってきた瑞月が、純粋な友愛だけではなく、八十稲羽でつまはじきにされた過去の自分と似た境遇の陽介を重ねていて、そのときの、何もできなかった悔しさを繰り返したくはないからと、陽介を助けてくれるように。
小西先輩もそうだったのかもしれない。彼女だって聖人では、ない。陽介と年がひとつしか離れていないくらいの高校生だ。他人との関係に葛藤を抱いて、清濁つかない感情を抱いていたことは不自然ではなくて。
「……うん。そう……そうだな。人の気持ちって、そんな単純なもんじゃ……ねぇもんな」
噛みしめるように告げた陽介に瑞月は、『ああ』とごく穏やかに頷く。
『だから……小西先輩の優しさの裏側を探って思いつめるな。その……きみも辛いだろう。信じていた人の優しさを疑うのは。それに……小西先輩の本音がどうであれ、その優しさがきみを助けていた事実は変わらないと、私は思う』
「……うん」
瑞月に諭され、陽介はこくんと、子供みたいに頷く。本音の部分でウザいと思われていたとしても、瑞月との仲について相談に乗ってもらったり、その他にも助けてもらったことがあった。どんな本音があったとしてもその優しさに、陽介は助けられていたのだから。
ならばきっと、過去に受けた小西先輩の優しさを、無理に疑ったり、なかったことにしたりする必要はないのだ。陽介は首を振り、深く息をつく。
「ありがとな。瀬名、ちょっと……気持ち楽になった」
『別に……礼には及ばない』
陽介は苦笑する。きっと携帯からぷいっと顔を逸らして、頬をほんのりと赤く染めているであろう彼女を。感謝されるのに慣れなくて、そっけなくなってしまうのはいつも通りらしい。
なんてことのない、『平穏』な彼女とのやり取りは、大木に寄りかかっているような安心感がある。たとえ、テレビの中の奇妙な異世界で、怪物に殺されかけた後であっても。
それは、彼女はいつだって揺らがない存在だから。いや、揺らいだとして絶対に挫けたりはしない。傷ついたとしても、歯を食いしばって必ず前に進んでいく。陽介はそんな──何度も泥の大波に襲われても、無情な偶然に傷つけられようとも折れず、成長することをやめない大木のような在り方に憧れている。
「なぁ、瀬名」
『どうした、花村』
だから、ふと尋ねてみたいと思った。
「瀬名はさ、一生取り返しのつかない失敗したらどうする?」