決意
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「つか、古典の課題って……俺苦手だからダリーわ。まさかムズかったりとかする?」
そんな重苦しい決意を、お得意の軽薄さで覆い隠す。細心の注意を払ったおかげか、陽介の隠した不調は、やはり瑞月に気取られていないようだった。陽介の疑問に、いつもの落ち着いた様子で瑞月は答える。
『それほどでも。和歌の品詞や単語について調べてこいというものだな。一年時の復習が目的らしいから、現代語訳の乗っている国語便覧を使えばスムーズにできるだろう』
「お、マジか。サンキュー、攻略法まで見つけてくれてて助かる。おっけー。ソッコーで終わらせるわ」
瑞月のアドバイスにしたがって、陽介は学習机に放ってあった便覧をとってきた。それから、瑞月と雑談を交わしながら訳を見比べて課題を進めていく。しかし順調だった課題はある和歌を前にしてピタリと止まってしまった。
“あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな”
別段、難しい問題ではなかった。古典が苦手な陽介でも分かるほど、品詞も単語も平易だから、意味なんて簡単に分かった。だからこそ、陽介は止まってしまう。
“私はまもなく死んでしまうでしょうが、あの世への思い出として、せめてもう一度貴方にお逢いしとうございます”
──その歌が死別と恋について詠んだ歌だったから。
『────花村?』
「あ、ごめん……。ちょっと、ぼっとしてさ」
心配そうな瑞月の声に我に返る。意味に釘付けになって、瑞月との会話がすっ飛んでしまった。死ぬ前に逢いたいだなんて、よほど忘れられない恋をしていたのだろうと考えてしまって。沈黙をごまかすため、陽介はなんとかとりとめもない話題を口にした。
「……にしても、こういう昔の人が書いた詩ってさ、愛だの恋だのロマンチックなの多いよな。特に和歌とかそういうの。他に書くこととかなかったんかね?」
『身も蓋もない言い方だな。……あの時代、和歌は恋文代わりだったというのが、一つの理由ではないか?』
「ゲ、それなんかヤダな。自分が死んだ後に書いたラブレターバラされるとか」
とりとめもない会話を続けながら、陽介は便覧のページをパラパラと捲ってみる。ちらりと目にしただけでも、様々な恋の歌が乗っていた。だが、必ずしも幸せな歌とは限らない。
失恋、停滞、破局、片想い。言の葉の組み合わせも、背景も違う、実に多種多様な恋の苦悩が綴られていた。それらをひととおり見て、陽介は胸にじくりと痛む切なさを抱えたまま呟く。
「……なんで、恋なんて、しちゃうんだろうな。恋が叶うかとか、そもそも同じ想いを相手が持ってるかも、分からないのに」
『…………』
瞬間、瑞月が黙りこくった。いきなり途切れた会話を不審に思い、己の発言を振り返って、陽介は青ざめる。
瑞月は小西先輩に陽介が抱いた恋心を知る人間だ。つまり、彼女は小西先輩の死によって、陽介の恋が叶わなくなったと知っている。いまの陽介の発言は失恋の傷をひけらかすようでみっともない。
それ以前に、死んだばかりの人間を連想させる話題を出すなど不謹慎が過ぎる。陽介は慌てて誤魔化しにかかった。
「あ、ごめ。ちょっと、口滑ったっつーか……」
『────小西先輩のことか?』
携帯越しに聞こえる、瑞月の静かな問いかけに図星を突かれて、陽介は口ごもる。返答に窮する陽介に瑞月は何も言わず、かといって呆れて通話を切る気配もない。陽介はあわてて取り繕った。
「いや、その……なんでもないって」
『残念だが、『なんでもない』は、私にとって信頼性がもっとも低い発言よ。『なんでもない』は『なんでもなくない』。『なんでもない』と言う人間ほど、隠し事をしている確率が高いとは、とんだ皮肉よなぁ』
「いやだから、ホントに、なんでもないんだって」
『……では言わせてもらうが、全校集会が終わったあと、精神的に『なんでもない』人間がどうして雨ざらしになっていた。どうして今、口を滑らせて動揺しているというのだ』
畳み掛ける瑞月の指摘は鋭い。ぴしゃりと張りのある声に、陽介は下唇を噛む。抱えて心の奥に閉じ込めた弱さが溢れだしてしまいそうだから。だが、ほとんど意味のない抵抗だ。
気づいたら最後。瑞月は絶対に、陽介が抱えた弱さや傷をそのまま見逃してくれたことなんてないのだから。
「…………聞いてて、楽しい話じゃねぇぞ」
ポツリと零れた陽介のささやきは弱々しい。だが、いまにも零れ落ちてしまいそうな陽介の弱さを包み込むように、瑞月は穏やかな声で応える。
『別に、気にしないさ。楽しい話は普段沢山しているし、いつも楽しい話ばかりしているばかりでもないだろう? 今回は特に真剣な話だった。それだけだ』
「なにそれ、ちょうザックリじゃん……」
『楽しい話も苦しい話も、きみの話なら等しく聞くに値するというだけだ。だから、なんてことないよ。花村の話がどんなものだって。……さいわい、話す時間はたんとあるしな』
陽介の最終通告におだやかに、しかしきっぱりと、瑞月は言い切る。彼女の優しい言葉に、陽介は強く、耳に当てたスマホを握りしめた。同時に気がつく。彼女がどうして夜の話相手に陽介を選んだか。
自慢ではないが、陽介は一緒に勉強する人材には向かない。だいたい問題文にツッコミを入れたり、他のものに目移りして勉強から脱線するからだ。課題ならば、瑞月と同じくらい頭のいい雪子と一緒に取り組んだり、もしくは休憩してから一人で黙々と取り組んだり、陽介に頼らない、違う選択肢だってとれたはずだ。
だからきっと、瑞月が陽介に電話をかけた理由は、単純に陽介を気にかけたのだろう。小西先輩の訃報を聞いてあからさまにショックを受けていた陽介を。そんな心遣いを悟ってしまったなら、話さない選択なんて、できない。
そんな重苦しい決意を、お得意の軽薄さで覆い隠す。細心の注意を払ったおかげか、陽介の隠した不調は、やはり瑞月に気取られていないようだった。陽介の疑問に、いつもの落ち着いた様子で瑞月は答える。
『それほどでも。和歌の品詞や単語について調べてこいというものだな。一年時の復習が目的らしいから、現代語訳の乗っている国語便覧を使えばスムーズにできるだろう』
「お、マジか。サンキュー、攻略法まで見つけてくれてて助かる。おっけー。ソッコーで終わらせるわ」
瑞月のアドバイスにしたがって、陽介は学習机に放ってあった便覧をとってきた。それから、瑞月と雑談を交わしながら訳を見比べて課題を進めていく。しかし順調だった課題はある和歌を前にしてピタリと止まってしまった。
“あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな”
別段、難しい問題ではなかった。古典が苦手な陽介でも分かるほど、品詞も単語も平易だから、意味なんて簡単に分かった。だからこそ、陽介は止まってしまう。
“私はまもなく死んでしまうでしょうが、あの世への思い出として、せめてもう一度貴方にお逢いしとうございます”
──その歌が死別と恋について詠んだ歌だったから。
『────花村?』
「あ、ごめん……。ちょっと、ぼっとしてさ」
心配そうな瑞月の声に我に返る。意味に釘付けになって、瑞月との会話がすっ飛んでしまった。死ぬ前に逢いたいだなんて、よほど忘れられない恋をしていたのだろうと考えてしまって。沈黙をごまかすため、陽介はなんとかとりとめもない話題を口にした。
「……にしても、こういう昔の人が書いた詩ってさ、愛だの恋だのロマンチックなの多いよな。特に和歌とかそういうの。他に書くこととかなかったんかね?」
『身も蓋もない言い方だな。……あの時代、和歌は恋文代わりだったというのが、一つの理由ではないか?』
「ゲ、それなんかヤダな。自分が死んだ後に書いたラブレターバラされるとか」
とりとめもない会話を続けながら、陽介は便覧のページをパラパラと捲ってみる。ちらりと目にしただけでも、様々な恋の歌が乗っていた。だが、必ずしも幸せな歌とは限らない。
失恋、停滞、破局、片想い。言の葉の組み合わせも、背景も違う、実に多種多様な恋の苦悩が綴られていた。それらをひととおり見て、陽介は胸にじくりと痛む切なさを抱えたまま呟く。
「……なんで、恋なんて、しちゃうんだろうな。恋が叶うかとか、そもそも同じ想いを相手が持ってるかも、分からないのに」
『…………』
瞬間、瑞月が黙りこくった。いきなり途切れた会話を不審に思い、己の発言を振り返って、陽介は青ざめる。
瑞月は小西先輩に陽介が抱いた恋心を知る人間だ。つまり、彼女は小西先輩の死によって、陽介の恋が叶わなくなったと知っている。いまの陽介の発言は失恋の傷をひけらかすようでみっともない。
それ以前に、死んだばかりの人間を連想させる話題を出すなど不謹慎が過ぎる。陽介は慌てて誤魔化しにかかった。
「あ、ごめ。ちょっと、口滑ったっつーか……」
『────小西先輩のことか?』
携帯越しに聞こえる、瑞月の静かな問いかけに図星を突かれて、陽介は口ごもる。返答に窮する陽介に瑞月は何も言わず、かといって呆れて通話を切る気配もない。陽介はあわてて取り繕った。
「いや、その……なんでもないって」
『残念だが、『なんでもない』は、私にとって信頼性がもっとも低い発言よ。『なんでもない』は『なんでもなくない』。『なんでもない』と言う人間ほど、隠し事をしている確率が高いとは、とんだ皮肉よなぁ』
「いやだから、ホントに、なんでもないんだって」
『……では言わせてもらうが、全校集会が終わったあと、精神的に『なんでもない』人間がどうして雨ざらしになっていた。どうして今、口を滑らせて動揺しているというのだ』
畳み掛ける瑞月の指摘は鋭い。ぴしゃりと張りのある声に、陽介は下唇を噛む。抱えて心の奥に閉じ込めた弱さが溢れだしてしまいそうだから。だが、ほとんど意味のない抵抗だ。
気づいたら最後。瑞月は絶対に、陽介が抱えた弱さや傷をそのまま見逃してくれたことなんてないのだから。
「…………聞いてて、楽しい話じゃねぇぞ」
ポツリと零れた陽介のささやきは弱々しい。だが、いまにも零れ落ちてしまいそうな陽介の弱さを包み込むように、瑞月は穏やかな声で応える。
『別に、気にしないさ。楽しい話は普段沢山しているし、いつも楽しい話ばかりしているばかりでもないだろう? 今回は特に真剣な話だった。それだけだ』
「なにそれ、ちょうザックリじゃん……」
『楽しい話も苦しい話も、きみの話なら等しく聞くに値するというだけだ。だから、なんてことないよ。花村の話がどんなものだって。……さいわい、話す時間はたんとあるしな』
陽介の最終通告におだやかに、しかしきっぱりと、瑞月は言い切る。彼女の優しい言葉に、陽介は強く、耳に当てたスマホを握りしめた。同時に気がつく。彼女がどうして夜の話相手に陽介を選んだか。
自慢ではないが、陽介は一緒に勉強する人材には向かない。だいたい問題文にツッコミを入れたり、他のものに目移りして勉強から脱線するからだ。課題ならば、瑞月と同じくらい頭のいい雪子と一緒に取り組んだり、もしくは休憩してから一人で黙々と取り組んだり、陽介に頼らない、違う選択肢だってとれたはずだ。
だからきっと、瑞月が陽介に電話をかけた理由は、単純に陽介を気にかけたのだろう。小西先輩の訃報を聞いてあからさまにショックを受けていた陽介を。そんな心遣いを悟ってしまったなら、話さない選択なんて、できない。