決意
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「いやー、助かった助かった。すっかり頭から抜けてたわ。新学期そうそう課題スッポかしたとかなったらヤベーもんな」
『古典は特にな。細井先生の場合、成績評価に平常点が多めだから。課題をちゃんと出しておけば、テストの成績が悪くてもカバーが効くし』
「うっわ、そうなの? 何気なくやってたけど、そう聞くといい加減にはできねーな。つかそのお役立ち情報、どっから仕入れてきたんだよ」
『本人から聞いた。日直の仕事で課題を届けたら、偶然話をしてくださってな。ちなみに、他の先生は──』
などと、瑞月との雑談混じりに陽介は課題をローテーブルに広げる。着信を確認したときは、シャドウによる暴露を思い出してドギマギしたけれど、話を始めると平気だった。
瑞月の声が学校で話すときとなんら変わりない、落ち着いた様子だったから。陽介がどんな執着を抱いていようとも、いくつもの穏やかな時間を共に過ごしてきた瑞月は、陽介にとって心安らぐ存在であることには変わりがない。
(まぁ……それも電話越しだからかもしれないけど……)
陽介は心の中で独りごちる。正直、瑞月と直接顔を突き合わせたのなら動揺しない自信はない。己の《影》から、あんなにも生々しい自分の本音を聞かされた後だ。平生ではいられない。
(だけど……)
陽介は目蓋を閉じる。瑞月を自分のものにしてしまいたいという強い望みは、確かに陽介の中にあるものだ。けれど同時に、彼女と続いている”親友”としての、今の関係を大切にしたいという望みも同じくらい強さで陽介は抱いている。
そのどちらの想いも嘘ではないと、己の《影》を倒した直後に、悠から掛けられた言葉によって気がついたのだ。親友としての感情も、それ以上を求める執着も、どちらも瀬名瑞月という女の子の存在が、花村陽介の中で大きなウェイトを占めているからこそ生じる想いであると。
そして相反する想いが望むところも、結局同じだ。つまり陽介は、瑞月という存在を己から離したくないのだ。ならば、今の陽介に取れる最善はおのずと一つに絞られてくる。
すなわち、瑞月との友人関係を維持すること。
だから陽介は、努力しようと決めた。たとえ瑞月に親友以上の想いを抱いているとしても、それを今は瑞月に見せないようにしようと。自覚してしまったことで、苦しくなることもあるかもしれない。抑圧の枷から解放され、自覚してしまった想いが、陽介を責め苛むかもしれない。
(だけど、それは、俺の苦しみだ)
陽介はかたく目を閉じた。そうして己の中で激しい大波のように揺れる気持ちを俯瞰し、白く波しぶきを上げるそれらを、努めて冷静に見つめる。すると、陽介に見られることを──否定されないことを察したのか、陽介の心のざわめきは徐々に治まってきた。穏やかさを取り戻した心の水面を前にして、陽介はふっと息を吐く。
陽介が瑞月に抱く想いは、陽介の問題だ。陽介が勝手に抱いてしまった気持ちなのだから、瑞月は関係がない。ゆえに、瑞月に見せて不安がらせるものであってはならないし、もちろん彼女との関係に亀裂を入れさせるような地雷になってはならない。
(だから俺は……飲み込もうって決めた)
ときに胸を絞めつけるほど切なく、ときに血が煮えたぎるほどに獰猛なこの想いを飲み込んで、瑞月と”親友”であり続ける道を選んだ。
それはきっと身を引き裂かれるように辛い道かもしれない。自覚した分の激情に内側から焼かれ、渇きにも似た切望に身悶え、止める術を得られない悲嘆に暮れるかもしれない。
(それでも──)
陽介は思う。そんなもの、瑞月がそばにいてくれるならどうでもいいと。
陽介がもっとも恐れるのは、瑞月が自分の傍からいなくなってしまうことだ。
八十稲羽の住民から陰湿な嫌がらせにも、バイト先のジュネスで投げかけられる理不尽な罵詈雑言にも耐えられる。石を投げられ、傷つけられるのは──悲しいことには変わりないけれど──歯を食いしばって耐えられる。
けれど────瑞月がいなくなってしまうことは、耐えられない。
傷だらけの陽介を何も言わずに抱きしめてくれる、泥だらけの手を躊躇いもなく取ってくれる、あの、唯一無二の────しいて言うなら、冬の終わりを告げる春風のような────あたたかなぬくもりが離れてしまうことだけは、耐えられない。
(……だから、俺は────)
耐えられる。あの子の隣にいられるのなら、自分はどんな苦しみにだって苛まれてもいい。瑞月との絆が、厳めしい鎖で己の首を絞めつけるような苦悶を強いたとしても、それがあの子への想いの証明であるなら、陽介は喜んでその鎖に繋がれてやる。
『古典は特にな。細井先生の場合、成績評価に平常点が多めだから。課題をちゃんと出しておけば、テストの成績が悪くてもカバーが効くし』
「うっわ、そうなの? 何気なくやってたけど、そう聞くといい加減にはできねーな。つかそのお役立ち情報、どっから仕入れてきたんだよ」
『本人から聞いた。日直の仕事で課題を届けたら、偶然話をしてくださってな。ちなみに、他の先生は──』
などと、瑞月との雑談混じりに陽介は課題をローテーブルに広げる。着信を確認したときは、シャドウによる暴露を思い出してドギマギしたけれど、話を始めると平気だった。
瑞月の声が学校で話すときとなんら変わりない、落ち着いた様子だったから。陽介がどんな執着を抱いていようとも、いくつもの穏やかな時間を共に過ごしてきた瑞月は、陽介にとって心安らぐ存在であることには変わりがない。
(まぁ……それも電話越しだからかもしれないけど……)
陽介は心の中で独りごちる。正直、瑞月と直接顔を突き合わせたのなら動揺しない自信はない。己の《影》から、あんなにも生々しい自分の本音を聞かされた後だ。平生ではいられない。
(だけど……)
陽介は目蓋を閉じる。瑞月を自分のものにしてしまいたいという強い望みは、確かに陽介の中にあるものだ。けれど同時に、彼女と続いている”親友”としての、今の関係を大切にしたいという望みも同じくらい強さで陽介は抱いている。
そのどちらの想いも嘘ではないと、己の《影》を倒した直後に、悠から掛けられた言葉によって気がついたのだ。親友としての感情も、それ以上を求める執着も、どちらも瀬名瑞月という女の子の存在が、花村陽介の中で大きなウェイトを占めているからこそ生じる想いであると。
そして相反する想いが望むところも、結局同じだ。つまり陽介は、瑞月という存在を己から離したくないのだ。ならば、今の陽介に取れる最善はおのずと一つに絞られてくる。
すなわち、瑞月との友人関係を維持すること。
だから陽介は、努力しようと決めた。たとえ瑞月に親友以上の想いを抱いているとしても、それを今は瑞月に見せないようにしようと。自覚してしまったことで、苦しくなることもあるかもしれない。抑圧の枷から解放され、自覚してしまった想いが、陽介を責め苛むかもしれない。
(だけど、それは、俺の苦しみだ)
陽介はかたく目を閉じた。そうして己の中で激しい大波のように揺れる気持ちを俯瞰し、白く波しぶきを上げるそれらを、努めて冷静に見つめる。すると、陽介に見られることを──否定されないことを察したのか、陽介の心のざわめきは徐々に治まってきた。穏やかさを取り戻した心の水面を前にして、陽介はふっと息を吐く。
陽介が瑞月に抱く想いは、陽介の問題だ。陽介が勝手に抱いてしまった気持ちなのだから、瑞月は関係がない。ゆえに、瑞月に見せて不安がらせるものであってはならないし、もちろん彼女との関係に亀裂を入れさせるような地雷になってはならない。
(だから俺は……飲み込もうって決めた)
ときに胸を絞めつけるほど切なく、ときに血が煮えたぎるほどに獰猛なこの想いを飲み込んで、瑞月と”親友”であり続ける道を選んだ。
それはきっと身を引き裂かれるように辛い道かもしれない。自覚した分の激情に内側から焼かれ、渇きにも似た切望に身悶え、止める術を得られない悲嘆に暮れるかもしれない。
(それでも──)
陽介は思う。そんなもの、瑞月がそばにいてくれるならどうでもいいと。
陽介がもっとも恐れるのは、瑞月が自分の傍からいなくなってしまうことだ。
八十稲羽の住民から陰湿な嫌がらせにも、バイト先のジュネスで投げかけられる理不尽な罵詈雑言にも耐えられる。石を投げられ、傷つけられるのは──悲しいことには変わりないけれど──歯を食いしばって耐えられる。
けれど────瑞月がいなくなってしまうことは、耐えられない。
傷だらけの陽介を何も言わずに抱きしめてくれる、泥だらけの手を躊躇いもなく取ってくれる、あの、唯一無二の────しいて言うなら、冬の終わりを告げる春風のような────あたたかなぬくもりが離れてしまうことだけは、耐えられない。
(……だから、俺は────)
耐えられる。あの子の隣にいられるのなら、自分はどんな苦しみにだって苛まれてもいい。瑞月との絆が、厳めしい鎖で己の首を絞めつけるような苦悶を強いたとしても、それがあの子への想いの証明であるなら、陽介は喜んでその鎖に繋がれてやる。