抑圧した心
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◇◇◇
危険な場所ではあった。がしかし、その分だけ得た収穫は大きいものだったといえる。無事にエントランスへと戻った男2人の呼吸が整ったところで、2人と一匹で異様な商店街で手に入れた情報をすり合わせる。
「ココにいるシャドウは、元は外の人間たちの抑圧された心が生み出したものクマ。さっきのヨースケが分かりやすいクマね。自分の見たくないココロ、認めたくない気持ち、そういうのが人間から切り離されて、仕組みは分かんないけど、いつの間にかこっちにたどり着くクマよ」
「そうして、この霧で覆われた世界で”抑圧された心”からシャドウができあがると……」
「そうクマ。さすがセンセークマね。大抵はコッチにたどりつくまでに”自分が何から生まれたか”は忘れて、ヘンな形になるクマね。大抵、なーんも考えてないからそこら辺をウヨウヨしてて、力もそんなにないクマ」
つまり、雑魚ということだろう。確認してみたところ、悠たちが初日に遭遇した、ゴムまりに口を生やしたようなシャドウ──『アブルリー』という名前だそうだ──がこれにあたるらしい。
「でも、今回センセイが戦った、陽介から生まれたヤツの場合は違うクマね」
「違う? 生まれたてだったとか?」
「おお、ヨースケ鋭い! そうクマ。コッチの世界に直接ヒューッて落っこちきた人からは、《影》が直接生まれるクマ。そこら辺のシャドウと違って、意志を持ってて、本人と姿が似ているのが特徴ね。力も比べ物にならないくらい強くて、襲われたらひとたまりないクマ。それから必ず、自分を抑圧していた宿主から自由になろうとするクマ」
その結果を、もう2人は知っている。抑圧から解き放たれた心たるシャドウは、己を抑圧する楔たる宿主を猛烈な殺意とともに全力で仕留めにかかる。陽介は自身から生まれた《影》に襲われた記憶から、ある推論を口にした。
「……クマ、お前さっき小西先輩がシャドウに襲われたんじゃないかって言ったよな。っつーことは、先輩も自分の《影》を否定して、暴走させたのか?」
「……それもあるかもしれないけど、きっと霧が晴れたせいじゃないかな……」
「そういえば、『霧が晴れるとシャドウが暴れる』って言ってたよな」
悠の問いに、クマはこくりと頷く。
「うん。シャドウはね、霧が晴れるとみんな暴走するクマよ。きっと、ヨースケから出たシャドウみたいに”意志のある強いシャドウ”を核にして、弱いシャドウを吸収して、強くなって、それで……」
そこまで言うと、クマはペタンと耳を倒す。ふさふさした身体を震わせながら。きっと小西先輩の末路を想像して、怖くなってしまったのだろう。クマの内心を汲んだ陽介が、強い口調で引き継ぐ。
「だとすると、2つの事件は偶然なんかじゃねーな。小西先輩との関係も証明されたし……先輩は、誰か悪意を持ったヤツにこっちの世界に放り込まれたんだ」
山野真由美と小西早紀。2人は悠たちと同じ、テレビに入る能力を持った“誰か”にこちらの世界へと入れられた。そして、クマとも会えず、一人で異空間をさまよい、霧の晴れる日に暴走した己の《影》によって、殺された。 その後、現実世界に命を奪われた亡骸だけがどうにかして吐き出されたのだ。
陽介は苦々しく奥歯を噛みしめる。寄る辺もない異世界にひとり迷い込んで、さまよい、恐怖と苦痛と霧のせいで重い身体に囚われ、自分から生まれたシャドウに嬲り殺されるのは、どれほどおぞましい最期だったろうか。慕っていた人間を、卑劣で凄惨な手段で殺した犯人が許せない。腹の奥から、怒りが湧き上がる。
「そして、いまだに犯人は見つかっていない。……犯人は犯行を続けるかもしれない」
落ち着いた悠の声色が、陽介の心を鎮静した。
犯人の未確保と犯行の継続。それこそが、陽介と悠の最も大きな懸念であった。また、こちらへ人が入れられるかもしれない。
人の死が繰り返されるのを、指をくわえて見ているわけにはいかない。けれども、犯人を確保したいが誰か分からない。もどかしさに悠と陽介は頭を抱えた。
「……クマ、センセイたちなら、テレビに入れられた人を助けられると思う」
クマが控えめに切り出したが、黙ってしまった。自信がないのか、だらだらと汗をかく様子に、悠たちへの遠慮が見えた。悠は穏やかに先を促す。
「大丈夫。クマの考えを聞かせてくれ」
「……2人の気配が消えたの、こっちの世界で霧が晴れて、しばらくしてからだった。それは霧が出るまで、シャドウたちは《ペルソナ》を持たない人を襲わないってことクマ。
センセイたちは、シャドウに襲われる危険があるけど、シャドウを倒す力……《ペルソナ》を持ってる。……だから、人が入れられても、センセイたちとクマが協力すれば、助けられると思う」
「そっか! 俺らなら、霧が出る前にソッコー助けられるのか! さっきの俺みたいに」
クマの冴えた提案に陽介は指を鳴らす。隣にいる悠と目が合い、互いに首肯を返す。口に出さずとも、二人の意思は固かった。
テレビの世界を利用する人殺しを捕まえる。もし、また誰かが入れられたとしても、自分たちの力で助け出す。それが陽介たちのやるべきことだった。
悠と陽介で犯行を阻止し、犯人を捕まえる。その決意の後、目的や人柄など、犯人について話し合ったが、特に収穫は得られなかった。2人は陽介のシャドウとの戦闘を終えて、疲労困憊の状態だったから仕方のないことかもしれない。
家に帰って、身体を休めてからまた話し合おう。そう議論を切り上げて、テレビの世界から出るという流れになった。そして、クマが出口を出そうとし──何かに気がついたように足を止めた。
「センセイたち、ちょっと聞いてもいいクマか?」
「ん、なんだよクマ吉」
「どうしたんだ? クマ」
悠と陽介が訪ねると、クマはことりと、そして心底不思議そうに首を傾げる。
「シャドウが人から生まれたなら、クマは何から生まれたクマか……?」
クマの口調は非常にあどけなかった。まるで迷子の子供が、道に迷ったことに遅れて気付いたような、あどけなさ。答えることもできず、陽介たちは困惑する。
「お前、自分の生まれも知らねーのかよ……。 俺たちにそんなの分かるわけねーだろ」
「……クマ、この世界の事ならいくつか知ってる……。けど、自分のことはチンプンカンプンで……センセイたちに出会うまで考えたことなかったクマよ……」
「あぁー、だから何聞いても『クマはクマクマ!』しか言えなかったのか。俺らが訊いても、無駄なわけだ」
出自を全く話さないクマに、陽介はようやく納得する。話さないのではなく、話せないのだ。彼にとって、テレビの中で1人であることは当たり前で、誰かと区別される必要も、出自を話して信頼される必要もなかったのだから。
霧にまみれたテレビの世界で、ひとりぼっちだったクマは偶然出会ってしまった2人に向けて、切なげに眉を下げた。
「……また、ココに来てくれるクマ?」
「うん。約束したからな。な、花村」
「ああ。俺らにとっても、こっちで起こってるコト……もう他人事なんかじゃねーし。それに、お前が協力してくれないと、俺らだって犯人捕まえられねーしな。心配すんな」
か細く呟くクマに、また来ると悠と陽介は約束する。すると先ほどの寂しげな様子はすっかり晴れて、クマは笑顔で跳び跳ねた。2人の再来を信じてくれたようだ。
「そうだったクマ! じゃあ最後にもう一つお願いクマ!」
こちらの世界にくるときは、必ず今日入ってきた入口──ジュネスの大型テレビから入ることをクマは2人に約束させ、出口を出現させた。
クマに手を振り、悠と陽介は現実の世界へ通じる出口のテレビに身体を潜らせる。 クマは2人が見えなくなるまで、いつまでもいつまでも手を振っていた。
危険な場所ではあった。がしかし、その分だけ得た収穫は大きいものだったといえる。無事にエントランスへと戻った男2人の呼吸が整ったところで、2人と一匹で異様な商店街で手に入れた情報をすり合わせる。
「ココにいるシャドウは、元は外の人間たちの抑圧された心が生み出したものクマ。さっきのヨースケが分かりやすいクマね。自分の見たくないココロ、認めたくない気持ち、そういうのが人間から切り離されて、仕組みは分かんないけど、いつの間にかこっちにたどり着くクマよ」
「そうして、この霧で覆われた世界で”抑圧された心”からシャドウができあがると……」
「そうクマ。さすがセンセークマね。大抵はコッチにたどりつくまでに”自分が何から生まれたか”は忘れて、ヘンな形になるクマね。大抵、なーんも考えてないからそこら辺をウヨウヨしてて、力もそんなにないクマ」
つまり、雑魚ということだろう。確認してみたところ、悠たちが初日に遭遇した、ゴムまりに口を生やしたようなシャドウ──『アブルリー』という名前だそうだ──がこれにあたるらしい。
「でも、今回センセイが戦った、陽介から生まれたヤツの場合は違うクマね」
「違う? 生まれたてだったとか?」
「おお、ヨースケ鋭い! そうクマ。コッチの世界に直接ヒューッて落っこちきた人からは、《影》が直接生まれるクマ。そこら辺のシャドウと違って、意志を持ってて、本人と姿が似ているのが特徴ね。力も比べ物にならないくらい強くて、襲われたらひとたまりないクマ。それから必ず、自分を抑圧していた宿主から自由になろうとするクマ」
その結果を、もう2人は知っている。抑圧から解き放たれた心たるシャドウは、己を抑圧する楔たる宿主を猛烈な殺意とともに全力で仕留めにかかる。陽介は自身から生まれた《影》に襲われた記憶から、ある推論を口にした。
「……クマ、お前さっき小西先輩がシャドウに襲われたんじゃないかって言ったよな。っつーことは、先輩も自分の《影》を否定して、暴走させたのか?」
「……それもあるかもしれないけど、きっと霧が晴れたせいじゃないかな……」
「そういえば、『霧が晴れるとシャドウが暴れる』って言ってたよな」
悠の問いに、クマはこくりと頷く。
「うん。シャドウはね、霧が晴れるとみんな暴走するクマよ。きっと、ヨースケから出たシャドウみたいに”意志のある強いシャドウ”を核にして、弱いシャドウを吸収して、強くなって、それで……」
そこまで言うと、クマはペタンと耳を倒す。ふさふさした身体を震わせながら。きっと小西先輩の末路を想像して、怖くなってしまったのだろう。クマの内心を汲んだ陽介が、強い口調で引き継ぐ。
「だとすると、2つの事件は偶然なんかじゃねーな。小西先輩との関係も証明されたし……先輩は、誰か悪意を持ったヤツにこっちの世界に放り込まれたんだ」
山野真由美と小西早紀。2人は悠たちと同じ、テレビに入る能力を持った“誰か”にこちらの世界へと入れられた。そして、クマとも会えず、一人で異空間をさまよい、霧の晴れる日に暴走した己の《影》によって、殺された。 その後、現実世界に命を奪われた亡骸だけがどうにかして吐き出されたのだ。
陽介は苦々しく奥歯を噛みしめる。寄る辺もない異世界にひとり迷い込んで、さまよい、恐怖と苦痛と霧のせいで重い身体に囚われ、自分から生まれたシャドウに嬲り殺されるのは、どれほどおぞましい最期だったろうか。慕っていた人間を、卑劣で凄惨な手段で殺した犯人が許せない。腹の奥から、怒りが湧き上がる。
「そして、いまだに犯人は見つかっていない。……犯人は犯行を続けるかもしれない」
落ち着いた悠の声色が、陽介の心を鎮静した。
犯人の未確保と犯行の継続。それこそが、陽介と悠の最も大きな懸念であった。また、こちらへ人が入れられるかもしれない。
人の死が繰り返されるのを、指をくわえて見ているわけにはいかない。けれども、犯人を確保したいが誰か分からない。もどかしさに悠と陽介は頭を抱えた。
「……クマ、センセイたちなら、テレビに入れられた人を助けられると思う」
クマが控えめに切り出したが、黙ってしまった。自信がないのか、だらだらと汗をかく様子に、悠たちへの遠慮が見えた。悠は穏やかに先を促す。
「大丈夫。クマの考えを聞かせてくれ」
「……2人の気配が消えたの、こっちの世界で霧が晴れて、しばらくしてからだった。それは霧が出るまで、シャドウたちは《ペルソナ》を持たない人を襲わないってことクマ。
センセイたちは、シャドウに襲われる危険があるけど、シャドウを倒す力……《ペルソナ》を持ってる。……だから、人が入れられても、センセイたちとクマが協力すれば、助けられると思う」
「そっか! 俺らなら、霧が出る前にソッコー助けられるのか! さっきの俺みたいに」
クマの冴えた提案に陽介は指を鳴らす。隣にいる悠と目が合い、互いに首肯を返す。口に出さずとも、二人の意思は固かった。
テレビの世界を利用する人殺しを捕まえる。もし、また誰かが入れられたとしても、自分たちの力で助け出す。それが陽介たちのやるべきことだった。
悠と陽介で犯行を阻止し、犯人を捕まえる。その決意の後、目的や人柄など、犯人について話し合ったが、特に収穫は得られなかった。2人は陽介のシャドウとの戦闘を終えて、疲労困憊の状態だったから仕方のないことかもしれない。
家に帰って、身体を休めてからまた話し合おう。そう議論を切り上げて、テレビの世界から出るという流れになった。そして、クマが出口を出そうとし──何かに気がついたように足を止めた。
「センセイたち、ちょっと聞いてもいいクマか?」
「ん、なんだよクマ吉」
「どうしたんだ? クマ」
悠と陽介が訪ねると、クマはことりと、そして心底不思議そうに首を傾げる。
「シャドウが人から生まれたなら、クマは何から生まれたクマか……?」
クマの口調は非常にあどけなかった。まるで迷子の子供が、道に迷ったことに遅れて気付いたような、あどけなさ。答えることもできず、陽介たちは困惑する。
「お前、自分の生まれも知らねーのかよ……。 俺たちにそんなの分かるわけねーだろ」
「……クマ、この世界の事ならいくつか知ってる……。けど、自分のことはチンプンカンプンで……センセイたちに出会うまで考えたことなかったクマよ……」
「あぁー、だから何聞いても『クマはクマクマ!』しか言えなかったのか。俺らが訊いても、無駄なわけだ」
出自を全く話さないクマに、陽介はようやく納得する。話さないのではなく、話せないのだ。彼にとって、テレビの中で1人であることは当たり前で、誰かと区別される必要も、出自を話して信頼される必要もなかったのだから。
霧にまみれたテレビの世界で、ひとりぼっちだったクマは偶然出会ってしまった2人に向けて、切なげに眉を下げた。
「……また、ココに来てくれるクマ?」
「うん。約束したからな。な、花村」
「ああ。俺らにとっても、こっちで起こってるコト……もう他人事なんかじゃねーし。それに、お前が協力してくれないと、俺らだって犯人捕まえられねーしな。心配すんな」
か細く呟くクマに、また来ると悠と陽介は約束する。すると先ほどの寂しげな様子はすっかり晴れて、クマは笑顔で跳び跳ねた。2人の再来を信じてくれたようだ。
「そうだったクマ! じゃあ最後にもう一つお願いクマ!」
こちらの世界にくるときは、必ず今日入ってきた入口──ジュネスの大型テレビから入ることをクマは2人に約束させ、出口を出現させた。
クマに手を振り、悠と陽介は現実の世界へ通じる出口のテレビに身体を潜らせる。 クマは2人が見えなくなるまで、いつまでもいつまでも手を振っていた。