抑圧した心
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◇◇◇
陽介の影を倒した後、2人と一匹はコニシ酒店の外で待機していた。絶えず聞こえ続けた誹謗中傷の数々も、小西先輩の鬱屈した告白ももう聞こえない。酒店を中心に存在していた、小西先輩の思念が薄くなって聞こえなくなったのではないか。というのがクマの推測である。 同時に、クマはこうも悔しそうに地団駄を踏んだ。『あの声から、こっちに悪さした誰かについて、モチッと分かったかも知れないのにーー!』
たしかに、一理ある考えだ。もしも小西先輩の思念が残っていれば、事件について有力な手がかりが得られたかもしれない。
けれど、と陽介は唇を固く結ぶ。無くなって良かったのだ、そんなもの。なぜなら、あれがもし本当に早紀の思念なら、彼女の魂はずっと、この陰鬱で閉塞的な商店街に閉じ込められ続けるはめになっていたかもしれないから。解放という、自由すら得られずに。
陽介はそう自分に言い聞かせ──彼女の声が響かない虚空にむけて切なげに目を細める。
「ヨースケー、お店の中、もう大丈夫クマ。危ない匂いしないから、入っても大丈夫クマよ」
「そっか……分かった」
陽介は再びコニシ酒店に踏み入ろうとして、足が竦む。頭の中で警告音が鳴り響く。
陽介は、これから自分の《影》を受け入れに行く。陽介が抱えた、醜い本音を散々ぶちまけたあの忌まわしい《影》を。
クマいわく、そうしないとまた暴れまくるかもしれないクマ。とのこと。悠も陽介も、テレビに入るたびに死闘を繰り返すのは御免こうむりたかった。ならどうすればと問えば、クマの答えは極めて率直。
『陽介があの《影》を認めればいいクマ。自分の一部なんだって』
先ほどまで《影》を全力で拒絶していた陽介に対して、簡単に言ってくれる。今だって、陽介は怖いのだ。退屈と幼稚なヒーロー願望で小西先輩への恋心を踏みにじり、親友である瑞月に抱いたあるまじき感情を暴露した、もう一人の自分が。
「花村」
ポンと叩かれた肩の方に振り向けば、悠が陽介をまっすぐに見つめた。同情や哀れみはない。シルバーグレイの澄んだ瞳はただ落ち着いて陽介を写す。
「花村がここに来たのは、ただの退屈しのぎや目立ちたいって想いだけじゃないよ。それだけじゃ、こんな……化け物だらけの場所に命がけで踏みいるなんてできない。それと……」
「鳴上?」
「……瀬名への想いはさ、親友って関係を守りたかったからだろ? それって、花村が瀬名との関係をすごく大切にしてるってことだと思うんだ」
すうっと悠は息を注ぐ。やはり彼はみっともない陽介の一面を、何も責めない。陽介のせいで傷まで負ったというのに、どこまでも優しい声音で陽介を諭す。
「だからさ、全部本当なんだよ。大切にしたい想いも、そうでないものも、どれが欠けてもダメで……全部ひっくるめて、花村ってことだ」
「!」
陽介は拳を握りしめる。陽介が認められない、目を反らしたいものを悠は簡単に受け入れてしまった。それが恥ずかしいようで、くすぐったいようで陽介の胸はむずむずする。
「……ちくしょう……ムズイな、自分と向き合うってさ………」
陽介は顔を伏せる。覚悟を決める沈黙ののち、陽介は悠に視線を返す。
「……なあ、鳴上。良かったら……ついてきて、くれないか。俺が逃げないようにさ」
一人だとうまく受け入れられない可能性を考慮して、見届けてくれる立会人に悠を望んだ。
申し訳なさそうに、陽介は俯く。幸いにして悠の怪我は命に別状がないくらいには落ち着いている。が、それでも身体を動かせば痛むものも多い。しかし悠は、穏やかに頷いた。
「ヨースケー! センセーはケガ人クマよーーーっ。ボクもセンセイの杖代わりについていくクマーー!!」
「お前は来なくていいっつのに! あとオレにだけ調子乗ってタメ訊いてんじゃねーぞっ!」
感動のムードを台無しにして、クマが騒ぐ。陽介はため息をついた。いつの間にか、悠への態度が『センセイ』という呼称を含めて改まったものになっていたが、本当は陽介が責められたものではない。
傷だらけになろうとも、自分の心にウソをつかず、陽介たちと自分自身を守り抜いた悠は昔憧れたヒーローのようで、『センセイ』と呼んでしまうのも当然なほど、陽介もカッコよかったと思ったからだ。
陽介の影を倒した後、2人と一匹はコニシ酒店の外で待機していた。絶えず聞こえ続けた誹謗中傷の数々も、小西先輩の鬱屈した告白ももう聞こえない。酒店を中心に存在していた、小西先輩の思念が薄くなって聞こえなくなったのではないか。というのがクマの推測である。 同時に、クマはこうも悔しそうに地団駄を踏んだ。『あの声から、こっちに悪さした誰かについて、モチッと分かったかも知れないのにーー!』
たしかに、一理ある考えだ。もしも小西先輩の思念が残っていれば、事件について有力な手がかりが得られたかもしれない。
けれど、と陽介は唇を固く結ぶ。無くなって良かったのだ、そんなもの。なぜなら、あれがもし本当に早紀の思念なら、彼女の魂はずっと、この陰鬱で閉塞的な商店街に閉じ込められ続けるはめになっていたかもしれないから。解放という、自由すら得られずに。
陽介はそう自分に言い聞かせ──彼女の声が響かない虚空にむけて切なげに目を細める。
「ヨースケー、お店の中、もう大丈夫クマ。危ない匂いしないから、入っても大丈夫クマよ」
「そっか……分かった」
陽介は再びコニシ酒店に踏み入ろうとして、足が竦む。頭の中で警告音が鳴り響く。
陽介は、これから自分の《影》を受け入れに行く。陽介が抱えた、醜い本音を散々ぶちまけたあの忌まわしい《影》を。
クマいわく、そうしないとまた暴れまくるかもしれないクマ。とのこと。悠も陽介も、テレビに入るたびに死闘を繰り返すのは御免こうむりたかった。ならどうすればと問えば、クマの答えは極めて率直。
『陽介があの《影》を認めればいいクマ。自分の一部なんだって』
先ほどまで《影》を全力で拒絶していた陽介に対して、簡単に言ってくれる。今だって、陽介は怖いのだ。退屈と幼稚なヒーロー願望で小西先輩への恋心を踏みにじり、親友である瑞月に抱いたあるまじき感情を暴露した、もう一人の自分が。
「花村」
ポンと叩かれた肩の方に振り向けば、悠が陽介をまっすぐに見つめた。同情や哀れみはない。シルバーグレイの澄んだ瞳はただ落ち着いて陽介を写す。
「花村がここに来たのは、ただの退屈しのぎや目立ちたいって想いだけじゃないよ。それだけじゃ、こんな……化け物だらけの場所に命がけで踏みいるなんてできない。それと……」
「鳴上?」
「……瀬名への想いはさ、親友って関係を守りたかったからだろ? それって、花村が瀬名との関係をすごく大切にしてるってことだと思うんだ」
すうっと悠は息を注ぐ。やはり彼はみっともない陽介の一面を、何も責めない。陽介のせいで傷まで負ったというのに、どこまでも優しい声音で陽介を諭す。
「だからさ、全部本当なんだよ。大切にしたい想いも、そうでないものも、どれが欠けてもダメで……全部ひっくるめて、花村ってことだ」
「!」
陽介は拳を握りしめる。陽介が認められない、目を反らしたいものを悠は簡単に受け入れてしまった。それが恥ずかしいようで、くすぐったいようで陽介の胸はむずむずする。
「……ちくしょう……ムズイな、自分と向き合うってさ………」
陽介は顔を伏せる。覚悟を決める沈黙ののち、陽介は悠に視線を返す。
「……なあ、鳴上。良かったら……ついてきて、くれないか。俺が逃げないようにさ」
一人だとうまく受け入れられない可能性を考慮して、見届けてくれる立会人に悠を望んだ。
申し訳なさそうに、陽介は俯く。幸いにして悠の怪我は命に別状がないくらいには落ち着いている。が、それでも身体を動かせば痛むものも多い。しかし悠は、穏やかに頷いた。
「ヨースケー! センセーはケガ人クマよーーーっ。ボクもセンセイの杖代わりについていくクマーー!!」
「お前は来なくていいっつのに! あとオレにだけ調子乗ってタメ訊いてんじゃねーぞっ!」
感動のムードを台無しにして、クマが騒ぐ。陽介はため息をついた。いつの間にか、悠への態度が『センセイ』という呼称を含めて改まったものになっていたが、本当は陽介が責められたものではない。
傷だらけになろうとも、自分の心にウソをつかず、陽介たちと自分自身を守り抜いた悠は昔憧れたヒーローのようで、『センセイ』と呼んでしまうのも当然なほど、陽介もカッコよかったと思ったからだ。