抑圧した心
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イザナギが陽介の影に吹き飛ばされた。悠が陽介とクマに治療している間、陽介の影──カエルの怪物は一切攻撃を仕掛けてこなかった。帰ってきた悠を、影は獲物を見つけた狩人のように愉快な笑い声をあげた。それはつまり、時間をかけて、悠をなぶることを楽しんでいるからに他ならなかった。
陽介の影は動作が速い。弱点のジオを食らわせたとしても、またたくまに立て直して、広いフィールドでは簡単に距離をとられてしまう。乱雑に生えた鉄骨に、カエルじみた跳躍力と吸盤による粘着性を利用して、自由自在に飛び移った。弱点を突くジオを用いても、障害物を盾にして防がれてしまう。
『おらぁ!! “忘却の風”!』
カエルが風を放つ。重苦しい沈鬱な、息が詰まるような風が悠を襲った。悠はゴルフクラブを適当な突起にひっかけ、吹き飛ばされないように踏ん張る。イザナギは“忘却の風”を苦手としている。遠距離から"忘却の風"を放たれた場合、イザナギは防御に徹するしかなかった。
アスレチックのようなバトルフィールドと、それを十全にいかす陽介の影の機動性。それこそが、悠を苦戦させている理由だった。
────どうにか、隙を作れないか?
ジオを打つ気力も限界が近い。それでも、悠は生き残るために思考する。身体がぐらつく。狡猾なカエルはそれを見逃さなかった。
一気に悠へと間合いを詰める。脳の処理速度を超えた速度で、カエルの巨体が迫る。
瞬間、カエルの身体に液体がぶちまけられた。
『「!?」』
バリィン! と、ガラスの欠片が飛散する。身体にまとわりついた液体に反応した陽介の影は即座に悠への奇襲を取り止めた。瞬時に後方へと跳躍し、悠との距離を稼ぐ。
間一髪助かった悠は、それでも気を緩めない。自分に味方した奇襲の正体を探った。そして、カエルに液体がぶちまけられた真下の床にさらりとした液だまりを発見する。
そこに混じるガラス質の輝く破片と『大吟醸』とプリントされたラベルから、悠は悟る。中身が封入された酒瓶がぶつけられたのだと。
驚くのはそれだけではなかった。酒瓶の軌道の先を辿った悠は信じられない気持ちで、上がっていた息を止めた。
そこには──────陽介がいた。足元に酒瓶が入ったコンテナを転がし、胸元には持てる限りの酒瓶を抱え、今にも投げられる姿勢で片方に一升瓶を掲げている。
「よぉ、鳴上。みっともないとこ見せて悪かったな。俺も加勢するぜ」
「花村っ!」
悠の視線に気づいた陽介が、大胆に笑った。己を奮い立たせる武者震いとともに。
『チッ、何かと思えばお前かよ……。ウゼェ……ウゼェよお前!! 邪魔すんじゃねぇ!!』
陽介を視認したカエルが、アスレチックの間を縫って迫った。最短距離だが、それゆえにフェイントを含まない分、軌道も読みやすい。陽介はカエルの目に狙いをつけたらしい。酒瓶を振りかぶって2本を投擲する。 渾身の力で投げられた高瓶は目標点より若干ずれて着弾した。
『う、うおおぉぉぉ!!!』
しかし、アルコールが目を刺激したらしい。カエルの下半身が身もだえて墜落する。悠はイザナギを召喚。大太刀を振るってカエルの足を切りつける。
「センセー、クマもチカラお貸しするクマーーー!! うおーーー!!」
「クマ!」
アスレチックの影に隠れながら、クマもせっせと酒瓶をカエルに向けて投げつけた。着ぐるみの中に可能な限りに詰めたらく、銀色のチャックから瓶がはみ出ている。移動したカエルの下へとすかさず陽介も駆けつけ、酒瓶を投擲した。
「うらぁ!」
『く……クソッ……こんな…………! ぐはっ……』
絶え間なく酒瓶を投げつけられて陽介の影が悔しそうに呻いた。ダメージにはならずとも、カエルの足元が酒でぬめり、バランスを崩してしまうのだ。起き上がることもままならない。イザナギによる攻撃も機動力を削ぐ要因となった。
しかし渾身の力を込め、ダメージをこらえてなんとか飛び上がったカエルが距離をとる。
『やっぱお前、マジウザいよ……、いいぜ、本気でブッ壊してやる!』
カエルは満身創痍の悠ではなく、陽介に突進した。迫りくる巨体にも恐れず、陽介は心の中で上手くいったとほくそ笑んだ。
***
もう誰かに庇われているだけの自分はおしまいにしよう。
だから、陽介は悠の戦いへ身を投じようと決めた。
目標を決めたのなら、行動あるのみ。陽介にシャドウと渡り合う能力はない。では、何をするか、役割を模索する思考の中、クマの言葉が気にかかった。
『——暴走したシャドウは、自分が自由になりたいがために、抑圧した人間を排除しようとするクマ——』
つまり、陽介のシャドウは陽介を排除するために暴走しているのだ。優先されるべきターゲットは陽介で、悠はその道筋を邪魔しているから攻撃されているに過ぎない。本命は陽介なのだ。
ならば、優先度の高い陽介が囮になれば、悠に手数を与える余裕を生み出せるはずだ。
仮説を元に作戦を立てた。戦場へと改造された酒店には、未開封の酒瓶がゴロゴロ転がっている。ゆえに投擲作戦を思いついたのだ。くわえて対峙する相手は身体が大きく、投擲物も当たりやすいため、勝算の見通しも立つ。
作戦の手筈は揃った。 ならばあとは、地獄の鬼ごっことしゃれこむまでだ。
***
誤算だったのは、カエル──陽介の影──が抱く想像以上の陽介への執着だ。悠とイザナギを追い詰めたトリッキーな動きが失われ、単純かつ直線的な動きで陽介めがけて飛んでくる。
「イザナギ!」
そして、カエルの軌道を読むのは陽介だけではない。
カエルの進路に割り込んだイザナギの腕が、カエルの足を捉えた。突っ込んできた勢いを利用し、背負い投げの要領でカエルを地面に叩きつける。ぐげぇっと潰れた声で呻くカエルに構わず、イザナギは背中に背負った大太刀を引き抜いた。
カエルの胴体めがけて、イザナギは一切の躊躇もなく大太刀を突き刺す。
「────────────────ジオ」
冷徹な命令に、イザナギが応えた。精悍に腕を振るい、紫電が大太刀に直撃する。カエルの内側に向けた電流の直接攻撃。さらには、カエルにまとわりついたアルコールが電撃によって発火した。カエルの表皮がおびただしい炎に飲まれていく。
『ウガアアァアアァアアァァアアアアアアァァァッッ!!!』
大気をつんざくそれは、紛れもなくカエル──陽介の《影》の断末魔だった。悠たちは勝利したのだ。強大な怪物相手に。
カエルの末路を見届けた悠の身体から力が抜ける。イザナギの使役と攻撃の回避、死闘とも呼べる激しい戦闘に身も心も消耗していた。
「……ッ」
もう限界と、身体が地面に崩れ落ちそうになる。しかし、悠を迎え入れたのは硬い地面────ではなく、誰かの腕のぬくもりだった。
「鳴上!」
「花……村?」
切羽詰まった声で陽介が悠に呼び掛けた。陽介は今にも泣きそうな顔で、悠を支えている。そして感極まったかのように、悠を支える腕に力をこめる。
「お前、よくやってくれたよ……。あんな化け物相手にさ……、すげぇよなぁ……お前ヒーローみたいで……そんで……ぐすっ」
陽介が言葉少なに、鼻をすする。悠の傷に触らないよう、陽介は配慮して悠の身体を支えてくれる。こんな緊急時でも、陽介は優しい。ペルソナを持たずに戦おうとしたお前だって勇敢だ。と言いたかったけれど、唇が動かない。
「センセー!! おケガは大丈夫クマーーッ? ヨースケェー!! センセイを抱えて、早く逃げるクマーー!! 2人とも燃えちゃうーー!!」
酒店の入口では、クマがピョンピョンと飛び跳ねていた。目にも鮮やかな着ぐるみは、カエルが燃え立つ黒煙の中でもよく見える。クマが待つ方へ急ぎながらも、陽介は悠の身体を慎重に運んだ。その途中、陽介はずっと同じ言葉を震える声で繰り返していた。
「ありがとうな……。ホントに、ありがとう」
戦ってくれて、守ってくれて、生きていてくれて、諦めないでくれて。
たった一言だというのに、数えきれない万感の想いを込めて、彼は告げる。
ありがとうと。
これが埃と擦り傷にまみれながらも、死を覚悟する激しい闘いの末に、2人と一匹を守りきった悠が手にしたもの。
喉を震わせて懸命に伝えられた感謝と、安堵で涙混じりになった陽介のきれいな笑顔。
それらに悠は、根拠なく確信したのだ。
この光景を、自分は一生忘れないだろうと。
イザナギが陽介の影に吹き飛ばされた。悠が陽介とクマに治療している間、陽介の影──カエルの怪物は一切攻撃を仕掛けてこなかった。帰ってきた悠を、影は獲物を見つけた狩人のように愉快な笑い声をあげた。それはつまり、時間をかけて、悠をなぶることを楽しんでいるからに他ならなかった。
陽介の影は動作が速い。弱点のジオを食らわせたとしても、またたくまに立て直して、広いフィールドでは簡単に距離をとられてしまう。乱雑に生えた鉄骨に、カエルじみた跳躍力と吸盤による粘着性を利用して、自由自在に飛び移った。弱点を突くジオを用いても、障害物を盾にして防がれてしまう。
『おらぁ!! “忘却の風”!』
カエルが風を放つ。重苦しい沈鬱な、息が詰まるような風が悠を襲った。悠はゴルフクラブを適当な突起にひっかけ、吹き飛ばされないように踏ん張る。イザナギは“忘却の風”を苦手としている。遠距離から"忘却の風"を放たれた場合、イザナギは防御に徹するしかなかった。
アスレチックのようなバトルフィールドと、それを十全にいかす陽介の影の機動性。それこそが、悠を苦戦させている理由だった。
────どうにか、隙を作れないか?
ジオを打つ気力も限界が近い。それでも、悠は生き残るために思考する。身体がぐらつく。狡猾なカエルはそれを見逃さなかった。
一気に悠へと間合いを詰める。脳の処理速度を超えた速度で、カエルの巨体が迫る。
瞬間、カエルの身体に液体がぶちまけられた。
『「!?」』
バリィン! と、ガラスの欠片が飛散する。身体にまとわりついた液体に反応した陽介の影は即座に悠への奇襲を取り止めた。瞬時に後方へと跳躍し、悠との距離を稼ぐ。
間一髪助かった悠は、それでも気を緩めない。自分に味方した奇襲の正体を探った。そして、カエルに液体がぶちまけられた真下の床にさらりとした液だまりを発見する。
そこに混じるガラス質の輝く破片と『大吟醸』とプリントされたラベルから、悠は悟る。中身が封入された酒瓶がぶつけられたのだと。
驚くのはそれだけではなかった。酒瓶の軌道の先を辿った悠は信じられない気持ちで、上がっていた息を止めた。
そこには──────陽介がいた。足元に酒瓶が入ったコンテナを転がし、胸元には持てる限りの酒瓶を抱え、今にも投げられる姿勢で片方に一升瓶を掲げている。
「よぉ、鳴上。みっともないとこ見せて悪かったな。俺も加勢するぜ」
「花村っ!」
悠の視線に気づいた陽介が、大胆に笑った。己を奮い立たせる武者震いとともに。
『チッ、何かと思えばお前かよ……。ウゼェ……ウゼェよお前!! 邪魔すんじゃねぇ!!』
陽介を視認したカエルが、アスレチックの間を縫って迫った。最短距離だが、それゆえにフェイントを含まない分、軌道も読みやすい。陽介はカエルの目に狙いをつけたらしい。酒瓶を振りかぶって2本を投擲する。 渾身の力で投げられた高瓶は目標点より若干ずれて着弾した。
『う、うおおぉぉぉ!!!』
しかし、アルコールが目を刺激したらしい。カエルの下半身が身もだえて墜落する。悠はイザナギを召喚。大太刀を振るってカエルの足を切りつける。
「センセー、クマもチカラお貸しするクマーーー!! うおーーー!!」
「クマ!」
アスレチックの影に隠れながら、クマもせっせと酒瓶をカエルに向けて投げつけた。着ぐるみの中に可能な限りに詰めたらく、銀色のチャックから瓶がはみ出ている。移動したカエルの下へとすかさず陽介も駆けつけ、酒瓶を投擲した。
「うらぁ!」
『く……クソッ……こんな…………! ぐはっ……』
絶え間なく酒瓶を投げつけられて陽介の影が悔しそうに呻いた。ダメージにはならずとも、カエルの足元が酒でぬめり、バランスを崩してしまうのだ。起き上がることもままならない。イザナギによる攻撃も機動力を削ぐ要因となった。
しかし渾身の力を込め、ダメージをこらえてなんとか飛び上がったカエルが距離をとる。
『やっぱお前、マジウザいよ……、いいぜ、本気でブッ壊してやる!』
カエルは満身創痍の悠ではなく、陽介に突進した。迫りくる巨体にも恐れず、陽介は心の中で上手くいったとほくそ笑んだ。
***
もう誰かに庇われているだけの自分はおしまいにしよう。
だから、陽介は悠の戦いへ身を投じようと決めた。
目標を決めたのなら、行動あるのみ。陽介にシャドウと渡り合う能力はない。では、何をするか、役割を模索する思考の中、クマの言葉が気にかかった。
『——暴走したシャドウは、自分が自由になりたいがために、抑圧した人間を排除しようとするクマ——』
つまり、陽介のシャドウは陽介を排除するために暴走しているのだ。優先されるべきターゲットは陽介で、悠はその道筋を邪魔しているから攻撃されているに過ぎない。本命は陽介なのだ。
ならば、優先度の高い陽介が囮になれば、悠に手数を与える余裕を生み出せるはずだ。
仮説を元に作戦を立てた。戦場へと改造された酒店には、未開封の酒瓶がゴロゴロ転がっている。ゆえに投擲作戦を思いついたのだ。くわえて対峙する相手は身体が大きく、投擲物も当たりやすいため、勝算の見通しも立つ。
作戦の手筈は揃った。 ならばあとは、地獄の鬼ごっことしゃれこむまでだ。
***
誤算だったのは、カエル──陽介の影──が抱く想像以上の陽介への執着だ。悠とイザナギを追い詰めたトリッキーな動きが失われ、単純かつ直線的な動きで陽介めがけて飛んでくる。
「イザナギ!」
そして、カエルの軌道を読むのは陽介だけではない。
カエルの進路に割り込んだイザナギの腕が、カエルの足を捉えた。突っ込んできた勢いを利用し、背負い投げの要領でカエルを地面に叩きつける。ぐげぇっと潰れた声で呻くカエルに構わず、イザナギは背中に背負った大太刀を引き抜いた。
カエルの胴体めがけて、イザナギは一切の躊躇もなく大太刀を突き刺す。
「────────────────ジオ」
冷徹な命令に、イザナギが応えた。精悍に腕を振るい、紫電が大太刀に直撃する。カエルの内側に向けた電流の直接攻撃。さらには、カエルにまとわりついたアルコールが電撃によって発火した。カエルの表皮がおびただしい炎に飲まれていく。
『ウガアアァアアァアアァァアアアアアアァァァッッ!!!』
大気をつんざくそれは、紛れもなくカエル──陽介の《影》の断末魔だった。悠たちは勝利したのだ。強大な怪物相手に。
カエルの末路を見届けた悠の身体から力が抜ける。イザナギの使役と攻撃の回避、死闘とも呼べる激しい戦闘に身も心も消耗していた。
「……ッ」
もう限界と、身体が地面に崩れ落ちそうになる。しかし、悠を迎え入れたのは硬い地面────ではなく、誰かの腕のぬくもりだった。
「鳴上!」
「花……村?」
切羽詰まった声で陽介が悠に呼び掛けた。陽介は今にも泣きそうな顔で、悠を支えている。そして感極まったかのように、悠を支える腕に力をこめる。
「お前、よくやってくれたよ……。あんな化け物相手にさ……、すげぇよなぁ……お前ヒーローみたいで……そんで……ぐすっ」
陽介が言葉少なに、鼻をすする。悠の傷に触らないよう、陽介は配慮して悠の身体を支えてくれる。こんな緊急時でも、陽介は優しい。ペルソナを持たずに戦おうとしたお前だって勇敢だ。と言いたかったけれど、唇が動かない。
「センセー!! おケガは大丈夫クマーーッ? ヨースケェー!! センセイを抱えて、早く逃げるクマーー!! 2人とも燃えちゃうーー!!」
酒店の入口では、クマがピョンピョンと飛び跳ねていた。目にも鮮やかな着ぐるみは、カエルが燃え立つ黒煙の中でもよく見える。クマが待つ方へ急ぎながらも、陽介は悠の身体を慎重に運んだ。その途中、陽介はずっと同じ言葉を震える声で繰り返していた。
「ありがとうな……。ホントに、ありがとう」
戦ってくれて、守ってくれて、生きていてくれて、諦めないでくれて。
たった一言だというのに、数えきれない万感の想いを込めて、彼は告げる。
ありがとうと。
これが埃と擦り傷にまみれながらも、死を覚悟する激しい闘いの末に、2人と一匹を守りきった悠が手にしたもの。
喉を震わせて懸命に伝えられた感謝と、安堵で涙混じりになった陽介のきれいな笑顔。
それらに悠は、根拠なく確信したのだ。
この光景を、自分は一生忘れないだろうと。