抑圧した心
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すさまじい轟音の中、混乱にかき乱された陽介の思考が戻ってくる。同時に、胸をぐちゃぐちゃにされたような不快感と嘔吐感を知覚した。
状況を把握できる理性が戻されたのは、不運だったのかもしれない。クマの声が聞こえてくるけれど、頭が単語の変換を拒んでいる。
怪しげな金色の目をした陽介の影は、陽介が内に抱えている薄暗い感情をすべて吐き出した。
1人を嫌ってわざとらしい道化を気取っている寂しさも、鄙びた八十稲羽への鬱屈した感情も、そして────瑞月への執着も。
全部全部、本当だった。
ジュネスのバイト先で当然のように聞かされる愚痴や押しつけられる雑用だって、本当は応じたくなんてなかった。『ジュネスの息子だから』と投げられる謂れのない流言にも、本当は何か言い返してやりたかった。それでも、見限られるわけには──孤立するわけにはいかないから無理を押して人のいい道化を気取って引き受けて、薄暗い感情を全部飲み込んだ。
田舎での退屈な時間が、都会での華やかに目まぐるしい生活を思い起こさせて空虚な陰りがいつも心の中にあった。
(でも……瀬名といるときはそうじゃなかった)
瑞月は、いつだって陽介の弱い部分に寄り添ってくれた。陽介がみっともないところを見せても、決して突き放したり軽蔑したりしなかった。むしろ自身を蔑ろにしがちな陽介に、何度だって大切だと伝えてくれた。月の薄明かりにも似た優しさで陽介を包んでくれた。
そして、瑞月といると退屈しなかった。無垢で好奇心の強い──なにより陽介と共にいて楽しそうに笑う彼女の傍は陽介にとって心地いいものだった。
ままならない八十稲羽で過ごす日々の中で、瑞月との友情は陽介にとっての救いだったのだ。それこそ、冷たく底知れない闇夜の中で見上げる、安らかな光を地上に注ぐ月のような。
(けど、そんな瀬名を────俺はいつの間にか”自分のものにしたい”と思うようになっちまった)
『アンタはホントにいいの? 他の男子が瑞月ちゃんのとなりにいても』
ほんとうは千枝にそう問われた
あのうつくしい春の、桜ふる日に気がついていた。
陽介が”憧れ”という箱で包み込んで、”友情”という鎖で封じた────瑞月への独りよがりで身勝手な想いについて。
***
きっかけは、紅葉が降りしきるあの秋の日だった。初めての諍いを経て、初めてお互いの胸の内を打ち明けあって、絆を結びなおしたあの日から。
最初は小さな────憧れにも似た思慕だった。年相応、いやそれ以上に、繊細な脆い心を抱えながら、泥の中でも凜と輝く白蓮のような高潔さと強さを持つ瑞月に、陽介はどうしようもなく惹かれてしまったのだ。初恋を向ける相手がいるにも関わらず、だ。
だから、陽介は瑞月への想いを封じたはずだった。しかし、陽介の切実な思惑とは裏腹に、共に過ごす時間を重ねていけばいくほど、瑞月への想いは深まっていく。
端麗な面差しに浮かぶ、無垢な笑顔を目に映すたびに。
穏やかな親愛を込めた、清浄な声が耳朶に響くたびに。
凛と動じない、透明な強さの裏に隠された、ガラス細工にも似た脆さを思い知るたびに。
陽介は、瑞月を好きになってしまった。分不相応にも、誰にも渡したくなんてないと望むほどに。
***
もはやそれは、友情と呼ぶには煮詰まりすぎて、愛情と呼ぶには身勝手すぎる執着。だが、瑞月に抱くこのどす黒い感情が、自身のものであるとしても陽介は許せなかった。
(だって、俺を救ってくれたのは……親友であるアイツとの絆だ)
どこに行っても『ジュネスの息子』というレッテルによって束縛される息苦しい八十稲羽で。その苦しみに人知れず追い詰められていた陽介に、瑞月は、瑞月だけは手を差し伸べてくれたから。
そして親友である瑞月との絆が、今も陽介を護り支え続けていてくれるから。
(……それを俺が踏みにじるような、壊すようなマネは……したくない)
だからこそ、独りよがりで薄汚い自分を、瑞月との絆を壊す恐れを秘めた昏い感情を認めるわけにはいかなかった。
認めてしまったのなら、今まで瑞月と積み上げてきたかけがえのない日々が、これからも親友として重ねていける未来が泡沫と消えるような気がして、たまらなくて、ずっと見ないふりをしていたのだ。
おキレイな小西先輩への想いに逃げて、瑞月への薄汚れた想いを胸の奥底に閉じこめた。痛いほどに陽介は奥歯を噛み締める。
(最低だ……俺、逃げてばっかで────)
だが、薄暗い思考は突如として断ち切られる。
ドガンという爆音が、陽介の耳をつんざいた。クマの悲痛な叫びが聞こえて、どさりと何かが地面に打ちつけられる物音がして、陽介は顔をひきつらせる。視線の先────土埃が舞う中で、ゴルフクラブを持った人影が地面に倒れ伏している。
「鳴上!」
鳴上悠、テレビの中に入る力を持った転校生。そして、陽介が巻き込んでしまった友達だ。
とっさに、陽介は悠の身体を支え起こして、陽介たちが物影に連れ込む。
『なんだぁ? もう壊れちまったのかぁ? んなわけねぇよなぁ? オラオラどこいったぁ?』
一瞬、カエルのようなおぞましい怪物が見えて、陽介の背筋を悪寒が駆け抜ける。直感が告げた、あれは陽介の内から出でた怪物であると。急いで陽介たちがいた怪物の死角となっているスペースに悠を横たえた。学ランを脱ぎ、その上に悠の身体を慎重に降ろす。
悠の姿は痛ましい。体力の消耗が激しいのか、肩で息をしている。制服は傷つき、口の端が切れて血が滲んでいた。かすり傷もいたるところに見られた。
「なんで、こんな」
────こんなになってまで、戦おうとするんだよ。
声が掠れて言葉にならない。クマが見るからに落ち込んだ様子で2人の下へやってきた。
「……あれはヨースケから生まれた《影》 クマ。元々、ヨースケの中にいたもの。ヨースケが認めなかったから、周りのシャドウを取り込んで、暴走してるクマ」
「シャドウ? あんな強いのが、この前見た怪物とおなじだってのか!?」
前に遭遇したシャドウ──ゴムまりの怪物よりはるかに巨大で、攻撃だって強力だった。その証拠にゴムまりを悠々と退けるほどの猛者である悠は、ぐったりと倒れ伏している。納得がいかない陽介をよそに、クマはコクリと頷く。
「シャドウは、人間の抑圧された心が元になって生まれる怪物クマ。暴走したシャドウは自分が自由になりたいがために、抑圧し自分の存在を認めなかった本体を排除しようと大暴れしてしまうクマ」
「本体を、排除……!? 大暴れ……!? ってことは──」
クマは泣きそうに瞳を揺らし、傷だらけの悠に視線を落とす。
「……本体であるヨースケが強く拒絶しちゃったから、力を増してしまったクマね。……このままだと、ヨースケは暴走したシャドウに殺されちゃう。だから、ユウサン──センセイはクマとヨースケを逃がすために今、必死で戦っているクマよ」
「俺が拒絶したから、アイツは暴走した……」
────つまり、それは、俺がコイツを傷つけているのも同じじゃないか。
陽介は頭の中が真っ白になる。ふつふつと、情けなさがこみ上げた。悠が傷だらけになっているのは、陽介が、自身の怪物を拒絶したから。だから、怪物は暴走し、事件と関係もない悠を巻き込んでいる。どす黒い思考が、陽介の頭の中に溢れていく。
────だっせえの。小西先輩への恋心まで言いわけにして、勇み足で異世界に来たクセにさ。自分は安全圏から守られてばっか。誰かが傷つくのを、そやってただ眺めるだけでさ。お前の望みは叶ったかよ?
(……そんなわけ、ないだろ)
瞳の奥から熱いものが沸き上がる。自分の無力さが呪わしいほどに惨めだった。
ワクワクした結果がこれだ。傷だらけの悠を前に、自分の無力を成すすべもなく思い知らされている。
(めちゃくちゃ後悔してるよ)
傷だらけの悠の顔を見て、陽介の視界には透明な膜が張る。涙が落ちかけたその瞬間。
「────ッ!!」
がばりと、悠が起き上がった。
すさまじい轟音の中、混乱にかき乱された陽介の思考が戻ってくる。同時に、胸をぐちゃぐちゃにされたような不快感と嘔吐感を知覚した。
状況を把握できる理性が戻されたのは、不運だったのかもしれない。クマの声が聞こえてくるけれど、頭が単語の変換を拒んでいる。
怪しげな金色の目をした陽介の影は、陽介が内に抱えている薄暗い感情をすべて吐き出した。
1人を嫌ってわざとらしい道化を気取っている寂しさも、鄙びた八十稲羽への鬱屈した感情も、そして────瑞月への執着も。
全部全部、本当だった。
ジュネスのバイト先で当然のように聞かされる愚痴や押しつけられる雑用だって、本当は応じたくなんてなかった。『ジュネスの息子だから』と投げられる謂れのない流言にも、本当は何か言い返してやりたかった。それでも、見限られるわけには──孤立するわけにはいかないから無理を押して人のいい道化を気取って引き受けて、薄暗い感情を全部飲み込んだ。
田舎での退屈な時間が、都会での華やかに目まぐるしい生活を思い起こさせて空虚な陰りがいつも心の中にあった。
(でも……瀬名といるときはそうじゃなかった)
瑞月は、いつだって陽介の弱い部分に寄り添ってくれた。陽介がみっともないところを見せても、決して突き放したり軽蔑したりしなかった。むしろ自身を蔑ろにしがちな陽介に、何度だって大切だと伝えてくれた。月の薄明かりにも似た優しさで陽介を包んでくれた。
そして、瑞月といると退屈しなかった。無垢で好奇心の強い──なにより陽介と共にいて楽しそうに笑う彼女の傍は陽介にとって心地いいものだった。
ままならない八十稲羽で過ごす日々の中で、瑞月との友情は陽介にとっての救いだったのだ。それこそ、冷たく底知れない闇夜の中で見上げる、安らかな光を地上に注ぐ月のような。
(けど、そんな瀬名を────俺はいつの間にか”自分のものにしたい”と思うようになっちまった)
『アンタはホントにいいの? 他の男子が瑞月ちゃんのとなりにいても』
ほんとうは千枝にそう問われた
あのうつくしい春の、桜ふる日に気がついていた。
陽介が”憧れ”という箱で包み込んで、”友情”という鎖で封じた────瑞月への独りよがりで身勝手な想いについて。
***
きっかけは、紅葉が降りしきるあの秋の日だった。初めての諍いを経て、初めてお互いの胸の内を打ち明けあって、絆を結びなおしたあの日から。
最初は小さな────憧れにも似た思慕だった。年相応、いやそれ以上に、繊細な脆い心を抱えながら、泥の中でも凜と輝く白蓮のような高潔さと強さを持つ瑞月に、陽介はどうしようもなく惹かれてしまったのだ。初恋を向ける相手がいるにも関わらず、だ。
だから、陽介は瑞月への想いを封じたはずだった。しかし、陽介の切実な思惑とは裏腹に、共に過ごす時間を重ねていけばいくほど、瑞月への想いは深まっていく。
端麗な面差しに浮かぶ、無垢な笑顔を目に映すたびに。
穏やかな親愛を込めた、清浄な声が耳朶に響くたびに。
凛と動じない、透明な強さの裏に隠された、ガラス細工にも似た脆さを思い知るたびに。
陽介は、瑞月を好きになってしまった。分不相応にも、誰にも渡したくなんてないと望むほどに。
***
もはやそれは、友情と呼ぶには煮詰まりすぎて、愛情と呼ぶには身勝手すぎる執着。だが、瑞月に抱くこのどす黒い感情が、自身のものであるとしても陽介は許せなかった。
(だって、俺を救ってくれたのは……親友であるアイツとの絆だ)
どこに行っても『ジュネスの息子』というレッテルによって束縛される息苦しい八十稲羽で。その苦しみに人知れず追い詰められていた陽介に、瑞月は、瑞月だけは手を差し伸べてくれたから。
そして親友である瑞月との絆が、今も陽介を護り支え続けていてくれるから。
(……それを俺が踏みにじるような、壊すようなマネは……したくない)
だからこそ、独りよがりで薄汚い自分を、瑞月との絆を壊す恐れを秘めた昏い感情を認めるわけにはいかなかった。
認めてしまったのなら、今まで瑞月と積み上げてきたかけがえのない日々が、これからも親友として重ねていける未来が泡沫と消えるような気がして、たまらなくて、ずっと見ないふりをしていたのだ。
おキレイな小西先輩への想いに逃げて、瑞月への薄汚れた想いを胸の奥底に閉じこめた。痛いほどに陽介は奥歯を噛み締める。
(最低だ……俺、逃げてばっかで────)
だが、薄暗い思考は突如として断ち切られる。
ドガンという爆音が、陽介の耳をつんざいた。クマの悲痛な叫びが聞こえて、どさりと何かが地面に打ちつけられる物音がして、陽介は顔をひきつらせる。視線の先────土埃が舞う中で、ゴルフクラブを持った人影が地面に倒れ伏している。
「鳴上!」
鳴上悠、テレビの中に入る力を持った転校生。そして、陽介が巻き込んでしまった友達だ。
とっさに、陽介は悠の身体を支え起こして、陽介たちが物影に連れ込む。
『なんだぁ? もう壊れちまったのかぁ? んなわけねぇよなぁ? オラオラどこいったぁ?』
一瞬、カエルのようなおぞましい怪物が見えて、陽介の背筋を悪寒が駆け抜ける。直感が告げた、あれは陽介の内から出でた怪物であると。急いで陽介たちがいた怪物の死角となっているスペースに悠を横たえた。学ランを脱ぎ、その上に悠の身体を慎重に降ろす。
悠の姿は痛ましい。体力の消耗が激しいのか、肩で息をしている。制服は傷つき、口の端が切れて血が滲んでいた。かすり傷もいたるところに見られた。
「なんで、こんな」
────こんなになってまで、戦おうとするんだよ。
声が掠れて言葉にならない。クマが見るからに落ち込んだ様子で2人の下へやってきた。
「……あれはヨースケから生まれた
「シャドウ? あんな強いのが、この前見た怪物とおなじだってのか!?」
前に遭遇したシャドウ──ゴムまりの怪物よりはるかに巨大で、攻撃だって強力だった。その証拠にゴムまりを悠々と退けるほどの猛者である悠は、ぐったりと倒れ伏している。納得がいかない陽介をよそに、クマはコクリと頷く。
「シャドウは、人間の抑圧された心が元になって生まれる怪物クマ。暴走したシャドウは自分が自由になりたいがために、抑圧し自分の存在を認めなかった本体を排除しようと大暴れしてしまうクマ」
「本体を、排除……!? 大暴れ……!? ってことは──」
クマは泣きそうに瞳を揺らし、傷だらけの悠に視線を落とす。
「……本体であるヨースケが強く拒絶しちゃったから、力を増してしまったクマね。……このままだと、ヨースケは暴走したシャドウに殺されちゃう。だから、ユウサン──センセイはクマとヨースケを逃がすために今、必死で戦っているクマよ」
「俺が拒絶したから、アイツは暴走した……」
────つまり、それは、俺がコイツを傷つけているのも同じじゃないか。
陽介は頭の中が真っ白になる。ふつふつと、情けなさがこみ上げた。悠が傷だらけになっているのは、陽介が、自身の怪物を拒絶したから。だから、怪物は暴走し、事件と関係もない悠を巻き込んでいる。どす黒い思考が、陽介の頭の中に溢れていく。
────だっせえの。小西先輩への恋心まで言いわけにして、勇み足で異世界に来たクセにさ。自分は安全圏から守られてばっか。誰かが傷つくのを、そやってただ眺めるだけでさ。お前の望みは叶ったかよ?
(……そんなわけ、ないだろ)
瞳の奥から熱いものが沸き上がる。自分の無力さが呪わしいほどに惨めだった。
ワクワクした結果がこれだ。傷だらけの悠を前に、自分の無力を成すすべもなく思い知らされている。
(めちゃくちゃ後悔してるよ)
傷だらけの悠の顔を見て、陽介の視界には透明な膜が張る。涙が落ちかけたその瞬間。
「────ッ!!」
がばりと、悠が起き上がった。