抑圧した心
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そこに陽介の影の姿はない。あるのは、花蕾のように膨れて燃え盛る巨大な黒い炎のみ。大気を揺らがせるほどに勢いのある炎はしかし、不気味なことに熱がない。
「イザナギ!」
空中にカードを呼び起こし、ためらいなく握りつぶした。悠の背後に、盛大な炎が上がる。ごうっと音を立てて青い炎の内側から特攻服に似た学ランを羽織った、剣のごとく凛々しい闘気をまとった異形──イザナギが現れる。
イザナギが動いた。一直線に黒い炎へ肉迫する。そして中心に大太刀を突き刺した。やったと思ったその瞬間、不気味さを孕んだ愉快そうな声が響く。
『へぇ、こんな面白いの使えんだ。お前』
悠はぎょっとする。太刀は届かなかった。なぜなら、皮手袋に似た材質の手袋を纏った黄色い手がイザナギの大太刀を掴んだからだ。それは黒の花蕾からニュッと伸びている。
まずい、と悠は冷や汗をかく。瞬間、花蕾を中心にすさまじい風が爆発した。人を軽く吹き飛ばす風圧に、悠は酒屋のショーケースに叩きつけられる。イザナギも同様に吹き飛んだ。肉体の痛みとペルソナの受けたダメージによるフィードバックによる二重の苦痛が、悠に呻く暇さえ与えない。
その瞬間、ガシャガシャガシャンと急速に鉄骨が組み立てられるような騒音が『コニシ酒店』を満たす。同時に襲いかかる凄まじい揺れに翻弄された悠は必死で目を瞑って耐える。
大地をひっくり返すような凄まじい揺れの後、悠は驚愕した。いつの間にか、酒屋は支柱が増設され、広くなっている。陽介のニセモノが暴走した影響かもしれないと思考を繋いで、悠は恐怖に圧倒される意識を繋ぎ止める。
禍々しい黒の花蕾は開いた。その中から誕生した──陽介のニセモノが暴走した成れの果ては、紛れもない怪物だった。
にやつく迷彩柄の巨大なカエルの胴体から、足を切り落とされた人の上半身が無理矢理結合されている。マフラーを巻かれた上半身は一見戦隊もののヒーローに見えなくもない。
しかし、足元のカエルに都合よく振り回されていて人は不安定にふらふらと揺れる。いいように祭り上げられて、振り回される姿が印象的だった。
『我は影……真なる我……。活 きもよさそうだし、まずはお前から壊してやるよ。退屈しのぎに、どこまで耐えられるかな?』
遊ぶような軽い口調で、陽介の影は破壊衝動を口走る姿に怖気が走る。だが武器であるゴルフクラブを支柱に、悠は立ち上がった。身体がひときわ重い。全身の力を奮い立たせ、なんとか武器の切っ先を正面に構える。
悠のペルソナに対して、異形化した陽介の影の風は相性が悪いらしい。死への恐怖が悠の頭をよぎる。かといって、悠は諦めるわけにはいかなかった。
(ここで退いたら、花村が死ぬ……)
それだけは嫌だった。
陽介の影が飛び上がった。重力の分だけ加速して、それは悠に襲い掛かる。
「イザナギ、ジオ!」
電が大太刀に直撃する。鉄に似た素材が紫電を纏う。跳躍の軌道を読んだイザナギが大太刀をカエルの怪物に突き刺した。
ぐげぇと、無様な呻きをあげて陽介の影は墜落。陽介の影は痙攣して動かない。その隙を悠は見逃さなかった。
陽介の影へと走り、悠はゴルフクラブを振る。めしゃりと肉が潰れる渾身の一撃に、カエルの指先がぺしゃんこになった。
『ふ────────ざけるなあぁぁ!!』
怒りの咆哮を挙げて、陽介の影が立て直した。がむしゃらに振るわれたカエルの腕を、悠は間一髪で回避した。深追いすることなく、陽介の影は悠と距離をとる。
「イザナギ、ジオ!」
陽介の影に紫電が落ちる。しかし、驚異的な跳躍力で、陽介の影はそれを避けた。天井を支える鉄骨の柱にくっつき、風を放った。重く陰鬱な風を、悠はゴルフクラブを構えてガードする。真正面から攻撃を食らうよりもダメージは少なかった。
風がやんだ。すぐさま、イザナギが陽介の影へ飛来する。大太刀を突き立てるが、軟体な身体を駆使して躱される。
陽介の影は大げさな見てくれに反してすばしっこい。一筋縄ではいかないと、悠はぎりりと奥歯を噛んだ。
──俺は死にたくない。
──だけどそれ以上に、花村を死なせたくない。
顔になかなか出ないけれど、悠にだって人並みの感情はある。八十稲羽に到着して、悠の身のまわり起こる奇妙な出来事。悠にとっては不吉で、不安だった。
陰鬱に沈む気分のなか出会ったのが、花村陽介という男だ。似たような境遇の転校生という点を気遣ってくれたのだとしても、悠にとっては、その優しさがありがたかった。
『ペルソナ』を召喚したとき、敵を一掃した爽快感は一瞬。自分に目覚めた謎の力に得体のしれない恐怖を覚えた。
けれど、陽介は澄んだ瞳で笑って、言ってくれたのだ。
『助けてくれたろ?』
『『イザナギ』ってゆーの? をお前が呼び出したとき、そりゃ怖かったけどさ。ソイツ使って俺のこと助けてくれただろ。────だからさ、お前も、お前が呼び出したイザナギってのも、悪いヤツじゃないんだって思う』
『ありがとうな』
時間にして数秒の、陽介とのやり取り。言葉は短くて、だからこそ、心からの感謝の念が、悠へひしひしと伝わってきた。
たった、それだけ。時間にして数秒。それだけのことだが。
本当に、悠は嬉しかったのだ。
得体の知れない力は、陽介がまず認めてくれたから、悠はこうして恐れを振り切ってイザナギを使役できる。
同時に、悠は《ペルソナ》の使い方にも指針ができた。
この力は、きっと何かを守るための力だと。
だから、陽介を死なせたくなかった。悠だって死にたくはなかったけど、悠に目覚めた力の使い方を示してくれた陽介を、死なせたくなかった。利他精神ではない、自分のために陽介を死なせたくないのだ。もはや、エゴや衝動に近い感覚。
広いフィールドを縦横無尽に駆け回る陽介の影を睨みつける。きっと、陽介の影は、悠を殺したら、陽介を殺しに行くのだろう。
ならばなおさら、悠はいま、逃げるわけにはいかなかった。
「イザナギ!」
空中にカードを呼び起こし、ためらいなく握りつぶした。悠の背後に、盛大な炎が上がる。ごうっと音を立てて青い炎の内側から特攻服に似た学ランを羽織った、剣のごとく凛々しい闘気をまとった異形──イザナギが現れる。
イザナギが動いた。一直線に黒い炎へ肉迫する。そして中心に大太刀を突き刺した。やったと思ったその瞬間、不気味さを孕んだ愉快そうな声が響く。
『へぇ、こんな面白いの使えんだ。お前』
悠はぎょっとする。太刀は届かなかった。なぜなら、皮手袋に似た材質の手袋を纏った黄色い手がイザナギの大太刀を掴んだからだ。それは黒の花蕾からニュッと伸びている。
まずい、と悠は冷や汗をかく。瞬間、花蕾を中心にすさまじい風が爆発した。人を軽く吹き飛ばす風圧に、悠は酒屋のショーケースに叩きつけられる。イザナギも同様に吹き飛んだ。肉体の痛みとペルソナの受けたダメージによるフィードバックによる二重の苦痛が、悠に呻く暇さえ与えない。
その瞬間、ガシャガシャガシャンと急速に鉄骨が組み立てられるような騒音が『コニシ酒店』を満たす。同時に襲いかかる凄まじい揺れに翻弄された悠は必死で目を瞑って耐える。
大地をひっくり返すような凄まじい揺れの後、悠は驚愕した。いつの間にか、酒屋は支柱が増設され、広くなっている。陽介のニセモノが暴走した影響かもしれないと思考を繋いで、悠は恐怖に圧倒される意識を繋ぎ止める。
禍々しい黒の花蕾は開いた。その中から誕生した──陽介のニセモノが暴走した成れの果ては、紛れもない怪物だった。
にやつく迷彩柄の巨大なカエルの胴体から、足を切り落とされた人の上半身が無理矢理結合されている。マフラーを巻かれた上半身は一見戦隊もののヒーローに見えなくもない。
しかし、足元のカエルに都合よく振り回されていて人は不安定にふらふらと揺れる。いいように祭り上げられて、振り回される姿が印象的だった。
『我は影……真なる我……。
遊ぶような軽い口調で、陽介の影は破壊衝動を口走る姿に怖気が走る。だが武器であるゴルフクラブを支柱に、悠は立ち上がった。身体がひときわ重い。全身の力を奮い立たせ、なんとか武器の切っ先を正面に構える。
悠のペルソナに対して、異形化した陽介の影の風は相性が悪いらしい。死への恐怖が悠の頭をよぎる。かといって、悠は諦めるわけにはいかなかった。
(ここで退いたら、花村が死ぬ……)
それだけは嫌だった。
陽介の影が飛び上がった。重力の分だけ加速して、それは悠に襲い掛かる。
「イザナギ、ジオ!」
電が大太刀に直撃する。鉄に似た素材が紫電を纏う。跳躍の軌道を読んだイザナギが大太刀をカエルの怪物に突き刺した。
ぐげぇと、無様な呻きをあげて陽介の影は墜落。陽介の影は痙攣して動かない。その隙を悠は見逃さなかった。
陽介の影へと走り、悠はゴルフクラブを振る。めしゃりと肉が潰れる渾身の一撃に、カエルの指先がぺしゃんこになった。
『ふ────────ざけるなあぁぁ!!』
怒りの咆哮を挙げて、陽介の影が立て直した。がむしゃらに振るわれたカエルの腕を、悠は間一髪で回避した。深追いすることなく、陽介の影は悠と距離をとる。
「イザナギ、ジオ!」
陽介の影に紫電が落ちる。しかし、驚異的な跳躍力で、陽介の影はそれを避けた。天井を支える鉄骨の柱にくっつき、風を放った。重く陰鬱な風を、悠はゴルフクラブを構えてガードする。真正面から攻撃を食らうよりもダメージは少なかった。
風がやんだ。すぐさま、イザナギが陽介の影へ飛来する。大太刀を突き立てるが、軟体な身体を駆使して躱される。
陽介の影は大げさな見てくれに反してすばしっこい。一筋縄ではいかないと、悠はぎりりと奥歯を噛んだ。
──俺は死にたくない。
──だけどそれ以上に、花村を死なせたくない。
顔になかなか出ないけれど、悠にだって人並みの感情はある。八十稲羽に到着して、悠の身のまわり起こる奇妙な出来事。悠にとっては不吉で、不安だった。
陰鬱に沈む気分のなか出会ったのが、花村陽介という男だ。似たような境遇の転校生という点を気遣ってくれたのだとしても、悠にとっては、その優しさがありがたかった。
『ペルソナ』を召喚したとき、敵を一掃した爽快感は一瞬。自分に目覚めた謎の力に得体のしれない恐怖を覚えた。
けれど、陽介は澄んだ瞳で笑って、言ってくれたのだ。
『助けてくれたろ?』
『『イザナギ』ってゆーの? をお前が呼び出したとき、そりゃ怖かったけどさ。ソイツ使って俺のこと助けてくれただろ。────だからさ、お前も、お前が呼び出したイザナギってのも、悪いヤツじゃないんだって思う』
『ありがとうな』
時間にして数秒の、陽介とのやり取り。言葉は短くて、だからこそ、心からの感謝の念が、悠へひしひしと伝わってきた。
たった、それだけ。時間にして数秒。それだけのことだが。
本当に、悠は嬉しかったのだ。
得体の知れない力は、陽介がまず認めてくれたから、悠はこうして恐れを振り切ってイザナギを使役できる。
同時に、悠は《ペルソナ》の使い方にも指針ができた。
この力は、きっと何かを守るための力だと。
だから、陽介を死なせたくなかった。悠だって死にたくはなかったけど、悠に目覚めた力の使い方を示してくれた陽介を、死なせたくなかった。利他精神ではない、自分のために陽介を死なせたくないのだ。もはや、エゴや衝動に近い感覚。
広いフィールドを縦横無尽に駆け回る陽介の影を睨みつける。きっと、陽介の影は、悠を殺したら、陽介を殺しに行くのだろう。
ならばなおさら、悠はいま、逃げるわけにはいかなかった。