抑圧した心
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酒、酒、酒、酒。見渡す限り、酒があった。
陽介は、入り込んだコニシ酒店の内部にあっけに取られている。現実ではありえない高さのショーケースに、うずたかく積まれたビールのコンテナ、乱雑に積み上げられた酒樽は、圧迫感と閉塞感を伴って陽介に迫ってくる。
さらに聞こえてくる、迫力のある怒号。
『何度言えば分かるんだ、早紀!』
『お前が近所からどう言われてるか、知らないわけじゃないだろ!』
『代々続いたこの店の長女として、恥ずかしくないのか!』
『金か? それとも男か!? よりによって、あんな店でバイトしやがって……』
小西先輩の父親だろうか。ぐさり、ぐさりと、声の主はナイフを突き立てるように激しい怒声を誰かに叩きつけている。鼻先に現場を突き付けられているような臨場感に、陽介は顔をゆがめた。か細く、呻きが口から洩れる。
「何だよ、これ……。バイト……楽しそうだったし、俺にはこんなこと、一言も……こんなのがホントに先輩の現実だってのかよ?」
「ヨースケ!」
「花村!」
自分を追ってきたであろう悠とクマの声に、陽介は我に返った。
──そうだ、俺は小西先輩が死んだ理由が知りたくて、異様な酒屋に入ったんだ。呆けている場合じゃない。
はっきりと目を空けると、目の前にコンテナと薄い木材で作られた、簡易の机がある。何か手がかりがあるかも知れないと何の疑いもなく陽介は駆け寄る。だが──
「鳴上! クマ! こっちになんかある……ぞ、って────え?」
──机の上に置かれたモノ──いや、だったモノを見て、陽介は言葉を無くす。
その机には、ジュネスのバイト仲間と撮った集合写真が無残に切り刻まれて置かれていた。誰が映っているのか、頭の中で修復しなければ分からないほど、写真はちりぢりに引き千切られ、バラバラにされている。
そして陽介は悟ってしまう。間違いなくこの写真は小西先輩のものだと。
なぜなら、その写真は陽介が小西先輩に渡したものだったから。しかも、現像が終わって小西先輩一人に真っ先に渡したのだ。
つまりこの写真は、世界で陽介と小西先輩しか持ちえないもの。残酷な糸で、異様な商店街と小西先輩が結びつく。
心の負荷に耐え切れなくなった陽介の口から、悲痛な言葉がこぼれた。
「なんで、こんなこと……」
陽介の胸がキシキシと軋む。陽介にとって小西先輩は優しい人だった。口は悪いけれどバイト仲間も大切にして、陽介のことだって弟のように可愛がってくれた人だった。
だからこそ、目の前に晒されたヒステリックな破壊の痕跡を受け入れられない。どうして、どうしてこんなことをしたのか。その疑問ばかりが頭の中をグルグル回る。
せめてどうして、その理由を訳もなく求める。すると──
『──ずっと……言えなかった……』
──陽介の疑問に答えるかのように、小西早紀の声がどこからか聞こえた。
「せん……ぱい……?」
陽介は天を仰ぐ。縋るような声とともに、無意味に声が聞こえた宙へと手を伸ばした。疑いようもなく、その柔らかく儚い声は小西先輩のものだったから。にわかに希望的観測を抱く。
もしかしたら、先輩が死んだなんてウソで、先輩はひょっこり、その辺の戸棚から顔を出して陽介に親しく笑いかけてくれるのではないか。
助けにきた陽介に頬を染めて微笑んでくれるのではないか。
『私……ずっと、花ちゃんの事──────』
だが、そんな細やかで切実な願いはまとめて打ち砕かれる。
『────────────────────────ウザくて、妬ましかった』
「────────え?」
陽介は硬直する。言葉の意味を理解した途端、心臓がぎゅうっと収縮した。氷の杭で撃たれたみたいに、胸が凍えて、とても痛い。額に脂汗がにじんだ。だが陽介の苦しみなどお構いなしに、小西先輩は杭を打ち続ける。
『仲良くしてたの、店長の息子だから、都合いいってだけだったのに……』
『勘違いして、盛り上がって……、ほんと、ウザい……』
「ウ、ウザい……?」
「花村!」
じくじくする言葉の冷たさに、陽介は呻いた。立っていることがやっとだ。いつの間にか、隣に駆け寄った悠が、陽介の肩を支えてくれていた。
打ちのめされる陽介に構わず、小西先輩の独白はまだ続く。それは唐突に、調子を変える。心からの羨望と嫉妬をため息とともに、小西先輩は吐いた。
『それに花ちゃんはいいよね……』
「へ? なに、が……」
『心配してくれる、仲いい子がいて』
────私なんて誰も、だあれも居なかったよ。
「ッ!」
それは、心からの孤独がこもった重苦しい告白だった。陽介は絶句する。あの朗らかな笑みで、孤独と縁遠そうな人が抱えていた心の闇に。弁明もできず、陽介は悠に支えられるままになる。
『…………ジュネスなんてどうだっていい』
だがその寂しさも一瞬で、小西早紀は憤る。儚い声に似つかわない苛烈さで彼女は捲し立てた。
『あんなののせいで潰れそうなウチの店も、怒鳴る親も! 好き勝手言う近所の人も……! ままならない全部ぜんぶ! ……全部、無くなればいい』
口は悪いけど、優しい小西先輩の像が、崩れていく。心の中、まるで弟を気にかけるように微笑んだ顔が、あんなに好きだったのに思い出せない。ガラガラガラと、陽介は己のうちで何かが崩れる音を聞いた。身体を震わせて、悲鳴が口をついた。
「ウソだよ……、こんなのさ……」
虚ろな目を陽介は見開く。軋む心の悲鳴のままに彼は叫んだ。
「先輩は……そんな人じゃないだろォ!!」
喉が張り裂けんばかりに痛い。それでも何も言わずには、叫ばずにはいられなかった。
そうでなれば、陽介は立っていられなかった。今まで陽介を支えてきた恋心が無惨に砕かれ、擂り潰されるような心の痛みに耐えることができなかった。いままでじゃれついていた自分を小西先輩がどんなに冷ややかな心を隠して笑っていたか、知りたくなんてなかった。
「花村、いったんここを出よう。負担が大き過ぎる」
情緒を崩された陽介を、悠が酒店の外へ引っ張り出そうとする。だが、茫然自失となって死んだように重い陽介を動かすことができず歯を食いしばった、そのとき。
「《悲しいなぁ……可哀そうだなぁ、俺……》」
人の負の感情が煮詰められた酒屋に、ふさわしくない猫なで声が響いた。うず高く積まれたコンテナの影から、ソレは現れる。
「《てか、何もかもウザいと思ってんのは、自分の方だっつーの、あははははッ!!!》」
口を三日月の形にゆがめて嗤ったその人物に、2人と一匹は唖然とする。
なぜなら目を金色に光らせたその人物は、花村陽介と似た──いや、花村陽介そのものの姿をしていたから。
酒、酒、酒、酒。見渡す限り、酒があった。
陽介は、入り込んだコニシ酒店の内部にあっけに取られている。現実ではありえない高さのショーケースに、うずたかく積まれたビールのコンテナ、乱雑に積み上げられた酒樽は、圧迫感と閉塞感を伴って陽介に迫ってくる。
さらに聞こえてくる、迫力のある怒号。
『何度言えば分かるんだ、早紀!』
『お前が近所からどう言われてるか、知らないわけじゃないだろ!』
『代々続いたこの店の長女として、恥ずかしくないのか!』
『金か? それとも男か!? よりによって、あんな店でバイトしやがって……』
小西先輩の父親だろうか。ぐさり、ぐさりと、声の主はナイフを突き立てるように激しい怒声を誰かに叩きつけている。鼻先に現場を突き付けられているような臨場感に、陽介は顔をゆがめた。か細く、呻きが口から洩れる。
「何だよ、これ……。バイト……楽しそうだったし、俺にはこんなこと、一言も……こんなのがホントに先輩の現実だってのかよ?」
「ヨースケ!」
「花村!」
自分を追ってきたであろう悠とクマの声に、陽介は我に返った。
──そうだ、俺は小西先輩が死んだ理由が知りたくて、異様な酒屋に入ったんだ。呆けている場合じゃない。
はっきりと目を空けると、目の前にコンテナと薄い木材で作られた、簡易の机がある。何か手がかりがあるかも知れないと何の疑いもなく陽介は駆け寄る。だが──
「鳴上! クマ! こっちになんかある……ぞ、って────え?」
──机の上に置かれたモノ──いや、だったモノを見て、陽介は言葉を無くす。
その机には、ジュネスのバイト仲間と撮った集合写真が無残に切り刻まれて置かれていた。誰が映っているのか、頭の中で修復しなければ分からないほど、写真はちりぢりに引き千切られ、バラバラにされている。
そして陽介は悟ってしまう。間違いなくこの写真は小西先輩のものだと。
なぜなら、その写真は陽介が小西先輩に渡したものだったから。しかも、現像が終わって小西先輩一人に真っ先に渡したのだ。
つまりこの写真は、世界で陽介と小西先輩しか持ちえないもの。残酷な糸で、異様な商店街と小西先輩が結びつく。
心の負荷に耐え切れなくなった陽介の口から、悲痛な言葉がこぼれた。
「なんで、こんなこと……」
陽介の胸がキシキシと軋む。陽介にとって小西先輩は優しい人だった。口は悪いけれどバイト仲間も大切にして、陽介のことだって弟のように可愛がってくれた人だった。
だからこそ、目の前に晒されたヒステリックな破壊の痕跡を受け入れられない。どうして、どうしてこんなことをしたのか。その疑問ばかりが頭の中をグルグル回る。
せめてどうして、その理由を訳もなく求める。すると──
『──ずっと……言えなかった……』
──陽介の疑問に答えるかのように、小西早紀の声がどこからか聞こえた。
「せん……ぱい……?」
陽介は天を仰ぐ。縋るような声とともに、無意味に声が聞こえた宙へと手を伸ばした。疑いようもなく、その柔らかく儚い声は小西先輩のものだったから。にわかに希望的観測を抱く。
もしかしたら、先輩が死んだなんてウソで、先輩はひょっこり、その辺の戸棚から顔を出して陽介に親しく笑いかけてくれるのではないか。
助けにきた陽介に頬を染めて微笑んでくれるのではないか。
『私……ずっと、花ちゃんの事──────』
だが、そんな細やかで切実な願いはまとめて打ち砕かれる。
『────────────────────────ウザくて、妬ましかった』
「────────え?」
陽介は硬直する。言葉の意味を理解した途端、心臓がぎゅうっと収縮した。氷の杭で撃たれたみたいに、胸が凍えて、とても痛い。額に脂汗がにじんだ。だが陽介の苦しみなどお構いなしに、小西先輩は杭を打ち続ける。
『仲良くしてたの、店長の息子だから、都合いいってだけだったのに……』
『勘違いして、盛り上がって……、ほんと、ウザい……』
「ウ、ウザい……?」
「花村!」
じくじくする言葉の冷たさに、陽介は呻いた。立っていることがやっとだ。いつの間にか、隣に駆け寄った悠が、陽介の肩を支えてくれていた。
打ちのめされる陽介に構わず、小西先輩の独白はまだ続く。それは唐突に、調子を変える。心からの羨望と嫉妬をため息とともに、小西先輩は吐いた。
『それに花ちゃんはいいよね……』
「へ? なに、が……」
『心配してくれる、仲いい子がいて』
────私なんて誰も、だあれも居なかったよ。
「ッ!」
それは、心からの孤独がこもった重苦しい告白だった。陽介は絶句する。あの朗らかな笑みで、孤独と縁遠そうな人が抱えていた心の闇に。弁明もできず、陽介は悠に支えられるままになる。
『…………ジュネスなんてどうだっていい』
だがその寂しさも一瞬で、小西早紀は憤る。儚い声に似つかわない苛烈さで彼女は捲し立てた。
『あんなののせいで潰れそうなウチの店も、怒鳴る親も! 好き勝手言う近所の人も……! ままならない全部ぜんぶ! ……全部、無くなればいい』
口は悪いけど、優しい小西先輩の像が、崩れていく。心の中、まるで弟を気にかけるように微笑んだ顔が、あんなに好きだったのに思い出せない。ガラガラガラと、陽介は己のうちで何かが崩れる音を聞いた。身体を震わせて、悲鳴が口をついた。
「ウソだよ……、こんなのさ……」
虚ろな目を陽介は見開く。軋む心の悲鳴のままに彼は叫んだ。
「先輩は……そんな人じゃないだろォ!!」
喉が張り裂けんばかりに痛い。それでも何も言わずには、叫ばずにはいられなかった。
そうでなれば、陽介は立っていられなかった。今まで陽介を支えてきた恋心が無惨に砕かれ、擂り潰されるような心の痛みに耐えることができなかった。いままでじゃれついていた自分を小西先輩がどんなに冷ややかな心を隠して笑っていたか、知りたくなんてなかった。
「花村、いったんここを出よう。負担が大き過ぎる」
情緒を崩された陽介を、悠が酒店の外へ引っ張り出そうとする。だが、茫然自失となって死んだように重い陽介を動かすことができず歯を食いしばった、そのとき。
「《悲しいなぁ……可哀そうだなぁ、俺……》」
人の負の感情が煮詰められた酒屋に、ふさわしくない猫なで声が響いた。うず高く積まれたコンテナの影から、ソレは現れる。
「《てか、何もかもウザいと思ってんのは、自分の方だっつーの、あははははッ!!!》」
口を三日月の形にゆがめて嗤ったその人物に、2人と一匹は唖然とする。
なぜなら目を金色に光らせたその人物は、花村陽介と似た──いや、花村陽介そのものの姿をしていたから。