抑圧した心
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クマが言う、最近ここに入れられた人物とは、小西先輩だったのか?
その真偽を確かめるべく、悠と陽介はクマに道案内を任せて現場に向かっている。その目的地とは、最近もっとも新しく人が放り込まれた場所だ。
クマの案内によりそこに到着すると、悠と陽介は既視感を覚えた。というより、そこの景観は全く訪れたことがないというのに、2人にとっては見覚えがありすぎた。
「な、なんだよ……ここ、街の商店街にそっくりじゃんか……」
「そっくり……というより、商店街そのものだな……」
シャッターの降りた商店の数々に、ひび割れたアスファルトの舗装。鄙びて寂しい雰囲気まで。空を覆う、不気味な赤と黒の重苦しい波模様を除けば、その場所は現実世界に存在する”稲羽市中央通り商店街”そのものだった。
きょときょとと周りを見渡す陽介に対し、ゴルフクラブを持つ悠の後ろに隠れていたクマが不安そうに鼻をひくつかせる。
「人が放り込まれてしばらくすると、こんな変な場所ができたクマ。しかも、悪いコトにシャドウたちが溜まりやすくて困ってるの。シャドウたちが溜まると、より強いシャドウが生まれるクマ。だからキミたちも、隠れながら進んだ方がいいクマよ」
「ということは、もうココはシャドウたちの縄張りってことか……」
悠は改めて護身用のゴルフクラブを握り直す。陽介も周辺の警戒に努めるなか、改めて生々しいまでに再現された商店街に苦言を呈した。
「しっかし、見れば見るほどあの商店街と似てるわな。寂れたフンイキとかマンマだぜ。……けど、街の色んな場所の中で、なんで”商店街”なんだ?」
「なんでって言われても……クマもよく分からんクマ。ただ、こういうヘンな場所は入れられた人と一緒に現れて、その人の影響で全然違う景色になるクマ。この世界はココにいる人間の”現実”を映し出す場だから」
「”現実”? ……クマ吉、それどういうことだ?」
「んーと、クマもよく分からんけど、その人の心を通じて見えている”現実”のコトクマよ」
「よく分からんばっかだなお前……」
陽介が呆れたように肩を竦める。対して、悠はクマの言葉を咀嚼し、フムと頷いて口元に手を当てる。
「その人の心持ちによってフィルターがかかった現実の景色……つまり、認知の違いが景色に表れているのか?」
「……どういうことだ鳴上? 認知の違いとか、なんか引っかかってるみたいだけど……、クマの言ってることが分かんのか?」
考え事に没入しそうな悠だったが、陽介の問いかけにより我に返った。慌ててゴルフクラブを構え直しながら、陽介との会話に応じる。
「ああ、うん。クマの言葉について、自分なりに推測を立ててただけだ。クマが言っているのは、一つの景色を見たときにその人が感じることが分かりやすく貼り付けされているってことなんじゃないかって」
「その人が感じたこと……? 喜怒哀楽とか、そういうのか?」
「うん。例えば、いつも野原を駆け回って過ごしているわんぱくな少年と、いつも椅子一つが設置できるくらいしかない狭い部屋で読書をしている大人しい少年がいたとする。その2人をそれぞれ、造りも大きさも同じワンルームくらいの広さの部屋に入れたとしたら、2人が感じることは同じになると花村は思う?」
悠のたとえ話に、陽介はすこしだけ沈黙した。陽介はいきなり提示された問いかけに気を悪くしているのではなく、真剣に悠の問いを受け止めている様子だった。腕を組み、しばらく考えたのちに、陽介は落ち着いた声で答えを告げた。
「……ならねぇと思う。普段野原みたいにだだっ広いトコを駆け回ってる子がそんなトコに入れられたら、狭いって窮屈に感じるだろうし……逆に狭い場所で過ごしてる奴は、いつも過ごしてる椅子だけしかねー部屋より、広くってはしゃいじまうんじゃねーかな」
「正解」
趣旨は伝わったようだと、悠はほっとして頷いた。そのまま説明を続ける。
「そういう風に、一つの景色であっても感じ方って人それぞれだろ? それでこの世界は、現実にある一つの景色を、そういう、誰かが何を感じたのか、分かりやすいように飾りつけて再現されているんじゃないかと思ったんだ。この商店街とか、山野アナと関係ありそうな殺風景な部屋で見たことを、クマの言葉と結びつけて考えてた」
先ほどのワンルームのたとえ話で言えば、色をつけたようなものだ。わんぱくな少年が感じた窮屈感を表すために、閉塞的な色合いを。大人しい少年が感じた開放感を表すために伸び伸びとした色合いを。
そうした個人にしか知りえない感じ方を、分かりやすく色づけたのがこのテレビの中の世界なのではと悠は推測したのだ。
(もっとも、どうしてそんな場所が作られるのかは、分からないけれど)
ますますテレビの中の世界への疑問は深まるばかりだ。この世界の住人だというクマも、この世界の全容は知らないらしいし、ならば現地調査といこうにも、茫漠と広がる霧の世界は、探れば探るほどに分からないことが積み重なる。
悠は短く息をつく。考えても、考えてもこの世界について分かることはあまりにも少ない。悠は思考を切り替えた。今向き合うべきは、目の前に広がる異様な商店街だ。この場所で、現実世界では遺体となった小西先輩が消えたというのだから。
悠は反省した。霧に包まれたテレビの世界は、いるだけで体力を消耗する。体力のタイムリミットが限られているなか、早急に取り組むべき問題があるというのに、呑気に考え事をしていた自分が少し気恥ずかしかった。
だが、残る1人と一匹はそうではなかったらしい。
「お前……よくそこまでかみ砕いて考えられたな。つか、こんな得体の知れない世界の成り立ちについて、冷静に考えられるのマジで肝がすわってるっつーか……」
「いやはやユウサンはすごいクマ。クマがなんとなーく言ったコトを、そんな風にメチャ分かりやすく説明しちゃうなんて……」
陽介とクマが感心したように悠をまじまじと見つめている。一人と一匹から向けられた、尊敬のまなざしが自分には不似合いな気がして、悠は困ったように目線を逸らす。
「いや、すごくはないよ。なんとなく分からないことがあったら、自分が納得できるような筋道のある考えが欲しいだけ。それと、冷静なのは……ちょっといいことじゃないんじゃないかな」
「それはナゼクマ?」
「それは……」
まったく無邪気なクマの問いに、悠は言い淀む。たしかに彼にとって危険な状況で冷静な状態でいることは、一見すると良いことなのかもしれない。
だが、それはこうも言い換えができる。悠たちは平穏な状況から遠ざかり、冷静ではないと生き残れないような危険な状況に追い込まれている 。そして悠は、そんな冷静さが求められるような環境に適応していってしまっている。
それが、怖いのだ。平穏から遠ざかり命が脅かされるような危険の深みへとズブズブと入り込んでしまっている気がして。そして、そんな場所に慣れていっている自分自身も悠は恐ろしかった。
自分に特別なことが──少なくとも命にかかわる危険はめったに起こらない現実の世界から離れていっているような不安が付きまとうから。
「ッ」
だが、それを口にすることは許されない。自分は2人と一匹のなかで、この世界に跋扈するシャドウたちを倒す《ペルソナ》能力の唯一の持ち主だ。そんな人間が弱音を吐けば、自然とその不安は陽介とクマに伝播してしまうだろう。
それは恐怖を堪えて、この世界へと歩みを進めた陽介とクマの勇気に泥を塗る行為だ。だから悠は口を閉ざした。
「センセイ?」
「いや、なんでもないんだ。先を急ごう」
突然話を打ち切った悠を不審に思ったらしい。クマがオヨヨ? と首を傾げた。すこし急ぎ足で弱気な思考を振り切ろうとするとすると、朗らかな声が耳へと響いた。
「まぁ、いんじゃね? お前が冷静で俺らは助かってるしさ。悪いことじゃないだろ」
「……え? うわっ」
パンッと背中に心地よい衝撃が走る。制服の布越しでも分かるあたたかな気配に悠はあっけに取られた。どうやら背中を軽く叩かれたらしい。その犯人──陽介はそのまま悠の肩に腕を回すと、ニッと白い歯を見せて笑いかける。
「んなイロイロ背負 いこんだ顔すんなよ鳴上。お前は俺と違ってイロイロ見えちまうぶん、不安になることも多いのかもしれねーけどさ……少なくとも、お前は一人じゃねーよ。そりゃ、俺は《ペルソナ》とか使えねーし、戦闘はお前任せになっちまうかもしれないけどさ……」
そこで少しだけ申し訳なさそうに苦笑いを見せる。だが即座に、ぐっと親指で自分を示した。
「それでも、俺も一緒だからさ。俺なりにできること、やるつもりだから。ちゃんと頭数に入れといてくれなってコト」
そして彼は、飾り気のない、太陽みたいに眩しい笑みを浮かべた。霧の中でも曇らないような笑みの明るさに、悠は釘付けになる。
俺も一緒だから。彼の笑顔と告げられた言葉に、悠は今まで心の中にわだかまっていた不安が朝日に照らされた夜闇のように霧散する。そうして、胸にあたたかいものが流れ込んで満ちる。
「花村」
「ん? どしたよ鳴上」
「近い」
だが、なぜか猛烈に身体がくすぐったくなった。そして、陽介の顔が近かった。鼻先が触れ合わんばかりの距離に、悠は素直な感想を吐き出す。パチリ、パチクリと陽介は目蓋を上げ下げする。次の瞬間、「な……! あ……!」と声にならない声を上げながら、ボッと火が出そうなほど陽介は頬を赤くした。
「ごめん! なんか落ち込んでるっぽかったから、つい元気注入みたいな感じで!」
「落ち込んでいる人には肩を組むのか!? ……なんという天然ジゴロ……!」
「いやっ、ちょっ、そんなんじゃないから! そんな誰かれ構わず肩組むワケじゃあなくって……」
「ヨースケずるい! クマもユウサンに抱き着きたいクマよ~~!」
「な、クマ!? これはそういうのじゃなくてな……」
「問答無用! クマを仲間外れにするのよくないクマよ! はいっ、ドーン☆」
「おわっ!?」「うわぁっ!」
ポーンと地を蹴るクマ。ロケットのごとく迫りくる彼に、肩を組んだ二人は成すすべもなく押し倒された。なんとか受け身をとるが、やはりコンクリートに打ち付けられれば背中は痛い。
「イテテテテ……クマてめぇ……いきなりアタックかましてくるとか……」
「だって、だって二人だけ仲良しなのなんかズルいクマよー! クマだって、クマだってユウサンのお役に立つクマ!」
「んなら文鎮みたいに俺らの上に居座ってんじゃねー!! なんでお前は中身カラッポのクセに、図体デケーんだよ!? のしかかられると両腕抑えられて動かしにくいったらありゃしねぇ!」
ぎゃんぎゃんといつもの調子で騒ぎ出す陽介とクマ。その賑やかな様子を傍目に悠は眺めて────つい笑ってしまった。
自分は一人ではないのだと、この霧にまみれた異世界を一人で行くのではないのだと思えたから。《ペルソナ》が使えるとか、戦力になるとか、頭がいいとかは関係ない。
彼らのにぎやかさが、飾らない明るい笑顔が、霧の中で彷徨いそうになる悠をありきたりな日常へとつなぎとめてくれている気がした。
その真偽を確かめるべく、悠と陽介はクマに道案内を任せて現場に向かっている。その目的地とは、最近もっとも新しく人が放り込まれた場所だ。
クマの案内によりそこに到着すると、悠と陽介は既視感を覚えた。というより、そこの景観は全く訪れたことがないというのに、2人にとっては見覚えがありすぎた。
「な、なんだよ……ここ、街の商店街にそっくりじゃんか……」
「そっくり……というより、商店街そのものだな……」
シャッターの降りた商店の数々に、ひび割れたアスファルトの舗装。鄙びて寂しい雰囲気まで。空を覆う、不気味な赤と黒の重苦しい波模様を除けば、その場所は現実世界に存在する”稲羽市中央通り商店街”そのものだった。
きょときょとと周りを見渡す陽介に対し、ゴルフクラブを持つ悠の後ろに隠れていたクマが不安そうに鼻をひくつかせる。
「人が放り込まれてしばらくすると、こんな変な場所ができたクマ。しかも、悪いコトにシャドウたちが溜まりやすくて困ってるの。シャドウたちが溜まると、より強いシャドウが生まれるクマ。だからキミたちも、隠れながら進んだ方がいいクマよ」
「ということは、もうココはシャドウたちの縄張りってことか……」
悠は改めて護身用のゴルフクラブを握り直す。陽介も周辺の警戒に努めるなか、改めて生々しいまでに再現された商店街に苦言を呈した。
「しっかし、見れば見るほどあの商店街と似てるわな。寂れたフンイキとかマンマだぜ。……けど、街の色んな場所の中で、なんで”商店街”なんだ?」
「なんでって言われても……クマもよく分からんクマ。ただ、こういうヘンな場所は入れられた人と一緒に現れて、その人の影響で全然違う景色になるクマ。この世界はココにいる人間の”現実”を映し出す場だから」
「”現実”? ……クマ吉、それどういうことだ?」
「んーと、クマもよく分からんけど、その人の心を通じて見えている”現実”のコトクマよ」
「よく分からんばっかだなお前……」
陽介が呆れたように肩を竦める。対して、悠はクマの言葉を咀嚼し、フムと頷いて口元に手を当てる。
「その人の心持ちによってフィルターがかかった現実の景色……つまり、認知の違いが景色に表れているのか?」
「……どういうことだ鳴上? 認知の違いとか、なんか引っかかってるみたいだけど……、クマの言ってることが分かんのか?」
考え事に没入しそうな悠だったが、陽介の問いかけにより我に返った。慌ててゴルフクラブを構え直しながら、陽介との会話に応じる。
「ああ、うん。クマの言葉について、自分なりに推測を立ててただけだ。クマが言っているのは、一つの景色を見たときにその人が感じることが分かりやすく貼り付けされているってことなんじゃないかって」
「その人が感じたこと……? 喜怒哀楽とか、そういうのか?」
「うん。例えば、いつも野原を駆け回って過ごしているわんぱくな少年と、いつも椅子一つが設置できるくらいしかない狭い部屋で読書をしている大人しい少年がいたとする。その2人をそれぞれ、造りも大きさも同じワンルームくらいの広さの部屋に入れたとしたら、2人が感じることは同じになると花村は思う?」
悠のたとえ話に、陽介はすこしだけ沈黙した。陽介はいきなり提示された問いかけに気を悪くしているのではなく、真剣に悠の問いを受け止めている様子だった。腕を組み、しばらく考えたのちに、陽介は落ち着いた声で答えを告げた。
「……ならねぇと思う。普段野原みたいにだだっ広いトコを駆け回ってる子がそんなトコに入れられたら、狭いって窮屈に感じるだろうし……逆に狭い場所で過ごしてる奴は、いつも過ごしてる椅子だけしかねー部屋より、広くってはしゃいじまうんじゃねーかな」
「正解」
趣旨は伝わったようだと、悠はほっとして頷いた。そのまま説明を続ける。
「そういう風に、一つの景色であっても感じ方って人それぞれだろ? それでこの世界は、現実にある一つの景色を、そういう、誰かが何を感じたのか、分かりやすいように飾りつけて再現されているんじゃないかと思ったんだ。この商店街とか、山野アナと関係ありそうな殺風景な部屋で見たことを、クマの言葉と結びつけて考えてた」
先ほどのワンルームのたとえ話で言えば、色をつけたようなものだ。わんぱくな少年が感じた窮屈感を表すために、閉塞的な色合いを。大人しい少年が感じた開放感を表すために伸び伸びとした色合いを。
そうした個人にしか知りえない感じ方を、分かりやすく色づけたのがこのテレビの中の世界なのではと悠は推測したのだ。
(もっとも、どうしてそんな場所が作られるのかは、分からないけれど)
ますますテレビの中の世界への疑問は深まるばかりだ。この世界の住人だというクマも、この世界の全容は知らないらしいし、ならば現地調査といこうにも、茫漠と広がる霧の世界は、探れば探るほどに分からないことが積み重なる。
悠は短く息をつく。考えても、考えてもこの世界について分かることはあまりにも少ない。悠は思考を切り替えた。今向き合うべきは、目の前に広がる異様な商店街だ。この場所で、現実世界では遺体となった小西先輩が消えたというのだから。
悠は反省した。霧に包まれたテレビの世界は、いるだけで体力を消耗する。体力のタイムリミットが限られているなか、早急に取り組むべき問題があるというのに、呑気に考え事をしていた自分が少し気恥ずかしかった。
だが、残る1人と一匹はそうではなかったらしい。
「お前……よくそこまでかみ砕いて考えられたな。つか、こんな得体の知れない世界の成り立ちについて、冷静に考えられるのマジで肝がすわってるっつーか……」
「いやはやユウサンはすごいクマ。クマがなんとなーく言ったコトを、そんな風にメチャ分かりやすく説明しちゃうなんて……」
陽介とクマが感心したように悠をまじまじと見つめている。一人と一匹から向けられた、尊敬のまなざしが自分には不似合いな気がして、悠は困ったように目線を逸らす。
「いや、すごくはないよ。なんとなく分からないことがあったら、自分が納得できるような筋道のある考えが欲しいだけ。それと、冷静なのは……ちょっといいことじゃないんじゃないかな」
「それはナゼクマ?」
「それは……」
まったく無邪気なクマの問いに、悠は言い淀む。たしかに彼にとって危険な状況で冷静な状態でいることは、一見すると良いことなのかもしれない。
だが、それはこうも言い換えができる。悠たちは平穏な状況から遠ざかり、冷静ではないと生き残れないような危険な状況に
それが、怖いのだ。平穏から遠ざかり命が脅かされるような危険の深みへとズブズブと入り込んでしまっている気がして。そして、そんな場所に慣れていっている自分自身も悠は恐ろしかった。
自分に特別なことが──少なくとも命にかかわる危険はめったに起こらない現実の世界から離れていっているような不安が付きまとうから。
「ッ」
だが、それを口にすることは許されない。自分は2人と一匹のなかで、この世界に跋扈するシャドウたちを倒す《ペルソナ》能力の唯一の持ち主だ。そんな人間が弱音を吐けば、自然とその不安は陽介とクマに伝播してしまうだろう。
それは恐怖を堪えて、この世界へと歩みを進めた陽介とクマの勇気に泥を塗る行為だ。だから悠は口を閉ざした。
「センセイ?」
「いや、なんでもないんだ。先を急ごう」
突然話を打ち切った悠を不審に思ったらしい。クマがオヨヨ? と首を傾げた。すこし急ぎ足で弱気な思考を振り切ろうとするとすると、朗らかな声が耳へと響いた。
「まぁ、いんじゃね? お前が冷静で俺らは助かってるしさ。悪いことじゃないだろ」
「……え? うわっ」
パンッと背中に心地よい衝撃が走る。制服の布越しでも分かるあたたかな気配に悠はあっけに取られた。どうやら背中を軽く叩かれたらしい。その犯人──陽介はそのまま悠の肩に腕を回すと、ニッと白い歯を見せて笑いかける。
「んなイロイロ
そこで少しだけ申し訳なさそうに苦笑いを見せる。だが即座に、ぐっと親指で自分を示した。
「それでも、俺も一緒だからさ。俺なりにできること、やるつもりだから。ちゃんと頭数に入れといてくれなってコト」
そして彼は、飾り気のない、太陽みたいに眩しい笑みを浮かべた。霧の中でも曇らないような笑みの明るさに、悠は釘付けになる。
俺も一緒だから。彼の笑顔と告げられた言葉に、悠は今まで心の中にわだかまっていた不安が朝日に照らされた夜闇のように霧散する。そうして、胸にあたたかいものが流れ込んで満ちる。
「花村」
「ん? どしたよ鳴上」
「近い」
だが、なぜか猛烈に身体がくすぐったくなった。そして、陽介の顔が近かった。鼻先が触れ合わんばかりの距離に、悠は素直な感想を吐き出す。パチリ、パチクリと陽介は目蓋を上げ下げする。次の瞬間、「な……! あ……!」と声にならない声を上げながら、ボッと火が出そうなほど陽介は頬を赤くした。
「ごめん! なんか落ち込んでるっぽかったから、つい元気注入みたいな感じで!」
「落ち込んでいる人には肩を組むのか!? ……なんという天然ジゴロ……!」
「いやっ、ちょっ、そんなんじゃないから! そんな誰かれ構わず肩組むワケじゃあなくって……」
「ヨースケずるい! クマもユウサンに抱き着きたいクマよ~~!」
「な、クマ!? これはそういうのじゃなくてな……」
「問答無用! クマを仲間外れにするのよくないクマよ! はいっ、ドーン☆」
「おわっ!?」「うわぁっ!」
ポーンと地を蹴るクマ。ロケットのごとく迫りくる彼に、肩を組んだ二人は成すすべもなく押し倒された。なんとか受け身をとるが、やはりコンクリートに打ち付けられれば背中は痛い。
「イテテテテ……クマてめぇ……いきなりアタックかましてくるとか……」
「だって、だって二人だけ仲良しなのなんかズルいクマよー! クマだって、クマだってユウサンのお役に立つクマ!」
「んなら文鎮みたいに俺らの上に居座ってんじゃねー!! なんでお前は中身カラッポのクセに、図体デケーんだよ!? のしかかられると両腕抑えられて動かしにくいったらありゃしねぇ!」
ぎゃんぎゃんといつもの調子で騒ぎ出す陽介とクマ。その賑やかな様子を傍目に悠は眺めて────つい笑ってしまった。
自分は一人ではないのだと、この霧にまみれた異世界を一人で行くのではないのだと思えたから。《ペルソナ》が使えるとか、戦力になるとか、頭がいいとかは関係ない。
彼らのにぎやかさが、飾らない明るい笑顔が、霧の中で彷徨いそうになる悠をありきたりな日常へとつなぎとめてくれている気がした。