客人〈マレビト〉来たりき
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堂島家での最初の晩餐はお寿司だった。歓迎の意をこめて堂島が用意してくれたのだろう。しかし、にぎやかに、とはいかなかった。
寿司が並ぶ居間で乾杯を済ませたあと、堂島に急用の仕事が入ったのだ。それを知らせてきた電話が長引く間に、堂島の顔がみるみるうちに険しくなっていく。
「酒飲まなくてアタリかよ……」
苦々しく顔をしかめて、堂島は立ち上がる。眉間に刻まれた谷間の深さから、難しい要件なのだろうと悠は察した。部外者の悠でも分かるのだから、娘の菜々子はより強く感じたのだろう。不安げに、彼女は胸に手を当てて立ち上がる。
「仕事でちょっと出てくる。急いで悪いが、飯は2人で食ってくれ。帰りは………ちょっとわからん。菜々子、後は頼むぞ」
「うん……」
不安げな菜々子を背に、堂島は機敏な動きで玄関に向かう。そうして開け放たれた玄関からは、打ちつけるような雨音が流れこんでくる。
「菜々子、外、雨だ。洗濯物どうした!?」
「いれたー!」
「そうか、じゃ、行ってくる」
カラピシャンと、玄関は閉められた。勢いよくかかったエンジン音が遠ざかっていく。菜々子は不安げに胸を抑えたまま、静かに座卓へとついた。手元にあったテレビリモコンをとって、菜々子は無造作にチャンネルを変える。
【……るでしょう。では、明日のお天気、時間帯ごとの変化です】
「いただきまーす」
明日は終日雨、との予報を告げるお天気キャスターをよそに、菜々子は食事を再開した。気落ちしているのか、その手は乾杯を終えたときより、ゆっくりだ。寂しそうな菜々子に、悠の胸が詰まる。
「おじさんの仕事って、刑事さんだっけ?」
「うん。ジケンのソウサとか」
「大変そう、だったね」
「そうだね。たぶん、きょうは かえれないかも」
淡々とした菜々子の答えは、あまりにも抑揚がない。
悠はしまったと冷や汗をかいた。寂しいなんて分かりきっていることだ。悠だって、独りぼっちの家に取り残される辛さには経験があるのだから。両親が不在がちの、がらんどうの家の寒さが悠の中に蘇る。わざわざそれを想起させてしまって、悠は言葉に詰まる。思わず顔をふせると、菜々子は慌てた様子でぎこちなく笑みをつくった。
「だいじょうぶだよ。家のこととか ちゃんとできるから」
幼い声が気丈に告げる。どうやら、悠が慣れない家に戸惑っていると思ったらしい。そうではないのだが、彼女の厚意を無下にするわけにはいかない。
「えっと……ありがとう」
「どういたしまして?」
不思議そうに菜々子は首をかしげた。まったく当たり前のことなのに、どうして感謝されるのかというように。本当に優しく、しっかりした子だ。それに比べてと、悠は自分を顧みる。10も年下の女の子に気を使わせるなんて不甲斐ない限りである。
【次のニュースです】
いつの間にか、番組はワイドショーに切り替わっていたらしい。内容は、最近巷を騒がせている不倫問題について。
【稲羽市議員秘書の "生田目太郎" 氏が、不適切な女性関係から進退を取り沙汰されている問題。夫人で演歌歌手の "柊みすず" さんは、取材に応じ、慰謝料を求め争う考えを明らかにしました】
テロップが切り替わる。糊の効いたシャツブラウスに身を包んだ、いかにも"やり手のキャリアウーマン"といった印象の女性が映る。この女性こそ、件の議員秘書の不倫相手なのだそうだ。
【事態を受け、地元テレビ局『あいテレビジョン』は、生田目氏と愛人関係とされる所属アナウンサー…… "山野真由美" さんを……全ての担当番組から降板とし、問題解決まで出演を自粛する方針を発表しています】
同居人になりたての2人は、お互いから逃げるようにテレビを眺めた。だが、とくに面白味もない内容だ。連日ニュースになっている内容に毛が生えただけ。もともと、こういったワイドショーネタが好きでない悠は、はっきり言っていつまで騒ぐのかと辟易さえしている。
それは菜々子も同じだったらしい。
「……ニュースつまんないね。チャンネル かえてもいい?」
「うん。好きなのにしていいよ」
ピッと彼女はチャンネルを変える。キャッチーな音が流れだし、とたんに菜々子の瞳が輝いた。なにかと思えば、八十稲羽の地元大型スーパー『ジュネス』のCMだ。
「ジュネスだ!」
【ジュネスは毎日がお客様感謝デー! 来て、見て、触れてください!】
【エブリディ・ヤングライフ! ジュ・ネ・ス!】
「エブリディ・ヤングライフ! ジュ・ネ・ス!」
身を乗りだした菜々子の幼さは、年相応のものだ。彼女の大人びた一面ばかり見ていた悠は、面食らって寿司に伸ばした箸を止める。目の前の女の子がどんな人となりか、まだ悠は掴みきれない。
「……食べないの?」
「あ、うん。菜々子ちゃん、ジュネスが好きなの?」
すると、菜々子は無邪気に笑った。今日はじめて見せた偽りや気遣いではない、年相応の笑みだ。
「うん! 菜々子ね、ジュネス大好き!」
「……そっか」
悠はほっと息をつく。八十稲羽に来てからというもの、叔父の堂島にも菜々子にも気を遣わせてばかりだったから。いま悠の目の前で、菜々子がみせてくれた屈託のない笑みに、外から来た自分が余所者 ではないのだと言われた気がしたから。
そう思考して、悠は気付く。自分は不安だったのだと。まったく知り合いの──それこそ両親がいない未知の場所で、自分は上手くやっていけるのだろうかと。
そして何よりも、あの奇妙な老人──イゴールが示した未来について。イゴールいわく、悠にはこの先、困難となる"何か"が待ち受けているという。
(まだ、分からない。でも……)
目の前で、嬉しそうにお寿司を食べる菜々子を前をさりげなく見つめる。目の前の彼女は、何の変哲もない女の子だ。そんな人が自分の近くにいることが悠にはありがたく思えた。自分は日常と結びついていると安心できるから。
悠はお寿司に手をつける。この家の人たちとはちゃんと仲良くしていきたいなと考えながら。
寿司が並ぶ居間で乾杯を済ませたあと、堂島に急用の仕事が入ったのだ。それを知らせてきた電話が長引く間に、堂島の顔がみるみるうちに険しくなっていく。
「酒飲まなくてアタリかよ……」
苦々しく顔をしかめて、堂島は立ち上がる。眉間に刻まれた谷間の深さから、難しい要件なのだろうと悠は察した。部外者の悠でも分かるのだから、娘の菜々子はより強く感じたのだろう。不安げに、彼女は胸に手を当てて立ち上がる。
「仕事でちょっと出てくる。急いで悪いが、飯は2人で食ってくれ。帰りは………ちょっとわからん。菜々子、後は頼むぞ」
「うん……」
不安げな菜々子を背に、堂島は機敏な動きで玄関に向かう。そうして開け放たれた玄関からは、打ちつけるような雨音が流れこんでくる。
「菜々子、外、雨だ。洗濯物どうした!?」
「いれたー!」
「そうか、じゃ、行ってくる」
カラピシャンと、玄関は閉められた。勢いよくかかったエンジン音が遠ざかっていく。菜々子は不安げに胸を抑えたまま、静かに座卓へとついた。手元にあったテレビリモコンをとって、菜々子は無造作にチャンネルを変える。
【……るでしょう。では、明日のお天気、時間帯ごとの変化です】
「いただきまーす」
明日は終日雨、との予報を告げるお天気キャスターをよそに、菜々子は食事を再開した。気落ちしているのか、その手は乾杯を終えたときより、ゆっくりだ。寂しそうな菜々子に、悠の胸が詰まる。
「おじさんの仕事って、刑事さんだっけ?」
「うん。ジケンのソウサとか」
「大変そう、だったね」
「そうだね。たぶん、きょうは かえれないかも」
淡々とした菜々子の答えは、あまりにも抑揚がない。
悠はしまったと冷や汗をかいた。寂しいなんて分かりきっていることだ。悠だって、独りぼっちの家に取り残される辛さには経験があるのだから。両親が不在がちの、がらんどうの家の寒さが悠の中に蘇る。わざわざそれを想起させてしまって、悠は言葉に詰まる。思わず顔をふせると、菜々子は慌てた様子でぎこちなく笑みをつくった。
「だいじょうぶだよ。家のこととか ちゃんとできるから」
幼い声が気丈に告げる。どうやら、悠が慣れない家に戸惑っていると思ったらしい。そうではないのだが、彼女の厚意を無下にするわけにはいかない。
「えっと……ありがとう」
「どういたしまして?」
不思議そうに菜々子は首をかしげた。まったく当たり前のことなのに、どうして感謝されるのかというように。本当に優しく、しっかりした子だ。それに比べてと、悠は自分を顧みる。10も年下の女の子に気を使わせるなんて不甲斐ない限りである。
【次のニュースです】
いつの間にか、番組はワイドショーに切り替わっていたらしい。内容は、最近巷を騒がせている不倫問題について。
【稲羽市議員秘書の "生田目太郎" 氏が、不適切な女性関係から進退を取り沙汰されている問題。夫人で演歌歌手の "柊みすず" さんは、取材に応じ、慰謝料を求め争う考えを明らかにしました】
テロップが切り替わる。糊の効いたシャツブラウスに身を包んだ、いかにも"やり手のキャリアウーマン"といった印象の女性が映る。この女性こそ、件の議員秘書の不倫相手なのだそうだ。
【事態を受け、地元テレビ局『あいテレビジョン』は、生田目氏と愛人関係とされる所属アナウンサー…… "山野真由美" さんを……全ての担当番組から降板とし、問題解決まで出演を自粛する方針を発表しています】
同居人になりたての2人は、お互いから逃げるようにテレビを眺めた。だが、とくに面白味もない内容だ。連日ニュースになっている内容に毛が生えただけ。もともと、こういったワイドショーネタが好きでない悠は、はっきり言っていつまで騒ぐのかと辟易さえしている。
それは菜々子も同じだったらしい。
「……ニュースつまんないね。チャンネル かえてもいい?」
「うん。好きなのにしていいよ」
ピッと彼女はチャンネルを変える。キャッチーな音が流れだし、とたんに菜々子の瞳が輝いた。なにかと思えば、八十稲羽の地元大型スーパー『ジュネス』のCMだ。
「ジュネスだ!」
【ジュネスは毎日がお客様感謝デー! 来て、見て、触れてください!】
【エブリディ・ヤングライフ! ジュ・ネ・ス!】
「エブリディ・ヤングライフ! ジュ・ネ・ス!」
身を乗りだした菜々子の幼さは、年相応のものだ。彼女の大人びた一面ばかり見ていた悠は、面食らって寿司に伸ばした箸を止める。目の前の女の子がどんな人となりか、まだ悠は掴みきれない。
「……食べないの?」
「あ、うん。菜々子ちゃん、ジュネスが好きなの?」
すると、菜々子は無邪気に笑った。今日はじめて見せた偽りや気遣いではない、年相応の笑みだ。
「うん! 菜々子ね、ジュネス大好き!」
「……そっか」
悠はほっと息をつく。八十稲羽に来てからというもの、叔父の堂島にも菜々子にも気を遣わせてばかりだったから。いま悠の目の前で、菜々子がみせてくれた屈託のない笑みに、外から来た自分が
そう思考して、悠は気付く。自分は不安だったのだと。まったく知り合いの──それこそ両親がいない未知の場所で、自分は上手くやっていけるのだろうかと。
そして何よりも、あの奇妙な老人──イゴールが示した未来について。イゴールいわく、悠にはこの先、困難となる"何か"が待ち受けているという。
(まだ、分からない。でも……)
目の前で、嬉しそうにお寿司を食べる菜々子を前をさりげなく見つめる。目の前の彼女は、何の変哲もない女の子だ。そんな人が自分の近くにいることが悠にはありがたく思えた。自分は日常と結びついていると安心できるから。
悠はお寿司に手をつける。この家の人たちとはちゃんと仲良くしていきたいなと考えながら。