雲行き崩れて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
◇◇◇
身体の平衡感覚がおかしくなるような浮遊感。それが過ぎたあと、一気に重力に捕らえられる。落下を想定済みだった悠と陽介は硬い地面に受け身を取って着地する。
「いっててて……」
「膝がビリッと……」
だが、反動による慣れない鈍い痛みに二人して呻く。いち早く立ち上がった陽介が落ちてきた周囲を確認した。みるみるうちに痛みにしかめていた陽介の表情が明るくなる。そして上手くいったと言わんばかりにガッツポーズをとった。
「見ろよ、前と同じ場所じゃないか!? ちゃんと場所と場所で繋がってんだ!」
悠は昨日、謎のクマから貰ったメガネをかけた。霧にまみれた視界が緩和される。人間ダーツのステージに、周りを取り囲むアルミのトラスとそこかしこにあるスポットライト。たしかに昨日、悠たちが最初に迷い込んだ不気味な広場に違いなかった。
するとどこからか「クマーーーーーッ!?」と騒々しい叫びが2人の耳を貫く。音圧にギョッとして振り向いた先では、霧の中でもカラフルな姿の存在が、目を点にして悠と陽介を見つめている。
「き、きみたち……。なんでまた来たクマ!?」
2人の下に、ピコピコピコと特徴的な足音を立てて、見覚えのあるカラフルな着ぐるみが駆け寄ってくる。
自称・テレビの世界の住人であるクマだ。クマは陽介と悠を見つけるなり、ワタワタと慌てたふうに平べったい手をふりまわした。
「クマが出口ださないと、キミたち帰れないクマよ!?」
「んなわけねーだろ! 今日はおまえに頼らなくてもいいように命綱を……って、アーーーーーッ!!!」
「命綱、切れちゃったな」
◇◇◇
ジュネス家電売り場にて。
ひとり残された緑ジャージを身につけた少女──里中千枝は大きなテレビを前に地面にへたりこんでいる。手元にある切れた荒縄の先端を、彼女は呆然自失と見つめた。荒縄は命綱だったものだ。謎の異世界へと飛び込んでいった友達──鳴上悠と花村陽介を繋ぎ止めるための。
だがしかし、まるで2人の無謀を嘲笑うかのように、荒縄の断面はスッパリと絶ち切られている。
もはや、千枝にできることは無いに等しい。 彼らを追おうにも、千枝はテレビの中に入る力を持たないのだから。実際、先ほどテレビ画面に手を当ててみたが、なんともいえない沈黙と画面の冷やかな温度を感じるだけだった。
千枝は完全に、陽介と悠へとつながる道筋を見失ったのだ。
「ほらぁ、やっぱ無理じゃん……」
涙をいっぱいに貯めた少女の、宛てのない呟きが空しくこだました。
◇◇◇
「ここから出る方法は、クマが出口を出してあげるしかないのーーー!! なんでまた来たクマーー!! ハッ、もしや」
所違って呆然自失とする陽介をよそに、クマはムムッと悠たちを睨みつけた。真ん丸な目に宿った猜疑心に、悠たちは何事かと首をひねる。すると探偵のごとく、ビシィッとクマは悠と陽介に片腕を突き出した。
「わーかった! 犯人は、チミタチだクマ!!」
「は!? 犯人? なんのだよ!」
「とぼけたって無駄クマ! 最近、アッチの誰かがこっちの世界に人を放り込んでるってクマ知ってるんだから。そのせいでこっちの世界どんどんおかしくなってるクマ!」
「「はぁ?」」
疑問を呈する悠たちにも構わず、クマはフムフムと納得した様子で首を振る。2人を逃がさないためにか、円で囲むように2人の周りを歩きながら、じっとりと湿度の高い目を向けてきた。
「キミたちは、自力でここに来られるらしいクマ。他の人に入れられてる感じじゃないし、きっと人を放り込むこともできるはず……。よって、キミたちがこの世界に人を落としてる犯人クマね!」
「ふっざけんな!!」
あまりにも不名誉な疑いに、陽介が吠えた。
「誰がそんな危険なことするかよ!? テレビの世界なんて放り込まれたら、出れずに死んじまうかもしれないだろっ………って、おい」
クマの推理に激昂しかけ──ヒュッと陽介は息を飲んだ。悠も同じく目を見張る。
クマの話によれば、テレビの中の世界は入ったら自力で出ることは叶わないらしい。それを踏まえて恐ろしい考えが、悠の思考に浮上する。
怪物の跋扈する霧まみれの異世界に人を入れる。分かりやすく言い換えるのなら、猛獣の溢れた途方もなく広い一方通行の森の中に、目隠しつきで人を放り込むようなもの。
────それは、殺人にうってつけではないか。と悠は思う。
しかも、相手は誰も知らない場所で勝手に死んでくれるのだから、放り込んだ人間に足はつかない。誰も踏み入ることの叶わない危険地帯。そんな場所に最近人が放り込まれたと、クマは言う。悠と陽介は目を見合わせた。
山野アナと小西先輩がこの世界で殺された可能性が跳ね上がったからだ。
2人が亡くなった怪死事件とテレビの中の世界、その間に確かな繋がりを見たように思えて、悠と陽介は頷きあった。聞き手に徹していた悠は口を開く。
「……もしかして小西先輩も、山野アナも、悪意を持った“誰か”がテレビの世界に人を放り込んだのかも……」
「だーかーらー、その犯人がキミたちなんでしょうがーー!! 正直に言うクマ!」
クマが話を遮った。2人で考えをまとめたいというのに、埒が明かない。悠はため息をつく傍らで、陽介が苛立たしげに、髪をかき混ぜる。そうして、険のある睨みをクマにぶつけた。
「ヒョエ!? なにクマ?」
「……テメエこそ、実は先輩をこっちに連れてきた犯人じゃねえのか?」
「えーーーーーーーーーーー!? ちがうクマ! 外から人を連れてきたって、クマにいいことなんか一つもないクマよ! むしろ、そのせいで、クマの世界おかしくなって、クマ散々クマってるのに!」
「どうだかな……。大体、ふざけた着ぐるみ着やがって。怪しさマシマシなんだよ! いい加減、正体見せやがれッ!」
「わーーーー! やめれーーーーーーー!!!」
陽介はクマにとびかかる。身体を着ぐるみの目に押し付けることで視界を奪い、頭と胴部を連結する銀のジッパーに手をかけた。そのままジーーッ! と勢いよくチャックを引き剥がす。そうして持ち上げた着ぐるみの頭部は軽い。胴部の内側を見て、陽介とは飛び上がり頭部を放り投げ、悠は後ずさった。
「うおわああ!? 空っぽ!?」
「このクマ……中身がないのか?」
クマの着ぐるみの中は空っぽだった。表面のカラフルさが嘘のように、布の裏地の色さえわからない底無しの黒が敷き詰められている。びっくりして陽介が手放した着ぐるみの頭部も同じだ。軽くて、からっぽ。摩訶不思議なクマの着ぐるみを悠はしげしげと見つめた。
頭を盗られたクマはというと騒がしい様子で頭部を探し、手をジタバタさせた。声をあげられない様子を見ると、声帯は頭部がないと機能しないらしい。一通り検分した後、悠はクマの頭を拾ってきて、すぽんともとに戻してやった。
「…………鳴上ってあんま動じない人?」
「いや、好奇心が先だって。あと、喋れないの可哀そうだし」
「いや、それにしたって勇気がありすぎだろ。ワケわからんやつに優しくしてやるとか」
「そうか?」
冷静さに軽く引いた陽介に、悠は首を傾げる。正直、テレビにいきなり手が吸い込まれたり、霧にまみれた異世界に迷い混んだり、舌だけのお化けに襲われたり、自分でもよく分からない異形である《ペルソナ》を使役したりと、非日常な出来事に悠の危機感覚は麻痺してきていた。まったく笑えない 事態だと、悠は内心で途方にくれる。
「……クマ、キミたちが犯人じゃないって信じていいクマよ。灰色のヒト、クマのこと助けてくれたし」
「な、なんだよ……いきなりシュンとして……」
いつの間にか復帰したクマがしおらしく囁いた。先ほど食ってかかった威勢のなさはどこへやら。ペタリと床に力なく座って態度を変えたクマに悠と陽介は戸惑う。
「……でもその代わり、本物の犯人を探し出してこんなことやめさせてほしいクマ」
堰を切ったように言葉が続く。そうして、霧まみれのスタジオをゆっくりと沈んだ様子で見渡した。
「……ここ、クマの住む世界だけど、外の人が入れられてから、おかしくなってる。クマ、どうにかしたいけど、力ないから、何にもできないクマ……クマはただ静かに暮らしたいだけなのに……」
「……」
遣る瀬なさと切実さに滲む言葉に、悠たちは黙りこむ。クマは縋るように、外の世界から来た2人に真ん丸な瞳を向けた。着ぐるみの中はからっぽだというのに、大きな瞳は確かに悲しみで満たされている。
「頼れる人、キミたちしかいないクマ。協力してくれるっていうなら、クマが知ってることちゃんと話すクマ。キミたちが何を知りたいのか分からないけど、ボクのできる限りで話して、この世界の案内だってする。クマ、できるかぎりキミたち助ける。出口だって、出してあげる。だから、だから、……クマのこと、助けてほしいクマ……」
声を震わせて、今にも泣きだしそうな様子でクマは訴えた。クマにとっては捨て身といってもいいような交換条件に、切実さが表れている。クマはコテリとあどけない仕草で頭を傾けた。
「約束、してくれるクマ?」
ぐっと隣にいた陽介の身体が強ばった。おそらく、同情に傾いているのだろう。だが、彼はYESとは言わない。
それも当然だ。陽介も悠もただの高校生なのだから。犯人を調べる手段と知識は限られてくるうえ、よしんば見つけたとしても止められる手段もパッとは思いつかない。
しかも相手は、危険な世界に人を放り込むような極悪人。追い詰めるためには、自分たちが傷つくリスクもあるだろう。
クマの要求は極めて危険だ。簡単に了承などできるはずがない。だが──
「わかった」
──クマの頼みを、悠は飲み込む。迷いなく頷く悠にむかって、ギョッと丸まった2対の瞳が向けられた。かたやクマは救世主を、かたや陽介は信じられない者を見るような表情を悠へと向けていた。
身体の平衡感覚がおかしくなるような浮遊感。それが過ぎたあと、一気に重力に捕らえられる。落下を想定済みだった悠と陽介は硬い地面に受け身を取って着地する。
「いっててて……」
「膝がビリッと……」
だが、反動による慣れない鈍い痛みに二人して呻く。いち早く立ち上がった陽介が落ちてきた周囲を確認した。みるみるうちに痛みにしかめていた陽介の表情が明るくなる。そして上手くいったと言わんばかりにガッツポーズをとった。
「見ろよ、前と同じ場所じゃないか!? ちゃんと場所と場所で繋がってんだ!」
悠は昨日、謎のクマから貰ったメガネをかけた。霧にまみれた視界が緩和される。人間ダーツのステージに、周りを取り囲むアルミのトラスとそこかしこにあるスポットライト。たしかに昨日、悠たちが最初に迷い込んだ不気味な広場に違いなかった。
するとどこからか「クマーーーーーッ!?」と騒々しい叫びが2人の耳を貫く。音圧にギョッとして振り向いた先では、霧の中でもカラフルな姿の存在が、目を点にして悠と陽介を見つめている。
「き、きみたち……。なんでまた来たクマ!?」
2人の下に、ピコピコピコと特徴的な足音を立てて、見覚えのあるカラフルな着ぐるみが駆け寄ってくる。
自称・テレビの世界の住人であるクマだ。クマは陽介と悠を見つけるなり、ワタワタと慌てたふうに平べったい手をふりまわした。
「クマが出口ださないと、キミたち帰れないクマよ!?」
「んなわけねーだろ! 今日はおまえに頼らなくてもいいように命綱を……って、アーーーーーッ!!!」
「命綱、切れちゃったな」
◇◇◇
ジュネス家電売り場にて。
ひとり残された緑ジャージを身につけた少女──里中千枝は大きなテレビを前に地面にへたりこんでいる。手元にある切れた荒縄の先端を、彼女は呆然自失と見つめた。荒縄は命綱だったものだ。謎の異世界へと飛び込んでいった友達──鳴上悠と花村陽介を繋ぎ止めるための。
だがしかし、まるで2人の無謀を嘲笑うかのように、荒縄の断面はスッパリと絶ち切られている。
もはや、千枝にできることは無いに等しい。 彼らを追おうにも、千枝はテレビの中に入る力を持たないのだから。実際、先ほどテレビ画面に手を当ててみたが、なんともいえない沈黙と画面の冷やかな温度を感じるだけだった。
千枝は完全に、陽介と悠へとつながる道筋を見失ったのだ。
「ほらぁ、やっぱ無理じゃん……」
涙をいっぱいに貯めた少女の、宛てのない呟きが空しくこだました。
◇◇◇
「ここから出る方法は、クマが出口を出してあげるしかないのーーー!! なんでまた来たクマーー!! ハッ、もしや」
所違って呆然自失とする陽介をよそに、クマはムムッと悠たちを睨みつけた。真ん丸な目に宿った猜疑心に、悠たちは何事かと首をひねる。すると探偵のごとく、ビシィッとクマは悠と陽介に片腕を突き出した。
「わーかった! 犯人は、チミタチだクマ!!」
「は!? 犯人? なんのだよ!」
「とぼけたって無駄クマ! 最近、アッチの誰かがこっちの世界に人を放り込んでるってクマ知ってるんだから。そのせいでこっちの世界どんどんおかしくなってるクマ!」
「「はぁ?」」
疑問を呈する悠たちにも構わず、クマはフムフムと納得した様子で首を振る。2人を逃がさないためにか、円で囲むように2人の周りを歩きながら、じっとりと湿度の高い目を向けてきた。
「キミたちは、自力でここに来られるらしいクマ。他の人に入れられてる感じじゃないし、きっと人を放り込むこともできるはず……。よって、キミたちがこの世界に人を落としてる犯人クマね!」
「ふっざけんな!!」
あまりにも不名誉な疑いに、陽介が吠えた。
「誰がそんな危険なことするかよ!? テレビの世界なんて放り込まれたら、出れずに死んじまうかもしれないだろっ………って、おい」
クマの推理に激昂しかけ──ヒュッと陽介は息を飲んだ。悠も同じく目を見張る。
クマの話によれば、テレビの中の世界は入ったら自力で出ることは叶わないらしい。それを踏まえて恐ろしい考えが、悠の思考に浮上する。
怪物の跋扈する霧まみれの異世界に人を入れる。分かりやすく言い換えるのなら、猛獣の溢れた途方もなく広い一方通行の森の中に、目隠しつきで人を放り込むようなもの。
────それは、殺人にうってつけではないか。と悠は思う。
しかも、相手は誰も知らない場所で勝手に死んでくれるのだから、放り込んだ人間に足はつかない。誰も踏み入ることの叶わない危険地帯。そんな場所に最近人が放り込まれたと、クマは言う。悠と陽介は目を見合わせた。
山野アナと小西先輩がこの世界で殺された可能性が跳ね上がったからだ。
2人が亡くなった怪死事件とテレビの中の世界、その間に確かな繋がりを見たように思えて、悠と陽介は頷きあった。聞き手に徹していた悠は口を開く。
「……もしかして小西先輩も、山野アナも、悪意を持った“誰か”がテレビの世界に人を放り込んだのかも……」
「だーかーらー、その犯人がキミたちなんでしょうがーー!! 正直に言うクマ!」
クマが話を遮った。2人で考えをまとめたいというのに、埒が明かない。悠はため息をつく傍らで、陽介が苛立たしげに、髪をかき混ぜる。そうして、険のある睨みをクマにぶつけた。
「ヒョエ!? なにクマ?」
「……テメエこそ、実は先輩をこっちに連れてきた犯人じゃねえのか?」
「えーーーーーーーーーーー!? ちがうクマ! 外から人を連れてきたって、クマにいいことなんか一つもないクマよ! むしろ、そのせいで、クマの世界おかしくなって、クマ散々クマってるのに!」
「どうだかな……。大体、ふざけた着ぐるみ着やがって。怪しさマシマシなんだよ! いい加減、正体見せやがれッ!」
「わーーーー! やめれーーーーーーー!!!」
陽介はクマにとびかかる。身体を着ぐるみの目に押し付けることで視界を奪い、頭と胴部を連結する銀のジッパーに手をかけた。そのままジーーッ! と勢いよくチャックを引き剥がす。そうして持ち上げた着ぐるみの頭部は軽い。胴部の内側を見て、陽介とは飛び上がり頭部を放り投げ、悠は後ずさった。
「うおわああ!? 空っぽ!?」
「このクマ……中身がないのか?」
クマの着ぐるみの中は空っぽだった。表面のカラフルさが嘘のように、布の裏地の色さえわからない底無しの黒が敷き詰められている。びっくりして陽介が手放した着ぐるみの頭部も同じだ。軽くて、からっぽ。摩訶不思議なクマの着ぐるみを悠はしげしげと見つめた。
頭を盗られたクマはというと騒がしい様子で頭部を探し、手をジタバタさせた。声をあげられない様子を見ると、声帯は頭部がないと機能しないらしい。一通り検分した後、悠はクマの頭を拾ってきて、すぽんともとに戻してやった。
「…………鳴上ってあんま動じない人?」
「いや、好奇心が先だって。あと、喋れないの可哀そうだし」
「いや、それにしたって勇気がありすぎだろ。ワケわからんやつに優しくしてやるとか」
「そうか?」
冷静さに軽く引いた陽介に、悠は首を傾げる。正直、テレビにいきなり手が吸い込まれたり、霧にまみれた異世界に迷い混んだり、舌だけのお化けに襲われたり、自分でもよく分からない異形である《ペルソナ》を使役したりと、非日常な出来事に悠の危機感覚は麻痺してきていた。まったく笑えない 事態だと、悠は内心で途方にくれる。
「……クマ、キミたちが犯人じゃないって信じていいクマよ。灰色のヒト、クマのこと助けてくれたし」
「な、なんだよ……いきなりシュンとして……」
いつの間にか復帰したクマがしおらしく囁いた。先ほど食ってかかった威勢のなさはどこへやら。ペタリと床に力なく座って態度を変えたクマに悠と陽介は戸惑う。
「……でもその代わり、本物の犯人を探し出してこんなことやめさせてほしいクマ」
堰を切ったように言葉が続く。そうして、霧まみれのスタジオをゆっくりと沈んだ様子で見渡した。
「……ここ、クマの住む世界だけど、外の人が入れられてから、おかしくなってる。クマ、どうにかしたいけど、力ないから、何にもできないクマ……クマはただ静かに暮らしたいだけなのに……」
「……」
遣る瀬なさと切実さに滲む言葉に、悠たちは黙りこむ。クマは縋るように、外の世界から来た2人に真ん丸な瞳を向けた。着ぐるみの中はからっぽだというのに、大きな瞳は確かに悲しみで満たされている。
「頼れる人、キミたちしかいないクマ。協力してくれるっていうなら、クマが知ってることちゃんと話すクマ。キミたちが何を知りたいのか分からないけど、ボクのできる限りで話して、この世界の案内だってする。クマ、できるかぎりキミたち助ける。出口だって、出してあげる。だから、だから、……クマのこと、助けてほしいクマ……」
声を震わせて、今にも泣きだしそうな様子でクマは訴えた。クマにとっては捨て身といってもいいような交換条件に、切実さが表れている。クマはコテリとあどけない仕草で頭を傾けた。
「約束、してくれるクマ?」
ぐっと隣にいた陽介の身体が強ばった。おそらく、同情に傾いているのだろう。だが、彼はYESとは言わない。
それも当然だ。陽介も悠もただの高校生なのだから。犯人を調べる手段と知識は限られてくるうえ、よしんば見つけたとしても止められる手段もパッとは思いつかない。
しかも相手は、危険な世界に人を放り込むような極悪人。追い詰めるためには、自分たちが傷つくリスクもあるだろう。
クマの要求は極めて危険だ。簡単に了承などできるはずがない。だが──
「わかった」
──クマの頼みを、悠は飲み込む。迷いなく頷く悠にむかって、ギョッと丸まった2対の瞳が向けられた。かたやクマは救世主を、かたや陽介は信じられない者を見るような表情を悠へと向けていた。