雲行き崩れて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
▼▼▼
「準備が終わったら、俺はあの中に行く。だから……あの世界の事を知ってるお前らにも、できれば協力してほしいんだ」
「あ、ちょっと、花村!」
言うだけいった陽介は、悠と千枝の反論に耳を貸さなかった。乱暴に自分のリュックを引ったくって、がむしゃらな勢いで教室を飛び出していく。
千枝と悠が追いかけるも、すでに時遅し。スニーカーが無くなった陽介の靴箱だけが残されていた。乱雑に放り込まれた上履きに、悠は彼の決意が本物なのだと知る。
「いない……。花村、もう帰っちゃったんだ」
「あるいはテレビの中に入るための、準備に行ったか……、花村、かなり焦ってるみたいだったな。きっとあの提案は本気なんだ」
「あのバカ……! 瑞月ちゃんの言ってた通りだ」
千枝が悔しそうに口許を引き結ぶ。悠は瞳を伏せた。帰宅直前、陽介と会ってきたという瑞月は、陽介がかなり不安定な状態にあると見抜いていた。そして、彼女と同じように陽介を気にかけていた2人にこう頼み込んだのだ。
『もし、花村が無理をしているようだったら、どうか助けてやってくれないか』と。
そのときの、悔しさが現れた──まるで自分の力不足を恥じ入る表情が、悠の記憶には残っている。隣で歯噛みする千枝もおそらくそうなのだろう。
「全力で走れば、ジュネスまで間に合うよね!?」
「ああ!」
千枝と悠は顔を見合わせて頷き合って走り出す。
◇◇◇
学校を飛び出し、2人はジュネス2階の家電売り場へと向かった。階段を駆け上がって息を切らした千枝が、目的の場所──異世界へと通じる大型テレビの前に立っていた人物の名前を叫ぶ。
「花村!」
「お前ら、来てくれたのか……!」
切望が叶ったかのように、陽介は喜色と安堵をその顔に浮かべた。彼の胴体に巻きついたモノを見て、悠はキョトンとする。
命綱のつもりだろうか。かなりの長さの麻縄が括り付けられている。その他に武器のつもりかゴルフクラブを右手に構えていた。準備にしても破れかぶれな姿の陽介を一瞥して、千枝が一喝する。
「バカを止めに来たの! ……ねぇ、マジやめなって。危ないよ」
「ああ……けど、一度は帰って来たろ? あんときとおなじ場所から入れば、またあのクマに会えるかもしれない」
「そんなの、なんも保証無いじゃんよ!」
「けど、他のやつらみたいに他人事って顔で盛り上がってらんない」
「それは……そうだけど。まだ警察とかも調べてるし……」
陽介の決心はあまりに無鉄砲だ。それを見かねた千枝が必死に説得を試みる。警察に任せた方がいい、テレビからもう一度帰れる保証がない。だが、どんなに言葉を尽くそうとも、決意を固めてしまった彼の心には届かなかった。
「警察は正直信用できねーよ。山野アナの事件だって進展なさそうだし、殺人事件と夜中のテレビが関係あるなんつっても、アタマオカシイって門前払いされるだろうしさ。だから、自分で確かめるっきゃねーんだ」
「花村……」
諦めたように肩を落とす陽介に、千枝は悲しそうな目を向ける。すると、陽介はハッとして、バツが悪そうに笑った。
「悪ィ……。でもこんな色んなことに気づいちまったら、放っとくなんてできねーんだよ」
「花村……お前」
「頼む……頼むよ、鳴上。お前はこのテレビに手を突っ込むだけでいい。そしたら……その間に、俺だけあっちの世界に飛び込むから……」
震える陽介の声には、歯がゆさがにじんでいる。身近な人の死の理由を、自分には知ることのできない歯がゆさ。それは当然の反応だった。悠とて、小西先輩と深い交流を持っていた訳ではない。
けれど、『亡くなった』と言われたときの、胸に冷たい風が吹き抜けた感覚を思い出す。それが、小西先輩に淡い想いを寄せていた陽介ならどれほどだろう。
好きな人にもう会えない、寂しさ。
「他人事じゃないんだ……先輩がなんで死ななきゃいけなかったのか、ちゃんと知りたいんだ……」
無念をこらえて、陽介は声をつまらせる。苦渋のにじむ声が重々しく床の上に落ちた。ゴルフバットを握る彼の手はかすかに、震えていた。恐怖か、悲しみか。堪えきれない負の感情を抱きながらも、彼の決意は変わらない。それを見て、悠は心を決めた。
「俺も一緒にいっていいか?」
陽介が顔を跳ね上げた。ぽかんと口を開けている。
「付いてきてくれるのか?」
悠は頷く。自分がテレビの中へ行く覚悟を決めるために。
「知ってるだろ。俺なら、あの世界の中でもある程度は戦える。それに、霧を見通す眼鏡だって持ってるんだ。クマに会うにしても、小西先輩の痕跡を探すにしてもきっと役に立つと思うんだ」
冷静に、悠は告げる。それに瑞月の言葉通り、陽介は感情的になっていた。
もし、いまの状態のまま陽介がテレビに入ったのなら、ロクな事態にはならないだろう。霧の中をさ迷うか、《シャドウ》という謎の怪物に襲われるか、あの世界の住人である”クマ”を見つけても口論になるか、トラブルは無数に思いつく。
ならば、誰かが側に付いて彼をサポートする必要があった。そして《シャドウ》に対抗する力を持ち、陽介ほど小西先輩について情に支配されていない悠は、その役割にうってつけだと言える。
大股で、悠は陽介の下に歩み寄る。そうして、彼が持っていたゴルフクラブに手を伸ばした。
「ありがとう」
陽介が微かにほほ笑んだ。それは、頼るものを得た人が見せる安堵の表情だった。てらいのないその笑顔に悠は少し後ろ暗さを覚える。
「……別にお礼を言われることじゃないよ」
悠は目の前にある真っ暗な液晶画面に目を向け、深呼吸する。
「準備が終わったら、俺はあの中に行く。だから……あの世界の事を知ってるお前らにも、できれば協力してほしいんだ」
「あ、ちょっと、花村!」
言うだけいった陽介は、悠と千枝の反論に耳を貸さなかった。乱暴に自分のリュックを引ったくって、がむしゃらな勢いで教室を飛び出していく。
千枝と悠が追いかけるも、すでに時遅し。スニーカーが無くなった陽介の靴箱だけが残されていた。乱雑に放り込まれた上履きに、悠は彼の決意が本物なのだと知る。
「いない……。花村、もう帰っちゃったんだ」
「あるいはテレビの中に入るための、準備に行ったか……、花村、かなり焦ってるみたいだったな。きっとあの提案は本気なんだ」
「あのバカ……! 瑞月ちゃんの言ってた通りだ」
千枝が悔しそうに口許を引き結ぶ。悠は瞳を伏せた。帰宅直前、陽介と会ってきたという瑞月は、陽介がかなり不安定な状態にあると見抜いていた。そして、彼女と同じように陽介を気にかけていた2人にこう頼み込んだのだ。
『もし、花村が無理をしているようだったら、どうか助けてやってくれないか』と。
そのときの、悔しさが現れた──まるで自分の力不足を恥じ入る表情が、悠の記憶には残っている。隣で歯噛みする千枝もおそらくそうなのだろう。
「全力で走れば、ジュネスまで間に合うよね!?」
「ああ!」
千枝と悠は顔を見合わせて頷き合って走り出す。
◇◇◇
学校を飛び出し、2人はジュネス2階の家電売り場へと向かった。階段を駆け上がって息を切らした千枝が、目的の場所──異世界へと通じる大型テレビの前に立っていた人物の名前を叫ぶ。
「花村!」
「お前ら、来てくれたのか……!」
切望が叶ったかのように、陽介は喜色と安堵をその顔に浮かべた。彼の胴体に巻きついたモノを見て、悠はキョトンとする。
命綱のつもりだろうか。かなりの長さの麻縄が括り付けられている。その他に武器のつもりかゴルフクラブを右手に構えていた。準備にしても破れかぶれな姿の陽介を一瞥して、千枝が一喝する。
「バカを止めに来たの! ……ねぇ、マジやめなって。危ないよ」
「ああ……けど、一度は帰って来たろ? あんときとおなじ場所から入れば、またあのクマに会えるかもしれない」
「そんなの、なんも保証無いじゃんよ!」
「けど、他のやつらみたいに他人事って顔で盛り上がってらんない」
「それは……そうだけど。まだ警察とかも調べてるし……」
陽介の決心はあまりに無鉄砲だ。それを見かねた千枝が必死に説得を試みる。警察に任せた方がいい、テレビからもう一度帰れる保証がない。だが、どんなに言葉を尽くそうとも、決意を固めてしまった彼の心には届かなかった。
「警察は正直信用できねーよ。山野アナの事件だって進展なさそうだし、殺人事件と夜中のテレビが関係あるなんつっても、アタマオカシイって門前払いされるだろうしさ。だから、自分で確かめるっきゃねーんだ」
「花村……」
諦めたように肩を落とす陽介に、千枝は悲しそうな目を向ける。すると、陽介はハッとして、バツが悪そうに笑った。
「悪ィ……。でもこんな色んなことに気づいちまったら、放っとくなんてできねーんだよ」
「花村……お前」
「頼む……頼むよ、鳴上。お前はこのテレビに手を突っ込むだけでいい。そしたら……その間に、俺だけあっちの世界に飛び込むから……」
震える陽介の声には、歯がゆさがにじんでいる。身近な人の死の理由を、自分には知ることのできない歯がゆさ。それは当然の反応だった。悠とて、小西先輩と深い交流を持っていた訳ではない。
けれど、『亡くなった』と言われたときの、胸に冷たい風が吹き抜けた感覚を思い出す。それが、小西先輩に淡い想いを寄せていた陽介ならどれほどだろう。
好きな人にもう会えない、寂しさ。
「他人事じゃないんだ……先輩がなんで死ななきゃいけなかったのか、ちゃんと知りたいんだ……」
無念をこらえて、陽介は声をつまらせる。苦渋のにじむ声が重々しく床の上に落ちた。ゴルフバットを握る彼の手はかすかに、震えていた。恐怖か、悲しみか。堪えきれない負の感情を抱きながらも、彼の決意は変わらない。それを見て、悠は心を決めた。
「俺も一緒にいっていいか?」
陽介が顔を跳ね上げた。ぽかんと口を開けている。
「付いてきてくれるのか?」
悠は頷く。自分がテレビの中へ行く覚悟を決めるために。
「知ってるだろ。俺なら、あの世界の中でもある程度は戦える。それに、霧を見通す眼鏡だって持ってるんだ。クマに会うにしても、小西先輩の痕跡を探すにしてもきっと役に立つと思うんだ」
冷静に、悠は告げる。それに瑞月の言葉通り、陽介は感情的になっていた。
もし、いまの状態のまま陽介がテレビに入ったのなら、ロクな事態にはならないだろう。霧の中をさ迷うか、《シャドウ》という謎の怪物に襲われるか、あの世界の住人である”クマ”を見つけても口論になるか、トラブルは無数に思いつく。
ならば、誰かが側に付いて彼をサポートする必要があった。そして《シャドウ》に対抗する力を持ち、陽介ほど小西先輩について情に支配されていない悠は、その役割にうってつけだと言える。
大股で、悠は陽介の下に歩み寄る。そうして、彼が持っていたゴルフクラブに手を伸ばした。
「ありがとう」
陽介が微かにほほ笑んだ。それは、頼るものを得た人が見せる安堵の表情だった。てらいのないその笑顔に悠は少し後ろ暗さを覚える。
「……別にお礼を言われることじゃないよ」
悠は目の前にある真っ暗な液晶画面に目を向け、深呼吸する。