雲行き崩れて
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◇◇◇
しばらくして、陽介が教室に戻るとお目当ての人間──悠と千枝が居残っていた。
「あ……、花村」
「……」
立っていた2人は陽介の姿を見ると、気まずそうにおろおろと動揺を露にした。小西先輩に陽介が向ける想いを知っていた彼らは、陽介にかける言葉を探しているのだろう。それに構わず、陽介は単刀直入に切り出した。
「なあ……お前ら、昨日の《マヨナカテレビ》、見たか?」
「花村……あんたまでこんな時に何言ってんの!?」
悠と千枝が目を見開く。まるであらぬ方向からボールが飛んできたような驚きとともに。2人のうち、千枝はみるみるうちに肩を怒らせて陽介に食ってかかった。
彼女が怒るのも当然だ。全校集会直後、校内では死体となった小西早紀先輩についての根も葉もない噂や流言の数々が飛び交っている。その中には『小西早紀がマヨナカテレビに出ていた』という噂もあった。
正義感の強い彼女からすれば、個人をあげつらうような言動は許しがたいものだろう。それを友人が口にしたのなら、怒るのも無理はない。
「いーから聞けって!」
しかし、陽介も負けてはいられない。語気を強めて、千枝の言葉を遮る。陽介の本気を感じ取ったのか、悠と千枝は目を見合わせて静かになった。2人がじっと陽介を見つめるなか、ずっと頭のなかに引っ掛かっていた事実を陽介は吐き出す。
「昨日の夜、俺、気になって見たんだ。映ってたの……小西先輩だと思う。見間違いなんかじゃない。なんか、苦しそうに……もがいてるみたいに見えた」
「それって……」
千枝が言いかけて口をつぐむ。2人の沈黙が重苦しさを帯びた。おそらく、苦しむ小西先輩を想像してしまったのだろう。だが陽介が話したいのは、テレビに移った凄惨な光景についてではない。話したいのは、誰が映ったかについて 。陽介は先を続ける。
「覚えてるか? クラスで山野アナが“運命の相手"だって騒いでたヤツいただろ? ……それってつまり、山野アナも《マヨナカテレビ》に映ってたってコトなんじゃねーかなって」
「……花村は、小西先輩も山野アナもどっちもいなくなる前に、《マヨナカテレビ》に映ってたって言いたいの?」
「……ああ」
千枝の指摘に、陽介は神妙に頷く。そしてもうひとつ、教室に戻る前にネットニュースから得た情報を提示する。
「でさ、先輩なんだけど……山野アナと似たような状態──電柱に逆さ吊りで亡くなってたって。山野アナは、民家のアンテナだったけどさ。マヨナカテレビに、逆さ吊り……これは偶然なのかな」
「……花村は、『《マヨナカテレビ》に映った人間が死んでいる』って言いたいのか?」
今まで静かに話を聞いていた悠が、慎重に口を開く。陽介は重く頷いた。
「そ、そんな……、じゃあ、あたしらが見てたのって……」
千枝が真っ青になって口許を押さえた。かつて見た怪奇現象が、殺人予告のようなものだと言われれば、恐ろしさに後ずさるのも無理はない。だが、動揺する千枝を慰めている暇はなかった。形のぼんやりとした、推測ともいえない想像を途切れさせないよう、陽介は饒舌に続けた。
「それと昨日……テレビの世界で会った妙なクマ、『人が放りこまれてる』って言ってたよな。くわえて、あの気持ち悪い部屋、“柊みすず”のポスターがあって、酷く痛めつけられてた」
「ああ、散々引きちぎられてたな。まるで……殺したいほどの怨念でも込めたみたいに」
「や、やめてよ……。あんな怖いの、思い出したくないよ……」
顔がズタズタにされたポスターたち──その惨状を思い出したのだろう。悠が顔をしかめ、千枝が恐怖に血の気がひいた顔を俯けた。反応は各々違いはあるが、2人が無残なポスターたちに抱いた印象は共通していた。
すなわち、尋常ではない、殺したいほどの恨みがこもっているということ。陽介は頷いた。それは陽介があのポスターに抱いた所感と全く一緒だったから。
「うん。俺もおんなじように感じた。でさ、俺はあれを誰がやったのかって考えたんだ。誰かを殺したいほど恨むなんて、フツーの人間ならありゃしねぇ。……けど、今の”柊みすず”の状況を考えるとそうでもねーヤツが一人いるなって……お前ら、分かるか?」
「…………山野アナか?」
陽介の問いかけに、悠が探るように答えた。用意していたものと全く同じ解答に、陽介は頷く。
「ああ。”柊みすず”は山野アナの不倫相手……”生田目太郎”のちゃんとした奥さんだ。だから、愛人の立場だった山野アナが”柊みすず”に嫉妬したり、恨んだりするのは不自然な話じゃない 。……それにさ、調べてみたんだけど、山野アナ、この不倫の件でかなりひどい目に遭ってたみたいだ」
「……それ、なんかテレビのコメンテーターが言ってたかも。慰謝料がどれくらいになるとか、山野アナのキャリアがどーとか」
「ああ、俺もそこらへんはネットニュースで調べた。山野アナにとってはかなりエグい状況らしくてさ」
ニュースサイトの情報だが、裏付けも取っている。聞くところによれば、柊が徹底的に法廷で言い争う姿勢を打ち出している民事裁判だが、事前に不貞の証拠をきっちりと揃え、かつ世論の追い風を受けている柊が圧倒的に有利。キャリアといった社会的なダメージや慰謝料を考慮したところ、劣勢の山野アナはこれから先の人生をズタズタにされるほどの損害を負うらしかった。
それだけではなく、柊はどこまでも強かだった。マスコミの前では夫を奪われた貞淑な妻として振る舞い、世論の同情を集めているらしいのだ。結果、夫の愛人である山野アナはさらに追い込まれると同時に、歌手としての柊自身の人気と知名度が上向きになる。
すなわち、不倫騒動を上手く利用した柊は脚光を浴び、山野アナはさらなる奈落へと落とされるという、山野アナからすれば絶望しかない状況に追いこんでいたのだ。
キャリアも、恋人も、財産も、山野アナはすべて柊みすずに奪われた(不倫の自業自得といえばそれまでだが)といっても等しい。
「だから、山野アナが不倫相手の奥さんである”柊みすず” を恨む動機は十分にあるんだ。それこそ、ポスターをビリビリに破いたって収まらない……殺したいってくらいにさ。それに首吊りの用意だってそうだ。これからの人生を台無しにされたって現実を突きつけられた山野アナだったら、あんな準備をしてもおかしくない」
「そ、それは……」
千枝がまごまごと視線をうろつかせる。陽介の考えを否定したいが、その言葉や証拠を見つけられないらしい。そう、偶然というにはあまりにも出来すぎている。
目にはハッキリと見えない、それこそ蜘蛛の糸のように細く頼りない因果が背景にちらつくのだ。そして、陽介はそれがずっと気にかかっている。
「考えれば考えるほど、あの部屋と山野アナの関係を否定できなくてさ……。そんで、そう考えると……みんな繋がってこないか?」
「……つまり、花村はこう考えているのか? マヨナカテレビに映った人があの世界に入れられて、その……何者かに襲われて、被害にあったと……」
先走って順序立っていない陽介の説明を、悠が分かりやすく整えてくれる。それはまさしく事件に対する陽介の見方と一致していた。
そして、事件とテレビの中に微かなつながりを見た時から、ある決意が陽介の中から消えてくれなかった。
「うん。俺は山野アナや小西先輩が、あのテレビの中の世界に行ったんじゃ……いや、連れていかれたんじゃないかって思ってる。……だとするとさ、あの中に行けば、小西先輩がああなっちまった理由も、もしかすると犯人に繋がる手がかりも分かるんじゃねーかなって」
「花村……まさか」
千枝の声は震えている。勘のいい彼女なら、もう察していることだろう。陽介は2人をまっすぐに見つめ、迷いなく無謀としかいえない企みを告げた。
「俺、もう一度あっちの世界に行こうと思う。昨日、俺たちが落ちた、あのテレビから」
しばらくして、陽介が教室に戻るとお目当ての人間──悠と千枝が居残っていた。
「あ……、花村」
「……」
立っていた2人は陽介の姿を見ると、気まずそうにおろおろと動揺を露にした。小西先輩に陽介が向ける想いを知っていた彼らは、陽介にかける言葉を探しているのだろう。それに構わず、陽介は単刀直入に切り出した。
「なあ……お前ら、昨日の《マヨナカテレビ》、見たか?」
「花村……あんたまでこんな時に何言ってんの!?」
悠と千枝が目を見開く。まるであらぬ方向からボールが飛んできたような驚きとともに。2人のうち、千枝はみるみるうちに肩を怒らせて陽介に食ってかかった。
彼女が怒るのも当然だ。全校集会直後、校内では死体となった小西早紀先輩についての根も葉もない噂や流言の数々が飛び交っている。その中には『小西早紀がマヨナカテレビに出ていた』という噂もあった。
正義感の強い彼女からすれば、個人をあげつらうような言動は許しがたいものだろう。それを友人が口にしたのなら、怒るのも無理はない。
「いーから聞けって!」
しかし、陽介も負けてはいられない。語気を強めて、千枝の言葉を遮る。陽介の本気を感じ取ったのか、悠と千枝は目を見合わせて静かになった。2人がじっと陽介を見つめるなか、ずっと頭のなかに引っ掛かっていた事実を陽介は吐き出す。
「昨日の夜、俺、気になって見たんだ。映ってたの……小西先輩だと思う。見間違いなんかじゃない。なんか、苦しそうに……もがいてるみたいに見えた」
「それって……」
千枝が言いかけて口をつぐむ。2人の沈黙が重苦しさを帯びた。おそらく、苦しむ小西先輩を想像してしまったのだろう。だが陽介が話したいのは、テレビに移った凄惨な光景についてではない。話したいのは、
「覚えてるか? クラスで山野アナが“運命の相手"だって騒いでたヤツいただろ? ……それってつまり、山野アナも《マヨナカテレビ》に映ってたってコトなんじゃねーかなって」
「……花村は、小西先輩も山野アナもどっちもいなくなる前に、《マヨナカテレビ》に映ってたって言いたいの?」
「……ああ」
千枝の指摘に、陽介は神妙に頷く。そしてもうひとつ、教室に戻る前にネットニュースから得た情報を提示する。
「でさ、先輩なんだけど……山野アナと似たような状態──電柱に逆さ吊りで亡くなってたって。山野アナは、民家のアンテナだったけどさ。マヨナカテレビに、逆さ吊り……これは偶然なのかな」
「……花村は、『《マヨナカテレビ》に映った人間が死んでいる』って言いたいのか?」
今まで静かに話を聞いていた悠が、慎重に口を開く。陽介は重く頷いた。
「そ、そんな……、じゃあ、あたしらが見てたのって……」
千枝が真っ青になって口許を押さえた。かつて見た怪奇現象が、殺人予告のようなものだと言われれば、恐ろしさに後ずさるのも無理はない。だが、動揺する千枝を慰めている暇はなかった。形のぼんやりとした、推測ともいえない想像を途切れさせないよう、陽介は饒舌に続けた。
「それと昨日……テレビの世界で会った妙なクマ、『人が放りこまれてる』って言ってたよな。くわえて、あの気持ち悪い部屋、“柊みすず”のポスターがあって、酷く痛めつけられてた」
「ああ、散々引きちぎられてたな。まるで……殺したいほどの怨念でも込めたみたいに」
「や、やめてよ……。あんな怖いの、思い出したくないよ……」
顔がズタズタにされたポスターたち──その惨状を思い出したのだろう。悠が顔をしかめ、千枝が恐怖に血の気がひいた顔を俯けた。反応は各々違いはあるが、2人が無残なポスターたちに抱いた印象は共通していた。
すなわち、尋常ではない、殺したいほどの恨みがこもっているということ。陽介は頷いた。それは陽介があのポスターに抱いた所感と全く一緒だったから。
「うん。俺もおんなじように感じた。でさ、俺はあれを誰がやったのかって考えたんだ。誰かを殺したいほど恨むなんて、フツーの人間ならありゃしねぇ。……けど、今の”柊みすず”の状況を考えるとそうでもねーヤツが一人いるなって……お前ら、分かるか?」
「…………山野アナか?」
陽介の問いかけに、悠が探るように答えた。用意していたものと全く同じ解答に、陽介は頷く。
「ああ。”柊みすず”は山野アナの不倫相手……”生田目太郎”のちゃんとした奥さんだ。だから、愛人の立場だった山野アナが”柊みすず”に嫉妬したり、恨んだりするのは不自然な話じゃない 。……それにさ、調べてみたんだけど、山野アナ、この不倫の件でかなりひどい目に遭ってたみたいだ」
「……それ、なんかテレビのコメンテーターが言ってたかも。慰謝料がどれくらいになるとか、山野アナのキャリアがどーとか」
「ああ、俺もそこらへんはネットニュースで調べた。山野アナにとってはかなりエグい状況らしくてさ」
ニュースサイトの情報だが、裏付けも取っている。聞くところによれば、柊が徹底的に法廷で言い争う姿勢を打ち出している民事裁判だが、事前に不貞の証拠をきっちりと揃え、かつ世論の追い風を受けている柊が圧倒的に有利。キャリアといった社会的なダメージや慰謝料を考慮したところ、劣勢の山野アナはこれから先の人生をズタズタにされるほどの損害を負うらしかった。
それだけではなく、柊はどこまでも強かだった。マスコミの前では夫を奪われた貞淑な妻として振る舞い、世論の同情を集めているらしいのだ。結果、夫の愛人である山野アナはさらに追い込まれると同時に、歌手としての柊自身の人気と知名度が上向きになる。
すなわち、不倫騒動を上手く利用した柊は脚光を浴び、山野アナはさらなる奈落へと落とされるという、山野アナからすれば絶望しかない状況に追いこんでいたのだ。
キャリアも、恋人も、財産も、山野アナはすべて柊みすずに奪われた(不倫の自業自得といえばそれまでだが)といっても等しい。
「だから、山野アナが不倫相手の奥さんである”柊みすず” を恨む動機は十分にあるんだ。それこそ、ポスターをビリビリに破いたって収まらない……殺したいってくらいにさ。それに首吊りの用意だってそうだ。これからの人生を台無しにされたって現実を突きつけられた山野アナだったら、あんな準備をしてもおかしくない」
「そ、それは……」
千枝がまごまごと視線をうろつかせる。陽介の考えを否定したいが、その言葉や証拠を見つけられないらしい。そう、偶然というにはあまりにも出来すぎている。
目にはハッキリと見えない、それこそ蜘蛛の糸のように細く頼りない因果が背景にちらつくのだ。そして、陽介はそれがずっと気にかかっている。
「考えれば考えるほど、あの部屋と山野アナの関係を否定できなくてさ……。そんで、そう考えると……みんな繋がってこないか?」
「……つまり、花村はこう考えているのか? マヨナカテレビに映った人があの世界に入れられて、その……何者かに襲われて、被害にあったと……」
先走って順序立っていない陽介の説明を、悠が分かりやすく整えてくれる。それはまさしく事件に対する陽介の見方と一致していた。
そして、事件とテレビの中に微かなつながりを見た時から、ある決意が陽介の中から消えてくれなかった。
「うん。俺は山野アナや小西先輩が、あのテレビの中の世界に行ったんじゃ……いや、連れていかれたんじゃないかって思ってる。……だとするとさ、あの中に行けば、小西先輩がああなっちまった理由も、もしかすると犯人に繋がる手がかりも分かるんじゃねーかなって」
「花村……まさか」
千枝の声は震えている。勘のいい彼女なら、もう察していることだろう。陽介は2人をまっすぐに見つめ、迷いなく無謀としかいえない企みを告げた。
「俺、もう一度あっちの世界に行こうと思う。昨日、俺たちが落ちた、あのテレビから」