雲行き崩れて
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────本当に小西先輩は死んだのか。死んだとして、どうして死ななければいけなかったのか。
そんな疑問がずっと陽介の頭を占めていて、校長の話はろくに聞けなかった。全校集会はいつの間にか終わって、陽介は生徒の波に流されて体育館を出たらしい。
ぼうっと佇んでいた渡り廊下から見える灰色の空からは、大粒の雨が降り出している。春の雨の寒さも、雨粒が制服や髪を濡らす冷たさもどこか現実味がない。ざぁざぁと降る雨を力なく眺めていると、ふと陽介の片手を人肌のぬくもりが包み込んだ。
力なくそちらに振り向くと、瑞月がしかつめらしい顔を陽介に向けていた。
「……瀬名」
「花村、外にいては濡れてしまう」
そういって、彼女は心配そうに眉尻を下げた。瑞月の透明な碧 さの瞳には、髪の毛に雨粒を絡ませた生気のない男が映っている。
瑞月はそんな陽介の手を引いて、慎重に校舎の中へと連れていった。手は繋いだままで懐から皺ひとつないハンカチを取り出し、陽介の濡れた髪を丁寧に拭う。
「先ほどの全校集会での通達だが……警察からの要請もあって、今日は午後の授業は打ちきりで、早帰りだそうだ。聞いていたか?」
「ああ……、そう、なんだな」
「……今ごろは、クラスの皆も下校準備をしている最中だろう」
瑞月は長く陽介の手を握っていた。それこそ、陽介の濡れた髪を拭っている間もずっと離さなかった。そのおかげか陽介の外気と雨に体温を奪われて凝っていた手が、彼女の体温のおかげで少しだけ解れた。陽介の頭を占める憂鬱な思考も、彼女のぬくもりに溶かされたようにやわらぐ。そうして、思考がクリアになった分の頭で、陽介は考えを巡らせた。
瑞月はきっと、小西先輩の訃報を受けた陽介を一人にしないためにそばにいてくれているのだろう。傷ついた人間に寄り添ってくれる、平穏で包み込んで守ってくれる、彼女はそういう、優しい女の子だ。けれど────
「……瀬名、ごめん。今は教室に戻りたくない。それに俺、帰りは一人でダイジョブだからさ」
────だからこそ、彼女の厚意に甘えるわけにはいかない。今、瑞月に寄りかかってしまったら、陽介が秘めた決意が弱ってしまいそうだから。
しかし、瑞月は下がらなかった。繋いだままの陽介の手に力を込めて、納得いかないと唇を引き結ぶ。
「だが……」
「いいって。お前も今日、家の手伝いとかあんだろ。それに……こんな事件もあったんだから、佳菜ちゃんとか、水奈子さんとかの方も、またきっと騒がしくなるだろうからさ……そっちに気ぃ配ってやれ」
瀬名家を引き合いに出すと、瑞月はぐっと言葉に詰まる。家族を大切にする瑞月にとって、その手の話を出されれば口を噤むしかない。知っていて、陽介はそうした。まったくずるい男だと陽介は内心で苦笑する。
「…………分かった。それでは去る前に1つだけ」
瑞月は、1人でいたいという陽介の要望をくみ取ってくれたらしい。握っていた陽介の手をゆっくりと離し、瑞月は膝を少しかがめた。うつむいた陽介の視界に瑞月の瞳が映る。落ちこんだ子供を心配するかのように目を細め、彼女は言った。
「今日、きみは顔色が優れないと見える。帰りは……どうか気を付けて」
瑞月の口調や表情は、陽介の体調を本当に心配しているものだ。手短に、しかし心のこもった言葉を残していくと、名残惜しそうに手を離して、瑞月は教室へと身を翻した。
瑞月が去る。陽介の手には、まだ彼女の柔らかい手のひらの感触が残っていた。だが、陽介は手を強く握る。瑞月の残したぬくもりを振りきるように。
瑞月の気遣いはありがたい。彼女の忠告通り、早く帰って混乱する頭を休めるべきなのだろう。けれど、陽介が抱えた焦燥がそれを許してはくれない。
いま、陽介が抱いている考えは彼女に話せるものではなかった。話せるとすれば、《マヨナカテレビ》と《テレビの中の異世界》について知っている悠と千枝だけだ。
そんな疑問がずっと陽介の頭を占めていて、校長の話はろくに聞けなかった。全校集会はいつの間にか終わって、陽介は生徒の波に流されて体育館を出たらしい。
ぼうっと佇んでいた渡り廊下から見える灰色の空からは、大粒の雨が降り出している。春の雨の寒さも、雨粒が制服や髪を濡らす冷たさもどこか現実味がない。ざぁざぁと降る雨を力なく眺めていると、ふと陽介の片手を人肌のぬくもりが包み込んだ。
力なくそちらに振り向くと、瑞月がしかつめらしい顔を陽介に向けていた。
「……瀬名」
「花村、外にいては濡れてしまう」
そういって、彼女は心配そうに眉尻を下げた。瑞月の透明な
瑞月はそんな陽介の手を引いて、慎重に校舎の中へと連れていった。手は繋いだままで懐から皺ひとつないハンカチを取り出し、陽介の濡れた髪を丁寧に拭う。
「先ほどの全校集会での通達だが……警察からの要請もあって、今日は午後の授業は打ちきりで、早帰りだそうだ。聞いていたか?」
「ああ……、そう、なんだな」
「……今ごろは、クラスの皆も下校準備をしている最中だろう」
瑞月は長く陽介の手を握っていた。それこそ、陽介の濡れた髪を拭っている間もずっと離さなかった。そのおかげか陽介の外気と雨に体温を奪われて凝っていた手が、彼女の体温のおかげで少しだけ解れた。陽介の頭を占める憂鬱な思考も、彼女のぬくもりに溶かされたようにやわらぐ。そうして、思考がクリアになった分の頭で、陽介は考えを巡らせた。
瑞月はきっと、小西先輩の訃報を受けた陽介を一人にしないためにそばにいてくれているのだろう。傷ついた人間に寄り添ってくれる、平穏で包み込んで守ってくれる、彼女はそういう、優しい女の子だ。けれど────
「……瀬名、ごめん。今は教室に戻りたくない。それに俺、帰りは一人でダイジョブだからさ」
────だからこそ、彼女の厚意に甘えるわけにはいかない。今、瑞月に寄りかかってしまったら、陽介が秘めた決意が弱ってしまいそうだから。
しかし、瑞月は下がらなかった。繋いだままの陽介の手に力を込めて、納得いかないと唇を引き結ぶ。
「だが……」
「いいって。お前も今日、家の手伝いとかあんだろ。それに……こんな事件もあったんだから、佳菜ちゃんとか、水奈子さんとかの方も、またきっと騒がしくなるだろうからさ……そっちに気ぃ配ってやれ」
瀬名家を引き合いに出すと、瑞月はぐっと言葉に詰まる。家族を大切にする瑞月にとって、その手の話を出されれば口を噤むしかない。知っていて、陽介はそうした。まったくずるい男だと陽介は内心で苦笑する。
「…………分かった。それでは去る前に1つだけ」
瑞月は、1人でいたいという陽介の要望をくみ取ってくれたらしい。握っていた陽介の手をゆっくりと離し、瑞月は膝を少しかがめた。うつむいた陽介の視界に瑞月の瞳が映る。落ちこんだ子供を心配するかのように目を細め、彼女は言った。
「今日、きみは顔色が優れないと見える。帰りは……どうか気を付けて」
瑞月の口調や表情は、陽介の体調を本当に心配しているものだ。手短に、しかし心のこもった言葉を残していくと、名残惜しそうに手を離して、瑞月は教室へと身を翻した。
瑞月が去る。陽介の手には、まだ彼女の柔らかい手のひらの感触が残っていた。だが、陽介は手を強く握る。瑞月の残したぬくもりを振りきるように。
瑞月の気遣いはありがたい。彼女の忠告通り、早く帰って混乱する頭を休めるべきなのだろう。けれど、陽介が抱えた焦燥がそれを許してはくれない。
いま、陽介が抱いている考えは彼女に話せるものではなかった。話せるとすれば、《マヨナカテレビ》と《テレビの中の異世界》について知っている悠と千枝だけだ。