雲行き崩れて
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4月15日 午後
結局、半日経っても小西先輩からのメールは来なかった。寝不足気味で霞んだ視界を何度擦っても陽介のスマホのメールボックスには「新着なし」というそっけないメッセージだけが表示される。
「……でさ、なんかパトカー3台くらい走ってて」「え、それでそれで? なんか話してる内容とか分かんなかった?」
雨音と生徒たちのざわめきが騒がしい体育館の中で、陽介はもう一度スマホをチェックする。新着は──やはりなし。ため息をついた陽介と同じタイミングで、前方から憂鬱のにじむため息が聞こえた。雨特有の、じめっとした湿度より湿っぽいそのため息を発したのは、同級生の里中千枝である。
「瑞月ちゃん。雪子、今日はガッコ来れないって。なんか旅館のほうで急用が入ったらしくて……」
「そうか、それは残念だな。ご実家の旅館が忙しいと言っていたし、仕方がないかもしれないがな。後で電話でもしてみたらどうだろう?」
「うん……。そうするかな。もー、雪子来ないし、いきなり全校集会になるし、なんなんだろね今日。しかも全然始まんないし」
親友の不在と、集会前の手持ち無沙汰な時間に気が滅入ったらしい。はーっと、千枝が遣る瀬なさそうに肩を落とした。
彼女の言うとおり、唐突に午後の授業が全校集会に入れ替わったために、全校生徒が体育館に召集させられたのだ。しかも、何の目的かは告げられないまま強引に。
そのため、千枝が気を紛らわせるべく隣にいた瑞月に話しかけたように、館内のそこかしこで不服そうな声や他愛ない雑談がひっきりなしに交わされている。
「昨日さ……見た?」「見ないって、あんなの。けど、あの話ってマジなの?」「分かんないけど、なんか見たって人、割といるみたいだよ」
そして、何かの噂話も。一体、何を見たというのだろうか。とりとめない疑問に、陽介の頭の中で昨日のマヨナカテレビの映像がよぎった。苦しそうにもがく、小西先輩の映像。
(いや、ぜったい考えすぎかなんかだろ)
嫌な記憶がもたげるから、陽介は慌てて頭を振った。すると、「花村」と冷静な声で名前を呼ばれて、陽介は我に返る。
「え、どした? 瀬名」
千枝と会話を切り上げたらしい瑞月が、陽介に目を向けていた。冷静な声音とは裏腹に、彼女の形のいい眉は下がりぎみだ。
「その……さっきから心ここにあらずのようだったから、気になっただけだ。何か、あったのか?」
「…………」
図星をつく質問に、陽介は動きを止める。その様子に、瑞月はさらに憂いを強めた。確実に、彼女は察しているのだろう。昨日、陽介の体調不良を看破した観察眼の持ち主なのだから。
「……ん、いや、ベツに」
だがしかし、陽介は答えを曖昧に濁した。
彼女はマヨナカテレビについて知らない。くわえて、論理だった思考を好むお堅い人間だ。超常的な現象など毛の先ほども信じないだろうし、話しても「……勘違いでは?」とやんわり否定される予想が容易にできた。どころか、真剣に休養を勧めてくるだろう。信頼している人間に正気を疑われる事態に、陽介のハートは耐えられそうにない。
それに、彼女は事件の影響によって母親が忙しいために家の手伝いで多忙の身だ。余計な心配はかけられない。
「…………………………そうか」
瑞月は何か言いかけたようだが、結局は口をつぐむ。憂いぎみに瞳を伏せ、前へと向き直る彼女に陽介は心の中で謝罪する。
(ごめんな。お前が心配するようなことじゃないから……きっと……)
だが淡い希望は、全校集会が始まってすぐに跡形もなく打ち砕かれた。
体育館の壇上に、もっさりとした白い口ひげを蓄えた純羽織姿の老人が上がる。八十神高校の校長である。
「静粛に」という形式的な号令のあとに、彼は豊かな口ひげをもごもごとさせた。まるで言葉を選ぶような仕草のあと、演台に設置されたマイクに唇を寄せた。
『……今日は皆さんに悲しいお知らせがあります。3年3組の小西早紀さんが……なくなりました』
陽介は手を止めた。こっそりといじっていたスマホのメールボックスに新着はない。そして、なにか信じられない言葉が校長から飛び出した気がして無機質なスマホのメッセージ画面から、陽介はゆっくりと顔を上げた。
いま、校長はなんと言ったのか。
『小西さんは今朝早く、遺体で発見されました』
小西先輩が、遺体に。聞き取れた言葉が上手く結びつかない。だって、最後に────おとといのフードコートで見たときは、少し疲れた雰囲気ではあったけど、普通に話していたはずだ。遺体も、小西先輩も、校長が発した言葉すべてが、たちの悪い聞き間違いであってほしかった。
水を打ったように静かだった周囲が、どっとざわめく。
なんで亡くなったの? 遺体で発見って? 今まで元気にしていたのに……。
早紀先輩、なんで?
どよめきの中で、小さいはずのその囁きだけが大きく陽介の耳に届く。そして残酷にもどのささやきも、その囁きが陽介の聞き間違いではないと示していた。
結局、半日経っても小西先輩からのメールは来なかった。寝不足気味で霞んだ視界を何度擦っても陽介のスマホのメールボックスには「新着なし」というそっけないメッセージだけが表示される。
「……でさ、なんかパトカー3台くらい走ってて」「え、それでそれで? なんか話してる内容とか分かんなかった?」
雨音と生徒たちのざわめきが騒がしい体育館の中で、陽介はもう一度スマホをチェックする。新着は──やはりなし。ため息をついた陽介と同じタイミングで、前方から憂鬱のにじむため息が聞こえた。雨特有の、じめっとした湿度より湿っぽいそのため息を発したのは、同級生の里中千枝である。
「瑞月ちゃん。雪子、今日はガッコ来れないって。なんか旅館のほうで急用が入ったらしくて……」
「そうか、それは残念だな。ご実家の旅館が忙しいと言っていたし、仕方がないかもしれないがな。後で電話でもしてみたらどうだろう?」
「うん……。そうするかな。もー、雪子来ないし、いきなり全校集会になるし、なんなんだろね今日。しかも全然始まんないし」
親友の不在と、集会前の手持ち無沙汰な時間に気が滅入ったらしい。はーっと、千枝が遣る瀬なさそうに肩を落とした。
彼女の言うとおり、唐突に午後の授業が全校集会に入れ替わったために、全校生徒が体育館に召集させられたのだ。しかも、何の目的かは告げられないまま強引に。
そのため、千枝が気を紛らわせるべく隣にいた瑞月に話しかけたように、館内のそこかしこで不服そうな声や他愛ない雑談がひっきりなしに交わされている。
「昨日さ……見た?」「見ないって、あんなの。けど、あの話ってマジなの?」「分かんないけど、なんか見たって人、割といるみたいだよ」
そして、何かの噂話も。一体、何を見たというのだろうか。とりとめない疑問に、陽介の頭の中で昨日のマヨナカテレビの映像がよぎった。苦しそうにもがく、小西先輩の映像。
(いや、ぜったい考えすぎかなんかだろ)
嫌な記憶がもたげるから、陽介は慌てて頭を振った。すると、「花村」と冷静な声で名前を呼ばれて、陽介は我に返る。
「え、どした? 瀬名」
千枝と会話を切り上げたらしい瑞月が、陽介に目を向けていた。冷静な声音とは裏腹に、彼女の形のいい眉は下がりぎみだ。
「その……さっきから心ここにあらずのようだったから、気になっただけだ。何か、あったのか?」
「…………」
図星をつく質問に、陽介は動きを止める。その様子に、瑞月はさらに憂いを強めた。確実に、彼女は察しているのだろう。昨日、陽介の体調不良を看破した観察眼の持ち主なのだから。
「……ん、いや、ベツに」
だがしかし、陽介は答えを曖昧に濁した。
彼女はマヨナカテレビについて知らない。くわえて、論理だった思考を好むお堅い人間だ。超常的な現象など毛の先ほども信じないだろうし、話しても「……勘違いでは?」とやんわり否定される予想が容易にできた。どころか、真剣に休養を勧めてくるだろう。信頼している人間に正気を疑われる事態に、陽介のハートは耐えられそうにない。
それに、彼女は事件の影響によって母親が忙しいために家の手伝いで多忙の身だ。余計な心配はかけられない。
「…………………………そうか」
瑞月は何か言いかけたようだが、結局は口をつぐむ。憂いぎみに瞳を伏せ、前へと向き直る彼女に陽介は心の中で謝罪する。
(ごめんな。お前が心配するようなことじゃないから……きっと……)
だが淡い希望は、全校集会が始まってすぐに跡形もなく打ち砕かれた。
体育館の壇上に、もっさりとした白い口ひげを蓄えた純羽織姿の老人が上がる。八十神高校の校長である。
「静粛に」という形式的な号令のあとに、彼は豊かな口ひげをもごもごとさせた。まるで言葉を選ぶような仕草のあと、演台に設置されたマイクに唇を寄せた。
『……今日は皆さんに悲しいお知らせがあります。3年3組の小西早紀さんが……なくなりました』
陽介は手を止めた。こっそりといじっていたスマホのメールボックスに新着はない。そして、なにか信じられない言葉が校長から飛び出した気がして無機質なスマホのメッセージ画面から、陽介はゆっくりと顔を上げた。
いま、校長はなんと言ったのか。
『小西さんは今朝早く、遺体で発見されました』
小西先輩が、遺体に。聞き取れた言葉が上手く結びつかない。だって、最後に────おとといのフードコートで見たときは、少し疲れた雰囲気ではあったけど、普通に話していたはずだ。遺体も、小西先輩も、校長が発した言葉すべてが、たちの悪い聞き間違いであってほしかった。
水を打ったように静かだった周囲が、どっとざわめく。
なんで亡くなったの? 遺体で発見って? 今まで元気にしていたのに……。
早紀先輩、なんで?
どよめきの中で、小さいはずのその囁きだけが大きく陽介の耳に届く。そして残酷にもどのささやきも、その囁きが陽介の聞き間違いではないと示していた。