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テレビの内側に落ちた、その日の夜。瑞月による指の処置が終わったあと、陽介は夕食を瑞月の家でご馳走になった。
そのときには、もうすっかりテレビの中の異常体験は頭から消え去っていた。痛みと恐怖に寄り添ってくれた瑞月のおかげで、心が落ち着いたというのもある。それに──
「へー、菜の花って食えんだなぁ……。しかもウマイし。あの道端にワラワラ咲いてるヤツが。……そこらヘンのも摘めば食えるんか?」
「いや、食べられるが、さすがに道端のは食べないからな? これはちゃんと、農家さんが育ててくださったものだからな?」
「……佳菜、みちばたで見てるほうが好き、食べるのニガい」
「あ! 佳菜、また油揚げだけ先に食べて……。一緒に食べないから苦いというのに……」
「あっれ、佳菜ちゃん苦いの苦手? はは、たしかにこの苦さは佳菜ちゃんにまだ早いかもなぁ」
「ねー! 佳菜にはまだ早いもんっ!」
「おい花村、加勢するんじゃない」
──瑞月と佳菜のいる和やかな食卓に着いていたというのも、大きかったのかもしれない。フローリングの家の、温白色の明かりに照らされたダイニングテーブルの上で繰り広げられる仲睦まじい姉妹のやりとり。
その景色はありふれて──だからこそ揺らぐことはない、湯飲みに満ちた温かいお茶のような”平穏”そのもので、陽介は本当に日常に帰ってきたのだとしみじみ実感できた。おかげで、異世界での死にかけた記憶によって息苦しかった喉のつかえがとれた。
わいわいとにぎやかな姉妹との食卓を前に、陽介はふと、ある人物のことが気にかかる。今日、陽介を助けてくれた鳴上悠について。
『菜々子ちゃん』という年端もいかない親戚の少女と同居しているという彼も、今頃こうしたあたたかな団欒の中にいるのだろうか。
(そうだといいな……)
陽介はふ、とやわらかく笑って、だしの香る味噌汁に口をつける。
瑞月が用意したというトマトベースの煮込みハンバーグは、よく煮込まれた結果なのか、トマトのまろやかな酸味と旨味をジューシーなハンバーグが吸い込んで、とても美味しい一皿だった。
付け合わせのコールスローサラダやタケノコの煮物、菜の花と油揚げの味噌汁も言わずもがなの出来で、陽介の食欲はいつも以上だった。ご馳走される立場にも関わらず白飯をおかわりしてしまったほどだ。
もちろん、デザートにとわざわざ剥いてくれた甘夏もきれいに平らげた。
そして食後からしばらくして──
「じゃあ、あんがとな瀬名。夕メシ旨かったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいな。きみの口にあったのなら、ご馳走した甲斐があったというものだ。……はい、荷物」
瀬名宅のエントランスにて、帰り支度をしながら陽介は瑞月に礼を告げた。取次のフローリングの上で陽介の荷物を受け渡しながら、エプロンと一つに髪を結った姿で瑞月はふんわりと微笑む。
特徴的な固さの言葉遣いに反して、たおやかな唇で笑う瑞月から「おう、あんがと」と受けとる。瑞月の足元にいた佳菜は誇らしげに持っていた漢字ドリルを広げ、夕食後に陽介が手伝ったページを掲げてニコニコと笑った。
「陽介おにいちゃん、カンジ、教えてくれてくれてありがとね。もうおにいちゃんのみょーじ書けるよ!」
「おう。『花』と『村』な。上手に書けてて、お兄ちゃん嬉しかったぞー」
「……えへへ」
膝を屈めて左手で頭を撫でると、佳菜は気持ち良さそうに小さな口をフニャフニャした。素直に慕ってくれている証拠だ。無垢ないじらしさに陽介の表情筋がつい緩む。
一人っ子で兄弟に憧れていた部分もあってか、陽介は佳菜を本当の妹のようについ可愛がってしまう。しばらく佳菜を撫でていると、瑞月が困ったように口を開く。
「花村。もうそろそろ……、いまだ雨も降っているし……」
「あ、そうだな。じゃあお暇させてもらうわ」
「陽介おにいちゃん、気をつけてね。あわててころんだらダメだよ」
右手の怪我について言っているのだろう。転んでしまった、という陽介の言い分を信じている佳菜は心配そうに言い縋る。
「……うん。大丈夫だよ、佳菜ちゃん。心配してくれてありがとな。次会うときはちゃんと治してくるからさ」
「ん。やくそくね! いたいのいたいの、とんでけ~~!」
両の手をかざして、まるで傷口にパワーを送り込むような仕草を披露する佳菜。それを瑞月は優しく見守ってから陽介に向き直った。
「それでは花村、また明日、学校でな」
「おお。また明日な、瀬名」
親しげに手を振って見送ってくれた2人に陽介は別れを告げる。玄関のドアを潜って数歩進む。
「花村!」
と、聞き覚えのある、凛とした誰かの声に呼び止められた。瑞月だ。玄関の外に出てぱたぱたと追ってきた瑞月に、陽介は首を傾げた。
忘れ物を届けにきたのかと思ったが、彼女は見たところ、傘以外まったく手ぶららしい。ならばなぜ、彼女は一人で外に出たのか。
「ん、どしたよ瀬名?」
「あ、いや……その……」
言葉を選ぶ様子の瑞月に、陽介は首を傾げた。はっきりとした物言いを好む彼女が言い淀むなんて珍しい事態だ。瑞月はひとつ決意を示すように頷くと、陽介をまっすぐに見据える。
「花村、『無理をするな』とは言わない。ただ、一人だけ無理をしたり、一人のまま無理を続けたりはしないでほしい」
「……」
陽介は瞠目する。丸くなった琥珀の瞳と、真摯な碧の瞳が交わる。
「『無理をするな』とは言わない。私自身、そうやって得たものも少なくないからだ。きみだって、そうして得たものもあるだろう。けれど……」
俊巡から、彼女は言い淀む。だが、それを振り切って一息に彼女は陽介へと告げた。
「一人で、抱え込むような真似はしないでくれ。私でよければ力を貸すし、せめてきみの……気を休める手伝いくらいはできるだろうから」
「……ッ」
陽介の頬が少しずつ朱に染まる。てらいのない親しみの滲むその言葉がじわじわと染み入って、なんだか照れ臭かったから。
「……おう、サンキュな」
けれど、瑞月の親愛を無下にはしたくない。その一心でまごつきながらも礼を告げた。すると瑞月が、「うん」と安堵したように頬を緩める。
2人は微かに笑いあって別れた。瑞月が玄関先から手を振り、陽介は夜の深まった帰り道に踏み出す。
4月の雨降る夜はまだ寒く、吹き抜ける風が対表面の温度をさらっていく。けれど、瑞月のご飯をしっかり食べたおかげなのか、身体の芯はぽかぽかとあたたかかった。
そのときには、もうすっかりテレビの中の異常体験は頭から消え去っていた。痛みと恐怖に寄り添ってくれた瑞月のおかげで、心が落ち着いたというのもある。それに──
「へー、菜の花って食えんだなぁ……。しかもウマイし。あの道端にワラワラ咲いてるヤツが。……そこらヘンのも摘めば食えるんか?」
「いや、食べられるが、さすがに道端のは食べないからな? これはちゃんと、農家さんが育ててくださったものだからな?」
「……佳菜、みちばたで見てるほうが好き、食べるのニガい」
「あ! 佳菜、また油揚げだけ先に食べて……。一緒に食べないから苦いというのに……」
「あっれ、佳菜ちゃん苦いの苦手? はは、たしかにこの苦さは佳菜ちゃんにまだ早いかもなぁ」
「ねー! 佳菜にはまだ早いもんっ!」
「おい花村、加勢するんじゃない」
──瑞月と佳菜のいる和やかな食卓に着いていたというのも、大きかったのかもしれない。フローリングの家の、温白色の明かりに照らされたダイニングテーブルの上で繰り広げられる仲睦まじい姉妹のやりとり。
その景色はありふれて──だからこそ揺らぐことはない、湯飲みに満ちた温かいお茶のような”平穏”そのもので、陽介は本当に日常に帰ってきたのだとしみじみ実感できた。おかげで、異世界での死にかけた記憶によって息苦しかった喉のつかえがとれた。
わいわいとにぎやかな姉妹との食卓を前に、陽介はふと、ある人物のことが気にかかる。今日、陽介を助けてくれた鳴上悠について。
『菜々子ちゃん』という年端もいかない親戚の少女と同居しているという彼も、今頃こうしたあたたかな団欒の中にいるのだろうか。
(そうだといいな……)
陽介はふ、とやわらかく笑って、だしの香る味噌汁に口をつける。
瑞月が用意したというトマトベースの煮込みハンバーグは、よく煮込まれた結果なのか、トマトのまろやかな酸味と旨味をジューシーなハンバーグが吸い込んで、とても美味しい一皿だった。
付け合わせのコールスローサラダやタケノコの煮物、菜の花と油揚げの味噌汁も言わずもがなの出来で、陽介の食欲はいつも以上だった。ご馳走される立場にも関わらず白飯をおかわりしてしまったほどだ。
もちろん、デザートにとわざわざ剥いてくれた甘夏もきれいに平らげた。
そして食後からしばらくして──
「じゃあ、あんがとな瀬名。夕メシ旨かったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいな。きみの口にあったのなら、ご馳走した甲斐があったというものだ。……はい、荷物」
瀬名宅のエントランスにて、帰り支度をしながら陽介は瑞月に礼を告げた。取次のフローリングの上で陽介の荷物を受け渡しながら、エプロンと一つに髪を結った姿で瑞月はふんわりと微笑む。
特徴的な固さの言葉遣いに反して、たおやかな唇で笑う瑞月から「おう、あんがと」と受けとる。瑞月の足元にいた佳菜は誇らしげに持っていた漢字ドリルを広げ、夕食後に陽介が手伝ったページを掲げてニコニコと笑った。
「陽介おにいちゃん、カンジ、教えてくれてくれてありがとね。もうおにいちゃんのみょーじ書けるよ!」
「おう。『花』と『村』な。上手に書けてて、お兄ちゃん嬉しかったぞー」
「……えへへ」
膝を屈めて左手で頭を撫でると、佳菜は気持ち良さそうに小さな口をフニャフニャした。素直に慕ってくれている証拠だ。無垢ないじらしさに陽介の表情筋がつい緩む。
一人っ子で兄弟に憧れていた部分もあってか、陽介は佳菜を本当の妹のようについ可愛がってしまう。しばらく佳菜を撫でていると、瑞月が困ったように口を開く。
「花村。もうそろそろ……、いまだ雨も降っているし……」
「あ、そうだな。じゃあお暇させてもらうわ」
「陽介おにいちゃん、気をつけてね。あわててころんだらダメだよ」
右手の怪我について言っているのだろう。転んでしまった、という陽介の言い分を信じている佳菜は心配そうに言い縋る。
「……うん。大丈夫だよ、佳菜ちゃん。心配してくれてありがとな。次会うときはちゃんと治してくるからさ」
「ん。やくそくね! いたいのいたいの、とんでけ~~!」
両の手をかざして、まるで傷口にパワーを送り込むような仕草を披露する佳菜。それを瑞月は優しく見守ってから陽介に向き直った。
「それでは花村、また明日、学校でな」
「おお。また明日な、瀬名」
親しげに手を振って見送ってくれた2人に陽介は別れを告げる。玄関のドアを潜って数歩進む。
「花村!」
と、聞き覚えのある、凛とした誰かの声に呼び止められた。瑞月だ。玄関の外に出てぱたぱたと追ってきた瑞月に、陽介は首を傾げた。
忘れ物を届けにきたのかと思ったが、彼女は見たところ、傘以外まったく手ぶららしい。ならばなぜ、彼女は一人で外に出たのか。
「ん、どしたよ瀬名?」
「あ、いや……その……」
言葉を選ぶ様子の瑞月に、陽介は首を傾げた。はっきりとした物言いを好む彼女が言い淀むなんて珍しい事態だ。瑞月はひとつ決意を示すように頷くと、陽介をまっすぐに見据える。
「花村、『無理をするな』とは言わない。ただ、一人だけ無理をしたり、一人のまま無理を続けたりはしないでほしい」
「……」
陽介は瞠目する。丸くなった琥珀の瞳と、真摯な碧の瞳が交わる。
「『無理をするな』とは言わない。私自身、そうやって得たものも少なくないからだ。きみだって、そうして得たものもあるだろう。けれど……」
俊巡から、彼女は言い淀む。だが、それを振り切って一息に彼女は陽介へと告げた。
「一人で、抱え込むような真似はしないでくれ。私でよければ力を貸すし、せめてきみの……気を休める手伝いくらいはできるだろうから」
「……ッ」
陽介の頬が少しずつ朱に染まる。てらいのない親しみの滲むその言葉がじわじわと染み入って、なんだか照れ臭かったから。
「……おう、サンキュな」
けれど、瑞月の親愛を無下にはしたくない。その一心でまごつきながらも礼を告げた。すると瑞月が、「うん」と安堵したように頬を緩める。
2人は微かに笑いあって別れた。瑞月が玄関先から手を振り、陽介は夜の深まった帰り道に踏み出す。
4月の雨降る夜はまだ寒く、吹き抜ける風が対表面の温度をさらっていく。けれど、瑞月のご飯をしっかり食べたおかげなのか、身体の芯はぽかぽかとあたたかかった。