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◇◇◇
────というわけで、陽介はいま瑞月にお持ち帰られている真っ最中である。
(いや、どういうわけだよ!?)
ほの暗く、しとしとと冷たい雨の降る帰り道を歩きながら、陽介は食品の詰まったエコバックを抱えながら慄いた。隣では上機嫌な様子で鼻歌を歌う瑞月がいる。陽介の気が遠くなった。
気が遠くなったついでに、陽介は瑞月にお持ち帰られている──正確には瑞月の自宅へ向かう今にいたった記憶を回想する。
たしか──偶然ジュネスの店内で鉢合ったあと、陽介は唐突に招待を受けたのだ。夕食を瑞月の自宅で一緒に摂らないかと。
もちろん陽介は断った。わざわざ陽介のために食事を無償で作ってもらうなんて申し訳がないし、親友とはいえ女の子の自宅の敷居をおいそれと跨ぐわけにはいかない。だが瑞月はしつこく食い下がった。
『別段無償ではない。きみが私を家まで送り届けてくれるから、私はそのお礼で食事をご馳走するだけだが?』
『前提がおかしい! なんで俺がお前と一緒に帰ることが確定してるわけ!?』
『おや。では、きみはまさか、知り合いである女子をこんな遅い時間に一人で帰らせるというのか? か弱い女性を?』
『『か弱い』の意味辞書で引きなおしてこいよ』
『……シナを作ればそれっぽくなるのではないか?』
『『か弱さ』の定義がアバウト! そしてシナの作り方ザツだな! 頬に手当ててか弱くなんならゲンドウポーズのおっさんも授業中に船漕いでる男子も全部『か弱い』わ!』
『しかしきみは私を一人で帰らせる男ではないだろう?』
『…………まぁ、そりゃ……。って』
『では決定だな。ちなみに今日のメインディッシュは煮込みハンバーグだ』
『!』
悲しいかな。これが花見のときに胃袋をガッチリ掴まれた育ち盛りの男子高校生の哀れなる末路である。ちなみにこれ、全て耳打ちレベルのコショコショ話で交わされた会話であった。(ちなみに陽介が買おうとしたジャンクな品物の数々は瑞月によって問答無用で戻された。無慈悲)
結局、陽介は無償で夕飯をご馳走になるのが納得いかなくて、何よりも瑞月の掌の上で上手く転がされた感があって悔しくて、会計と荷物持ちは奪い取った。ジュネスではアルバイターにも割引はいくらかつくのだ。社割バンザイ(ちなみにそのお金は会計後にきっちり返してもらった)。
「──それにしても、ジュネスの社員割引きはけっこう引いてくれるのだな。知らなかった。けっこうお金が浮いて、私は助かったとも」
「え!? ああうん、ひき割り……ひき割り納豆な! 煮込みハンバーグにひき割り納豆か~~変わった組み合わせだな!」
「おーい花村、戻ってこーい。『割引き』を『ひき割り』と間違えるなんて、相当疲れているじゃないか」
ひどい聞き間違いに瑞月が呆れ返る。瑞月の碧い瞳の冷静さに混乱の極地にいた陽介の意識が帰ってくる。
「あー、社割の話な。たしかにワリと便利だぜ? 俺もバイク貯金のために何度助けられてるか……。夜のシフトとかだと、割引きシールと合わせてかなり安めに惣菜パン手に入るし」
「……まるで苦学生みたいな節約を実行しているな。まぁ、お金が大切というのは同意するが」
「はは。でもま、好きなもんのためならガマンも苦じゃないですしー。つーか、節約って言えば、わざわざごめんな。俺が夕飯食うからってなんか多く買い物させて。今から作んのも手間なのにさ……」
「? いや、煮込みハンバーグはもう出来上がっているが? これは明後日からの夕飯に必要な材料だ。仕込みは済ませて、当日は短時間で仕上げられるようにしておくんだ」
「え、そんで俺の分もあんの?」
「ふふ、明日のお弁当用に少し多めに作るようにしているんだ」
「ほー、なんかベテランの主婦みてー……」
「ベテラン主婦のお母さん直伝だからな。そのおかげできみを夕食に招待できる。……あ、花村、すこしあそこに立ち寄らないか?」
「ん? ベンチ? ダイジョブなんか? 佳菜ちゃん、家で待ってんだろ?」
瑞月が指さす先には、屋根のついた人がけのベンチがある。休憩スペースとして市内に設置されたもののひとつだろう。陽介は首を傾げる。佳菜が待っているのに寄り道とは、妹思いな瑞月にしては不自然だ。
だが、陽介の疑問など無視して瑞月は陽介の──左手を取る。
「いいから」
そしてベンチまで有無を言わさない、真剣に唇を引き結んだ表情で陽介を連れたった。彼女の手は、冷えた陽介の手と比べ物にならないほど、あたたかかった。
どうして瑞月は、陽介をベンチまで引っ張っていったのか。その理由はすぐに分かった。彼女は陽介とともに腰かけると、荷物を置き、背負っていたリュックからペットボトルとポケットティッシュと小ぶりなポーチを取り出す。
さらにポーチの中から──極々小さなクリームケースと絆創膏を何枚か取り出した。陽介は「えっ」と困惑をあらわにする。
「花村。右手を見せなさい」
凛と、瑞月は命じた。陽介がおろおろと右手を隠そうとすると、目敏い彼女はぐっと陽介の負傷している右手を引っ張り出した。まるで火事場の馬鹿力である。
手首を片手でしっかりと捕らえたまま、絆創膏がもったいないからと雑に指先をくるんだティッシュを剥ぎ取る。
「あっ──!」
「……」
陽介の、傷だらけの指先が瑞月の眼前に晒される。ひたと、彼女はむき出しの赤黒い血の塊で覆われた傷口を見据える。追求される。こんな怪我を負った理由を鋭く睨みつけられたまま問いただされると、陽介は恐れた。おぞましい──『死』の記憶を掘り起こされて、けれども何も口にはできない恐ろしさに、ぎゅっと目を瞑った。
だが、瑞月は何も言わなかった。
そのかわり、傷ついた患部を避けて、彼女は陽介の掌を慎重に撫で下ろす。
まるで傷ついた過去の陽介を悼むかのごとく。
「……傷口は、きちんと洗われているようだな。水で流さなくとも良さそうだ。軟膏を塗って、絆創膏を貼っておこう。むき出しの傷口など、佳菜が見たらびっくりするだろうからな」
「え……?」
彼女はスカートの上に陽介の右手を置く。素早く、脇に置いてあったクリームケースの蓋を開けた。再び陽介の右手を取ると、静かに凪いだ声音で告げた。
「傷口に触るから、冷たく、染みるだろう。コートの袖を掴むといい」
「──ッ」
瑞月の宣言どおり、ヒヤリとしたクリームの質感と、チクリと針を刺すような痛みが襲う。くっと陽介が奥歯で耐えている間に、瑞月は的確に軟膏を塗り広げ、余分な薬剤をティッシュで拭う。痛みは最小限に軟膏の塗布は終わった。
瑞月の手が離れる。しっかりと、だが痛みを与えないように陽介の手首を掴んでいたあたたかい手が。そうして、瑞月は用意していた絆創膏の包装をベリベリと剥いていく。
「では、絆創膏を貼っていく」
「……なぁ、瀬名」
「どうした、花村」
「いつから、気づいてた?」
ビリッと、絆創膏の包装が暗がりのベンチで大きく破られる。街灯のランプが彼女の姿を照らし出した。彼女の冴々とした面差しは不自然なほど凪いでいる。そうして、感情を抑えたような低い声で答えた。
「……買い物カゴを右手で抱えていたときからだ。きみは右利きだというのに、わざわざ左手を使って商品を取っていたのが気になった。しかも私と話しているとき、右手を隠そうしているような仕草も、ずっと右手を握りこんでいる姿も不自然だった」
「ぜんぶまるっとお見通しかよ……」
一から十を見通すような観察眼に、陽介は恐れを通り越して感心してしまった。常に冷静さを保つ彼女には、下手なごまかしは通用しない。
「……で、なんで聞かねーの?」
「何をだ。目的語が分からんな」
「俺が、こんなんなってる理由」
「……あからさまに聞かれるのを避けていたから、聞かなかったというのに。……まぁ、よい」
瑞月がふたたび陽介の手を取る。クリームを塗布した指先に覆われた傷口をひとつひとつ絆創膏で覆い隠していった。その間も、彼女は陽介の歪な肉の裂け目から決して目を逸らさなかった。誠実な医者にも似た実直さと的確さで、彼女は処置を終える。
「────きみが無茶をするのは、決まって誰かを守ろうとするときだ。それ以外の理由があるのか?」
「────ッ」
彼女は力強く言い放った。
まるで、それ以外の理由はないと言いきるかのように。
陽介は目を見開く。心臓がぎゅっと脈打って、かすかに身体に熱が巡った気がした。
瑞月は、陽介の手を繰り返し撫でる。何度も何度も。優しく、悲しげで、諦めたような手つきで。負ってしまった傷は仕方ない。ならばせめて、その苦痛を取り払おうとするかのように。
彼女の言葉なき慰撫に、自然と心が満たされていくのを感じた。彼女の手の温もりに、日常へと戻って来たのだと実感できた。
生々しい傷口を覆い隠した彼女の施しに、歪な世界で陽介が負った痛みと恐怖が無駄ではなかったのだと思えた。
ふっと、陽介の身体から力が抜ける、そうして導かれるように、隣り合った瑞月の肩に頭を寄せた。おっと、と彼女は事もなげに陽介を支える。花にも似た良い香りと、人肌の柔らかさ、そしてどこにいても変わらない彼女の温もりに、陽介は心底安心して身を委ねる。
「ごめん……瀬名」
────ちょっとだけ、こうさして?
年甲斐もなく、陽介は瑞月が羽織ったスプリングコートの袖を摘まむ。うん、と瑞月は陽介の背にそっと──まるで繊細な宝石にでも触れるときのように手を添えて、撫で下ろした。
「頑張ったな」
労るように瑞月が呟いた。しとしとと雨の降る薄闇のベンチの、細やかに照らすライトの下で、全身を瑞月の生きた気配に包まれて、陽介は肺の底に澱んでいた空気をやっと吐き出せた。
────というわけで、陽介はいま瑞月にお持ち帰られている真っ最中である。
(いや、どういうわけだよ!?)
ほの暗く、しとしとと冷たい雨の降る帰り道を歩きながら、陽介は食品の詰まったエコバックを抱えながら慄いた。隣では上機嫌な様子で鼻歌を歌う瑞月がいる。陽介の気が遠くなった。
気が遠くなったついでに、陽介は瑞月にお持ち帰られている──正確には瑞月の自宅へ向かう今にいたった記憶を回想する。
たしか──偶然ジュネスの店内で鉢合ったあと、陽介は唐突に招待を受けたのだ。夕食を瑞月の自宅で一緒に摂らないかと。
もちろん陽介は断った。わざわざ陽介のために食事を無償で作ってもらうなんて申し訳がないし、親友とはいえ女の子の自宅の敷居をおいそれと跨ぐわけにはいかない。だが瑞月はしつこく食い下がった。
『別段無償ではない。きみが私を家まで送り届けてくれるから、私はそのお礼で食事をご馳走するだけだが?』
『前提がおかしい! なんで俺がお前と一緒に帰ることが確定してるわけ!?』
『おや。では、きみはまさか、知り合いである女子をこんな遅い時間に一人で帰らせるというのか? か弱い女性を?』
『『か弱い』の意味辞書で引きなおしてこいよ』
『……シナを作ればそれっぽくなるのではないか?』
『『か弱さ』の定義がアバウト! そしてシナの作り方ザツだな! 頬に手当ててか弱くなんならゲンドウポーズのおっさんも授業中に船漕いでる男子も全部『か弱い』わ!』
『しかしきみは私を一人で帰らせる男ではないだろう?』
『…………まぁ、そりゃ……。って』
『では決定だな。ちなみに今日のメインディッシュは煮込みハンバーグだ』
『!』
悲しいかな。これが花見のときに胃袋をガッチリ掴まれた育ち盛りの男子高校生の哀れなる末路である。ちなみにこれ、全て耳打ちレベルのコショコショ話で交わされた会話であった。(ちなみに陽介が買おうとしたジャンクな品物の数々は瑞月によって問答無用で戻された。無慈悲)
結局、陽介は無償で夕飯をご馳走になるのが納得いかなくて、何よりも瑞月の掌の上で上手く転がされた感があって悔しくて、会計と荷物持ちは奪い取った。ジュネスではアルバイターにも割引はいくらかつくのだ。社割バンザイ(ちなみにそのお金は会計後にきっちり返してもらった)。
「──それにしても、ジュネスの社員割引きはけっこう引いてくれるのだな。知らなかった。けっこうお金が浮いて、私は助かったとも」
「え!? ああうん、ひき割り……ひき割り納豆な! 煮込みハンバーグにひき割り納豆か~~変わった組み合わせだな!」
「おーい花村、戻ってこーい。『割引き』を『ひき割り』と間違えるなんて、相当疲れているじゃないか」
ひどい聞き間違いに瑞月が呆れ返る。瑞月の碧い瞳の冷静さに混乱の極地にいた陽介の意識が帰ってくる。
「あー、社割の話な。たしかにワリと便利だぜ? 俺もバイク貯金のために何度助けられてるか……。夜のシフトとかだと、割引きシールと合わせてかなり安めに惣菜パン手に入るし」
「……まるで苦学生みたいな節約を実行しているな。まぁ、お金が大切というのは同意するが」
「はは。でもま、好きなもんのためならガマンも苦じゃないですしー。つーか、節約って言えば、わざわざごめんな。俺が夕飯食うからってなんか多く買い物させて。今から作んのも手間なのにさ……」
「? いや、煮込みハンバーグはもう出来上がっているが? これは明後日からの夕飯に必要な材料だ。仕込みは済ませて、当日は短時間で仕上げられるようにしておくんだ」
「え、そんで俺の分もあんの?」
「ふふ、明日のお弁当用に少し多めに作るようにしているんだ」
「ほー、なんかベテランの主婦みてー……」
「ベテラン主婦のお母さん直伝だからな。そのおかげできみを夕食に招待できる。……あ、花村、すこしあそこに立ち寄らないか?」
「ん? ベンチ? ダイジョブなんか? 佳菜ちゃん、家で待ってんだろ?」
瑞月が指さす先には、屋根のついた人がけのベンチがある。休憩スペースとして市内に設置されたもののひとつだろう。陽介は首を傾げる。佳菜が待っているのに寄り道とは、妹思いな瑞月にしては不自然だ。
だが、陽介の疑問など無視して瑞月は陽介の──左手を取る。
「いいから」
そしてベンチまで有無を言わさない、真剣に唇を引き結んだ表情で陽介を連れたった。彼女の手は、冷えた陽介の手と比べ物にならないほど、あたたかかった。
どうして瑞月は、陽介をベンチまで引っ張っていったのか。その理由はすぐに分かった。彼女は陽介とともに腰かけると、荷物を置き、背負っていたリュックからペットボトルとポケットティッシュと小ぶりなポーチを取り出す。
さらにポーチの中から──極々小さなクリームケースと絆創膏を何枚か取り出した。陽介は「えっ」と困惑をあらわにする。
「花村。右手を見せなさい」
凛と、瑞月は命じた。陽介がおろおろと右手を隠そうとすると、目敏い彼女はぐっと陽介の負傷している右手を引っ張り出した。まるで火事場の馬鹿力である。
手首を片手でしっかりと捕らえたまま、絆創膏がもったいないからと雑に指先をくるんだティッシュを剥ぎ取る。
「あっ──!」
「……」
陽介の、傷だらけの指先が瑞月の眼前に晒される。ひたと、彼女はむき出しの赤黒い血の塊で覆われた傷口を見据える。追求される。こんな怪我を負った理由を鋭く睨みつけられたまま問いただされると、陽介は恐れた。おぞましい──『死』の記憶を掘り起こされて、けれども何も口にはできない恐ろしさに、ぎゅっと目を瞑った。
だが、瑞月は何も言わなかった。
そのかわり、傷ついた患部を避けて、彼女は陽介の掌を慎重に撫で下ろす。
まるで傷ついた過去の陽介を悼むかのごとく。
「……傷口は、きちんと洗われているようだな。水で流さなくとも良さそうだ。軟膏を塗って、絆創膏を貼っておこう。むき出しの傷口など、佳菜が見たらびっくりするだろうからな」
「え……?」
彼女はスカートの上に陽介の右手を置く。素早く、脇に置いてあったクリームケースの蓋を開けた。再び陽介の右手を取ると、静かに凪いだ声音で告げた。
「傷口に触るから、冷たく、染みるだろう。コートの袖を掴むといい」
「──ッ」
瑞月の宣言どおり、ヒヤリとしたクリームの質感と、チクリと針を刺すような痛みが襲う。くっと陽介が奥歯で耐えている間に、瑞月は的確に軟膏を塗り広げ、余分な薬剤をティッシュで拭う。痛みは最小限に軟膏の塗布は終わった。
瑞月の手が離れる。しっかりと、だが痛みを与えないように陽介の手首を掴んでいたあたたかい手が。そうして、瑞月は用意していた絆創膏の包装をベリベリと剥いていく。
「では、絆創膏を貼っていく」
「……なぁ、瀬名」
「どうした、花村」
「いつから、気づいてた?」
ビリッと、絆創膏の包装が暗がりのベンチで大きく破られる。街灯のランプが彼女の姿を照らし出した。彼女の冴々とした面差しは不自然なほど凪いでいる。そうして、感情を抑えたような低い声で答えた。
「……買い物カゴを右手で抱えていたときからだ。きみは右利きだというのに、わざわざ左手を使って商品を取っていたのが気になった。しかも私と話しているとき、右手を隠そうしているような仕草も、ずっと右手を握りこんでいる姿も不自然だった」
「ぜんぶまるっとお見通しかよ……」
一から十を見通すような観察眼に、陽介は恐れを通り越して感心してしまった。常に冷静さを保つ彼女には、下手なごまかしは通用しない。
「……で、なんで聞かねーの?」
「何をだ。目的語が分からんな」
「俺が、こんなんなってる理由」
「……あからさまに聞かれるのを避けていたから、聞かなかったというのに。……まぁ、よい」
瑞月がふたたび陽介の手を取る。クリームを塗布した指先に覆われた傷口をひとつひとつ絆創膏で覆い隠していった。その間も、彼女は陽介の歪な肉の裂け目から決して目を逸らさなかった。誠実な医者にも似た実直さと的確さで、彼女は処置を終える。
「────きみが無茶をするのは、決まって誰かを守ろうとするときだ。それ以外の理由があるのか?」
「────ッ」
彼女は力強く言い放った。
まるで、それ以外の理由はないと言いきるかのように。
陽介は目を見開く。心臓がぎゅっと脈打って、かすかに身体に熱が巡った気がした。
瑞月は、陽介の手を繰り返し撫でる。何度も何度も。優しく、悲しげで、諦めたような手つきで。負ってしまった傷は仕方ない。ならばせめて、その苦痛を取り払おうとするかのように。
彼女の言葉なき慰撫に、自然と心が満たされていくのを感じた。彼女の手の温もりに、日常へと戻って来たのだと実感できた。
生々しい傷口を覆い隠した彼女の施しに、歪な世界で陽介が負った痛みと恐怖が無駄ではなかったのだと思えた。
ふっと、陽介の身体から力が抜ける、そうして導かれるように、隣り合った瑞月の肩に頭を寄せた。おっと、と彼女は事もなげに陽介を支える。花にも似た良い香りと、人肌の柔らかさ、そしてどこにいても変わらない彼女の温もりに、陽介は心底安心して身を委ねる。
「ごめん……瀬名」
────ちょっとだけ、こうさして?
年甲斐もなく、陽介は瑞月が羽織ったスプリングコートの袖を摘まむ。うん、と瑞月は陽介の背にそっと──まるで繊細な宝石にでも触れるときのように手を添えて、撫で下ろした。
「頑張ったな」
労るように瑞月が呟いた。しとしとと雨の降る薄闇のベンチの、細やかに照らすライトの下で、全身を瑞月の生きた気配に包まれて、陽介は肺の底に澱んでいた空気をやっと吐き出せた。