客人〈マレビト〉来たりき
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***
目が覚めると、青い部屋────ベルベットルームにいた。静かで冷たく、自分の体温と鼓動がはっきりと浮き彫りになるような青だ。
鼻の長い老人は、イゴールと名乗った。ベルベットルームは『夢と現実、精神と物質の狭間にある場所』らしい。悠は腑に落ちた。曖昧で、常に変わり行く場所を走っていくから、この部屋はリムジンなのだと。
「本来は何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋……。あなたには、近くそうした未来が待ち受けているのやもしれませんな……」
イゴールは、雲を掴むような話をする。この部屋に訪れなければいけない、その理由は何だろうか。
「では、貴方の未来について少し覗いてみると致しましょう。……占いは信用されますかな?」
イゴールは、鮮やかにカードを切った。トランプのようなそれは、タロットだという。儀式的な配置で伏せられた7枚のカード。うちの1枚が、悠の眼前に提示される。
「ほう……近い未来を示すのは“塔”の正位置。
どうやら大きな“災難”を被られるようだ」
どうやら、悠の未来は良いものでは無さそうだ。イゴールは続けて、もう1枚のカードを提示する。
「その先の未来を示すのは、“月”の正位置。“迷い”、そして“謎”を示すカード」
実に興味深い、とイゴールは呟く。悠は膝に置いた手を握った。
自分は八十稲羽にて、災難と謎の解明を強いられる。
「今年、貴方の運命は節目にあり、もし謎が解かれねば、貴方の未来は閉ざされてしまうやもしれません」
イゴールはひたと悠を見つめた。忘れるなと、刻むナイフにも似た言葉の重さを、悠はなんとか受け止める。
────それは、死ぬということか。はたまた、死よりも恐ろしい何かか。
ぞくりと、悠の背をうすら寒いものが走る。当然の反応に、イゴールは目を眇めた。まるで悠の魂を、その形を見抜こうとしているみたいに。
「私の役目は、お客人がそうならぬよう、手助けをさせていただくことでございます」
「つまり、災いを退けるため、謎を解くために、イゴールさんに協力してもらう、ということですか?」
「左様にございます。どのような協力かは、追々説明致しましょう」
イゴールが隣の女性を指し示した。“契約”について、話を切り上げたいらしい。会話を打ち切ったイゴールは、自身の隣に控えた女性に目を向ける。
「こちらはマーガレット。同じくベルベットルームの住人にございます」
ヘアバンドで纏められ、片方に流された銀の前髪が、慎ましい光を弾いた。照明の乏しい青の中でもくっきりと浮かび上がる顔立ちの、幻想的な美人だ。紅を注した官能的な厚さの唇とシャープな輪郭は、ギリシャの彫刻を思わせる。彼女の金の瞳が一対、無機質に悠へ向けられた。
「お客さまの旅のお供を務めて参ります。マーガレットと申します」
しずしずとマーガレットが一礼を済ませる。洗練された優雅な動き。ますます悠は自分がこの静かな青の世界に場違いな存在だと思えてくる。
頭に響く車輪の音に、意識が現実に戻されかけているのだと悟る。悠は口を開こうとした。しかし、身体の全てが動かない。言いたいことは尽きないというのに、視界が白で塗りつぶされていく。
「ではその時まで、ご機嫌よう」
再会を予期するように老人は告げる。その言葉を聞き届けて、悠の意識は真っ白になった。
***
────今年、貴方の運命は節目にあり、もし謎が解かれねば、貴方の未来は閉ざされてしまうやもしれません。
────それは、死ぬということか。はたまた、死よりも恐ろしい何かか。
悠は思考を打ち切った。長旅の疲れが、奇妙な夢を見せたのだろうと結論づける。今さらだが、イゴールの言葉と不穏な想像を掘り起こしたくなかった。
道の途中、堂島はガソリンスタンドに立ちよった。『いなば急便』という運送トラックが停まっていて、給油には結構な時間がかかるらしかった。
となれば、空き時間を利用しての休憩である。堂島親子はいずれも席をはずしていた。
車から出て、悠も深呼吸をする。都会より、空気が煙たくないし、温くもなく気持ちがいい。
「君、高校生?」
作業を終えたのか、店員が悠に話しかけてきた。見知らぬ人を前に好奇心旺盛、という目をしている。
「都会から来ると、なーんも無くてビックリっしょ。実際退屈すると思うよー」
「空気が美味しいですよ? あと、広い」
「じゃあ、ジョギングでもやってみるかい?でも、高校の頃っつったら、部活とか、友達んちいくとか、バイトくらいだったなー」
妙にフレンドリーな店員は、勧誘広告をわざとらしく横目でみている。
「……バイトの勧誘ですか?」
「お、鋭いねー。ぜひ考えといてよ」
フレンドリーな店員は手を差し出した。堂島さんといい、目の前の店員といい、稲羽は握手によるコミュニケーションが密なのだろうかと、悠は瞬きする。
とりあえず、店員の握手に応じた。立ち仕事に反して、店員は白く、冷たい手をしていた。
「おっと、仕事に戻らないと」
パッと手を離し、店員は奥のサービスルームへ去っていく。
車内に戻ろうかとドアハンドルに手をかけた瞬間、悠は耳鳴りと強い目眩に襲われた。揺さぶられる視界に耐えきれず、目頭を押さえる。
「だいじょうぶ? 車よい? 具合わるいの?」
幼い声が震えている。戻ってきた菜々子が、悠を心配してくれているのだ。
「だいじょうぶ。もう治ったから」
菜々子は一度、店員が去った方向を見る。それから助手席へ案内しようとした。荷物で狭い後部座席より、横になりやすいリクライニング座席の方が休めると思ったのだろう。賢く、優しい子だ。だが、後部座席に1人は寂しいし、荷物を見てないといけないからと、丁寧に断った。
「ありがとう。菜々子ちゃんは優しいね」
悠のお礼に、菜々子は頬を染めた。恥ずかしいのか、うさぎのように素速く車へ乗り込んでしまう。
しばらくすると、堂島が戻ってきた。3人が乗り込んだ車が発進する。妙にフレンドリーな店員が、わざわざ戻ってきて手を振ってくれた。
再び、悠は車窓から町並みを眺めている。
(友達か……)
たったの1年間の付き合いなら、つかず離れずの最低限のやり取りでいい。17年間、そうやって凪いだ心で生きてきたのだ。
けれど、青い部屋の予言は、悠の人生の転機を示していた。自分を巻き込む災いとは、何なのだろうか。程度によれば、自分の生き方まで変わってしまうかもしれなかった。
一体、悠の身に何が起こると言うのか。明るい橙と暗い紫が入り交じる夕焼けの空が、悠の頭に焼きついて離れなかった。
目が覚めると、青い部屋────ベルベットルームにいた。静かで冷たく、自分の体温と鼓動がはっきりと浮き彫りになるような青だ。
鼻の長い老人は、イゴールと名乗った。ベルベットルームは『夢と現実、精神と物質の狭間にある場所』らしい。悠は腑に落ちた。曖昧で、常に変わり行く場所を走っていくから、この部屋はリムジンなのだと。
「本来は何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋……。あなたには、近くそうした未来が待ち受けているのやもしれませんな……」
イゴールは、雲を掴むような話をする。この部屋に訪れなければいけない、その理由は何だろうか。
「では、貴方の未来について少し覗いてみると致しましょう。……占いは信用されますかな?」
イゴールは、鮮やかにカードを切った。トランプのようなそれは、タロットだという。儀式的な配置で伏せられた7枚のカード。うちの1枚が、悠の眼前に提示される。
「ほう……近い未来を示すのは“塔”の正位置。
どうやら大きな“災難”を被られるようだ」
どうやら、悠の未来は良いものでは無さそうだ。イゴールは続けて、もう1枚のカードを提示する。
「その先の未来を示すのは、“月”の正位置。“迷い”、そして“謎”を示すカード」
実に興味深い、とイゴールは呟く。悠は膝に置いた手を握った。
自分は八十稲羽にて、災難と謎の解明を強いられる。
「今年、貴方の運命は節目にあり、もし謎が解かれねば、貴方の未来は閉ざされてしまうやもしれません」
イゴールはひたと悠を見つめた。忘れるなと、刻むナイフにも似た言葉の重さを、悠はなんとか受け止める。
────それは、死ぬということか。はたまた、死よりも恐ろしい何かか。
ぞくりと、悠の背をうすら寒いものが走る。当然の反応に、イゴールは目を眇めた。まるで悠の魂を、その形を見抜こうとしているみたいに。
「私の役目は、お客人がそうならぬよう、手助けをさせていただくことでございます」
「つまり、災いを退けるため、謎を解くために、イゴールさんに協力してもらう、ということですか?」
「左様にございます。どのような協力かは、追々説明致しましょう」
イゴールが隣の女性を指し示した。“契約”について、話を切り上げたいらしい。会話を打ち切ったイゴールは、自身の隣に控えた女性に目を向ける。
「こちらはマーガレット。同じくベルベットルームの住人にございます」
ヘアバンドで纏められ、片方に流された銀の前髪が、慎ましい光を弾いた。照明の乏しい青の中でもくっきりと浮かび上がる顔立ちの、幻想的な美人だ。紅を注した官能的な厚さの唇とシャープな輪郭は、ギリシャの彫刻を思わせる。彼女の金の瞳が一対、無機質に悠へ向けられた。
「お客さまの旅のお供を務めて参ります。マーガレットと申します」
しずしずとマーガレットが一礼を済ませる。洗練された優雅な動き。ますます悠は自分がこの静かな青の世界に場違いな存在だと思えてくる。
頭に響く車輪の音に、意識が現実に戻されかけているのだと悟る。悠は口を開こうとした。しかし、身体の全てが動かない。言いたいことは尽きないというのに、視界が白で塗りつぶされていく。
「ではその時まで、ご機嫌よう」
再会を予期するように老人は告げる。その言葉を聞き届けて、悠の意識は真っ白になった。
***
────今年、貴方の運命は節目にあり、もし謎が解かれねば、貴方の未来は閉ざされてしまうやもしれません。
────それは、死ぬということか。はたまた、死よりも恐ろしい何かか。
悠は思考を打ち切った。長旅の疲れが、奇妙な夢を見せたのだろうと結論づける。今さらだが、イゴールの言葉と不穏な想像を掘り起こしたくなかった。
道の途中、堂島はガソリンスタンドに立ちよった。『いなば急便』という運送トラックが停まっていて、給油には結構な時間がかかるらしかった。
となれば、空き時間を利用しての休憩である。堂島親子はいずれも席をはずしていた。
車から出て、悠も深呼吸をする。都会より、空気が煙たくないし、温くもなく気持ちがいい。
「君、高校生?」
作業を終えたのか、店員が悠に話しかけてきた。見知らぬ人を前に好奇心旺盛、という目をしている。
「都会から来ると、なーんも無くてビックリっしょ。実際退屈すると思うよー」
「空気が美味しいですよ? あと、広い」
「じゃあ、ジョギングでもやってみるかい?でも、高校の頃っつったら、部活とか、友達んちいくとか、バイトくらいだったなー」
妙にフレンドリーな店員は、勧誘広告をわざとらしく横目でみている。
「……バイトの勧誘ですか?」
「お、鋭いねー。ぜひ考えといてよ」
フレンドリーな店員は手を差し出した。堂島さんといい、目の前の店員といい、稲羽は握手によるコミュニケーションが密なのだろうかと、悠は瞬きする。
とりあえず、店員の握手に応じた。立ち仕事に反して、店員は白く、冷たい手をしていた。
「おっと、仕事に戻らないと」
パッと手を離し、店員は奥のサービスルームへ去っていく。
車内に戻ろうかとドアハンドルに手をかけた瞬間、悠は耳鳴りと強い目眩に襲われた。揺さぶられる視界に耐えきれず、目頭を押さえる。
「だいじょうぶ? 車よい? 具合わるいの?」
幼い声が震えている。戻ってきた菜々子が、悠を心配してくれているのだ。
「だいじょうぶ。もう治ったから」
菜々子は一度、店員が去った方向を見る。それから助手席へ案内しようとした。荷物で狭い後部座席より、横になりやすいリクライニング座席の方が休めると思ったのだろう。賢く、優しい子だ。だが、後部座席に1人は寂しいし、荷物を見てないといけないからと、丁寧に断った。
「ありがとう。菜々子ちゃんは優しいね」
悠のお礼に、菜々子は頬を染めた。恥ずかしいのか、うさぎのように素速く車へ乗り込んでしまう。
しばらくすると、堂島が戻ってきた。3人が乗り込んだ車が発進する。妙にフレンドリーな店員が、わざわざ戻ってきて手を振ってくれた。
再び、悠は車窓から町並みを眺めている。
(友達か……)
たったの1年間の付き合いなら、つかず離れずの最低限のやり取りでいい。17年間、そうやって凪いだ心で生きてきたのだ。
けれど、青い部屋の予言は、悠の人生の転機を示していた。自分を巻き込む災いとは、何なのだろうか。程度によれば、自分の生き方まで変わってしまうかもしれなかった。
一体、悠の身に何が起こると言うのか。明るい橙と暗い紫が入り交じる夕焼けの空が、悠の頭に焼きついて離れなかった。