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主に食品類をカゴに入れ、陽介は製菓のチョコレートコーナーに向かった。趣向を凝らしたカラフルなパッケージが騒然と並ぶなか、目当てのチョコ──瑞月がくれたものと同じ──にのろのろと左手を伸ばす。
すると、隣にいた誰かと取るタイミングがバッティングする。
「「あ」」
こつんと、陽介の左手と相手の右手が触れあった。異世界で放浪していた陽介の、ぼうっとしていた頭が我にかえる。
「す、すみませ────あれ?」
「おや。花村ではないか」
慌てて陽介は相手に謝ろうとして──ボンクラマヌケな反応を返す。対する相手は、凛とした声とともに紺碧の瞳へ陽介を映した。
学校のキリッとした威圧感のある制服姿と違って、彼女の服装はラフで女性らしい。スカイブルーのスプリングコートに、淡い桜色のインナー、植物の柄がプリントされたオフホワイトのフレアスカートと女性らしいファッションに身を包んでいる。
服に合わせたのか髪も下ろして、トレードマークである白蓮の髪飾りは外されて、黄みがかったクリーム色のボア素材で仕立てられたキャスケットを被っている。
学校のキリリとした姿と印象が違いすぎる上に、瞳が隠れていたから、一瞬誰か分からなかった。けれど特徴である堅い口調は変わらないから陽介はすぐに気がつく。
さらりと柔らかく黒髪を揺らしながら、陽介の親友──瀬名瑞月は不思議そうに問うた。
「珍しいな。バイトではないというのに、こんな時間に花村がジュネスにいるなんて」
「あー、それはその……ちょっと、イロイロと事情があってな、ハハハハ……」
お茶を濁す言い方になってしまうが仕方ない。テレビの中に吸い込まれたなどといえば、必ず瑞月は心配し休息を勧めてくるだろう。陽介は親友の瑞月に頭のおかしい人間だと思われたくないし、余計な心配はかけたくないのである。
「で、そういうお前こそ、なんでコッチいんだよ? 今の時間に買い食いとか? 太るぞ」
「花村、べつに今このお菓子を食べようとしている訳ではないのだが」
ゆえに陽介は、積極的に話題を逸らす。多少デリカシーのない発言によって相手の注意が確実に逸れるように。目論みどおり、瑞月の注意は「ジュネスに来た理由」にシフトする。しかし──
「それに、もし仮にこのチョコレートを食べるとしても、体型に悪影響がおよぶリスクは低い。なぜなら、私が一日に必要とする摂取エネルギーはおよそ2400kcalだ。今日摂取した3食と間食のエネルギーを合わせても、その値を超えたりはしない。このチョコレートを食べたとしても、だ。くわえて私の体重は今朝計った時点で────」
「ちょっ!? ストップストーーーップ!! 七面倒くさい解説した上でなんで公共の場で体重暴露しようとしちゃってんだよ!? 明日から町中で恥晒したいワケ!?」
「と、このように七面倒くさいトラブルに繋がる上、女性に恥をかかせるから根拠とデリカシーに欠けた質問は控えたまえ花村陽介くん。仮にも異性に好かれたいと思っているのであればな」
「返す刀で反撃してきたよこの娘……」
しかも切れ味は陽介のツッコミなどよりキレキレだ。ぐうの音も出ない反論によって、陽介は黙りかえる。もはや言葉を紡げない彼にむかって、瑞月はあきれたようにため息ひとつ吐いた。
「晩ごはんの買い出しに来たんだ。今日はお母さんが家にいないから」
「え、水奈子さんが? 仕事とかか?」
「それもあるが、主に一昨日の事件の影響だな。PTAの集まりなり、佳菜と菜々子ちゃんの送り迎えなり、小学校の急な用事で仕事に割く時間が潰れてな。結果、残業の処理に追われているのだ」
『買い出し』という言葉は確かなようで、彼女の背後には買い物かごの乗ったカートがあった。そして淡々と説明を続ける瑞月だが、多忙な母を心配してか彼女の視線は若干下方修正されている。陽介は気の毒に思うと同時に──初めて聞く人物の名前が気にかかった。
「菜々子ちゃん? 他の家の子だよな? なんで、水奈子さんが……」
「おや、そういえばきみは知らなかったな」
瑞月は少しの間ためらいがちに唇を触ると、ちょいちょいと陽介にむかって手招きをする。素直に応じると、彼女が背伸びをするから、陽介は少しだけ背を屈めた。人気の少ないスーパーの通路にて、二人はこししょこしょと内緒話に応じる。
「堂島菜々子ちゃん──佳菜の同級生なのだが、実は鳴上悠くんが居候しているお宅のお嬢さんなのだ」
「え、そうなん? あ、でも一昨日なんかソレっぽいこと言ってたよな。お袋さんが迎えにいくんじゃねーんだって、思ったけど……」
転校初日、悠は『下宿先に小学生の娘さんがいる』と言っていた。そのとき、どうして居候になりたての悠が娘さんを迎えにいくのか、陽介はひっかかっていた。本来であれば、両親のどちらかが迎えにいくべきなのに。
すると、瑞月が悲しげに眉を下げてその理由を明かす。
「それが……菜々子ちゃん、母親を亡くされていてな。しかも、父親が刑事さんで多忙な身の上らしいんだ。町の騒ぎが起こった今は尚更な……」
「マジかよ……」
「ああ。それで事情を知っているお母さんが、一人で帰るのは危ないと送り迎えしているんだ」
「あ~~~、水奈子さんお疲れ様です……」
なるほどたしかに、大っぴらには話せまい。瑞月が耳打ちで伝えたがる理由も分かった。
片親で、しかも刑事──いま”山野真由美”の死体遺棄事件でざわついている八十稲羽にて、聞くからに苦労の多そうな『菜々子ちゃん』の話は、口にしにくいものだろう。
陽介が瑞月の立場なら適当に濁していそうな話だし、赤の他人であれば瑞月はそもそも話さないだろう。
裏を返せば、瑞月が正直に話せるだけ陽介に心を寄せてくれているという証でもある。親友である彼女の信頼が顕著に現れた行動に、なんだか心があたたかくなる。
「だからお前、今日のトコも早めに帰ってたのか。へ~、家事肩代わりって頑張ってんなぁ、『瑞月おねえちゃん』?」
「ありがとう。……それで? そういう『陽介おにいちゃん』は晩ごはん前だというのに、買い食いか?」
瑞月はじっとりと湿度の高い目で陽介の買い物かごを注視する。コーンマヨネーズパン、カレーパン、メロンパンにソーセージデニッシュ、お茶に清涼飲料水という名の砂糖水数種とスナック菓子とエンプティカロリー満点の顔ぶれが買い物かごには詰め込まれている。無言の非難に陽介はうぐっと言葉に詰まった。
「し、仕方ねーだろ! 今日は親がシフト重なって家にいねーんだよ! 俺は料理なんて作れねーし、米くらいしか炊けませんし!?」
「なぜ逆ギレするんだ」
恥ずかしさの照れ隠しである、自身の生活能力の低さを見咎めらたがゆえの。瑞月が長い長いため息を吐いた。分かっている。すべては米炊きと湯沸しと電子レンジくらいしか使えない陽介の自炊能力の低さが悪いのだ。陽介は涙を飲んで次に続く説教を覚悟した。
「ああ。なら、私の家に食べにこないか?」
「……は?」
すると、隣にいた誰かと取るタイミングがバッティングする。
「「あ」」
こつんと、陽介の左手と相手の右手が触れあった。異世界で放浪していた陽介の、ぼうっとしていた頭が我にかえる。
「す、すみませ────あれ?」
「おや。花村ではないか」
慌てて陽介は相手に謝ろうとして──ボンクラマヌケな反応を返す。対する相手は、凛とした声とともに紺碧の瞳へ陽介を映した。
学校のキリッとした威圧感のある制服姿と違って、彼女の服装はラフで女性らしい。スカイブルーのスプリングコートに、淡い桜色のインナー、植物の柄がプリントされたオフホワイトのフレアスカートと女性らしいファッションに身を包んでいる。
服に合わせたのか髪も下ろして、トレードマークである白蓮の髪飾りは外されて、黄みがかったクリーム色のボア素材で仕立てられたキャスケットを被っている。
学校のキリリとした姿と印象が違いすぎる上に、瞳が隠れていたから、一瞬誰か分からなかった。けれど特徴である堅い口調は変わらないから陽介はすぐに気がつく。
さらりと柔らかく黒髪を揺らしながら、陽介の親友──瀬名瑞月は不思議そうに問うた。
「珍しいな。バイトではないというのに、こんな時間に花村がジュネスにいるなんて」
「あー、それはその……ちょっと、イロイロと事情があってな、ハハハハ……」
お茶を濁す言い方になってしまうが仕方ない。テレビの中に吸い込まれたなどといえば、必ず瑞月は心配し休息を勧めてくるだろう。陽介は親友の瑞月に頭のおかしい人間だと思われたくないし、余計な心配はかけたくないのである。
「で、そういうお前こそ、なんでコッチいんだよ? 今の時間に買い食いとか? 太るぞ」
「花村、べつに今このお菓子を食べようとしている訳ではないのだが」
ゆえに陽介は、積極的に話題を逸らす。多少デリカシーのない発言によって相手の注意が確実に逸れるように。目論みどおり、瑞月の注意は「ジュネスに来た理由」にシフトする。しかし──
「それに、もし仮にこのチョコレートを食べるとしても、体型に悪影響がおよぶリスクは低い。なぜなら、私が一日に必要とする摂取エネルギーはおよそ2400kcalだ。今日摂取した3食と間食のエネルギーを合わせても、その値を超えたりはしない。このチョコレートを食べたとしても、だ。くわえて私の体重は今朝計った時点で────」
「ちょっ!? ストップストーーーップ!! 七面倒くさい解説した上でなんで公共の場で体重暴露しようとしちゃってんだよ!? 明日から町中で恥晒したいワケ!?」
「と、このように七面倒くさいトラブルに繋がる上、女性に恥をかかせるから根拠とデリカシーに欠けた質問は控えたまえ花村陽介くん。仮にも異性に好かれたいと思っているのであればな」
「返す刀で反撃してきたよこの娘……」
しかも切れ味は陽介のツッコミなどよりキレキレだ。ぐうの音も出ない反論によって、陽介は黙りかえる。もはや言葉を紡げない彼にむかって、瑞月はあきれたようにため息ひとつ吐いた。
「晩ごはんの買い出しに来たんだ。今日はお母さんが家にいないから」
「え、水奈子さんが? 仕事とかか?」
「それもあるが、主に一昨日の事件の影響だな。PTAの集まりなり、佳菜と菜々子ちゃんの送り迎えなり、小学校の急な用事で仕事に割く時間が潰れてな。結果、残業の処理に追われているのだ」
『買い出し』という言葉は確かなようで、彼女の背後には買い物かごの乗ったカートがあった。そして淡々と説明を続ける瑞月だが、多忙な母を心配してか彼女の視線は若干下方修正されている。陽介は気の毒に思うと同時に──初めて聞く人物の名前が気にかかった。
「菜々子ちゃん? 他の家の子だよな? なんで、水奈子さんが……」
「おや、そういえばきみは知らなかったな」
瑞月は少しの間ためらいがちに唇を触ると、ちょいちょいと陽介にむかって手招きをする。素直に応じると、彼女が背伸びをするから、陽介は少しだけ背を屈めた。人気の少ないスーパーの通路にて、二人はこししょこしょと内緒話に応じる。
「堂島菜々子ちゃん──佳菜の同級生なのだが、実は鳴上悠くんが居候しているお宅のお嬢さんなのだ」
「え、そうなん? あ、でも一昨日なんかソレっぽいこと言ってたよな。お袋さんが迎えにいくんじゃねーんだって、思ったけど……」
転校初日、悠は『下宿先に小学生の娘さんがいる』と言っていた。そのとき、どうして居候になりたての悠が娘さんを迎えにいくのか、陽介はひっかかっていた。本来であれば、両親のどちらかが迎えにいくべきなのに。
すると、瑞月が悲しげに眉を下げてその理由を明かす。
「それが……菜々子ちゃん、母親を亡くされていてな。しかも、父親が刑事さんで多忙な身の上らしいんだ。町の騒ぎが起こった今は尚更な……」
「マジかよ……」
「ああ。それで事情を知っているお母さんが、一人で帰るのは危ないと送り迎えしているんだ」
「あ~~~、水奈子さんお疲れ様です……」
なるほどたしかに、大っぴらには話せまい。瑞月が耳打ちで伝えたがる理由も分かった。
片親で、しかも刑事──いま”山野真由美”の死体遺棄事件でざわついている八十稲羽にて、聞くからに苦労の多そうな『菜々子ちゃん』の話は、口にしにくいものだろう。
陽介が瑞月の立場なら適当に濁していそうな話だし、赤の他人であれば瑞月はそもそも話さないだろう。
裏を返せば、瑞月が正直に話せるだけ陽介に心を寄せてくれているという証でもある。親友である彼女の信頼が顕著に現れた行動に、なんだか心があたたかくなる。
「だからお前、今日のトコも早めに帰ってたのか。へ~、家事肩代わりって頑張ってんなぁ、『瑞月おねえちゃん』?」
「ありがとう。……それで? そういう『陽介おにいちゃん』は晩ごはん前だというのに、買い食いか?」
瑞月はじっとりと湿度の高い目で陽介の買い物かごを注視する。コーンマヨネーズパン、カレーパン、メロンパンにソーセージデニッシュ、お茶に清涼飲料水という名の砂糖水数種とスナック菓子とエンプティカロリー満点の顔ぶれが買い物かごには詰め込まれている。無言の非難に陽介はうぐっと言葉に詰まった。
「し、仕方ねーだろ! 今日は親がシフト重なって家にいねーんだよ! 俺は料理なんて作れねーし、米くらいしか炊けませんし!?」
「なぜ逆ギレするんだ」
恥ずかしさの照れ隠しである、自身の生活能力の低さを見咎めらたがゆえの。瑞月が長い長いため息を吐いた。分かっている。すべては米炊きと湯沸しと電子レンジくらいしか使えない陽介の自炊能力の低さが悪いのだ。陽介は涙を飲んで次に続く説教を覚悟した。
「ああ。なら、私の家に食べにこないか?」
「……は?」