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◇◇◇
ジュネス店内の男子トイレにて、陽介はなんとか粗相にいたらず用を済ませた。
「ま、マジでボーコーが破裂するかと思った……」
人がいないのをいいことに、陽介は呟きを漏らしながら手洗い場のついた化粧台に向かう。蛇口をひねり、冷たい水に手をつっこんで────チクリと。、右手の指先が痛んだ。
「────ッ!?」
陽介は慌てて手を冷水から引き上げて検分する。痛みを訴えた右手の指先は土にまみれて黒くなり、指の腹には擦り傷ができていた。
きっと悠をかばって怪物たちに砂をひっかけたときにできたものだ。今までは異常事態に巻き込まれていたせいで痛みを忘れていたのだろう。
汚れを落とさなかったせいか、血と泥が混じりあって固まった傷口に陽介の身体が冷え込む。かさぶたになってすらいなかった血の塊が流水によって剥がれ落ちた。
(あ、俺……)
どろりと、傷口から血が流れ出す痛みにあわせて、歪な記憶がフラッシュバックする。
異様な霧に包まれた異世界。トラスで執拗に囲まれた悪趣味なバラエティスタジオ。血飛沫のようなペンキが飛び散った部屋。それから──身体に吹きかかる生臭い吐息。
「────ッ!!」
当時は必死で、忘れていた恐怖がマザマザと蘇る。全身が総毛立って、足から骨が抜かれたように崩れ落ちる。倒れまいと洗面台に縋りついたけれど、そのとき鏡に写った己の顔は酷いものだった。
生気がなく、青白い。毎朝きちんとセットしているはずの髪は縺れてボサボサになっている。いつも意識して持ち上げている口角は力なく下に下がっていた。
笑えるはずがなかった。遠くにあると思っていた『死』という概念をこれほど近くに感じた機会など、陽介の人生でありはしなかったのだから。真っ黒に行く手を塞ぐ闇のような『死』の恐怖に、陽介は笑う気力というものを吸いとられてしまった。
くわえて────
『あれって、“柊みすず”だよね。山野アナの不倫相手の奥さんだった……ていう……』
『じゃ、ナニか? あのヤバい部屋と死んだ山野アナに、なんか……関係、が……?』
『さっきのクマも『人が放り込まれている』って……いってた、な』
八十稲羽で起こった”山野真由美”の猟奇的な死体遺棄事件。絞首台が設けられた殺風景な部屋。無関係と結論づけるにはあまりにも重なる点が多すぎる。
(もし、死体遺棄した奴がホントは殺人犯で……)
暴走した思考が不吉な想像を繰り広げようとして──頭を左右に振った。そうして陽介は、無理矢理に笑ってみせる。鏡の中に映ったもうひとりの自分は、歪な笑みを浮かべていたが、繰り返すうちになんとか自然に近い笑顔を浮かべられるようになった。
「大丈夫だ、俺は生きてる。それにあの世界はきっと夢みたいなもんだ」
忘れろ、忘れろと必死に自分に言い聞かせる。しかし、だた下がった陽介自身の体温と右手からいまだに流れる血が忘却を許してはくれなかった。
ボサボサだった髪をブラシで整え、右手の傷をティッシュで止血する。ブラシを戻そうとサイドバックを漁っていると、内ポケットからチョコの小袋が飛び出す。見覚えのある青いパッケージに陽介は目を丸くした。
「あ……」
淀んでいた心に、一筋の白い光が差す。心からの労りがこもった親友の柔和な笑みを思い出す。
『食べるといい』
青く、どこかサプリメントのような健康食品的な印象を与えるそれは、瑞月が朝にくれたものだ。深い睡眠を産み出す効果があるという成分を練り込んだチョコレート。
考えるより先に、陽介は包装を破っていた。コロンとキューブ状のチョコを取り出して口に含む。ミルク感の強いまったりとした味わいが、味覚を忘れていた舌にじんわりと広がった。
「……うまい」
素直に、陽介は呟く。ヒョイヒョイと立て続けにチョコを放り込むと、体温で溶けたチョコレートがねっとりと口に絡んだ。
「……あま」
お茶が欲しくなって、陽介は明るい照明と賑やかなBGMで満ちたジュネス店内へと踏み込む。
ジュネス店内の男子トイレにて、陽介はなんとか粗相にいたらず用を済ませた。
「ま、マジでボーコーが破裂するかと思った……」
人がいないのをいいことに、陽介は呟きを漏らしながら手洗い場のついた化粧台に向かう。蛇口をひねり、冷たい水に手をつっこんで────チクリと。、右手の指先が痛んだ。
「────ッ!?」
陽介は慌てて手を冷水から引き上げて検分する。痛みを訴えた右手の指先は土にまみれて黒くなり、指の腹には擦り傷ができていた。
きっと悠をかばって怪物たちに砂をひっかけたときにできたものだ。今までは異常事態に巻き込まれていたせいで痛みを忘れていたのだろう。
汚れを落とさなかったせいか、血と泥が混じりあって固まった傷口に陽介の身体が冷え込む。かさぶたになってすらいなかった血の塊が流水によって剥がれ落ちた。
(あ、俺……)
どろりと、傷口から血が流れ出す痛みにあわせて、歪な記憶がフラッシュバックする。
異様な霧に包まれた異世界。トラスで執拗に囲まれた悪趣味なバラエティスタジオ。血飛沫のようなペンキが飛び散った部屋。それから──身体に吹きかかる生臭い吐息。
「────ッ!!」
当時は必死で、忘れていた恐怖がマザマザと蘇る。全身が総毛立って、足から骨が抜かれたように崩れ落ちる。倒れまいと洗面台に縋りついたけれど、そのとき鏡に写った己の顔は酷いものだった。
生気がなく、青白い。毎朝きちんとセットしているはずの髪は縺れてボサボサになっている。いつも意識して持ち上げている口角は力なく下に下がっていた。
笑えるはずがなかった。遠くにあると思っていた『死』という概念をこれほど近くに感じた機会など、陽介の人生でありはしなかったのだから。真っ黒に行く手を塞ぐ闇のような『死』の恐怖に、陽介は笑う気力というものを吸いとられてしまった。
くわえて────
『あれって、“柊みすず”だよね。山野アナの不倫相手の奥さんだった……ていう……』
『じゃ、ナニか? あのヤバい部屋と死んだ山野アナに、なんか……関係、が……?』
『さっきのクマも『人が放り込まれている』って……いってた、な』
八十稲羽で起こった”山野真由美”の猟奇的な死体遺棄事件。絞首台が設けられた殺風景な部屋。無関係と結論づけるにはあまりにも重なる点が多すぎる。
(もし、死体遺棄した奴がホントは殺人犯で……)
暴走した思考が不吉な想像を繰り広げようとして──頭を左右に振った。そうして陽介は、無理矢理に笑ってみせる。鏡の中に映ったもうひとりの自分は、歪な笑みを浮かべていたが、繰り返すうちになんとか自然に近い笑顔を浮かべられるようになった。
「大丈夫だ、俺は生きてる。それにあの世界はきっと夢みたいなもんだ」
忘れろ、忘れろと必死に自分に言い聞かせる。しかし、だた下がった陽介自身の体温と右手からいまだに流れる血が忘却を許してはくれなかった。
ボサボサだった髪をブラシで整え、右手の傷をティッシュで止血する。ブラシを戻そうとサイドバックを漁っていると、内ポケットからチョコの小袋が飛び出す。見覚えのある青いパッケージに陽介は目を丸くした。
「あ……」
淀んでいた心に、一筋の白い光が差す。心からの労りがこもった親友の柔和な笑みを思い出す。
『食べるといい』
青く、どこかサプリメントのような健康食品的な印象を与えるそれは、瑞月が朝にくれたものだ。深い睡眠を産み出す効果があるという成分を練り込んだチョコレート。
考えるより先に、陽介は包装を破っていた。コロンとキューブ状のチョコを取り出して口に含む。ミルク感の強いまったりとした味わいが、味覚を忘れていた舌にじんわりと広がった。
「……うまい」
素直に、陽介は呟く。ヒョイヒョイと立て続けにチョコを放り込むと、体温で溶けたチョコレートがねっとりと口に絡んだ。
「……あま」
お茶が欲しくなって、陽介は明るい照明と賑やかなBGMで満ちたジュネス店内へと踏み込む。