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4/14
昼休みの終わり、ポツポツと雨音が絶えない学校の階段を下りながら、花村陽介はため息をついた。目当ての人——小西早紀先輩に会えなかったからだ。
***
小西先輩は八十神高校3年生。高校の先輩で、陽介にとってはバイト先の同僚でもある。
仕事ぶりが真面目で、口が悪いけれども面倒見の良い女性だ。実家は酒屋で、『ジュネス』──陽介の父親が店長を勤めている大型スーパー──と確執のある商店街に軒を構えている。にもかかわらず、陽介に人当たりの良いフランクさで接してくれる優しい人。
そんな彼女の人柄を陽介は慕っているし、何なら異性としても意識している。儚い容姿とは裏腹な、いたずらっ子のように元気な笑みが陽介は好きなのだ。
けれど、最後に会って話した昨日、先輩の笑みはどこかぎこちがなかった。とても疲れた様子で、青白い顔に無理矢理張りつけているような笑い方をしていたのだ。
『だーいじょぶだって。ありがとね』
言葉とは裏腹な重苦しい表情が別れた後も気にかかった。だから心配して、昨晩はメールを送ったのだが、返信はなかった。きっと先輩は疲れて寝てしまったのだろう、とおとなしく携帯を閉じた。
だが不可解な出来事が起こった。小西先輩が、マヨナカテレビに映ったのである。正確には小西先輩に『似た』人物であるが。
雨の夜に電源の切れたテレビの画面を覗くと、運命の相手が映るという都市伝説《マヨナカテレビ》。雨が降った四月十三日、つまり昨日の夜、陽介は半信半疑でそれを試した。
結果は、電源の切れたテレビが──途切れ途切れに女性が苦しんでいると思われる映像を映した。音なしでも叫びが聞こえてきそうなほど取り乱したその女性は、小西先輩とよく似ていた。
数分にも満たない放送が終わった後、陽介の胸に残ったのはうすら寒さだ。まるで小西早紀という人物が、予告もなく別の世界へ行ってしまったようなうすら寒さ。
***
そして今日、陽介は小西先輩の所在を確かめるために所属クラスへ向かった。メールの返信がいまだ来ないなら、直接所在を確かめた方が早いと思ったからだ。
しかし結果は芳しくなかった。クラスメイトに聞けば、小西先輩は欠席しているという。結局、無駄足になってしまったと、陽介は溜息をついた。
今はその帰り道である。教室に戻る手前、入口で噂好きの男子生徒たちがたむろしている。気にも留めずに教室へ入ろうとすると、うちの一人が小西先輩の名前を口にした。
(……なんで2年生が小西先輩の話をしてんだ?)
不意をつかれた驚きを飲み込んで、陽介は男子たちの話に聞き耳を立てる。
「山野真由美の死体発見者って、3年の小西早紀って人らしいぞ」
「あー、昨日の特番でインタビューあったよな。制服着てたし、やっぱうちの生徒だったかー」
「俺も見たそれ。気になって3年の教室行ったら、今日休みだって。話聞きたかったなー」
小西先輩が死体発見者!
驚きとともに、陽介は納得した。最後に会ったときの、重苦しい表情。死体を見たなんて、気軽に話せるものではない。
しかもよりにもよって、電柱に吊り下げられた状態で発見されたという”山野真由美”の死体を、だ。猟奇的な死体を見た経験など、トラウマになっても仕方がない。
(しかも、特番!? 小西先輩、ニュース出てたのか……)
男子生徒の話を本当だとするならば、小西先輩はマスコミに当日の状況を掘り起こされたのだろう。変死体と遭遇した、ショッキングな記憶を。そうだとすれば、心労から体調を崩しても仕方がない。小西先輩が学校を休んだ理由にも筋が通る。
(もしかすると、小西先輩は自分ちで休んでんのかもな)
そうだ、きっとそうに違いない。
小西先輩からの返信が来ないのは、不調を治すために家で休んでいるからで、マヨナカテレビに映った誰かとは何の関係もない。陽介はそう自身に言い聞かせて席に戻る。
それなのに、小西先輩が別の場所に行ってしまったのではないかという、うすら寒い予感は消えなくて。
(やめやめ、悪い方に考えすぎ……)
頭を振り払い、陽介は自分の席へと足早に向かった。
着席し、スマホのメールボックスを開く。新たな着信は──ゼロ。落胆とも焦燥ともつかない感覚が、陽介の胸をざわめかせる。
「なぁ、花村」
「へ……」
唐突な呼びかけに、陽介は我に返った。呼び掛けの主──瀬名瑞月が陽介をまっすぐに見つめていた。隣の席にいる彼女は心配そうに碧の瞳を細めた。
「ど、どーしたよ瀬名。んな真面目そうな顔しちゃってさ」
「たしかに、それなりに真面目な話だからな。花村、朝から落ち着かない様子だが……どうかしたのか?」
うっと、陽介は言葉に詰まる。彼女の鋭い指摘の前では、とっさに繕った笑顔の仮面も通用しない。けれど──
(……話せるわけねぇよなー。《マヨナカテレビ》のコトなんて)
──電源の落ちたテレビに人影が映ったなど、与太話にも程がある。加えて連絡の取れない小西先輩に関しては、陽介個人の問題だ。瑞月は小西先輩と知り合いだが、陽介ほど密な交友はない。
そして、小西先輩がいなくなったという予感も、確証のない陽介の妄想の域を出なくて。《マヨナカテレビ》にしろ、小西先輩の行方にしろ、どちらにせよ非現実的な話だ。
「いっや昨日、眠れなくて心霊体験の番組見ちゃってさー、ソレがなかなかに怖かったんだよ」
だから陽介は、適当に誤魔化すことにした。真剣に陽介を心配してくれる瑞月には、申し訳がないけれど。
ブルリとふざけて身体を震わせると、瑞月は解せないと首を捻った。
「はあ……。眠れないのに、どうして心霊映像などというチョイスにしてしまったんだ? きみは」
「それがさ、ぐーぜん選局したのがソレだったんだよな~。テレビ付けたら、いきなりクライマックスだぜ? 迫力でチビりそうになったわ」
「……ああ、それは不幸というものだな。ご愁傷さま。それにしても珍しいな。こんな時期に心霊映像なんて。だいたい、そういうのは夏ごろではないか?」
どうやら納得してくれたらしい。上手くまけたと、陽介は胸を撫で下ろす。
瑞月は優しい。陽介が困っていると、彼女は必ず身を呈して助けてくれる。だからこそ、陽介の取るに足らない憶測で、親友である瑞月の手を煩わせるわけにはいかないのだ。
「ハハ、だろー。テレビ局も、もっと時期考えろって話だよな」
笑顔という仮面の下で、陽介は不安を固く戒める。瑞月に見せてはいけないものだから。陽介の内心など知らない彼女は、ほっとしたように苦笑している。
やり過ごせたと陽介が安堵していると、瑞月は「あ」と両手を叩いた。なにかを思い出した彼女は、カサカサと自分の通学バックを探る。
「瀬名、どしたよ? 教科書忘れたんか?」
「────あった。はい」
首を傾げた陽介に、瑞月はナニカを差し出した。それはチョコの小袋だった。たしか、睡眠の質を高めると評判の成分が入っているもの。自分が食べるならまだしも、どうして陽介に渡したのか。キョトンと受け取る陽介に向かって、瑞月はふんわりと微笑む。
「もし眠れなかったら、食べるといい。実際、コレを食べると深く眠れる気がするんだ。それに美味しいから」
「……ッ」
大人びた優しい微笑で、彼女は続けた。反射的に、陽介はチョコの小袋を握りしめる。彼女の心遣いに、胸のざわめきが少し和らいだ気がした。
「瀬名……その」
「ん?」
「……ありがとな」
大事に食べると微笑みながら、陽介はお礼を告げる。瑞月はちょっと目を見張ってから、鋭い目尻をかすかにほどいた。親切に驕ったりしない、心からの労りを込めながら。
「うん。どういたしまして」
ちょうど、午後の始まりを告げる予鈴が鳴った。2人は速やかに会話を打ち切る。次の授業の準備をする瑞月に合わせて、陽介もバックから教科書を取り出し、瑞月がくれたチョコを潰れにくいポケットの中へそっとしまった。
昼休みの終わり、ポツポツと雨音が絶えない学校の階段を下りながら、花村陽介はため息をついた。目当ての人——小西早紀先輩に会えなかったからだ。
***
小西先輩は八十神高校3年生。高校の先輩で、陽介にとってはバイト先の同僚でもある。
仕事ぶりが真面目で、口が悪いけれども面倒見の良い女性だ。実家は酒屋で、『ジュネス』──陽介の父親が店長を勤めている大型スーパー──と確執のある商店街に軒を構えている。にもかかわらず、陽介に人当たりの良いフランクさで接してくれる優しい人。
そんな彼女の人柄を陽介は慕っているし、何なら異性としても意識している。儚い容姿とは裏腹な、いたずらっ子のように元気な笑みが陽介は好きなのだ。
けれど、最後に会って話した昨日、先輩の笑みはどこかぎこちがなかった。とても疲れた様子で、青白い顔に無理矢理張りつけているような笑い方をしていたのだ。
『だーいじょぶだって。ありがとね』
言葉とは裏腹な重苦しい表情が別れた後も気にかかった。だから心配して、昨晩はメールを送ったのだが、返信はなかった。きっと先輩は疲れて寝てしまったのだろう、とおとなしく携帯を閉じた。
だが不可解な出来事が起こった。小西先輩が、マヨナカテレビに映ったのである。正確には小西先輩に『似た』人物であるが。
雨の夜に電源の切れたテレビの画面を覗くと、運命の相手が映るという都市伝説《マヨナカテレビ》。雨が降った四月十三日、つまり昨日の夜、陽介は半信半疑でそれを試した。
結果は、電源の切れたテレビが──途切れ途切れに女性が苦しんでいると思われる映像を映した。音なしでも叫びが聞こえてきそうなほど取り乱したその女性は、小西先輩とよく似ていた。
数分にも満たない放送が終わった後、陽介の胸に残ったのはうすら寒さだ。まるで小西早紀という人物が、予告もなく別の世界へ行ってしまったようなうすら寒さ。
***
そして今日、陽介は小西先輩の所在を確かめるために所属クラスへ向かった。メールの返信がいまだ来ないなら、直接所在を確かめた方が早いと思ったからだ。
しかし結果は芳しくなかった。クラスメイトに聞けば、小西先輩は欠席しているという。結局、無駄足になってしまったと、陽介は溜息をついた。
今はその帰り道である。教室に戻る手前、入口で噂好きの男子生徒たちがたむろしている。気にも留めずに教室へ入ろうとすると、うちの一人が小西先輩の名前を口にした。
(……なんで2年生が小西先輩の話をしてんだ?)
不意をつかれた驚きを飲み込んで、陽介は男子たちの話に聞き耳を立てる。
「山野真由美の死体発見者って、3年の小西早紀って人らしいぞ」
「あー、昨日の特番でインタビューあったよな。制服着てたし、やっぱうちの生徒だったかー」
「俺も見たそれ。気になって3年の教室行ったら、今日休みだって。話聞きたかったなー」
小西先輩が死体発見者!
驚きとともに、陽介は納得した。最後に会ったときの、重苦しい表情。死体を見たなんて、気軽に話せるものではない。
しかもよりにもよって、電柱に吊り下げられた状態で発見されたという”山野真由美”の死体を、だ。猟奇的な死体を見た経験など、トラウマになっても仕方がない。
(しかも、特番!? 小西先輩、ニュース出てたのか……)
男子生徒の話を本当だとするならば、小西先輩はマスコミに当日の状況を掘り起こされたのだろう。変死体と遭遇した、ショッキングな記憶を。そうだとすれば、心労から体調を崩しても仕方がない。小西先輩が学校を休んだ理由にも筋が通る。
(もしかすると、小西先輩は自分ちで休んでんのかもな)
そうだ、きっとそうに違いない。
小西先輩からの返信が来ないのは、不調を治すために家で休んでいるからで、マヨナカテレビに映った誰かとは何の関係もない。陽介はそう自身に言い聞かせて席に戻る。
それなのに、小西先輩が別の場所に行ってしまったのではないかという、うすら寒い予感は消えなくて。
(やめやめ、悪い方に考えすぎ……)
頭を振り払い、陽介は自分の席へと足早に向かった。
着席し、スマホのメールボックスを開く。新たな着信は──ゼロ。落胆とも焦燥ともつかない感覚が、陽介の胸をざわめかせる。
「なぁ、花村」
「へ……」
唐突な呼びかけに、陽介は我に返った。呼び掛けの主──瀬名瑞月が陽介をまっすぐに見つめていた。隣の席にいる彼女は心配そうに碧の瞳を細めた。
「ど、どーしたよ瀬名。んな真面目そうな顔しちゃってさ」
「たしかに、それなりに真面目な話だからな。花村、朝から落ち着かない様子だが……どうかしたのか?」
うっと、陽介は言葉に詰まる。彼女の鋭い指摘の前では、とっさに繕った笑顔の仮面も通用しない。けれど──
(……話せるわけねぇよなー。《マヨナカテレビ》のコトなんて)
──電源の落ちたテレビに人影が映ったなど、与太話にも程がある。加えて連絡の取れない小西先輩に関しては、陽介個人の問題だ。瑞月は小西先輩と知り合いだが、陽介ほど密な交友はない。
そして、小西先輩がいなくなったという予感も、確証のない陽介の妄想の域を出なくて。《マヨナカテレビ》にしろ、小西先輩の行方にしろ、どちらにせよ非現実的な話だ。
「いっや昨日、眠れなくて心霊体験の番組見ちゃってさー、ソレがなかなかに怖かったんだよ」
だから陽介は、適当に誤魔化すことにした。真剣に陽介を心配してくれる瑞月には、申し訳がないけれど。
ブルリとふざけて身体を震わせると、瑞月は解せないと首を捻った。
「はあ……。眠れないのに、どうして心霊映像などというチョイスにしてしまったんだ? きみは」
「それがさ、ぐーぜん選局したのがソレだったんだよな~。テレビ付けたら、いきなりクライマックスだぜ? 迫力でチビりそうになったわ」
「……ああ、それは不幸というものだな。ご愁傷さま。それにしても珍しいな。こんな時期に心霊映像なんて。だいたい、そういうのは夏ごろではないか?」
どうやら納得してくれたらしい。上手くまけたと、陽介は胸を撫で下ろす。
瑞月は優しい。陽介が困っていると、彼女は必ず身を呈して助けてくれる。だからこそ、陽介の取るに足らない憶測で、親友である瑞月の手を煩わせるわけにはいかないのだ。
「ハハ、だろー。テレビ局も、もっと時期考えろって話だよな」
笑顔という仮面の下で、陽介は不安を固く戒める。瑞月に見せてはいけないものだから。陽介の内心など知らない彼女は、ほっとしたように苦笑している。
やり過ごせたと陽介が安堵していると、瑞月は「あ」と両手を叩いた。なにかを思い出した彼女は、カサカサと自分の通学バックを探る。
「瀬名、どしたよ? 教科書忘れたんか?」
「────あった。はい」
首を傾げた陽介に、瑞月はナニカを差し出した。それはチョコの小袋だった。たしか、睡眠の質を高めると評判の成分が入っているもの。自分が食べるならまだしも、どうして陽介に渡したのか。キョトンと受け取る陽介に向かって、瑞月はふんわりと微笑む。
「もし眠れなかったら、食べるといい。実際、コレを食べると深く眠れる気がするんだ。それに美味しいから」
「……ッ」
大人びた優しい微笑で、彼女は続けた。反射的に、陽介はチョコの小袋を握りしめる。彼女の心遣いに、胸のざわめきが少し和らいだ気がした。
「瀬名……その」
「ん?」
「……ありがとな」
大事に食べると微笑みながら、陽介はお礼を告げる。瑞月はちょっと目を見張ってから、鋭い目尻をかすかにほどいた。親切に驕ったりしない、心からの労りを込めながら。
「うん。どういたしまして」
ちょうど、午後の始まりを告げる予鈴が鳴った。2人は速やかに会話を打ち切る。次の授業の準備をする瑞月に合わせて、陽介もバックから教科書を取り出し、瑞月がくれたチョコを潰れにくいポケットの中へそっとしまった。