動き出す運命
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なんとか場を建て直して、悠は陽介たちとの雑談に興じる。陽介と千枝の社交性が高いおかげか、会って間もないというのに悠はすぐ打ち解けることができた。盛り上がる会話を悠は楽しんだ。
だが、不意に陽介の返答が途切れる。彼は心奪われたかのように、悠たちのテーブルから視線を外したからだ。
「花村ー? どったのさ、入り口の方なんか見ちゃって」
「あ、里中。鳴上もワリ、ちょっと席外すわ」
小首を傾げた千枝を陽介は手で制する。それから素早く席を立って歩き出した。何事かと、悠は彼を目で追う。陽介が迷わず歩いた先には──アルバイターだろうか──赤い肩紐のエプロンを身に着けた女性が座っている。エプロンはジュネスの従業員が身に付けていたのと同じ品だ。
そして、それを着るのは大学生にも見える大人びた女性だった。亜麻色に波打つロングヘアが儚げで、泡のような印象がある。つぶらな瞳が憂いを帯びて、今にも溶けてしまいそうだ。
アンニュイな雰囲気でフードコートの椅子に腰かけた女性に、陽介はまっすぐ弾む足取りで近づいていく。陽介の知り合いなのだろうか。純粋な興味から、悠は千枝に問う。
「あれは誰? 花村の知りあい?」
「小西早紀先輩。あたしらとおんなじ八高 生で、家は商店街の酒屋さん。……けど、ここでバイトしてんだっけか」
気を利かせた説明をする千枝も、興味深そうに2人を見つめた。声を潜めた悠たちが様子を観察し始める中、陽介はにこやかに小西先輩へと話しかける。
「お疲れッス小西先輩。なんか元気ない?」
「おーす、花ちゃん……今、やっと休憩。そっちは友達連れて、自分ちの売り上げに貢献してるとこ?」
「うわ、ムカつくなー」
悠は目を見張った。アンニュイだとばかり思っていたが、小西先輩の笑みは明るく親しみやすい。加えて口調はフランクだ。中身が見た目を良い意味で裏切っていて、これは親しまれるだろう。
実際、小西先輩に対する陽介の口調は砕けている。また、からかいを含んだやりとりから、小西先輩と陽介はかなり親しい関係に見えた。千枝もそれを察知したらしい。
「あー、もしかして……」
「どうしたんだ。里中」
「いや……それがさ」
そわそわと千枝はドリンクのストローを弄ぶ。言うか言うまいか、そんな風に口をもごもごさせて──言うことにしたらしい。ちょいちょいと彼女が手招きする。それに応じた悠が近づくと千枝はこそっと耳打ちした。
「花村のヤツ、『好きな人』がいるんだって。もしかすると、小西先輩がその人かも」
「す、好きな人……!?」
にわかに、悠は動揺した。なんとか声は抑えたけれども、脳を揺らされたかのような衝撃に悠はよろける。ぎょっとする千枝にもかまわず、信じられないと呆気にとられた。
そもそも、と悠は言い募る。
「瀬名と、付き合ってるんじゃないのか……!?」
「あー……なるほどね。鳴上くんもそう思うクチかぁ」
悠の言葉に、千枝は訳知った様子で頷く。彼女の視線は、同じ境遇の人間に向ける同情のそれだ。きっと彼女も2人を間近で見てきたのだろう。頭を撫でたり、隣り合って歩いたりする、恋人のような瑞月と陽介の姿を。
「親友同士、なんだってさ。ホントかなって思っちゃうんだけど」
「親友……? いや絶対好きだろ異性として」
「そーなんだけどさぁ……なんかそこんところ複雑みたいで」
不服そうに眉をしかめながら、千枝は再び陽介たちに目を向けた。もどかしげに、彼女はストローをくるくる回す。どうやら説明するのが難しそうな彼女に、悠は追求をやめた。大人しく、『好きな人』と話し込む陽介を観察する。
「つか……ホントに元気なさそうだけど。何かあった?」
「……別に。ちょっと疲れてるだけ」
陽介の指摘を、小西先輩はすげなく躱 す。たしかに陽介の言う通り、彼女の顔色は悪い。肌は青白く、笑顔でやり過ごしてはいるが受け答えも億劫そうだ。
「何かあったら、なんでも言ってよ。俺……」
「だーいじょうぶだって。ありがとね」
心配で言い募る陽介を、小西先輩は笑顔でかわす。2人の様子に──正確には陽介に悠は憐れみを覚えた。
「花村、全然相手にされてないよな?」
「……そだね。花村が一方通行な感じだ」
声のトーンや、相手への態度、尻尾を振ってはしゃぐ犬のごとく、陽介の好意はだいぶ分かりやすい。その上、露骨に今以上の関係になりたいという想いがはみ出している。
しかし小西先輩はというと、そうではない。フランクで親しみやすいけれど、どこか一歩引いて相手を自分の内側に入れないよう気を配っている感じがする。
……などと冷静に悠が観察していると、小西先輩は立ち上がった。休憩を切り上げて戻るのだろう。
だが偶然、悠は彼女と目があった。つぶらな瞳が好奇心にキラリと光る。そして何を思ったのか、陽介がいた──今は悠と千枝が座るテーブルへと近づいてきた。
「わ、コッチ来た」
千枝が戸惑うなか、小西先輩はテーブルの元までやってくる。そして悠に向かってにこやかに「おっす」と片手をあげた。無邪気な様子で、小西先輩は微笑んでいる。
「キミが最近入った転校生?」
「あ、こんにちは。鳴上悠です。初めまして」
「うん、初めまして。わたしは小西早紀。ここでバイトしてて、こっちの花ちゃんとはバイト仲間なんだ~」
「そうなんですか。どうも、花村にはお世話になってます」
とっさに悠は頭を下げた。すると小西先輩は「わ、礼儀正しい」と感心した様子でコロコロと笑う。よく笑う人なんだなと悠は小西先輩を印象づける。楽しいことがあれば素直に、落ち込んでいるときも元気を出すために。
一通り笑い終えると、小西先輩は悠をまじまじと観察した。都会から来た人が珍しいという。だとしても、人にずっと見られるというのは心がざわついて良いものではない。悠が身じろぎすると、流石に見すぎたと思ったのだろう。小西先輩は「ごめんね」と苦笑いを浮かべた。
「花ちゃんが男友達連れて来るなんて珍しいから、つい見ちゃった。やっぱ都会っ子同士、気が合うのかな?」
「はい。転校してきたばかりだからって、花村たちが一緒に街をまわってくれたんです。」
正直に告げると、小西先輩の唇がゆるやかに弧を描いた。姉のように大人びた優しい表情だ。悠は目を見張る。先ほど陽介の好意をかわしてはいたが、どうやら悪く思っているようではないようである。
小西先輩は、異性として陽介を見てはいない。だが、先輩として後輩である彼に思うところはあるのだろう。
「そう。花ちゃん友達少ないヤツだから、仲良くしてやって。それから、お節介でイイヤツだけど、お調子者でもあるから。ウザかったらウザいっていいなね」
「ちょ、せんぱ──」
「──ウザくなんかないです、イイやつですよ」
即座に、悠は答えた。自分が思ってもみなかった速さと強い言いきりに、一同が、悠自身も驚く。正直、陽介がドジであることと、世話焼きな性質であることくらいしか悠は知らない。けれども、陽介が「ウザい」と言われるのは、どうしてか違う気がしたのだ。
なぜだろうと悠は考える。ここ数日、転校や変な夢、奇妙な事件と気が塞がるような出来事が立て続けに起こっていたから、陽介の親切が嬉しかったのかもしれなかった。
きっぱりと言いきる悠に、彼以外がポカンと口を開けている。そのなかで、クスクスと楽しそうな笑い声が上がった。「あははっ」と小西先輩は、いたずらっ子のように笑った。
「冗談だって。それじゃあ、わたしはバイト戻るから」
「冗談キツイっすよ、先輩……」
陽介の抗議を聞き流し、小西先輩は愛嬌のある笑みを浮かべた。そのままクルリと身を翻し、それじゃね、と小西先輩はフードコートからパタパタと立ち去る。後には悠たち3人が残された。嵐が過ぎ去ったあとみたいに、全員が静まり返る。
「あー、なんつーか……」
そんななか、口火を切ったのは陽介だった。ガシガシと頭を掻きながら椅子に座る彼の頬はほんのりと赤い。何を照れているのかと不思議がる悠に、彼は視線をさまよわせた。
「ありがとな、鳴上。さっき『イイやつ』とか……言ってくれて」
「え、いや。思ったこと言っただけだけど」
「だーっ、お前もそういうヤツなのかよ!? しかも『ウザくない』って……あんなのお節介だから、そのまま流せばいいだろッ?」
「お節介? 何が?」
「……ッ」
別段、悠は小西先輩からお節介を受けた覚えはない。さらに頭を捻ると、陽介が顔を真っ赤にした。おいてけぼりな悠にたいして、彼は早口でまくし立てる。
「『仲良くしてやって』の下りだよ! 俺とお前が仲良くなるようにって仲立ちしたの!」
「ああ、そうなのか……」
「……鳴上って、冗談通じないタイプ?」
陽介がため息をつく。そして、赤くなった首もとを掻いた。
「冗談はあの人なりのコミュニケーションなんだよ。口悪くなんのも、ある程度親しい間柄のヤツにだけみたいだし」
「へぇ……」
だが、悠にしてみれば面白くない冗談だった。自分に友好的にしてくれた相手を面と向かって『ウザい』と貶されるのは、冗談であってもいい気分ではない。陽介自身が気にしていないので、水に流しはするけれど。
「俺のコトはなんか弟に似てるらしくてさ。ワリとそんな扱いなんよ」
そうこぼす陽介は、明るさとは裏腹にどこか切なげな面持ちだ。唇を引き結ぶ陽介に「ふーん」と千枝は頬杖をつく。
「弟扱いは不満……地元の老舗酒屋の娘と、デパート店長の息子。燃え上がる禁断の恋的なそれねー。おアツいことで」
「バッ、そんなんじゃねーよ!」
食いつくほどの慌てぶりが、隠しきれない証拠である。慌ててドリンクを口に運ぶ彼の目元は、ほんのりとあかく染まって初々しい。しかし、千枝はそんな陽介をどこか冷めた様子で見ている。
「……まぁ。アンタがそれでいいなら、ベツに何も言わないけどさ」
ズッと、ことさらに大きな音を立てて、陽介はドリンクを吸い込んだ。口元から離れたストローは、先端が強く噛みしめたように潰れている。トンと、牽制のごとく音を立ててカップを置いた陽介に、千枝は咎めるような視線を向けた。
「アイツは……そんなんじゃねーよ。”親友”だって、言っただろ」
「ふぅん」
感情を押し殺した抑揚のない声にも、千枝は動じない。まるで何回も繰り返したやり取りに飽きているような反応だった。
まさかと悠は思う。陽介が言う”親友”とは、瑞月のことだろうか。陽介が瑞月に抱いている好意は、付き合いが少ない悠にも明らかだった。瑞月が陽介に抱く想いもまたしかりだ。
端から見れば、付き合ってないほうが不自然なのだ。だが実際の2人は友達止まりで、陽介は小西先輩にこだわっている。
くわえて、瑞月への扱いも"親友"という頑なだ。明らかに、友愛以上の扱いなのに、陽介は決して認めようとしない。
悠は、先ほど千枝が見せた冷めた態度の理由が分かった気がした。きっと千枝は陽介の恋愛観に悠と同じ見解を持っているのだろう。そして、瑞月への想いを偽っている陽介を許せない。そんなもどかしい想いを抱えて、"親友"という分相応な枠に嵌まる2人をずっと傍で見てきたのだ。
それはキツイと、悠は千枝に同情した。『お前らさっさとくっつけ』と大声で言いたいはずだ。
(まぁ……正直そう思うよなぁ……)
人の恋路に口を挟むものではないのだろうが、悠も千枝と同じ立場である。いったいどうして、2人は互いへの好意を抑えているのか。陽介にいたっては、感情を圧し殺すほどに。
パンッと乾いた音が響いた。気を取り直したとばかりに、千枝が手を打ち合わせた。どこか含みがある、いたずらっ子のような笑みとともに彼女は続ける。
「じゃあさ。悩める花村に、イイコト教えてあげる」
──《マヨナカテレビ》って、知ってる?
そうして彼女は、奇妙な都市伝説を口にしたのだ。
だが、不意に陽介の返答が途切れる。彼は心奪われたかのように、悠たちのテーブルから視線を外したからだ。
「花村ー? どったのさ、入り口の方なんか見ちゃって」
「あ、里中。鳴上もワリ、ちょっと席外すわ」
小首を傾げた千枝を陽介は手で制する。それから素早く席を立って歩き出した。何事かと、悠は彼を目で追う。陽介が迷わず歩いた先には──アルバイターだろうか──赤い肩紐のエプロンを身に着けた女性が座っている。エプロンはジュネスの従業員が身に付けていたのと同じ品だ。
そして、それを着るのは大学生にも見える大人びた女性だった。亜麻色に波打つロングヘアが儚げで、泡のような印象がある。つぶらな瞳が憂いを帯びて、今にも溶けてしまいそうだ。
アンニュイな雰囲気でフードコートの椅子に腰かけた女性に、陽介はまっすぐ弾む足取りで近づいていく。陽介の知り合いなのだろうか。純粋な興味から、悠は千枝に問う。
「あれは誰? 花村の知りあい?」
「小西早紀先輩。あたしらとおんなじ
気を利かせた説明をする千枝も、興味深そうに2人を見つめた。声を潜めた悠たちが様子を観察し始める中、陽介はにこやかに小西先輩へと話しかける。
「お疲れッス小西先輩。なんか元気ない?」
「おーす、花ちゃん……今、やっと休憩。そっちは友達連れて、自分ちの売り上げに貢献してるとこ?」
「うわ、ムカつくなー」
悠は目を見張った。アンニュイだとばかり思っていたが、小西先輩の笑みは明るく親しみやすい。加えて口調はフランクだ。中身が見た目を良い意味で裏切っていて、これは親しまれるだろう。
実際、小西先輩に対する陽介の口調は砕けている。また、からかいを含んだやりとりから、小西先輩と陽介はかなり親しい関係に見えた。千枝もそれを察知したらしい。
「あー、もしかして……」
「どうしたんだ。里中」
「いや……それがさ」
そわそわと千枝はドリンクのストローを弄ぶ。言うか言うまいか、そんな風に口をもごもごさせて──言うことにしたらしい。ちょいちょいと彼女が手招きする。それに応じた悠が近づくと千枝はこそっと耳打ちした。
「花村のヤツ、『好きな人』がいるんだって。もしかすると、小西先輩がその人かも」
「す、好きな人……!?」
にわかに、悠は動揺した。なんとか声は抑えたけれども、脳を揺らされたかのような衝撃に悠はよろける。ぎょっとする千枝にもかまわず、信じられないと呆気にとられた。
そもそも、と悠は言い募る。
「瀬名と、付き合ってるんじゃないのか……!?」
「あー……なるほどね。鳴上くんもそう思うクチかぁ」
悠の言葉に、千枝は訳知った様子で頷く。彼女の視線は、同じ境遇の人間に向ける同情のそれだ。きっと彼女も2人を間近で見てきたのだろう。頭を撫でたり、隣り合って歩いたりする、恋人のような瑞月と陽介の姿を。
「親友同士、なんだってさ。ホントかなって思っちゃうんだけど」
「親友……? いや絶対好きだろ異性として」
「そーなんだけどさぁ……なんかそこんところ複雑みたいで」
不服そうに眉をしかめながら、千枝は再び陽介たちに目を向けた。もどかしげに、彼女はストローをくるくる回す。どうやら説明するのが難しそうな彼女に、悠は追求をやめた。大人しく、『好きな人』と話し込む陽介を観察する。
「つか……ホントに元気なさそうだけど。何かあった?」
「……別に。ちょっと疲れてるだけ」
陽介の指摘を、小西先輩はすげなく
「何かあったら、なんでも言ってよ。俺……」
「だーいじょうぶだって。ありがとね」
心配で言い募る陽介を、小西先輩は笑顔でかわす。2人の様子に──正確には陽介に悠は憐れみを覚えた。
「花村、全然相手にされてないよな?」
「……そだね。花村が一方通行な感じだ」
声のトーンや、相手への態度、尻尾を振ってはしゃぐ犬のごとく、陽介の好意はだいぶ分かりやすい。その上、露骨に今以上の関係になりたいという想いがはみ出している。
しかし小西先輩はというと、そうではない。フランクで親しみやすいけれど、どこか一歩引いて相手を自分の内側に入れないよう気を配っている感じがする。
……などと冷静に悠が観察していると、小西先輩は立ち上がった。休憩を切り上げて戻るのだろう。
だが偶然、悠は彼女と目があった。つぶらな瞳が好奇心にキラリと光る。そして何を思ったのか、陽介がいた──今は悠と千枝が座るテーブルへと近づいてきた。
「わ、コッチ来た」
千枝が戸惑うなか、小西先輩はテーブルの元までやってくる。そして悠に向かってにこやかに「おっす」と片手をあげた。無邪気な様子で、小西先輩は微笑んでいる。
「キミが最近入った転校生?」
「あ、こんにちは。鳴上悠です。初めまして」
「うん、初めまして。わたしは小西早紀。ここでバイトしてて、こっちの花ちゃんとはバイト仲間なんだ~」
「そうなんですか。どうも、花村にはお世話になってます」
とっさに悠は頭を下げた。すると小西先輩は「わ、礼儀正しい」と感心した様子でコロコロと笑う。よく笑う人なんだなと悠は小西先輩を印象づける。楽しいことがあれば素直に、落ち込んでいるときも元気を出すために。
一通り笑い終えると、小西先輩は悠をまじまじと観察した。都会から来た人が珍しいという。だとしても、人にずっと見られるというのは心がざわついて良いものではない。悠が身じろぎすると、流石に見すぎたと思ったのだろう。小西先輩は「ごめんね」と苦笑いを浮かべた。
「花ちゃんが男友達連れて来るなんて珍しいから、つい見ちゃった。やっぱ都会っ子同士、気が合うのかな?」
「はい。転校してきたばかりだからって、花村たちが一緒に街をまわってくれたんです。」
正直に告げると、小西先輩の唇がゆるやかに弧を描いた。姉のように大人びた優しい表情だ。悠は目を見張る。先ほど陽介の好意をかわしてはいたが、どうやら悪く思っているようではないようである。
小西先輩は、異性として陽介を見てはいない。だが、先輩として後輩である彼に思うところはあるのだろう。
「そう。花ちゃん友達少ないヤツだから、仲良くしてやって。それから、お節介でイイヤツだけど、お調子者でもあるから。ウザかったらウザいっていいなね」
「ちょ、せんぱ──」
「──ウザくなんかないです、イイやつですよ」
即座に、悠は答えた。自分が思ってもみなかった速さと強い言いきりに、一同が、悠自身も驚く。正直、陽介がドジであることと、世話焼きな性質であることくらいしか悠は知らない。けれども、陽介が「ウザい」と言われるのは、どうしてか違う気がしたのだ。
なぜだろうと悠は考える。ここ数日、転校や変な夢、奇妙な事件と気が塞がるような出来事が立て続けに起こっていたから、陽介の親切が嬉しかったのかもしれなかった。
きっぱりと言いきる悠に、彼以外がポカンと口を開けている。そのなかで、クスクスと楽しそうな笑い声が上がった。「あははっ」と小西先輩は、いたずらっ子のように笑った。
「冗談だって。それじゃあ、わたしはバイト戻るから」
「冗談キツイっすよ、先輩……」
陽介の抗議を聞き流し、小西先輩は愛嬌のある笑みを浮かべた。そのままクルリと身を翻し、それじゃね、と小西先輩はフードコートからパタパタと立ち去る。後には悠たち3人が残された。嵐が過ぎ去ったあとみたいに、全員が静まり返る。
「あー、なんつーか……」
そんななか、口火を切ったのは陽介だった。ガシガシと頭を掻きながら椅子に座る彼の頬はほんのりと赤い。何を照れているのかと不思議がる悠に、彼は視線をさまよわせた。
「ありがとな、鳴上。さっき『イイやつ』とか……言ってくれて」
「え、いや。思ったこと言っただけだけど」
「だーっ、お前もそういうヤツなのかよ!? しかも『ウザくない』って……あんなのお節介だから、そのまま流せばいいだろッ?」
「お節介? 何が?」
「……ッ」
別段、悠は小西先輩からお節介を受けた覚えはない。さらに頭を捻ると、陽介が顔を真っ赤にした。おいてけぼりな悠にたいして、彼は早口でまくし立てる。
「『仲良くしてやって』の下りだよ! 俺とお前が仲良くなるようにって仲立ちしたの!」
「ああ、そうなのか……」
「……鳴上って、冗談通じないタイプ?」
陽介がため息をつく。そして、赤くなった首もとを掻いた。
「冗談はあの人なりのコミュニケーションなんだよ。口悪くなんのも、ある程度親しい間柄のヤツにだけみたいだし」
「へぇ……」
だが、悠にしてみれば面白くない冗談だった。自分に友好的にしてくれた相手を面と向かって『ウザい』と貶されるのは、冗談であってもいい気分ではない。陽介自身が気にしていないので、水に流しはするけれど。
「俺のコトはなんか弟に似てるらしくてさ。ワリとそんな扱いなんよ」
そうこぼす陽介は、明るさとは裏腹にどこか切なげな面持ちだ。唇を引き結ぶ陽介に「ふーん」と千枝は頬杖をつく。
「弟扱いは不満……地元の老舗酒屋の娘と、デパート店長の息子。燃え上がる禁断の恋的なそれねー。おアツいことで」
「バッ、そんなんじゃねーよ!」
食いつくほどの慌てぶりが、隠しきれない証拠である。慌ててドリンクを口に運ぶ彼の目元は、ほんのりとあかく染まって初々しい。しかし、千枝はそんな陽介をどこか冷めた様子で見ている。
「……まぁ。アンタがそれでいいなら、ベツに何も言わないけどさ」
ズッと、ことさらに大きな音を立てて、陽介はドリンクを吸い込んだ。口元から離れたストローは、先端が強く噛みしめたように潰れている。トンと、牽制のごとく音を立ててカップを置いた陽介に、千枝は咎めるような視線を向けた。
「アイツは……そんなんじゃねーよ。”親友”だって、言っただろ」
「ふぅん」
感情を押し殺した抑揚のない声にも、千枝は動じない。まるで何回も繰り返したやり取りに飽きているような反応だった。
まさかと悠は思う。陽介が言う”親友”とは、瑞月のことだろうか。陽介が瑞月に抱いている好意は、付き合いが少ない悠にも明らかだった。瑞月が陽介に抱く想いもまたしかりだ。
端から見れば、付き合ってないほうが不自然なのだ。だが実際の2人は友達止まりで、陽介は小西先輩にこだわっている。
くわえて、瑞月への扱いも"親友"という頑なだ。明らかに、友愛以上の扱いなのに、陽介は決して認めようとしない。
悠は、先ほど千枝が見せた冷めた態度の理由が分かった気がした。きっと千枝は陽介の恋愛観に悠と同じ見解を持っているのだろう。そして、瑞月への想いを偽っている陽介を許せない。そんなもどかしい想いを抱えて、"親友"という分相応な枠に嵌まる2人をずっと傍で見てきたのだ。
それはキツイと、悠は千枝に同情した。『お前らさっさとくっつけ』と大声で言いたいはずだ。
(まぁ……正直そう思うよなぁ……)
人の恋路に口を挟むものではないのだろうが、悠も千枝と同じ立場である。いったいどうして、2人は互いへの好意を抑えているのか。陽介にいたっては、感情を圧し殺すほどに。
パンッと乾いた音が響いた。気を取り直したとばかりに、千枝が手を打ち合わせた。どこか含みがある、いたずらっ子のような笑みとともに彼女は続ける。
「じゃあさ。悩める花村に、イイコト教えてあげる」
──《マヨナカテレビ》って、知ってる?
そうして彼女は、奇妙な都市伝説を口にしたのだ。