動き出す運命
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「それ、危なくないか? またどこかに突っ込んだら洒落にならないだろ」
「うーん、やっぱダメかぁ。なら仕方ねぇ、歩くっきゃねーよなぁ」
ポリバケツとの接触事故が効いたのか、陽介は自転車を押して歩くことにしたらしい。自然な流れで、悠と陽介は隣りあって歩き出した。
「この前も一回コケてから、一応自前で修理はしたんだけどなぁ」
「え、前もコケたのか……!?」
「じ、自転車のハナシはもーいーからっ! 言っても俺が事故ったハナシしか出てこねーし」
「…………」
信じられないと、悠は閉口した。以前も危ない目に遭ったというのに、よく自転車に乗れるものだ。すると、陽介は恥ずかしそうに頬を染めた。露になった不甲斐なさを隠すように、彼は腕をブンブン振ってごまかす。
「あー、この話題やめやめっ! つか俺、鳴上に話したいことあったんだわ。すっかり忘れるとこだったぜ」
「何を? 学校のコトでなにか連絡とかあったっけ?」
「いんや。昨日の帰りのコトなんだけど……」
一転して陽介は真面目そうに口許を引き締める。つられて悠が姿勢を正すと、陽介は神妙な様子で口を開いた。
「ありがとな。昨日、瀬名たちと一緒してくれて。まさかあんな大事だとは思わんかったから。────ほら、“女子アナがアンテナに”ってやつ」
ああ、と悠は歩きながら思いだす。陽介が話題に上げた事件について。
4月12日の正午、この町の住宅街で女性の遺体が発見された事件だ。被害者は地元テレビ局の女子アナ“山野真由美”。
連日、ゴシップや討論番組を賑わせていた、議員秘書”生田目太郎”氏を巡る不倫騒動の中心人物である。
不倫相手であった彼女は、醜聞誹謗中傷その他口サガないモノたちから身を守るために姿をくらませていた。
不貞の当事者だというのに、事が明るみになってからの逃亡に用意周到だった彼女の尻尾は、執念深いパパラッチであってもなかなか掴めなかったという。
────それがまさか、民家のテレビアンテナに吊り下げられた遺体として白日の下に晒されるとは、誰もが夢にも思わなかっただろう。
しかも周辺が何の変哲もない田舎町ということで、遺体の発見現場は異様な興奮に包まれていた。
ところで、なぜ現場の雰囲気を悠が知っているのかというと、現場が通学路上にあって偶然通りかかってしまったからだ。
まるで熱病にあてられたかのような狂騒に、そのときは困惑して後退りしたものだ。
さいわいにも、もう遺体は下ろされたあとで目にはしなかったが。そうでなくとも、言葉だけでも不気味で悠の気が滅入る。陽介も難しい顔をしていた。
「あんなん明らかに事故とかじゃねぇし、そもそもマトモなヤツがやるコトじゃねーだろうしさ。そんな物騒な事件なのに、犯人まだ見っかってないみたいだし、アブねーのなんのって」
「俺もそう思ったよ。犯人も速く捕まってほしいところ」
物憂げに悠は呟く。それは本心からの言葉だ。
ちまたでは被害者のゴシップ性、民家のアンテナに遺棄されたという異様な死体遺棄の話題性が注目され、12日──すなわち昨日──のテレビでは長々とした特番が組まれていた。
猟奇性の発露だ、死を持ってしても晴れぬ怨恨だ、いやいや何かの儀式の生け贄だと、コメンテーターたちは熱の籠った口調で志摩憶測を我がもの顔でひけらかしているが、悠にとっては他人事ではない。
事件の管轄──つまり捜査を担当する稲羽警察署には、下宿先の主人である堂島遼太郎が勤務している。昨日、現場で会った彼は随分と忙しそうだった。
彼の娘であり、悠の同居人である菜々子はそのことを心配している様子だった。不安そうに特番を見つめ、稲羽警察署内で開かれた会見をつぶさに観察する様子がいたいけで、悠は切ない想いを抱いた。
そういう他人事ではない事情もあって、事件は悠にとってあまり面白くない話だ。だが正直に言い終えて、悠は危惧した。クラスメイトとの雑談にしては、深刻な話題になってしまったかもしれない。
おずおずと隣を歩く陽介を伺う。しかし悠の予想を裏切って、彼はうんうんと深く頷いた。
「だな。俺も知り合いに小さい子いるからさ、ちょっとその気持ち分かるわ」
「え、花村も?」
「あー、まぁ、自分の身内とかじゃないんだけどさ……ダチの妹が小学生でな。遊んだこともワリとあるんよ」
それから彼は思案げに目をつぶると、ポツリと小さく呟く。
「その……ヘンな輩って、大抵力のない女子とかさ、子供とか狙うだろ。だから、犯人がまだ捕まってないってコト……他人事って思えねーよなぁ」
目を細めながら、陽介は悠に笑いかける。悠の内面に同調するような静かで優しい笑顔に、悠は昨日帰り道を共にした、彼の友達だという女生徒の言葉が思い浮かんだ。
──すこしはしゃぎすぎる悪癖はあるが、それを補って余りある明るくて優しい男だよ。
「────っと、やっべっスマン! のんびりしてる場合じゃなかった」
昨日の記憶に浸っていた悠に、陽介が携帯の画面を突きつけてくる。瞬間、悠は現実に引き戻された。想像以上に差し迫った時刻に、『遅刻』の2文字が悠の頭にデカデカと浮かぶ。
「行こうぜ鳴上! 転校早々遅刻したら、担任様にコッテリしぼられちまうからな」
「ああ。遅刻はさすがにまずいっ」
「よーし、なら走んぞ!」
陽介のかけ声を合図に、2人は勢いよく走り出した。そして全力疾走したおかげか、なんとか朝のSHR開始までに教室到着のゴールテープを切ったのだった。
「うーん、やっぱダメかぁ。なら仕方ねぇ、歩くっきゃねーよなぁ」
ポリバケツとの接触事故が効いたのか、陽介は自転車を押して歩くことにしたらしい。自然な流れで、悠と陽介は隣りあって歩き出した。
「この前も一回コケてから、一応自前で修理はしたんだけどなぁ」
「え、前もコケたのか……!?」
「じ、自転車のハナシはもーいーからっ! 言っても俺が事故ったハナシしか出てこねーし」
「…………」
信じられないと、悠は閉口した。以前も危ない目に遭ったというのに、よく自転車に乗れるものだ。すると、陽介は恥ずかしそうに頬を染めた。露になった不甲斐なさを隠すように、彼は腕をブンブン振ってごまかす。
「あー、この話題やめやめっ! つか俺、鳴上に話したいことあったんだわ。すっかり忘れるとこだったぜ」
「何を? 学校のコトでなにか連絡とかあったっけ?」
「いんや。昨日の帰りのコトなんだけど……」
一転して陽介は真面目そうに口許を引き締める。つられて悠が姿勢を正すと、陽介は神妙な様子で口を開いた。
「ありがとな。昨日、瀬名たちと一緒してくれて。まさかあんな大事だとは思わんかったから。────ほら、“女子アナがアンテナに”ってやつ」
ああ、と悠は歩きながら思いだす。陽介が話題に上げた事件について。
4月12日の正午、この町の住宅街で女性の遺体が発見された事件だ。被害者は地元テレビ局の女子アナ“山野真由美”。
連日、ゴシップや討論番組を賑わせていた、議員秘書”生田目太郎”氏を巡る不倫騒動の中心人物である。
不倫相手であった彼女は、醜聞誹謗中傷その他口サガないモノたちから身を守るために姿をくらませていた。
不貞の当事者だというのに、事が明るみになってからの逃亡に用意周到だった彼女の尻尾は、執念深いパパラッチであってもなかなか掴めなかったという。
────それがまさか、民家のテレビアンテナに吊り下げられた遺体として白日の下に晒されるとは、誰もが夢にも思わなかっただろう。
しかも周辺が何の変哲もない田舎町ということで、遺体の発見現場は異様な興奮に包まれていた。
ところで、なぜ現場の雰囲気を悠が知っているのかというと、現場が通学路上にあって偶然通りかかってしまったからだ。
まるで熱病にあてられたかのような狂騒に、そのときは困惑して後退りしたものだ。
さいわいにも、もう遺体は下ろされたあとで目にはしなかったが。そうでなくとも、言葉だけでも不気味で悠の気が滅入る。陽介も難しい顔をしていた。
「あんなん明らかに事故とかじゃねぇし、そもそもマトモなヤツがやるコトじゃねーだろうしさ。そんな物騒な事件なのに、犯人まだ見っかってないみたいだし、アブねーのなんのって」
「俺もそう思ったよ。犯人も速く捕まってほしいところ」
物憂げに悠は呟く。それは本心からの言葉だ。
ちまたでは被害者のゴシップ性、民家のアンテナに遺棄されたという異様な死体遺棄の話題性が注目され、12日──すなわち昨日──のテレビでは長々とした特番が組まれていた。
猟奇性の発露だ、死を持ってしても晴れぬ怨恨だ、いやいや何かの儀式の生け贄だと、コメンテーターたちは熱の籠った口調で志摩憶測を我がもの顔でひけらかしているが、悠にとっては他人事ではない。
事件の管轄──つまり捜査を担当する稲羽警察署には、下宿先の主人である堂島遼太郎が勤務している。昨日、現場で会った彼は随分と忙しそうだった。
彼の娘であり、悠の同居人である菜々子はそのことを心配している様子だった。不安そうに特番を見つめ、稲羽警察署内で開かれた会見をつぶさに観察する様子がいたいけで、悠は切ない想いを抱いた。
そういう他人事ではない事情もあって、事件は悠にとってあまり面白くない話だ。だが正直に言い終えて、悠は危惧した。クラスメイトとの雑談にしては、深刻な話題になってしまったかもしれない。
おずおずと隣を歩く陽介を伺う。しかし悠の予想を裏切って、彼はうんうんと深く頷いた。
「だな。俺も知り合いに小さい子いるからさ、ちょっとその気持ち分かるわ」
「え、花村も?」
「あー、まぁ、自分の身内とかじゃないんだけどさ……ダチの妹が小学生でな。遊んだこともワリとあるんよ」
それから彼は思案げに目をつぶると、ポツリと小さく呟く。
「その……ヘンな輩って、大抵力のない女子とかさ、子供とか狙うだろ。だから、犯人がまだ捕まってないってコト……他人事って思えねーよなぁ」
目を細めながら、陽介は悠に笑いかける。悠の内面に同調するような静かで優しい笑顔に、悠は昨日帰り道を共にした、彼の友達だという女生徒の言葉が思い浮かんだ。
──すこしはしゃぎすぎる悪癖はあるが、それを補って余りある明るくて優しい男だよ。
「────っと、やっべっスマン! のんびりしてる場合じゃなかった」
昨日の記憶に浸っていた悠に、陽介が携帯の画面を突きつけてくる。瞬間、悠は現実に引き戻された。想像以上に差し迫った時刻に、『遅刻』の2文字が悠の頭にデカデカと浮かぶ。
「行こうぜ鳴上! 転校早々遅刻したら、担任様にコッテリしぼられちまうからな」
「ああ。遅刻はさすがにまずいっ」
「よーし、なら走んぞ!」
陽介のかけ声を合図に、2人は勢いよく走り出した。そして全力疾走したおかげか、なんとか朝のSHR開始までに教室到着のゴールテープを切ったのだった。