客人〈マレビト〉来たりき
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菜々子の担任に説明を済ませ、悠と菜々子、瑞月と佳菜の4人は学校を後にした。瑞月と菜々子を仲立ちする佳菜は嬉しそうに繋いだ手をぶらぶらと揺らす。
「担任の先生、優しそうな人だったな」
「うん。見たことない道具とかね、使い方ちゃんと教えてくれたの! ね、菜々ちゃん、不思議な道具もいっぱいだったもんね」
「う、うん。菜々子はね、リコーダーとか、ピアニカとか、楽しそうだなって思った」
「そうだねー。音楽のじゅぎょう楽しみだね! あとあと、ジャングルジムとか”うんてい”とか、”のぼりぼう”も楽しそう!」
「うん! 菜々子もジャングルジム気になるよ。すごく高いから、てっぺん登るの楽しそうだもん!」
「そう。佳菜も菜々子ちゃんも楽しそうだな」
賑やかなやりとりをする3人の姿を、悠は後ろから眺めていた。家では寂しそうな菜々子が友達と純粋に笑っている様子は、悠にとっても嬉しい。
菜々子と悠は境遇が近い。共働きの両親が家に不在がちで鍵っ子だった悠は、一人家に残される寂しさを身に染みて知っている。だからだろうか、菜々子に幼い頃の自分を投影して、彼女が嬉しそうだと、とても報われた気持ちになるのだ。
(まぁ、実際は別の人間なんだけどな)
心のなかで、悠は一人ごちる。実際の悠は鍵っ子な上に、親の転勤が多かったから、友達も少なかった。仲良くなっても、すぐに別の土地へと引っ越してしまうから縁が続かなかったのだ。だから、親しい友達は作れるはずもなかった。
だが、父である堂島が稲羽市に家を構える菜々子には、その心配がなさそうだ。
悠はほっとして前を向く。すると、目の前を歩く菜々子と目があった。後ろを気にしていた菜々子の様子に気がついたのは、悠だけではなかったらしい。
「どしたの、菜々ちゃん?」
「ううん。なんでもないよ」
気にかける佳菜に、菜々子は首を振る。ちらりと、佳菜は悠を盗み見る。大きな若草の瞳が悠を映す。行動の意図を計りかねて、悠は手を振った。すると、彼女は閃いたとばかりに目を輝かせた。
瞬間、佳菜は瑞月と菜々子から手を離す。「佳菜?」瑞月の呼び掛けも振りきって、彼女は後方を歩く悠へと突撃した。猪、およそ女子に向けるものではない単語が悠の脳裏をよぎる。
「お兄さん、こっち!」
「え、なにを……」
何を思ったのか、佳菜ははしっと、悠の手首を掴んだ。そのまま、グイグイと悠を引っ張っていく。すぐに2人は前方に追いついて──それから引っ張ってきた悠と菜々子の手を引き合わせた。
「「!?」」
絶句する2人をよそに、佳菜は何事もなかったかのように瑞月と菜々子と間に収まった。再び彼女は、左右にいる2人と手をつなぐ。手を繋いだ4人を確認して、佳菜は屈託なく笑った。
「これでみんな一緒ね!」
悠は、菜々子と手を繋いでいる。とても小さくて、自分よりもずっとあたたかい──それこそ今は曇り空に隠れている太陽みたいにあたたかな手を。
「すまないな。鳴上くん、菜々子ちゃん。佳菜は4人で一緒に手を繋ぎたいみたいなんだ。もし、嫌だったら離してもらっても──」
「ううん、大丈夫!」
菜々子の手が、悠の指を握りしめる。と同時に悠を自分の方へと引き寄せた。彼女の仕草は悠を受け入れるもので、そんな菜々子を佳菜はニコニコと見つめている。菜々子も、ほんのりと頬を染めて佳菜に笑いかけた。瑞月はというと、無邪気に笑いあう2人を微笑みとともに見守っていた。
対する悠は、菜々子と繋いだ手をまじまじと見つめた。誰かと手を繋ぐなんて、幼稚園以来だ。小学校の入学式だって、忙しい両親を煩わせないために──寂しかったけれど──悠は一人でランドセルを背負って、一人で立った。
それ以来、悠は誰かと手を繋いで歩いた記憶がない。
曇天の下で握った菜々子の手は、頼りないほど小さく柔らかく。簡単になくなってしまいそうなほど儚いのに、とくりとくりとたしかな熱を刻んでいる。
そんな菜々子の手が、悠はどうしてか懐かしかった。そして何より、満たされたような気がした。幼い頃、聞き分けのいい『よくできた子』の仮面の裏に隠した、寂しがりやの自分自身が。誰も気がついてくれなかった、悠自身が気づかせなかった、空っぽな寂しい器を菜々子の温もりが満たしてくれたように思えたのだ。
悠も慎重に菜々子の手を握り返す。佳菜と菜々子はおしゃべりに夢中になっているらしい。彼女たちを見守りながら、瑞月が呟く。
「鳴上くんがいてくれて助かったな」
「え、そんなことないよ。俺はただ着いてきただけだし」
「そうでもないさ。……一人だったら、私はあの住宅地で右往左往していただろうしな」
瑞月の声が暗く翳った。彼女のいう住宅地とは、ブルーシートとキープアウトテープで囲われた物々しい住宅地についてだろう。たしかに、肌を青ざめさせるほど体調を崩していた彼女が一人であの場所を通っていたら、危なかったかもしれない。悠たちという同行者がいてたしかに幸運だった。しかし、その幸運を作り出せたのは悠がきっかけではない。
一人で帰ろうとする瑞月を引き留めた、陽気そうな男子生徒のおかげだ。
「それなら、瀬名の友達だっていう花村のおかげだな」
悠は断言する。瑞月と一段仲がいい、ともすれば恋人と思えるほどに距離の近い、瑞月が心を許している男子生徒の名前を。彼の名前を聞き届けた途端、暗かった瑞月の瞳が一転する。月の光を写す凪いだ水面のように静かで、穏やかな様子で、彼女は笑う。
「ああ、そうだな。私が困っているといつも助けてくれるんだ。まったくお人好しな人だから」
「……そうなんだ。俺はまだ話したことないけど」
遠目から見たことはすでに何回もあるが。その事実は伏せ、悠は告げる。すると瑞月は朗らかに答えた。
「きっと明日、鳴上くんにも話しかけてくると思うな。彼、元はといえば都会から引っ越してきた転校生だったから、君に興味を持つと思う」
「あ、やっぱり? ちょっと服装とかが都会っぽいなって思ったんだ。ヘッドフォン引っかけてるのとか」
「おお、きみも気になっているのか」
彼女はすぅっと息を吸う。そして、自分のとっておきの秘密を話すような朗らかさでその名を告げた。
「────花村陽介。すこしはしゃぎすぎる悪癖はあるが、それを補って余りある明るくて優しい男だよ」
花村陽介。彼について話す彼女は、本当に楽しそうだ。身内について我がことのように自慢する親身さには、眩しいものを眺めるような尊敬が混じる。
「それは、楽しみだな」
それは悠の本心だった。転校してきたばかりの悠や菜々子に対して、親切にしてくれた人物がここまで信頼を置くとはどんな人間なのか。物々しいブルーシートの記憶など忘れて、悠は明日の学校が少し楽しみになってきた。
「仲良くなれるといいな?」
ハミングでも歌いだしそうな調子で、瑞月が言う。悠は頷き返した。雑談を交わしながら、手を繋いだ4人は賑やかに帰路を辿る。
「担任の先生、優しそうな人だったな」
「うん。見たことない道具とかね、使い方ちゃんと教えてくれたの! ね、菜々ちゃん、不思議な道具もいっぱいだったもんね」
「う、うん。菜々子はね、リコーダーとか、ピアニカとか、楽しそうだなって思った」
「そうだねー。音楽のじゅぎょう楽しみだね! あとあと、ジャングルジムとか”うんてい”とか、”のぼりぼう”も楽しそう!」
「うん! 菜々子もジャングルジム気になるよ。すごく高いから、てっぺん登るの楽しそうだもん!」
「そう。佳菜も菜々子ちゃんも楽しそうだな」
賑やかなやりとりをする3人の姿を、悠は後ろから眺めていた。家では寂しそうな菜々子が友達と純粋に笑っている様子は、悠にとっても嬉しい。
菜々子と悠は境遇が近い。共働きの両親が家に不在がちで鍵っ子だった悠は、一人家に残される寂しさを身に染みて知っている。だからだろうか、菜々子に幼い頃の自分を投影して、彼女が嬉しそうだと、とても報われた気持ちになるのだ。
(まぁ、実際は別の人間なんだけどな)
心のなかで、悠は一人ごちる。実際の悠は鍵っ子な上に、親の転勤が多かったから、友達も少なかった。仲良くなっても、すぐに別の土地へと引っ越してしまうから縁が続かなかったのだ。だから、親しい友達は作れるはずもなかった。
だが、父である堂島が稲羽市に家を構える菜々子には、その心配がなさそうだ。
悠はほっとして前を向く。すると、目の前を歩く菜々子と目があった。後ろを気にしていた菜々子の様子に気がついたのは、悠だけではなかったらしい。
「どしたの、菜々ちゃん?」
「ううん。なんでもないよ」
気にかける佳菜に、菜々子は首を振る。ちらりと、佳菜は悠を盗み見る。大きな若草の瞳が悠を映す。行動の意図を計りかねて、悠は手を振った。すると、彼女は閃いたとばかりに目を輝かせた。
瞬間、佳菜は瑞月と菜々子から手を離す。「佳菜?」瑞月の呼び掛けも振りきって、彼女は後方を歩く悠へと突撃した。猪、およそ女子に向けるものではない単語が悠の脳裏をよぎる。
「お兄さん、こっち!」
「え、なにを……」
何を思ったのか、佳菜ははしっと、悠の手首を掴んだ。そのまま、グイグイと悠を引っ張っていく。すぐに2人は前方に追いついて──それから引っ張ってきた悠と菜々子の手を引き合わせた。
「「!?」」
絶句する2人をよそに、佳菜は何事もなかったかのように瑞月と菜々子と間に収まった。再び彼女は、左右にいる2人と手をつなぐ。手を繋いだ4人を確認して、佳菜は屈託なく笑った。
「これでみんな一緒ね!」
悠は、菜々子と手を繋いでいる。とても小さくて、自分よりもずっとあたたかい──それこそ今は曇り空に隠れている太陽みたいにあたたかな手を。
「すまないな。鳴上くん、菜々子ちゃん。佳菜は4人で一緒に手を繋ぎたいみたいなんだ。もし、嫌だったら離してもらっても──」
「ううん、大丈夫!」
菜々子の手が、悠の指を握りしめる。と同時に悠を自分の方へと引き寄せた。彼女の仕草は悠を受け入れるもので、そんな菜々子を佳菜はニコニコと見つめている。菜々子も、ほんのりと頬を染めて佳菜に笑いかけた。瑞月はというと、無邪気に笑いあう2人を微笑みとともに見守っていた。
対する悠は、菜々子と繋いだ手をまじまじと見つめた。誰かと手を繋ぐなんて、幼稚園以来だ。小学校の入学式だって、忙しい両親を煩わせないために──寂しかったけれど──悠は一人でランドセルを背負って、一人で立った。
それ以来、悠は誰かと手を繋いで歩いた記憶がない。
曇天の下で握った菜々子の手は、頼りないほど小さく柔らかく。簡単になくなってしまいそうなほど儚いのに、とくりとくりとたしかな熱を刻んでいる。
そんな菜々子の手が、悠はどうしてか懐かしかった。そして何より、満たされたような気がした。幼い頃、聞き分けのいい『よくできた子』の仮面の裏に隠した、寂しがりやの自分自身が。誰も気がついてくれなかった、悠自身が気づかせなかった、空っぽな寂しい器を菜々子の温もりが満たしてくれたように思えたのだ。
悠も慎重に菜々子の手を握り返す。佳菜と菜々子はおしゃべりに夢中になっているらしい。彼女たちを見守りながら、瑞月が呟く。
「鳴上くんがいてくれて助かったな」
「え、そんなことないよ。俺はただ着いてきただけだし」
「そうでもないさ。……一人だったら、私はあの住宅地で右往左往していただろうしな」
瑞月の声が暗く翳った。彼女のいう住宅地とは、ブルーシートとキープアウトテープで囲われた物々しい住宅地についてだろう。たしかに、肌を青ざめさせるほど体調を崩していた彼女が一人であの場所を通っていたら、危なかったかもしれない。悠たちという同行者がいてたしかに幸運だった。しかし、その幸運を作り出せたのは悠がきっかけではない。
一人で帰ろうとする瑞月を引き留めた、陽気そうな男子生徒のおかげだ。
「それなら、瀬名の友達だっていう花村のおかげだな」
悠は断言する。瑞月と一段仲がいい、ともすれば恋人と思えるほどに距離の近い、瑞月が心を許している男子生徒の名前を。彼の名前を聞き届けた途端、暗かった瑞月の瞳が一転する。月の光を写す凪いだ水面のように静かで、穏やかな様子で、彼女は笑う。
「ああ、そうだな。私が困っているといつも助けてくれるんだ。まったくお人好しな人だから」
「……そうなんだ。俺はまだ話したことないけど」
遠目から見たことはすでに何回もあるが。その事実は伏せ、悠は告げる。すると瑞月は朗らかに答えた。
「きっと明日、鳴上くんにも話しかけてくると思うな。彼、元はといえば都会から引っ越してきた転校生だったから、君に興味を持つと思う」
「あ、やっぱり? ちょっと服装とかが都会っぽいなって思ったんだ。ヘッドフォン引っかけてるのとか」
「おお、きみも気になっているのか」
彼女はすぅっと息を吸う。そして、自分のとっておきの秘密を話すような朗らかさでその名を告げた。
「────花村陽介。すこしはしゃぎすぎる悪癖はあるが、それを補って余りある明るくて優しい男だよ」
花村陽介。彼について話す彼女は、本当に楽しそうだ。身内について我がことのように自慢する親身さには、眩しいものを眺めるような尊敬が混じる。
「それは、楽しみだな」
それは悠の本心だった。転校してきたばかりの悠や菜々子に対して、親切にしてくれた人物がここまで信頼を置くとはどんな人間なのか。物々しいブルーシートの記憶など忘れて、悠は明日の学校が少し楽しみになってきた。
「仲良くなれるといいな?」
ハミングでも歌いだしそうな調子で、瑞月が言う。悠は頷き返した。雑談を交わしながら、手を繋いだ4人は賑やかに帰路を辿る。