客人〈マレビト〉来たりき
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青いビニールシートと、キープアウトテープが、拘束具のように民家を縛り付けていた。まるで棺に入れられるミイラのようだ。民家は死者であるかのように生気を無くし、不気味に沈黙していた。
民家が被葬者とするなら、複数のパトカーと野次馬はさしずめ参列者か。だが、葬儀には似つかわない喧騒が、不吉なほどに静かな住宅街の一軒家を取り囲んでいる。
「でね、その高校生、ちょうど早退したんですって」「まさかアンテナに引っかかってるなんて」「見たかったわあ」「怖いわねえ。こんな近くで死体だなんて」
「し、死体!?」
「校内放送でいってた事件って、まさかこれか……?」
猟奇的な単語に、千枝が後ずさった。悠はというと、周囲の噂話と状況を観察してながら状況の把握に努める。総合すると、『民家から死体が出た』らしい。熱病に浮かされたようにざわめくその場所で、悠は鞄の持ち手を握りしめる。
「叔父さん……」
千枝が不安げに遠くを──瑞月と雪子の待つ道の先を見つめる。2人は訳あって、住宅地には来なかった。それは正しい判断だったと悠は目をつぶる。
死体など、体調を崩した瑞月にとってはショックが大きすぎる。
***
異様な住宅地を目にしたあと、悠たち4人はそこを通るか通らないか話し合った。本来であれば通らない方が好ましいのだろう。しかし、小学校までの距離を考慮すると住宅地を突っ切る選択肢も捨てがたかったのだ。近道になるゆえに。
結局、『様子を見て住宅地を通るか判断する』という決定が成された。だが、ここでひと悶着起こったのである。
『瑞月ちゃん、どうしたの? 顔色が悪いよ』
『あ……』
瑞月が、体調を崩したのだ。先程まで、迷いのない足取りで歩いていたというのに。4人で歩いていて、どんどんと歩みを弱める様子に雪子が気がついた。彼女の指摘通り、瑞月の顔色は酷いものだった。なにせ、白い肌が体温が感じられないほど青ざめていたのだから。
『……すまないが、私は行けない。代わりに3人で見てきてくれないか』
先ほどまでしっかりと立っていたはずの脚を震わせて、瑞月はそう告白した。苦々しい苛立ちと申し訳なさを滲ませた苦しそうな表情とともに。
どうして。という千枝の問いに対する、彼女の答えはこうだ。
『……昔、事故現場を見た経験があるんだ。そのときの記憶から、どうしても、ああした、ブルーシートを見ると、苦しくなってしまってな』
実際に、瑞月は辛そうだった。胸を強く抑え、彼女は額から脂汗を滲ませていた。そんな苦しげな瑞月に寄り添ったのは、雪子だ。
胸を強く抑える瑞月の手に自分の手を重ねると、彼女は瑞月の背を撫でた。そうして、力を抜くように優しく促しながら、まっすぐに悠と千枝を見つめる。
『千枝、鳴上くん。私と瑞月ちゃんはちょっと遠くで待ってるから、様子見、お願いしてもいい?』
『え!? でもココにいたら危なくない? なるべく固まってた方が……』
『それなら、大丈夫だよ。だってあそこ、警察がたくさんいるんだよ。それって、警官さんの溢れているこのあたりが一番安全だって言い変えることができない?』
論理立って、雪子は千枝を説得する。揺らがぬ彼女の瞳に、悠は目を見張った。大人しい子だとばかり思っていたが、芯の強さも持ち合わせているらしい。雪子の提案に悠は同意した。実際苦しそうにしている人を連れ立つわけにはいかないし、様子見ならば悠一人でも事足りることだ。
『ああ、天城の言う通りだ。別に俺が一人で行ってもいいしな』
『待って!』
歩き出そうとする悠の腕を、千枝が掴む。
『鳴上くん、あたしらの連絡先知らないっしょ。なんかあったときの携帯代わりに、あたしも行くよ』
こうして、雪子と瑞月は待機組、悠と千枝は聞き取り調査と役割分担が決まった。現場に向かう悠と千枝を、雪子と瑞月はできる限りついてきた上で見送ってくれた。
『すまない』
そのときの、絞り出すような、罪悪感に苛まれた瑞月の謝罪を、悲しそうに頭を伏せた姿が、悠は忘れられなかった。
***
「おい、ここで何してる」
悠にとって覚えのある、渋い声を耳にした。幕のように垂らされたブルーシートの隙間から現れた人物が、険しく悠を睨みつけている。伸びた無精髭に、ぼさりとした短髪、くたびれた灰色のスーツにうっすらと黒くなった目元が彼自身の消耗ぶりを如実に表していた。
だというのに、悠と千枝の目の前に進み出る足取りは縺れがなく、しっかりしている。悠は下宿先の家主──堂島遼太郎と向き合った。
「通りすがりです。通学路ですから」
「ああ……そうだろうな。お前はそういうバカやるやつじゃぁない。ったく、あの校長……ここは通すなって言ったろうが……」
堂島が苦々しげに眉間のしわを深めた。千枝は堂島と悠の顔を交互に見比べる。
「……鳴上君の知りあい?」
「悠の叔父の堂島だ。こいつの保護者をやってる。お嬢さんは、悠のクラスメイトかなんかか?」
「はい、里中です。引っ越してばかりだって言うんで、私が一緒に帰ろうって誘いました」
「そうか、じゃあ友達か。……ウチの甥と仲良くしてやってくれ」
不意に、険しかった堂島の眉間が緩む。しかし、それも一瞬。仮面を被るかのように、彼は再び険しく眉間を締め上げた。有無を言わせない圧に、二人は自然と姿勢を正してしまう。
「……といっても、今日のところは2人ともウロつかずに帰るように。警官に尋問されるかもしれんからな」
きつく戒めるような物言いに、2人は素直に頷く。そのまま歩き出そうとしたところで、悠は菜々子の事を思い出した。
「おじさん、菜々子ちゃんは大丈夫ですか」
「ん、ああ……」
堂島がぼりぼりと首を掻く。ついでとばかりに、首と肩をゴキゴキと鳴らした。
「学校から保護者の来れない生徒は集団下校で帰らせると連絡があった。アイツのことだから大丈夫だとは思うが、まだ下校途中かもしれん。お前でよければ、気に掛けてやってくれないか」
「はい。それと……今夜は、帰れそうですか」
瞬間、ピタリと首を掻いていた手が止まる。そうして、後ろめたさによるものか、張りのない答えを堂島は吐き出す。
「今日も……難しそうだ。すまんな」
「……いえ、分かりました」
悠の脳裏を寂しそうな菜々子がよぎる。だが、この物々しい現場を目にしたときから。薄々気がついていたことでもある。大人しく、悠は堂島の言葉を受け入れる。
その時、ブルーシートから若い男性刑事が飛び出した。悠たちの脇を抜けて、若い刑事はしゃがみこんだ茂みに嘔吐する。うわっと、千枝はヒいた様子で後ろに退く。悠も少し後ずさった。
「う……うえぇぇ…………」
「足立! おめえはいつまで新米気分だ! 今すぐ本庁帰るか? あぁ!?」
「す……すいませ……うっぷ」
「たぁく……顔洗ってこい。すぐ地取り出るぞ!」
堂島に喝を入れられるも、若い刑事──足立とやらの様子はお世辞にもいいとは言えない。きっと、胃から戻したもので口の中が気持ち悪くなっているのだろう。
『──何かあったら、君たちのためでなくとも、使っていい』
瑞月の言葉が思い浮かんで、ちらりと悠は鞄に目をやる。そして、瑞月から受け取ったもの──飲料水とポケットティッシュを取り出した。
「あの、これ良かったら使ってください」
「へ?」
「口ゆすぐために使えると思うので」
袖で口許をぬぐっていた足立とやらが、ペットボトルセットと悠を交互に見比べる。そうして、菩薩を目撃したと言わんばかりに目を輝かせた。
「あ、ありがと~。いや、助かったよ」
嬉々として、足立とやらはペットボトルセットを受けとる。そのまま何やら喋ろうとして、堂島に凄まれた。殺気に跳び跳ねた彼は、黙りこむ。そして一回うがいを済ませると。足立とやら若い刑事は慌てて堂島のもとへ飛んでいった。去り際に、堂島がブルーシートの影から頭を下げた気がした。
隣によってきた千枝が呆れた様子でブルーシートを見つめている。
「大丈夫なんかね? あの若い刑事さん。なんか頼りない感じだったけど」
「さぁ……。それよりも戻ろう。瀬名と天城が待ってる。この道は通らない方が良さそうだ」
「そうだね。じゃあ、あたし電話するよ。……死体のことは、伏せといた方がいいよね?」
「……そうだな。無理に怖がらせるものじゃない」
思い出すのは、『行けない』と苦しそうに告げた瑞月のことだ。脂汗までかいていたのだから、現場から死体が上がったなどという事実には相当なストレスを覚えるだろう。
オッケーと、千枝が携帯を操作する。ワンコールで繋がった。電話をかけながら歩く千枝の隣に立って、不気味な住宅地を悠は後にする。
民家が被葬者とするなら、複数のパトカーと野次馬はさしずめ参列者か。だが、葬儀には似つかわない喧騒が、不吉なほどに静かな住宅街の一軒家を取り囲んでいる。
「でね、その高校生、ちょうど早退したんですって」「まさかアンテナに引っかかってるなんて」「見たかったわあ」「怖いわねえ。こんな近くで死体だなんて」
「し、死体!?」
「校内放送でいってた事件って、まさかこれか……?」
猟奇的な単語に、千枝が後ずさった。悠はというと、周囲の噂話と状況を観察してながら状況の把握に努める。総合すると、『民家から死体が出た』らしい。熱病に浮かされたようにざわめくその場所で、悠は鞄の持ち手を握りしめる。
「叔父さん……」
千枝が不安げに遠くを──瑞月と雪子の待つ道の先を見つめる。2人は訳あって、住宅地には来なかった。それは正しい判断だったと悠は目をつぶる。
死体など、体調を崩した瑞月にとってはショックが大きすぎる。
***
異様な住宅地を目にしたあと、悠たち4人はそこを通るか通らないか話し合った。本来であれば通らない方が好ましいのだろう。しかし、小学校までの距離を考慮すると住宅地を突っ切る選択肢も捨てがたかったのだ。近道になるゆえに。
結局、『様子を見て住宅地を通るか判断する』という決定が成された。だが、ここでひと悶着起こったのである。
『瑞月ちゃん、どうしたの? 顔色が悪いよ』
『あ……』
瑞月が、体調を崩したのだ。先程まで、迷いのない足取りで歩いていたというのに。4人で歩いていて、どんどんと歩みを弱める様子に雪子が気がついた。彼女の指摘通り、瑞月の顔色は酷いものだった。なにせ、白い肌が体温が感じられないほど青ざめていたのだから。
『……すまないが、私は行けない。代わりに3人で見てきてくれないか』
先ほどまでしっかりと立っていたはずの脚を震わせて、瑞月はそう告白した。苦々しい苛立ちと申し訳なさを滲ませた苦しそうな表情とともに。
どうして。という千枝の問いに対する、彼女の答えはこうだ。
『……昔、事故現場を見た経験があるんだ。そのときの記憶から、どうしても、ああした、ブルーシートを見ると、苦しくなってしまってな』
実際に、瑞月は辛そうだった。胸を強く抑え、彼女は額から脂汗を滲ませていた。そんな苦しげな瑞月に寄り添ったのは、雪子だ。
胸を強く抑える瑞月の手に自分の手を重ねると、彼女は瑞月の背を撫でた。そうして、力を抜くように優しく促しながら、まっすぐに悠と千枝を見つめる。
『千枝、鳴上くん。私と瑞月ちゃんはちょっと遠くで待ってるから、様子見、お願いしてもいい?』
『え!? でもココにいたら危なくない? なるべく固まってた方が……』
『それなら、大丈夫だよ。だってあそこ、警察がたくさんいるんだよ。それって、警官さんの溢れているこのあたりが一番安全だって言い変えることができない?』
論理立って、雪子は千枝を説得する。揺らがぬ彼女の瞳に、悠は目を見張った。大人しい子だとばかり思っていたが、芯の強さも持ち合わせているらしい。雪子の提案に悠は同意した。実際苦しそうにしている人を連れ立つわけにはいかないし、様子見ならば悠一人でも事足りることだ。
『ああ、天城の言う通りだ。別に俺が一人で行ってもいいしな』
『待って!』
歩き出そうとする悠の腕を、千枝が掴む。
『鳴上くん、あたしらの連絡先知らないっしょ。なんかあったときの携帯代わりに、あたしも行くよ』
こうして、雪子と瑞月は待機組、悠と千枝は聞き取り調査と役割分担が決まった。現場に向かう悠と千枝を、雪子と瑞月はできる限りついてきた上で見送ってくれた。
『すまない』
そのときの、絞り出すような、罪悪感に苛まれた瑞月の謝罪を、悲しそうに頭を伏せた姿が、悠は忘れられなかった。
***
「おい、ここで何してる」
悠にとって覚えのある、渋い声を耳にした。幕のように垂らされたブルーシートの隙間から現れた人物が、険しく悠を睨みつけている。伸びた無精髭に、ぼさりとした短髪、くたびれた灰色のスーツにうっすらと黒くなった目元が彼自身の消耗ぶりを如実に表していた。
だというのに、悠と千枝の目の前に進み出る足取りは縺れがなく、しっかりしている。悠は下宿先の家主──堂島遼太郎と向き合った。
「通りすがりです。通学路ですから」
「ああ……そうだろうな。お前はそういうバカやるやつじゃぁない。ったく、あの校長……ここは通すなって言ったろうが……」
堂島が苦々しげに眉間のしわを深めた。千枝は堂島と悠の顔を交互に見比べる。
「……鳴上君の知りあい?」
「悠の叔父の堂島だ。こいつの保護者をやってる。お嬢さんは、悠のクラスメイトかなんかか?」
「はい、里中です。引っ越してばかりだって言うんで、私が一緒に帰ろうって誘いました」
「そうか、じゃあ友達か。……ウチの甥と仲良くしてやってくれ」
不意に、険しかった堂島の眉間が緩む。しかし、それも一瞬。仮面を被るかのように、彼は再び険しく眉間を締め上げた。有無を言わせない圧に、二人は自然と姿勢を正してしまう。
「……といっても、今日のところは2人ともウロつかずに帰るように。警官に尋問されるかもしれんからな」
きつく戒めるような物言いに、2人は素直に頷く。そのまま歩き出そうとしたところで、悠は菜々子の事を思い出した。
「おじさん、菜々子ちゃんは大丈夫ですか」
「ん、ああ……」
堂島がぼりぼりと首を掻く。ついでとばかりに、首と肩をゴキゴキと鳴らした。
「学校から保護者の来れない生徒は集団下校で帰らせると連絡があった。アイツのことだから大丈夫だとは思うが、まだ下校途中かもしれん。お前でよければ、気に掛けてやってくれないか」
「はい。それと……今夜は、帰れそうですか」
瞬間、ピタリと首を掻いていた手が止まる。そうして、後ろめたさによるものか、張りのない答えを堂島は吐き出す。
「今日も……難しそうだ。すまんな」
「……いえ、分かりました」
悠の脳裏を寂しそうな菜々子がよぎる。だが、この物々しい現場を目にしたときから。薄々気がついていたことでもある。大人しく、悠は堂島の言葉を受け入れる。
その時、ブルーシートから若い男性刑事が飛び出した。悠たちの脇を抜けて、若い刑事はしゃがみこんだ茂みに嘔吐する。うわっと、千枝はヒいた様子で後ろに退く。悠も少し後ずさった。
「う……うえぇぇ…………」
「足立! おめえはいつまで新米気分だ! 今すぐ本庁帰るか? あぁ!?」
「す……すいませ……うっぷ」
「たぁく……顔洗ってこい。すぐ地取り出るぞ!」
堂島に喝を入れられるも、若い刑事──足立とやらの様子はお世辞にもいいとは言えない。きっと、胃から戻したもので口の中が気持ち悪くなっているのだろう。
『──何かあったら、君たちのためでなくとも、使っていい』
瑞月の言葉が思い浮かんで、ちらりと悠は鞄に目をやる。そして、瑞月から受け取ったもの──飲料水とポケットティッシュを取り出した。
「あの、これ良かったら使ってください」
「へ?」
「口ゆすぐために使えると思うので」
袖で口許をぬぐっていた足立とやらが、ペットボトルセットと悠を交互に見比べる。そうして、菩薩を目撃したと言わんばかりに目を輝かせた。
「あ、ありがと~。いや、助かったよ」
嬉々として、足立とやらはペットボトルセットを受けとる。そのまま何やら喋ろうとして、堂島に凄まれた。殺気に跳び跳ねた彼は、黙りこむ。そして一回うがいを済ませると。足立とやら若い刑事は慌てて堂島のもとへ飛んでいった。去り際に、堂島がブルーシートの影から頭を下げた気がした。
隣によってきた千枝が呆れた様子でブルーシートを見つめている。
「大丈夫なんかね? あの若い刑事さん。なんか頼りない感じだったけど」
「さぁ……。それよりも戻ろう。瀬名と天城が待ってる。この道は通らない方が良さそうだ」
「そうだね。じゃあ、あたし電話するよ。……死体のことは、伏せといた方がいいよね?」
「……そうだな。無理に怖がらせるものじゃない」
思い出すのは、『行けない』と苦しそうに告げた瑞月のことだ。脂汗までかいていたのだから、現場から死体が上がったなどという事実には相当なストレスを覚えるだろう。
オッケーと、千枝が携帯を操作する。ワンコールで繋がった。電話をかけながら歩く千枝の隣に立って、不気味な住宅地を悠は後にする。