客人〈マレビト〉来たりき
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「そっか。親の仕事の都合なんだ。もっとしんどい理由かと思っちゃった」
「仕事先が海外ってことでね。留学するのも手間だったから、こっちに住んでる親戚の家に預けられたんだ」
悠が簡単に自己紹介を終えて、4人は田畑の脇にある通学路を歩いている。少し晴れてきた霧の隙間からは田園風景が覗いていた。道順を頭に入れるために風景を悠が観察していると、雪子がぽつりと呟く。
「あの人……何かの用だったのかな……」
「うーん……デートの誘い、じゃないかな、多分」
「え、そうなの?」
千枝の指摘に、雪子は首をひねる。大和撫子然としたこの少女は、色恋に鈍いらしい。いや、そもそも相手が色恋の土俵に立てる身なりではなかったが。
今一つ実感のない雪子に、千枝は苦笑いを浮かべた。
「にしても、あれは無いなー。いきなり“雪子”って怖すぎ」
「千枝さんに同じだ。礼儀を欠くとは、あのような者を指すのだろう。それにしても新学期早々騒がしいな」
特徴的な硬い口調とともに、瑞月が眉をしかめる。だよねーと千枝がうなずき、記憶から不気味な男を振り払うように、話題を変えた。
「ホントにね。普段はこんなコト起こんない、平和な町なのにさ」
「平和……?」
「うん。むちゃくちゃ平和」
千枝がふっと立ち止まり、周辺を見渡す。まだ田に植えられたばかりの若々しい苗を眺めながら両手を広げる。
「鳴上くん、この町、ほんっと、なーんもないでしょ?」
「確かに。空気が美味しいなとか、のどかだなあとは思ったけど」
「そっか。そう言ってもらえると、なんか嬉しいかも」
千枝がにこりと、人見知りとは縁遠い活発な笑顔を見せる。今日見た中で一番の弾けるような笑顔だ。千枝は地元が好きな人間らしい。気を良くした様子で、彼女は話を続ける。
「何もないようなトコだけどね、八十神山から採れる染め物とか焼き物は有名なんだ。焼き物の皿は、あたしの家でも使ってるんだけど、なんかこう匠の技? みたいなのがあってカッコいいの」
「それは気になるな」
「うん! あとはね、観光だと“天城屋旅館”って温泉旅館が有名! 常連さんも多い名所で、雪子はソコの跡取り娘。時期女将なんだ。すごいでしょ!」
千枝がまるで、我がことのように胸を張る。えっへんと背を伸ばす姿は、本当に誇らしげだ。
「……有名なんて大げさよ」
だが、褒められた本人の反応は芳しくない。何か言い淀んで、雪子は沈黙した。ばつが悪いのか、瞳が伏せられている。話したくないような彼女のとなりで、瑞月が声をあげた。
「それと、農産物や川の幸も良いものが多いな。もし興味があれば、ジュネスの青果コーナーに足を運んでみると良い。地元農家の方から届けられた新鮮な野菜が並んでいる。そのまま食べても美味しいプチトマトソウルはおすすめだ」
「あ、そうだね! さっすが料理研究家の娘さん!」
滔々と話す瑞月に、千枝が便乗した。雪子はというと、ほっと息をついて安堵と感謝の混じる表情を彼女に向けている。それよりも、悠は気になることがあった。
「料理研究家……?」
「母がそういった仕事をしているんだ。稲羽の農産物が広く地域に行き渡るよう、活動している。今のもジュネスに関わった母の事業の宣伝だな」
「料理、研究家……?」
「なぜそんな意外そうな反応をしている?」
「いや、だって、瀬名さん、武士みたいだから。料理研究家のイメージと程遠くって……粗食とかが似合いそう」
「そういうのは休日のお昼ご飯に食べるな。用意が楽だから」
食べはするし、用意もするらしい。しかし料理ができるとは、案外女の子らしい一面もあるものだ。普通の女の子とかけ離れた行動ばかり目撃していたから、悠は以外である。
「でさでさ! 鳴上くん2人のことどう思う? 美人だって思わない?」
「えっ」
「ちょっと千枝!」
藪から棒な千枝の問いかけを、雪子が強く諫める。対する瑞月はどこ吹く風の無表情だ。
特に気にすることはなく、千枝は雪子をからかった。
「美人が照れちゃってー。瀬名さんも含めて、なんで2人とも彼氏いないのかなー。モテるのにもったいない」
「藪から棒に巻き込まれた」
「千枝っ。鳴上くん、真に受けないでね。モテるとか、私そんなことないし、彼氏なんていらないしっ」
どうでもいい、とばかりに瑞月の反応はドライだ。雪子は慌てた様子で、手をぶんぶんと横に振っている。それぞれ反応の違う2人を、千枝は面白そうに笑っている。砕けた女子たちの様子に、微かな羨ましさを覚えて悠は目を細める。
「三人の仲がいいのは分ったよ。それと──」
すうっと悠は息を吸い込む。
「天城は、さっき瀬名が言ったようにちゃんと綺麗に服装とか整えてる几帳面な人だし、里中は転校したばっかりの俺に話しかけてくれた優しい人だし、瀬名はヘンなヤツに毅然と立ち向かっていけてカッコイイし──」
みるみるうちに、千枝と雪子が頬を染める。ただ一人、瑞月だけは驚いた様子で目を丸くした。構わずに、悠は続ける。
「──3人とも素敵だと俺は思うよ」
「そっ、そっかぁ……あはは」
「あ、ありがとう……」
「ありがとう。友人たちが褒められて私は嬉しい」
瑞月がにこりと微笑む。心から嬉しそうな瑞月の笑みに、残る二人が撃沈した。──「千枝さん!? 雪子さん!?」、「天城! 里中!」──道にしゃがみこんだ2人に瑞月と悠が駆け寄る。
「だ、大丈夫かふたりとも!?」
「だ、ダイジョブダイジョブ。ちょっと季節外れの熱中症ってか」
「お願い……そっとしておいて……」
「それは大丈夫ではないだろうっ!?」
わーわーと、4人は道端で騒ぐ。閑静な田園風景に、高校生の狂騒がこだまする。
だが、唐突に鳴り響いた異音に、4人はピタリと動きを止めた。反射的に異音──学校で聞いたパトカーのサイレン──の発生源へと振り返り、4人は目を見開いた。
視界の先には民家があった。青いビニールシートと、キープアウトテープ、複数のパトカーで囲まれた物々しい民家が。
「仕事先が海外ってことでね。留学するのも手間だったから、こっちに住んでる親戚の家に預けられたんだ」
悠が簡単に自己紹介を終えて、4人は田畑の脇にある通学路を歩いている。少し晴れてきた霧の隙間からは田園風景が覗いていた。道順を頭に入れるために風景を悠が観察していると、雪子がぽつりと呟く。
「あの人……何かの用だったのかな……」
「うーん……デートの誘い、じゃないかな、多分」
「え、そうなの?」
千枝の指摘に、雪子は首をひねる。大和撫子然としたこの少女は、色恋に鈍いらしい。いや、そもそも相手が色恋の土俵に立てる身なりではなかったが。
今一つ実感のない雪子に、千枝は苦笑いを浮かべた。
「にしても、あれは無いなー。いきなり“雪子”って怖すぎ」
「千枝さんに同じだ。礼儀を欠くとは、あのような者を指すのだろう。それにしても新学期早々騒がしいな」
特徴的な硬い口調とともに、瑞月が眉をしかめる。だよねーと千枝がうなずき、記憶から不気味な男を振り払うように、話題を変えた。
「ホントにね。普段はこんなコト起こんない、平和な町なのにさ」
「平和……?」
「うん。むちゃくちゃ平和」
千枝がふっと立ち止まり、周辺を見渡す。まだ田に植えられたばかりの若々しい苗を眺めながら両手を広げる。
「鳴上くん、この町、ほんっと、なーんもないでしょ?」
「確かに。空気が美味しいなとか、のどかだなあとは思ったけど」
「そっか。そう言ってもらえると、なんか嬉しいかも」
千枝がにこりと、人見知りとは縁遠い活発な笑顔を見せる。今日見た中で一番の弾けるような笑顔だ。千枝は地元が好きな人間らしい。気を良くした様子で、彼女は話を続ける。
「何もないようなトコだけどね、八十神山から採れる染め物とか焼き物は有名なんだ。焼き物の皿は、あたしの家でも使ってるんだけど、なんかこう匠の技? みたいなのがあってカッコいいの」
「それは気になるな」
「うん! あとはね、観光だと“天城屋旅館”って温泉旅館が有名! 常連さんも多い名所で、雪子はソコの跡取り娘。時期女将なんだ。すごいでしょ!」
千枝がまるで、我がことのように胸を張る。えっへんと背を伸ばす姿は、本当に誇らしげだ。
「……有名なんて大げさよ」
だが、褒められた本人の反応は芳しくない。何か言い淀んで、雪子は沈黙した。ばつが悪いのか、瞳が伏せられている。話したくないような彼女のとなりで、瑞月が声をあげた。
「それと、農産物や川の幸も良いものが多いな。もし興味があれば、ジュネスの青果コーナーに足を運んでみると良い。地元農家の方から届けられた新鮮な野菜が並んでいる。そのまま食べても美味しいプチトマトソウルはおすすめだ」
「あ、そうだね! さっすが料理研究家の娘さん!」
滔々と話す瑞月に、千枝が便乗した。雪子はというと、ほっと息をついて安堵と感謝の混じる表情を彼女に向けている。それよりも、悠は気になることがあった。
「料理研究家……?」
「母がそういった仕事をしているんだ。稲羽の農産物が広く地域に行き渡るよう、活動している。今のもジュネスに関わった母の事業の宣伝だな」
「料理、研究家……?」
「なぜそんな意外そうな反応をしている?」
「いや、だって、瀬名さん、武士みたいだから。料理研究家のイメージと程遠くって……粗食とかが似合いそう」
「そういうのは休日のお昼ご飯に食べるな。用意が楽だから」
食べはするし、用意もするらしい。しかし料理ができるとは、案外女の子らしい一面もあるものだ。普通の女の子とかけ離れた行動ばかり目撃していたから、悠は以外である。
「でさでさ! 鳴上くん2人のことどう思う? 美人だって思わない?」
「えっ」
「ちょっと千枝!」
藪から棒な千枝の問いかけを、雪子が強く諫める。対する瑞月はどこ吹く風の無表情だ。
特に気にすることはなく、千枝は雪子をからかった。
「美人が照れちゃってー。瀬名さんも含めて、なんで2人とも彼氏いないのかなー。モテるのにもったいない」
「藪から棒に巻き込まれた」
「千枝っ。鳴上くん、真に受けないでね。モテるとか、私そんなことないし、彼氏なんていらないしっ」
どうでもいい、とばかりに瑞月の反応はドライだ。雪子は慌てた様子で、手をぶんぶんと横に振っている。それぞれ反応の違う2人を、千枝は面白そうに笑っている。砕けた女子たちの様子に、微かな羨ましさを覚えて悠は目を細める。
「三人の仲がいいのは分ったよ。それと──」
すうっと悠は息を吸い込む。
「天城は、さっき瀬名が言ったようにちゃんと綺麗に服装とか整えてる几帳面な人だし、里中は転校したばっかりの俺に話しかけてくれた優しい人だし、瀬名はヘンなヤツに毅然と立ち向かっていけてカッコイイし──」
みるみるうちに、千枝と雪子が頬を染める。ただ一人、瑞月だけは驚いた様子で目を丸くした。構わずに、悠は続ける。
「──3人とも素敵だと俺は思うよ」
「そっ、そっかぁ……あはは」
「あ、ありがとう……」
「ありがとう。友人たちが褒められて私は嬉しい」
瑞月がにこりと微笑む。心から嬉しそうな瑞月の笑みに、残る二人が撃沈した。──「千枝さん!? 雪子さん!?」、「天城! 里中!」──道にしゃがみこんだ2人に瑞月と悠が駆け寄る。
「だ、大丈夫かふたりとも!?」
「だ、ダイジョブダイジョブ。ちょっと季節外れの熱中症ってか」
「お願い……そっとしておいて……」
「それは大丈夫ではないだろうっ!?」
わーわーと、4人は道端で騒ぐ。閑静な田園風景に、高校生の狂騒がこだまする。
だが、唐突に鳴り響いた異音に、4人はピタリと動きを止めた。反射的に異音──学校で聞いたパトカーのサイレン──の発生源へと振り返り、4人は目を見開いた。
視界の先には民家があった。青いビニールシートと、キープアウトテープ、複数のパトカーで囲まれた物々しい民家が。