客人〈マレビト〉来たりき
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都会ではあまり縁のなかった霧の深さ。その危険さを、悠はまざまざと現在進行形で体験している。
「キミさ、雪子だよね。こ、これからどっか遊びに行かない」
──霧に紛れて、得体の知れない人間が物陰から飛び出してきたのだ。まるでニュッと生えてきたような飛び出し方に、一同は身を固くした。回避のしようもなかった。霧による視界の悪さで気配が分からなかったからだ。
目の前に現れたのは、他高校の男子生徒だ。八十神高校と違うブレザーの制服は所々にシワがよる。さらに梳されてもいない髪、なで肩と、生気を感じられない目といい、社交感を捨てたいで立ちが不気味さを増している。
唐突な出現も相まって、悠の肩が反射的にこわばる。不気味な男は顔をあげた。虚ろに濁った──死んだ生物のような目が粘着質に雪子へと向けられている。
「え……だ、誰?」
短いやり取りでも、雪子と不気味な男は初対面だと分かる。会話の行方が不穏ではあるが、悠は静観を決めた。横から口を出せば、余計に事態をこじらせる恐れがある。
雪子が戸惑う中、「鏡を見ろ」「張り倒されるにリボンシトロン一本な」「バカ。天城越えの難易度しらないのか」と、いつの間にか無責任な野次馬が増えている。面白おかしく囃し立てる外野に、痺れをきらした男が声を荒げた。
「あ、あのさ、行くの。行かないの。どっち」
「……行かない」
雪子の拒絶に、不気味な男は顔を盛大にしかめた。せっかく待ってやったのに、という傲慢さが見え透いた表情のまま、不気味な男は乱暴な大股で雪子へと距離をつめて来る。
危ない、と悠が動こうとした視界の中を白蓮の髪飾りが横切った。
気がつけば、悠のとなりにいた瑞月がいなくなっている。
音もなく、雪子を背中に庇うように彼女は立った。猫背がちな男の背を、凛と張った背筋が追い越して、瑞月は悠々と不気味な男を見下げる。同時に、霧を利用した奇襲を彼女は仕掛けた。背の高い人間がいきなり現れた状況に、不気味な男が怖じ気づく。男が怯んだうちに、瑞月は雪子へと微笑みかける。
「雪子さん、千枝さんの所に下がって」
「え……でも」
困惑する雪子を彼女は手で制する。素直に雪子が下がったのを確認すると、毅然として不気味な男へ向き直った。
「答えはノーだ。聞こえたのなら去りなさい。早々にな」
ぞっとするほど低い氷の槍にも似た声音で、瑞月は男を貫く。無責任な流言がおどる場の空気が、一転して凍りついた。瑞月の釣り目がちな碧の瞳は、いまや冷ややかな光で満ちている。返答すら許さない絶対的圧のなか、それでも不気味な男はわめいた。
「瑞月じゃんか。チャラ男しか遊び相手いない、さみしいやつ。あんなヨソ者のナニがいいんだよ。見る目ねーよなぁ」
チャラ男とは、ヘッドフォンをかけた茶髪の生徒──花村のことだろうか。だが、考える暇もなく悠はゾッとした。
男の挑発を受けた瑞月が感情が抜け落ちた無表情と化していた。だというのに、寒色の瞳は氷柱のように冷えきっていて見るものに恐怖さえ与える。
刺すような空気に耐えられず、野次馬たちは散っていく。絶対零度の中心にいて悪態をついた不気味な男は、あんがい度胸があるのかもしれない。
「忠告ありがとう。では、きみに付き合う必要はないな。見る目がない私は、きみと話す必要性を感じないんだ」
──まぁ、自分の見てくれすら確認できない節穴では、見る目も何もないだろうがな?
冷ややかな瞳はそのままに、瑞月は唇を歪めた。ゾッとするような、心底相手を見下す氷の嘲笑に、悠の背筋が凍りつく。横顔だけでそうなのなら、真正面から食らった者はひとたまりもないだろう。
その通りだった。嘲笑する瑞月に男はヒッと喉をひきつらせる。「バッ、バカがッ」震える声で捨てゼリフを残し、自尊心をズタズタにされた不気味な男はたたらを踏んで去っていく。
「おーおー、身の程知らずが声高よなぁ」
対する瑞月はさらに相手を煽る。流れるように携帯を取り出し、振り返った男にパシャリとカメラを鳴らした。不気味な男は顔を青くし、霧のなかへと転げるように消えていく。鮮やかな撃退に、皆言葉を忘れて固まる。
瑞月はというと、マイペースにパシャパシャと携帯を鳴らしている。男を撮ったのであろう携帯を覗きこんで、不機嫌そうに眉をしかめた。
「霧が邪魔だな。もう何枚か撮って警察に突き出せる証拠を増やせれば良かったのだが。まぁ、最初の一枚で顔と制服と体格を記録できただけで、よしとするか」
「……まさか、さっきの言葉もそのために?」
「そうだが?」
さらりと瑞月は悠に応じた。罵倒がもたらす効果を計算ずくで行動したというのか。イレギュラーへの対処速度が尋常ではないと、悠は驚愕した。彼女の対応に、被害者である雪子が我に返る。
「えっ、えぇ! いいよ瑞月ちゃん、そんなにしなくて」
大げさだと、雪子が制止するも、彼女は納得いかないと言わんばかりに首を振る。
「すまないな、雪子さん。一応追い払いはしたが、完全に撃退できたかどうかはアヤフヤだ。私が絡まれたということで学校には被害を通すが……もしかすると、またヤツは現れるやもしれない。防犯ブザーなどを持って警戒はしておいてほしい。できれば、千枝さんも」
「えっ? あたし?」
「雪子さんと私の友人ゆえに、報復として狙われる可能性がある。……まったくもっていけすかない輩だ。……近づいたときに一回関節を捻れば良かった」
「そ、そんな深刻になるコト!? 瑞月ちゃん」
ハチャメチャに、瑞月は怒っていた。なにやらエスカレートしてきた瑞月を、見かねた千枝が止めにかかる。すると極々真剣な様子で、瑞月は言い放った。
「深刻にもなる。雪子さんも、千枝さんも、ふたりともいつだって身だしなみに気をつかっている綺麗な人なのに、その努力を貶されるような相手に目をつけられるのは、友人として嫌だ。不快だ」
本気で、瑞月は嫌悪感を滲ませる。と同時に、なにやらボフッと爆発した音がする。雪子と千枝の二人が、顔を真っ赤に染めていた。悠はというと、さらりと繰り出される完璧な殺し文句に絶句する。黙りこむ3人に、瑞月はバッと口許を覆う。
「……すまないな。頭に血がのぼった。3人を怖がらせてしまった」
そして、居たたまれない様子で、千枝と雪子、悠の3人に頭を下げた。一瞬見えた眉尻が下がっていたから、先ほどの行動をまずく思っているらしい。先ほど、不気味な人物を嘲笑した冷血さは見受けられず、悠はまじまじと瑞月を見つめた。
落ちこむ彼女の肩にむかって、雪子が柔らかく微笑んで手を差し伸べる。
「あやまることなんてないよ。庇ってくれてありがとう。あの人、なんだか怖かったから」
「騎士みたいだった」
「鳴上くん、あんな口の悪い騎士はいない。すみやかに忘れておくれ」
「も、もー、行こ? 固まってたら注目されちゃう」
ぎゅむぎゅむと、千枝が落ち込む瑞月の腕を掴んだ。そのまま、まっすぐに彼女を引っ張っていく。その脇を千枝と雪子の二人が固める。
瑞月は隣に並んだ雪子と千枝を見つめ、ほっとしたように目を細めた。悠も彼女らに続く。後ろから見た瑞月の背中は、他の二人と同じくらいだと、悠はふと気がついた。
「キミさ、雪子だよね。こ、これからどっか遊びに行かない」
──霧に紛れて、得体の知れない人間が物陰から飛び出してきたのだ。まるでニュッと生えてきたような飛び出し方に、一同は身を固くした。回避のしようもなかった。霧による視界の悪さで気配が分からなかったからだ。
目の前に現れたのは、他高校の男子生徒だ。八十神高校と違うブレザーの制服は所々にシワがよる。さらに梳されてもいない髪、なで肩と、生気を感じられない目といい、社交感を捨てたいで立ちが不気味さを増している。
唐突な出現も相まって、悠の肩が反射的にこわばる。不気味な男は顔をあげた。虚ろに濁った──死んだ生物のような目が粘着質に雪子へと向けられている。
「え……だ、誰?」
短いやり取りでも、雪子と不気味な男は初対面だと分かる。会話の行方が不穏ではあるが、悠は静観を決めた。横から口を出せば、余計に事態をこじらせる恐れがある。
雪子が戸惑う中、「鏡を見ろ」「張り倒されるにリボンシトロン一本な」「バカ。天城越えの難易度しらないのか」と、いつの間にか無責任な野次馬が増えている。面白おかしく囃し立てる外野に、痺れをきらした男が声を荒げた。
「あ、あのさ、行くの。行かないの。どっち」
「……行かない」
雪子の拒絶に、不気味な男は顔を盛大にしかめた。せっかく待ってやったのに、という傲慢さが見え透いた表情のまま、不気味な男は乱暴な大股で雪子へと距離をつめて来る。
危ない、と悠が動こうとした視界の中を白蓮の髪飾りが横切った。
気がつけば、悠のとなりにいた瑞月がいなくなっている。
音もなく、雪子を背中に庇うように彼女は立った。猫背がちな男の背を、凛と張った背筋が追い越して、瑞月は悠々と不気味な男を見下げる。同時に、霧を利用した奇襲を彼女は仕掛けた。背の高い人間がいきなり現れた状況に、不気味な男が怖じ気づく。男が怯んだうちに、瑞月は雪子へと微笑みかける。
「雪子さん、千枝さんの所に下がって」
「え……でも」
困惑する雪子を彼女は手で制する。素直に雪子が下がったのを確認すると、毅然として不気味な男へ向き直った。
「答えはノーだ。聞こえたのなら去りなさい。早々にな」
ぞっとするほど低い氷の槍にも似た声音で、瑞月は男を貫く。無責任な流言がおどる場の空気が、一転して凍りついた。瑞月の釣り目がちな碧の瞳は、いまや冷ややかな光で満ちている。返答すら許さない絶対的圧のなか、それでも不気味な男はわめいた。
「瑞月じゃんか。チャラ男しか遊び相手いない、さみしいやつ。あんなヨソ者のナニがいいんだよ。見る目ねーよなぁ」
チャラ男とは、ヘッドフォンをかけた茶髪の生徒──花村のことだろうか。だが、考える暇もなく悠はゾッとした。
男の挑発を受けた瑞月が感情が抜け落ちた無表情と化していた。だというのに、寒色の瞳は氷柱のように冷えきっていて見るものに恐怖さえ与える。
刺すような空気に耐えられず、野次馬たちは散っていく。絶対零度の中心にいて悪態をついた不気味な男は、あんがい度胸があるのかもしれない。
「忠告ありがとう。では、きみに付き合う必要はないな。見る目がない私は、きみと話す必要性を感じないんだ」
──まぁ、自分の見てくれすら確認できない節穴では、見る目も何もないだろうがな?
冷ややかな瞳はそのままに、瑞月は唇を歪めた。ゾッとするような、心底相手を見下す氷の嘲笑に、悠の背筋が凍りつく。横顔だけでそうなのなら、真正面から食らった者はひとたまりもないだろう。
その通りだった。嘲笑する瑞月に男はヒッと喉をひきつらせる。「バッ、バカがッ」震える声で捨てゼリフを残し、自尊心をズタズタにされた不気味な男はたたらを踏んで去っていく。
「おーおー、身の程知らずが声高よなぁ」
対する瑞月はさらに相手を煽る。流れるように携帯を取り出し、振り返った男にパシャリとカメラを鳴らした。不気味な男は顔を青くし、霧のなかへと転げるように消えていく。鮮やかな撃退に、皆言葉を忘れて固まる。
瑞月はというと、マイペースにパシャパシャと携帯を鳴らしている。男を撮ったのであろう携帯を覗きこんで、不機嫌そうに眉をしかめた。
「霧が邪魔だな。もう何枚か撮って警察に突き出せる証拠を増やせれば良かったのだが。まぁ、最初の一枚で顔と制服と体格を記録できただけで、よしとするか」
「……まさか、さっきの言葉もそのために?」
「そうだが?」
さらりと瑞月は悠に応じた。罵倒がもたらす効果を計算ずくで行動したというのか。イレギュラーへの対処速度が尋常ではないと、悠は驚愕した。彼女の対応に、被害者である雪子が我に返る。
「えっ、えぇ! いいよ瑞月ちゃん、そんなにしなくて」
大げさだと、雪子が制止するも、彼女は納得いかないと言わんばかりに首を振る。
「すまないな、雪子さん。一応追い払いはしたが、完全に撃退できたかどうかはアヤフヤだ。私が絡まれたということで学校には被害を通すが……もしかすると、またヤツは現れるやもしれない。防犯ブザーなどを持って警戒はしておいてほしい。できれば、千枝さんも」
「えっ? あたし?」
「雪子さんと私の友人ゆえに、報復として狙われる可能性がある。……まったくもっていけすかない輩だ。……近づいたときに一回関節を捻れば良かった」
「そ、そんな深刻になるコト!? 瑞月ちゃん」
ハチャメチャに、瑞月は怒っていた。なにやらエスカレートしてきた瑞月を、見かねた千枝が止めにかかる。すると極々真剣な様子で、瑞月は言い放った。
「深刻にもなる。雪子さんも、千枝さんも、ふたりともいつだって身だしなみに気をつかっている綺麗な人なのに、その努力を貶されるような相手に目をつけられるのは、友人として嫌だ。不快だ」
本気で、瑞月は嫌悪感を滲ませる。と同時に、なにやらボフッと爆発した音がする。雪子と千枝の二人が、顔を真っ赤に染めていた。悠はというと、さらりと繰り出される完璧な殺し文句に絶句する。黙りこむ3人に、瑞月はバッと口許を覆う。
「……すまないな。頭に血がのぼった。3人を怖がらせてしまった」
そして、居たたまれない様子で、千枝と雪子、悠の3人に頭を下げた。一瞬見えた眉尻が下がっていたから、先ほどの行動をまずく思っているらしい。先ほど、不気味な人物を嘲笑した冷血さは見受けられず、悠はまじまじと瑞月を見つめた。
落ちこむ彼女の肩にむかって、雪子が柔らかく微笑んで手を差し伸べる。
「あやまることなんてないよ。庇ってくれてありがとう。あの人、なんだか怖かったから」
「騎士みたいだった」
「鳴上くん、あんな口の悪い騎士はいない。すみやかに忘れておくれ」
「も、もー、行こ? 固まってたら注目されちゃう」
ぎゅむぎゅむと、千枝が落ち込む瑞月の腕を掴んだ。そのまま、まっすぐに彼女を引っ張っていく。その脇を千枝と雪子の二人が固める。
瑞月は隣に並んだ雪子と千枝を見つめ、ほっとしたように目を細めた。悠も彼女らに続く。後ろから見た瑞月の背中は、他の二人と同じくらいだと、悠はふと気がついた。