客人〈マレビト〉来たりき
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全校集会による始業式、教科書の受け渡しと、予定されていた日程はつつがなく終わった。ただ1つ、下校時刻が延長になるというイレギュラーを除いて。クラスメイトの一部は落ち着かない様子で、自分の携帯やクラスの置時計をチェックしていた。それはもれなく悠もだった。。
(いつになったら帰れるんだろうか……。)
携帯のディスプレイを確認しながら、重く瞼を閉じる。今日午前様だったのにね~との不満げな愚痴が耳に届いた。
きっかけは、帰りのSHR 直後に流れた校内放送だ。緊急の職員会議が開かれるという内容の。ただ、それは生徒の下校も制限する旨を含んでいた。
【全校生徒は各自教室に戻り、指示があるまで下校しないでください】
その一声は、早帰りに浮き足だった生徒たちの出鼻をことごとく挫いた。おかげで、教室内では、早帰りを妨害された生徒たちによる学校への不満やら、担任への不満やらが続出している。悠も早々に帰り支度を済ませて、退屈をもて余している。
しかし、全員がそうではないようだ。
「おーい里中、DVD面白かった。ありがとな」
「おかえり成龍伝説! あたしのバイブル!」
悠の隣からは、トーンの明るい男子生徒の声がする。そして里中──声質から緑のジャージの子だ──が生き別れの兄弟を迎えたかのような歓声をあげた。賑やかさに釣られた悠が盗み見ると、里中がDVDに向かって満面の笑みを浮かべていた。『成龍伝説』と書かれたカンフーもののパッケージの中身を確認し、頬擦りする。相当、彼女にとって大切なものらしい。それを見た赤いカーディガンの女生徒がくすりと笑う。
「よかったね、千枝。それ、何回も見てるお気に入りの映画だもんね」
「ホントホント! これはアタシの……いや、ウチの家宝だもんよ~」
「家宝って……まぁ、無事に返せてよかったぜ。今朝危うく壊しかけたからさ」
「ん、どゆこと? あんたアタシの『成龍伝説』に何しでかしたの!?」
「なんもしてねーって! 転びかけたけど、瀬名に助けてもらったの」
「ん……あぁ、そうだったな」
「……どうしたん瀬名? なんか怖い顔して」
と、悠の隣にいたってはポンポンと小気味いい会話が続く。『瀬名』という単語に、悠はハッとした。今朝、あわや諸岡に怒鳴られそうだった悠を、彼女は助けてくれたのだ。
ちらりと、悠は瀬名の席を見やる。瀬名は、なにやら携帯に注目していた。その表情は、どうしてか難しそうだ。眉間を険しくして、朝に諸岡へと見せた余裕は無い。
どうしたんだろう、との思考は、遠くから響くサイレンに掻き消された。ピーポーピーポーというけたたましい音は、一台によるものではない。複数だ。ただならぬ事態に、悠も注意を向ける。方角的と音量から、どうやら学校に近い場所のようだ。にわかに教室が色めき立つ。
「なんか事件? すっげ近くね、サイレン?」
「クッソ、何も見えね。何だよこの霧」
どやどやと生徒たちは好奇心丸出しで窓際に群がる。まるで見世物を目撃せんとする野次馬だ。しかし、外には濃い霧が立ちこめ、一寸先も見渡せない有り様である。ある生徒がうんざりとばかりに落胆する。
「またこの霧かよ……。最近、雨降った後とか、やけに出るよな? うっぜーなー」
「それなー。この調子だと何も見えんわー」
「もういいだろ。それより知ってるか? 例の女子アナ、コッチに来てるって話だぜ」
急速に熱が冷めたように、生徒たちは窓から離れる。そして、別の話題へと興味をシフトさせたらしい。話題はもっぱら、巷を不倫騒動で賑わせている女子アナ”山野真由美”についてだ。
「ああ、山野真由美だろ? 商店街で見たやついるらしいな。しかも、パパラッチもいるみたいでさ。俺、話したし」
「マジ!?」
「マジマジ。で、ソイツから俺聞いたんだけど……山野アナ、天城ん家の旅館に泊まってるらしくてさ」
「ふーん。老舗旅館で傷心旅行ってか? まぁ、んなの聞けないけどな。天城いま、瀬名さんと話してるし……朝んときといい、相変わらずおっかねーよなぁ」
「おいやめろ。聞こえたらどーすんだよ。……山野アナっていやーさ、なんか”真夜中のアレ”に出たヤツ、見たらしいぜ? 雨の降る日に……ってヤツ。隣のクラスで”俺の運命は山野アナだ~”とか叫んでた男子がいたって」
「はぁ!? ソレって不倫相手が”運命の相手”ってコト!? ご愁傷さまじゃん……」
コソコソと話しているが、まったく隠す気などない大音量の噂話は悠の耳にも届いた。『田舎の人間は噂好き』というように、彼らの会話は噂から噂へと次々に話題を変えていく。
対する悠はというと、彼らのように他人事だと騒げなかった。頭に思い浮かんだのは、下宿先の住人──叔父の堂島と、菜々子について。
(……叔父さんや、菜々子ちゃんは平気なのか?)
仕事だと、昨晩から留守にしている堂島が。今朝、わざわざ悠を気遣って一緒に登校してくれた菜々子が。悠には気がかりだ。しかし、待機命令が出ている今は教室を後にできない。悠は机上にあった鞄の持ち手を握りしめた。
すると、待ちかねていた校内放送が入る。ピンポンという高い音に、騒がしかったはずの教室は静まり返った。そうして、【全校生徒にお知らせします】と無機質な音声が告げたのは──
【──学区内で、事件が発生しました】
衝撃的な内容だった。悠は目を見開く。先ほど静まり返った教室でさえ、『事件』という一言にクラスじゅうが一斉に色めき立つ。
【通学路に警察官が動員されています。出来るだけ保護者の方と連絡を取り、落ち着いて、すみやかに下校してください。警察官の邪魔をせず、寄り道などしないようにしてください。繰り返し、お知らせします…】
しかも、放送の内容から察するに、警察は厳戒態勢のようだ。盗みといった軽犯罪では警察官など動員しない。その事実に、憶測を口にする者、気味悪がる者、怯える者とクラスの反応は様々だが、皆──きっと一人が不安なのだろう──教室の中にわだかまっている。
しかし、一人だけ早々に席を立つ人がいた。
「すまないな。用事により、先に失礼する」
「え? ああ、うん……」
瀬名である。有無を言わさない強さで里中に告げると、彼女は席を後にした。白いマウンテンパーカーを靡かせて、開け放った扉を焦った様子で潜り抜ける。
「んじゃ、里中。俺もバイトだから帰るわ」
「え、ちょ、アンタら一人で帰る気!?」
そして、その後を追うように花村が出ていった。マイペースを崩さない2人に、周りの人間が我に返って帰宅のために動き出す。
◇◇◇
悠も帰ろうと、机上の鞄を掴む。そのとき、頭の中に菜々子のことがよぎる。朝の通学路で、下校時間が一緒になりそうだと話したのだ。
(彼女も、この騒ぎに巻き込まれているかもしれない)
しっかりしているといっても、やはり女の子だから心配である。
迎えにいった方がいいだろうか? と悠は思案する。だが、悠は昨日知り合っただけの他人だし、なによりも悠は菜々子が通う学校の場所を知らない。
「あれ、鳴上くん。帰り一人?」
悶々と悩んでいると、誰かに話しかけられた。振り向くと、緑ジャージの子──里中が悠の後ろに立っている。くりくりしたりすのような明るい瞳と、彩度高めに染められた茶髪のボブカットが可愛らしい女の子だ。
「あ、今朝の……」
そして今朝、諸岡のヤツアタリじみた説教から助けてくれた子でもある。悠が指摘すると、彼女はパッと明るい笑みを浮かべる。
「あはは、覚えてくれてたみたいだね。隣の席の里中千枝。ヨロシクね!」
「よろしく、それから、今朝は助かったよ」
「いーよいーよ。それでさ、良かったらなんだけど、これから一緒に帰らない? あたしらと一緒に」
まるでもう一人いるような口ぶりだ。言葉通り、千枝は後ろに控えていた人物へと振り返る。赤いカーディガンを身につけた、淑やかな雰囲気の女生徒である。大和撫子然とした黒髪が美しいその人を、千枝は掌で示した。
「んで、こっちが天城雪子。あたしの友達ね」
「あ、初めまして……なんか、急でごめんね」
「のぁ、謝んないでよ。あたし失礼な人みたいじゃん。ちょっと話を聞きたいなーって、それだけだってば」
「大丈夫だよ。話しかけてくれてありがとう。天城もよろしく」
「う、うん、よろしく鳴上くん」
伏し目がちに雪子は応じる。活発な千枝とは違い、内向的な気質なのかもしれない。連れたった2人と、悠は自己紹介を済ませた。すでに彼女らの誘いに乗るかは決めている。
「俺で良ければ、一緒に帰るよ」
菜々子については、悠ではどうすることもできない。だから──心苦しいが──自分に声をかけてくれた彼女たちと帰ると、悠は決めた。
(いつになったら帰れるんだろうか……。)
携帯のディスプレイを確認しながら、重く瞼を閉じる。今日午前様だったのにね~との不満げな愚痴が耳に届いた。
きっかけは、帰りのSHR 直後に流れた校内放送だ。緊急の職員会議が開かれるという内容の。ただ、それは生徒の下校も制限する旨を含んでいた。
【全校生徒は各自教室に戻り、指示があるまで下校しないでください】
その一声は、早帰りに浮き足だった生徒たちの出鼻をことごとく挫いた。おかげで、教室内では、早帰りを妨害された生徒たちによる学校への不満やら、担任への不満やらが続出している。悠も早々に帰り支度を済ませて、退屈をもて余している。
しかし、全員がそうではないようだ。
「おーい里中、DVD面白かった。ありがとな」
「おかえり成龍伝説! あたしのバイブル!」
悠の隣からは、トーンの明るい男子生徒の声がする。そして里中──声質から緑のジャージの子だ──が生き別れの兄弟を迎えたかのような歓声をあげた。賑やかさに釣られた悠が盗み見ると、里中がDVDに向かって満面の笑みを浮かべていた。『成龍伝説』と書かれたカンフーもののパッケージの中身を確認し、頬擦りする。相当、彼女にとって大切なものらしい。それを見た赤いカーディガンの女生徒がくすりと笑う。
「よかったね、千枝。それ、何回も見てるお気に入りの映画だもんね」
「ホントホント! これはアタシの……いや、ウチの家宝だもんよ~」
「家宝って……まぁ、無事に返せてよかったぜ。今朝危うく壊しかけたからさ」
「ん、どゆこと? あんたアタシの『成龍伝説』に何しでかしたの!?」
「なんもしてねーって! 転びかけたけど、瀬名に助けてもらったの」
「ん……あぁ、そうだったな」
「……どうしたん瀬名? なんか怖い顔して」
と、悠の隣にいたってはポンポンと小気味いい会話が続く。『瀬名』という単語に、悠はハッとした。今朝、あわや諸岡に怒鳴られそうだった悠を、彼女は助けてくれたのだ。
ちらりと、悠は瀬名の席を見やる。瀬名は、なにやら携帯に注目していた。その表情は、どうしてか難しそうだ。眉間を険しくして、朝に諸岡へと見せた余裕は無い。
どうしたんだろう、との思考は、遠くから響くサイレンに掻き消された。ピーポーピーポーというけたたましい音は、一台によるものではない。複数だ。ただならぬ事態に、悠も注意を向ける。方角的と音量から、どうやら学校に近い場所のようだ。にわかに教室が色めき立つ。
「なんか事件? すっげ近くね、サイレン?」
「クッソ、何も見えね。何だよこの霧」
どやどやと生徒たちは好奇心丸出しで窓際に群がる。まるで見世物を目撃せんとする野次馬だ。しかし、外には濃い霧が立ちこめ、一寸先も見渡せない有り様である。ある生徒がうんざりとばかりに落胆する。
「またこの霧かよ……。最近、雨降った後とか、やけに出るよな? うっぜーなー」
「それなー。この調子だと何も見えんわー」
「もういいだろ。それより知ってるか? 例の女子アナ、コッチに来てるって話だぜ」
急速に熱が冷めたように、生徒たちは窓から離れる。そして、別の話題へと興味をシフトさせたらしい。話題はもっぱら、巷を不倫騒動で賑わせている女子アナ”山野真由美”についてだ。
「ああ、山野真由美だろ? 商店街で見たやついるらしいな。しかも、パパラッチもいるみたいでさ。俺、話したし」
「マジ!?」
「マジマジ。で、ソイツから俺聞いたんだけど……山野アナ、天城ん家の旅館に泊まってるらしくてさ」
「ふーん。老舗旅館で傷心旅行ってか? まぁ、んなの聞けないけどな。天城いま、瀬名さんと話してるし……朝んときといい、相変わらずおっかねーよなぁ」
「おいやめろ。聞こえたらどーすんだよ。……山野アナっていやーさ、なんか”真夜中のアレ”に出たヤツ、見たらしいぜ? 雨の降る日に……ってヤツ。隣のクラスで”俺の運命は山野アナだ~”とか叫んでた男子がいたって」
「はぁ!? ソレって不倫相手が”運命の相手”ってコト!? ご愁傷さまじゃん……」
コソコソと話しているが、まったく隠す気などない大音量の噂話は悠の耳にも届いた。『田舎の人間は噂好き』というように、彼らの会話は噂から噂へと次々に話題を変えていく。
対する悠はというと、彼らのように他人事だと騒げなかった。頭に思い浮かんだのは、下宿先の住人──叔父の堂島と、菜々子について。
(……叔父さんや、菜々子ちゃんは平気なのか?)
仕事だと、昨晩から留守にしている堂島が。今朝、わざわざ悠を気遣って一緒に登校してくれた菜々子が。悠には気がかりだ。しかし、待機命令が出ている今は教室を後にできない。悠は机上にあった鞄の持ち手を握りしめた。
すると、待ちかねていた校内放送が入る。ピンポンという高い音に、騒がしかったはずの教室は静まり返った。そうして、【全校生徒にお知らせします】と無機質な音声が告げたのは──
【──学区内で、事件が発生しました】
衝撃的な内容だった。悠は目を見開く。先ほど静まり返った教室でさえ、『事件』という一言にクラスじゅうが一斉に色めき立つ。
【通学路に警察官が動員されています。出来るだけ保護者の方と連絡を取り、落ち着いて、すみやかに下校してください。警察官の邪魔をせず、寄り道などしないようにしてください。繰り返し、お知らせします…】
しかも、放送の内容から察するに、警察は厳戒態勢のようだ。盗みといった軽犯罪では警察官など動員しない。その事実に、憶測を口にする者、気味悪がる者、怯える者とクラスの反応は様々だが、皆──きっと一人が不安なのだろう──教室の中にわだかまっている。
しかし、一人だけ早々に席を立つ人がいた。
「すまないな。用事により、先に失礼する」
「え? ああ、うん……」
瀬名である。有無を言わさない強さで里中に告げると、彼女は席を後にした。白いマウンテンパーカーを靡かせて、開け放った扉を焦った様子で潜り抜ける。
「んじゃ、里中。俺もバイトだから帰るわ」
「え、ちょ、アンタら一人で帰る気!?」
そして、その後を追うように花村が出ていった。マイペースを崩さない2人に、周りの人間が我に返って帰宅のために動き出す。
◇◇◇
悠も帰ろうと、机上の鞄を掴む。そのとき、頭の中に菜々子のことがよぎる。朝の通学路で、下校時間が一緒になりそうだと話したのだ。
(彼女も、この騒ぎに巻き込まれているかもしれない)
しっかりしているといっても、やはり女の子だから心配である。
迎えにいった方がいいだろうか? と悠は思案する。だが、悠は昨日知り合っただけの他人だし、なによりも悠は菜々子が通う学校の場所を知らない。
「あれ、鳴上くん。帰り一人?」
悶々と悩んでいると、誰かに話しかけられた。振り向くと、緑ジャージの子──里中が悠の後ろに立っている。くりくりしたりすのような明るい瞳と、彩度高めに染められた茶髪のボブカットが可愛らしい女の子だ。
「あ、今朝の……」
そして今朝、諸岡のヤツアタリじみた説教から助けてくれた子でもある。悠が指摘すると、彼女はパッと明るい笑みを浮かべる。
「あはは、覚えてくれてたみたいだね。隣の席の里中千枝。ヨロシクね!」
「よろしく、それから、今朝は助かったよ」
「いーよいーよ。それでさ、良かったらなんだけど、これから一緒に帰らない? あたしらと一緒に」
まるでもう一人いるような口ぶりだ。言葉通り、千枝は後ろに控えていた人物へと振り返る。赤いカーディガンを身につけた、淑やかな雰囲気の女生徒である。大和撫子然とした黒髪が美しいその人を、千枝は掌で示した。
「んで、こっちが天城雪子。あたしの友達ね」
「あ、初めまして……なんか、急でごめんね」
「のぁ、謝んないでよ。あたし失礼な人みたいじゃん。ちょっと話を聞きたいなーって、それだけだってば」
「大丈夫だよ。話しかけてくれてありがとう。天城もよろしく」
「う、うん、よろしく鳴上くん」
伏し目がちに雪子は応じる。活発な千枝とは違い、内向的な気質なのかもしれない。連れたった2人と、悠は自己紹介を済ませた。すでに彼女らの誘いに乗るかは決めている。
「俺で良ければ、一緒に帰るよ」
菜々子については、悠ではどうすることもできない。だから──心苦しいが──自分に声をかけてくれた彼女たちと帰ると、悠は決めた。