残り香
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「ああ、これが」
陽介の部屋を訪れた親友が、植木鉢に咲いた花をのぞき込む。小さく可憐な花は、いつもと変わらずしゃんと咲いていた。
しんしんと雪降る年の初め。親友が陽介の育てた花を見てみたいと、頼み込んできたのだ。親友は瞳を輝かせて、足早に花々へと近づいていった。
「触ってもいいか?」とお伺いを立てるので、陽介はジェスチャで許可を出す。ありがとうと、親友は肩を撫でおろした。細心の注意を払って、彼は花に顔を寄せる。
「いい匂いがする。冷たい空気の中で、ここだけ春が来たみたいだ」
ほんわりと香る花の香りに、親友は鋭い目の端を解いた。芽吹いた植物を幼子のように扱う手つきが、ふいに樹と重なった。
「……なんか、お前の手つき、懐かしいわ」
ぽつりぽつりと、陽介は思い出話を始める。親友は楽しそうに耳を傾けてくれた。
転校前の高校で園芸委員に入っていたこと、そこで出会った変な先輩のこと、転校間際に渡された種のこと。最初は面倒だった花の世話が、段々と楽しくなっていったこと。日々違う表情を見せる植物に、いつの間にか支えられていたこと。
「——陽介みたいだな」
「え?」
「隣で、誰かを支えることが好きな陽介と、陽介を支えてきたこの花。すごく似てるなって」
花が香る。
湿った土の匂いに交じって、花が香る。
花が、香って。
陽介は、通り過ぎていった、もう、隣にいない人の匂いを知った。
「その人が……」
「ん?」
「『君は種だから』って言ったんだよ。言われたときは全然わかんなかったんだけどさ……」
震える声で、陽介は語る。親友は、静かに続きを待っていた。
「こっちに来て、いろんなヤツらと会ったり、この花育てたり、お前と過ごしたりしてさ……俺は、俺のしたいことに気が付けた」
「……」
「あの人、分かってたんだな。俺のやりたいこと、分かってて、この花を贈ってくれたんだ」
花の香が、陽介の肺を満たして苦しい。根無し草だった陽介の、そばにいてくれたあの人は、ずっと陽介を案じてくれていたのだと。
顔も声も溶け落ちて、もう記憶もあいまいだ。なのに樹が残した想いは、ずっと知らずに陽介を支えてくれていた。まるで花が枯れて落ちた種が、まっすぐと育って、再び根を張って凛と芽吹くように。
「陽介に種をくれた、その人は——」
不意に、親友が口を開いた。その瞳は陽介にとって見慣れたものだ。暗闇を照らす篝火のごとく、煌々と輝いて親友は陽介を見据えた。
「陽介が『この花を咲かせるところを見てみたかった』と言ったんだな」
「あ、ああ。そうだけど」
「……花はそれぞれ、象徴的な言葉を持っている。『花言葉』と言って、花を贈り物とする場合には、相手への印象や願いを込めて託される場合が多いんだ」
親友は、樹が贈り、陽介が育てた花をまじまじと眺める。そうして、まぶしいものを見るように目を細めた。
「この花の名前は『アリッサム』。花言葉は——」
——『奥ゆかしい美しさ』『飛躍』だ。
陽介は一度目を閉じて、開いた。
樹がくれたアリッサムは、変わらない様子で目の前にある。
けれど、小さかった花たちの、ひとつひとつの色彩が、ステンドグラスのように輝かしく浮かび上がった。
陽介の部屋を訪れた親友が、植木鉢に咲いた花をのぞき込む。小さく可憐な花は、いつもと変わらずしゃんと咲いていた。
しんしんと雪降る年の初め。親友が陽介の育てた花を見てみたいと、頼み込んできたのだ。親友は瞳を輝かせて、足早に花々へと近づいていった。
「触ってもいいか?」とお伺いを立てるので、陽介はジェスチャで許可を出す。ありがとうと、親友は肩を撫でおろした。細心の注意を払って、彼は花に顔を寄せる。
「いい匂いがする。冷たい空気の中で、ここだけ春が来たみたいだ」
ほんわりと香る花の香りに、親友は鋭い目の端を解いた。芽吹いた植物を幼子のように扱う手つきが、ふいに樹と重なった。
「……なんか、お前の手つき、懐かしいわ」
ぽつりぽつりと、陽介は思い出話を始める。親友は楽しそうに耳を傾けてくれた。
転校前の高校で園芸委員に入っていたこと、そこで出会った変な先輩のこと、転校間際に渡された種のこと。最初は面倒だった花の世話が、段々と楽しくなっていったこと。日々違う表情を見せる植物に、いつの間にか支えられていたこと。
「——陽介みたいだな」
「え?」
「隣で、誰かを支えることが好きな陽介と、陽介を支えてきたこの花。すごく似てるなって」
花が香る。
湿った土の匂いに交じって、花が香る。
花が、香って。
陽介は、通り過ぎていった、もう、隣にいない人の匂いを知った。
「その人が……」
「ん?」
「『君は種だから』って言ったんだよ。言われたときは全然わかんなかったんだけどさ……」
震える声で、陽介は語る。親友は、静かに続きを待っていた。
「こっちに来て、いろんなヤツらと会ったり、この花育てたり、お前と過ごしたりしてさ……俺は、俺のしたいことに気が付けた」
「……」
「あの人、分かってたんだな。俺のやりたいこと、分かってて、この花を贈ってくれたんだ」
花の香が、陽介の肺を満たして苦しい。根無し草だった陽介の、そばにいてくれたあの人は、ずっと陽介を案じてくれていたのだと。
顔も声も溶け落ちて、もう記憶もあいまいだ。なのに樹が残した想いは、ずっと知らずに陽介を支えてくれていた。まるで花が枯れて落ちた種が、まっすぐと育って、再び根を張って凛と芽吹くように。
「陽介に種をくれた、その人は——」
不意に、親友が口を開いた。その瞳は陽介にとって見慣れたものだ。暗闇を照らす篝火のごとく、煌々と輝いて親友は陽介を見据えた。
「陽介が『この花を咲かせるところを見てみたかった』と言ったんだな」
「あ、ああ。そうだけど」
「……花はそれぞれ、象徴的な言葉を持っている。『花言葉』と言って、花を贈り物とする場合には、相手への印象や願いを込めて託される場合が多いんだ」
親友は、樹が贈り、陽介が育てた花をまじまじと眺める。そうして、まぶしいものを見るように目を細めた。
「この花の名前は『アリッサム』。花言葉は——」
——『奥ゆかしい美しさ』『飛躍』だ。
陽介は一度目を閉じて、開いた。
樹がくれたアリッサムは、変わらない様子で目の前にある。
けれど、小さかった花たちの、ひとつひとつの色彩が、ステンドグラスのように輝かしく浮かび上がった。