残り香
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「俺、転校するんです」
向日葵がさんさんと輝く太陽を見上げる季節。
園芸用品を控え室に片付けている最中、陽介はなんとはなしに話しかけた。共に作業をしていた先輩——樹は一度手を止める。それから、ふぅんと言って、再び手を動かし始めた。
「ちょ、なんか言ってくださいよー。樹先輩」
「言ったよ。『ふぅん』って。不服なの?」
「かわいい後輩がいなくなるんすよー。もうちょっと何かあってもいいじゃないっすか」
「確かに。助手くんがいなくなるのは、ちょっと寂しいかも——土を耕す手がなくなるから」
「俺は耕運機扱いっ!?」
わざとらしく、陽介は肩をすくめてみせる。しかし、樹はノールックだ。「助手くん、そこのスコップとって」と催促までしてくる。シャンと背を伸ばした樹の態度は変わらない。
その地に根を張るような彼女の姿勢が、いつだって陽介はうらやましかった。
樹——樹 果穂は陽介の先輩である。生粋のマイペースで、好きなことは土いじり。社交的な陽介が積極的に絡む人種ではない。なぜこんなデコボコの2人が一緒にいるかというと、陽介の運の悪さがきっかけだった。
高校入学 新学期始め、所属する委員会を決めるジャンケンで大敗を喫した。その結果、人気がドベである園芸委員会に放り込まれる運びとなり、『変人』と名高い樹とペアを組まされたのである。
『さ、行こ。助手くん』
初めて出会ったとき、彼女はそう言って、陽介を花壇に引っ張り出した。以来陽介は、樹から『助手くん』と呼ばれている。
とはいえ、陽介は樹といることが苦ではなかった。樹は面倒見が良かった。初心者である陽介に、園芸の基礎を順序よく教えてくれた。慣れない土作業で疲れた陽介に、飲み物をおごってくれることも珍しくなかった。
最初は嫌だった花壇の整備も、慣れてくるにつれて嫌悪はなくなっていった。一度作業に集中すると、土や植物の状態にだけ目を向ければいいのだ。人の気を使って、道化を演じる必要はない。
園芸委員の活動に勤しむ陽介を、ときに友人は揶揄った。「花村がそんなことすんのかぁ、キャラじゃねーな」と。
たしかに、お調子者と言われる陽介が熱心に植物の世話をしている様子は、クラスメイトから見ればさぞや滑稽だろう。どこかささくれ立つ心を隠して、陽介は「そうだろー、似合わねーだろ?」とおどけた。
けれど樹は何も言わなかった。
明るく騒がしく振る舞う陽介にも、花壇の整備のために静かに集中する陽介にも。
樹の隣で、陽介は作業に励み、ぽつぽつと彼女が話す園芸の知識に耳を傾ける。ときおり、樹は成長する花々へと、母のように柔らかなまなざしを向けていた。芽吹いた若木の未来を思い描く眼差しは好ましく、陽介にとっては憧れだった。
樹はいつだって変わらなかった。陽介よりも小さい体躯に反して、しっかりと地に根を張った大樹のように。園芸委員にいて、積極的に受容はしないが、拒絶もしない。その木陰で、根無し草の陽介はいつも安らいでいた。
そうやって、やっと楽しくなってきたころに、親から告げられた転校だった。
「いつなの?」
「へ」
「転校、いつなの?」
陽介は思考を打ち切る。園芸日誌を書いていた樹が、陽介に身体を向けていた。
9月末と答えると、「植え替え前かぁ……」と樹はペンで日誌を小突いた。陽介の転校を前にして、園芸委員の活動日程を参照しているらしい。園芸に目がない樹らしいともいえる。
わずかに風が吹き抜けるような寂しさとともに、これで良かったのだと陽介は思う。湿っぽい別れなど、自分が辛くなるだけだ。
「先輩は相変わらず園芸一筋ですねー。ツレナーイ」
「好きだからね。仕方ないよ」
「はーうらやましっすわ。俺はそういう何かに熱中するようなこと、ダリーって思っちまうタチなんすけど。周りに合わせるほうが楽っつーか」
「……そうかな」
樹の声が小さくなる。ヤバいと、陽介は慌てた。今の発言は、園芸に夢中な樹に対してあまりにも失礼だ。
「私は助手くんのこと、そういう風には見えないけど……」
「え?」
意図を組みかねて陽介が固まっているうちに、日誌の記入を終えた樹はさっさとカバンを背負った。教室の扉を開けて、彼女は陽介へと振り返る。
「助手くん、じゃあね」
樹が控えめに手を振る。控室を後にするとき、いつも陽介へと向ける仕草だった。
向日葵がさんさんと輝く太陽を見上げる季節。
園芸用品を控え室に片付けている最中、陽介はなんとはなしに話しかけた。共に作業をしていた先輩——樹は一度手を止める。それから、ふぅんと言って、再び手を動かし始めた。
「ちょ、なんか言ってくださいよー。樹先輩」
「言ったよ。『ふぅん』って。不服なの?」
「かわいい後輩がいなくなるんすよー。もうちょっと何かあってもいいじゃないっすか」
「確かに。助手くんがいなくなるのは、ちょっと寂しいかも——土を耕す手がなくなるから」
「俺は耕運機扱いっ!?」
わざとらしく、陽介は肩をすくめてみせる。しかし、樹はノールックだ。「助手くん、そこのスコップとって」と催促までしてくる。シャンと背を伸ばした樹の態度は変わらない。
その地に根を張るような彼女の姿勢が、いつだって陽介はうらやましかった。
樹——樹 果穂は陽介の先輩である。生粋のマイペースで、好きなことは土いじり。社交的な陽介が積極的に絡む人種ではない。なぜこんなデコボコの2人が一緒にいるかというと、陽介の運の悪さがきっかけだった。
高校入学 新学期始め、所属する委員会を決めるジャンケンで大敗を喫した。その結果、人気がドベである園芸委員会に放り込まれる運びとなり、『変人』と名高い樹とペアを組まされたのである。
『さ、行こ。助手くん』
初めて出会ったとき、彼女はそう言って、陽介を花壇に引っ張り出した。以来陽介は、樹から『助手くん』と呼ばれている。
とはいえ、陽介は樹といることが苦ではなかった。樹は面倒見が良かった。初心者である陽介に、園芸の基礎を順序よく教えてくれた。慣れない土作業で疲れた陽介に、飲み物をおごってくれることも珍しくなかった。
最初は嫌だった花壇の整備も、慣れてくるにつれて嫌悪はなくなっていった。一度作業に集中すると、土や植物の状態にだけ目を向ければいいのだ。人の気を使って、道化を演じる必要はない。
園芸委員の活動に勤しむ陽介を、ときに友人は揶揄った。「花村がそんなことすんのかぁ、キャラじゃねーな」と。
たしかに、お調子者と言われる陽介が熱心に植物の世話をしている様子は、クラスメイトから見ればさぞや滑稽だろう。どこかささくれ立つ心を隠して、陽介は「そうだろー、似合わねーだろ?」とおどけた。
けれど樹は何も言わなかった。
明るく騒がしく振る舞う陽介にも、花壇の整備のために静かに集中する陽介にも。
樹の隣で、陽介は作業に励み、ぽつぽつと彼女が話す園芸の知識に耳を傾ける。ときおり、樹は成長する花々へと、母のように柔らかなまなざしを向けていた。芽吹いた若木の未来を思い描く眼差しは好ましく、陽介にとっては憧れだった。
樹はいつだって変わらなかった。陽介よりも小さい体躯に反して、しっかりと地に根を張った大樹のように。園芸委員にいて、積極的に受容はしないが、拒絶もしない。その木陰で、根無し草の陽介はいつも安らいでいた。
そうやって、やっと楽しくなってきたころに、親から告げられた転校だった。
「いつなの?」
「へ」
「転校、いつなの?」
陽介は思考を打ち切る。園芸日誌を書いていた樹が、陽介に身体を向けていた。
9月末と答えると、「植え替え前かぁ……」と樹はペンで日誌を小突いた。陽介の転校を前にして、園芸委員の活動日程を参照しているらしい。園芸に目がない樹らしいともいえる。
わずかに風が吹き抜けるような寂しさとともに、これで良かったのだと陽介は思う。湿っぽい別れなど、自分が辛くなるだけだ。
「先輩は相変わらず園芸一筋ですねー。ツレナーイ」
「好きだからね。仕方ないよ」
「はーうらやましっすわ。俺はそういう何かに熱中するようなこと、ダリーって思っちまうタチなんすけど。周りに合わせるほうが楽っつーか」
「……そうかな」
樹の声が小さくなる。ヤバいと、陽介は慌てた。今の発言は、園芸に夢中な樹に対してあまりにも失礼だ。
「私は助手くんのこと、そういう風には見えないけど……」
「え?」
意図を組みかねて陽介が固まっているうちに、日誌の記入を終えた樹はさっさとカバンを背負った。教室の扉を開けて、彼女は陽介へと振り返る。
「助手くん、じゃあね」
樹が控えめに手を振る。控室を後にするとき、いつも陽介へと向ける仕草だった。